ヨナス史上最も優雅なお時間

 雪の精が居る。

 好意的な笑みを浮かべ、こちらを静かに見ている。


 雪の精が現れるとはヨナスも考えていない。しかし簡素な形と思われるドレスクライドを着た女性は、あまりに人間離れしていた。

 薄い緑色の髪は腰より下に届くほど長く窓からの光で輝いており、ヨナスの知る限り下着で体型を詐欺補正する文化は無いはずなのに、胃腸があるのか疑わしい腰の細さ。しかも位置が高い。

 顔の造形もどうかしている。

 細い筆で描かれた線にさえ見える鼻の下に、他の誰に付けても釣り合いが取れず不細工に見えるはずの小さな口。まつ毛は長く、多い。箒なのかソレは。とヨナスは思う。

 その女性は容姿の要素全てが、儚く美しかった。

 男なら。いや、真っ当な美意識を持つ者なら誰でも大切にし、傍に居てほしいと考える。そう確信するほどに。

 

 となると、だ。どんな厄介ごとがあればこんなド辺境に親子ともども飛ばされるのか。という疑問がいや増してしまう。性格が壊れているという可能性もあるが、表情を見る限りそれなりに真っ当そうなのだ。

 美が人になっただけならヨナスにとっても興味深く、会えて嬉しい。しかし厄介ごとが人となってるのでは、美しさは禍々しい凶兆である。流石の親子だった。

 そんな考えに連動し、心の底から上がってきたため息をヨナスは飲み込む。そして言う。


「ご挨拶いたします。私は学院で世話をして頂いているヨナスです。そちら様が今日私を招待してくださった、ミーア様のお母様ですか?」


 女性は少し驚いた様子だったが、すぐに笑みを深めると、

「はい。ミーアの母、ジュリアです。おいでいただけて嬉しく思います。―――ミーアから聞いてはいたけどヨナスくんは本当に立派なのね。とても良い挨拶でしたわ」


 声にも精神の不安定さを示す感触は無かった。というか美声だった。作り声とも感じない。ヨナスは厄介ごとを抱えていると断定した。


「有難うございます。院長先生から教えていただいた通り言えました」


「まぁ。そうなの、教えていただいたの―――」


 ジュリア母の困惑を見て取り、ヨナスは満足しつつ頷いてその通りだと主張する。やはり院長先生に教えられたという文言は素晴らしい。

 続けてヨナスはミーアの方を向き、

「ミーア様、お母様に会えると聞いて想像はしていたんですけど、凄いです。本当に驚きました」


「え? えっと、驚いたって何がです?」


 ヨナスは何故分からないの? という顔をし、

「ジュリア様に決まってるじゃないですか! 人界一の美しさ。いえ、神が作りし生き物たちの中で一番かも。幾らミーア様のお母様でもこんなになんて。このヨナスでも想像出来ませんでしたよ」


 日本でヨナスが読んだ物の本では、人はどんなにあからさまなヨイショでも褒められれば良い感情を持つと書いてあった。まー、確かにそーかもな。とヨナスも思う。

 だから最初から全力と決めていた。加えて考えてる事をはっきりと言うのは子供らしく、さらに相手を安心させられる、はず。である。


 最もコレに関して言えば感じたそのままだ。

 実際ヨナスの視界の端では配膳掛かりのお嬢さんがうんうんと頷いている。

―――やっぱ世界一なのか。可哀想。

 と、ヨナスは顔に出さず同情した。


「じ、人界一? 人の中で一番という事? そうなのお母さま?」


「え、ええ? ち、違いますよミーア。―――もう。ヨナス君は口が上手なのね。人界一なんて褒め方も院長先生から聞いたのかしら?」


「いいえ。本に書いてありました。えーと、騎士レイザーウォークの巨竜討伐で、騎士レイザーがネビア姫を褒めた時です」


 あっさりと説明されたのが意外だったようでジュリアは一瞬絶句したが、

「あ、あれはあまり子供に……、いえ、余計ね。あのねヨナス君。わたくしより美しい人はいっぱいいるの。でも有難う褒めてくれて。嬉しいわ。

 さ、お座りなさい。出来る限りを此処の人にお願いしてあるの。美味しいはずよ」


―――おいおい。勝手に期待値上げられて後ろのネーチャンの表情引き攣ってますよ。だが安心しなネーチャン。私がクソうめええええええと言っておけばこの容姿極点母ちゃんは満足するよ。そして私はクソを出されても美味そうに食う覚悟。今日、この時のみ私は梁山泊が英雄の一人となる。だから安心して持ってこい。だが落とすなよ。拾って食うべきか判断が難しいからな。


 そうヨナスは考えつつ、

「楽しみです! いっぱい食べられるよう朝は汁物ズッペだけにしてきたんです」


「あはっ。アニキ、わたしちゃんとお母さまにアニキがお肉や魚をもっと食べたいと言ってたのお話ししましたよ」


 ミーアの表情には褒めて欲しいと大文字で書いてあった。


「おー、有難うございますミーア様」

 演技で盛りはしたが、ヨナスは心から感謝する。

 肉や魚に必要な労力と金はヨナス感覚で野菜の三倍、小麦粉などの主食の八倍。孤児院では常に不足しがちな栄養素なのだ。


 が、ミーアの様子がおかしい。気にかかる事があると顔に書いてある。

「あの、どうして『ミーア様』なんですか? 何時もは『ミーア』とだけ呼んでるのに。何か……少し友達じゃなくなったような感じがして」


 それか。ヨナスは一瞬対応を考え、即したり顔をミーアに向け、

「大人は子供から友達みたいに話されると嫌な気分になるんです。自分の子が低く見られてると感じたらもっとです。だから私はミーア様を子爵閣下だと思って話さないといけないんです」


 そうなの? とミーアが母の方を向き、ジュリアはそれに慌てて、

「えっと……。大人へ丁寧に話すのは、良い事です。でも今日は何時もみたいに話して良いのよ。ヨナス君は一番大事なお客様なんだから」


 美人の極地がカネになる微笑みを浮かべている。しかしヨナスの心は不動であった。正直美人に美人であるのを武器にされると危機感を覚えるよね。と考えつつ、

「えっと、無礼講じゆうなつどい、でしたっけ。商人のおじさんから聞きました。ただ、そう言われても大人は本心か分からない。だから私みたいな子供は絶対に丁寧に話せとも。院長先生もそんな感じの事を」


 実の所ヨナスとしてはもっと格式張って話したいのだが、子供としては異常過ぎるだろうと考え調整に苦心した結果が今なのだ。文句を言わないで欲しかった。


「そ、そう―――で、でも……えっとね」


 本音な事はヨナスも分かっている。下手な敬語より普段の様子を見たくて当然。だが関係ねーとヨナスは場を進めるため子供らしさに気を付けて、

「あの、ジュリア様、お腹が空きまして、何か食べたいです」


 ジュリアは口をパクパクさせた後、小さくため息を吐き、

「あー―――そうね。お食事にしましょう」


 その言葉を部屋の外で待っていたのだろう。すぐに扉が開き、ヨナスは改めて心を整え、食事会が始まった。




 ヨナスが見た事も無い多彩な食材と調理法。机の上には香り高い花。席についてる二人はその花より美しく、ヨナスが何かを言うたびに片方は上品に口元を隠しつつ、もう片方は常に無いくらい恥ずかし気に日焼けして尚白い頬を赤くして笑う。


 食事会は賑やかで、笑いに溢れた。

 そういう場を作ったヨナスの感想はと言うと『この程度昼飯前よ』である。個人的意見で悪の枢軸国と考えている言語を使って言えば『Too Easy』だ。

 ただし、今の所だが。


「ミーア様は最後の仕事、点を取るのがとてもお上手なのですが、本来これは難しいのです。急いだり力をいれると球が枠の上に、逆に怖がれば遅れ邪魔されます。つまり我慢、心を平たくするのがとても大事で、ミーア様はそれがとても素晴らしい。

 そもそも飛んできた丸い球を足で止めるのは難しい。なのにミーア様はたった一年で皆に追いつきました。それはミーア様が詰まらない練習を我慢強くしたからです。そう、ミーア様には我慢出来る心の力がある。これはとても、とてもとても素晴らしいと思います」


「まぁ……。我慢強い子だとは思っていたけど―――。ミーア、頑張ったのね。良い事よ」


 成程。親から見ても我慢強いのか。とヨナスは心に書き記す。


「え、あ、有難うございますお母さま。でもわたしはそんな―――。アニキの方がずっと凄いんですよ。どんな時も全く慌てないし、何時でも皆を見てて。わたしもアニキに教えられて、アニキみたいになりたくて練習したおかげで上手になったんです」


 ミーアは得意げに言った。一方褒められたヨナスは、ミーアの方を横目で見つつ、分かってないという風に立てた指をゆっくり左右に動かして、

「私はミーア様が産まれる前から球を蹴って遊んでいました。出来て当然でしょう?」


「そ、それは―――そうかもしれないけど、でも、ううううん」


 言いたいことが上手く言葉に出来ない様子のミーア。一方ヨナスは突っ込み所を作ったのに、放置されてしまったと思う。が、

「あら? 産まれる前からと言うけど、ヨナス君はミーアより年下、よね?」


 そう、その突っ込みを待っていたのだ。


「あ―――そ、そうです! もう、アニキ又変な事言って」


 ミーアは子供らしい生真面目さで不満を訴え、ヨナスは考え深げな表情で指二本を立て唇をゆっくりとこすりながら、

「おや、そう言われてみれば。ふむ―――間違ったかな?」


 そういうと、ジュリアは数瞬驚いた顔になった後、

「まぁ、冗談だったの……」そう言って笑顔になり、上品に口へ手を当て笑いを抑えようとするも「―――うふっ。子供が、産まれる前からなんて。―――あはっ」


 結局耐えきれず、開けっぴろげで晴れやかな笑い声が響いた。

 ヨナスはその様子に随分違う印象を感じた。子供の頃は元気なお嬢さんだったのかも。と、思う。

 そんな母を見て驚いた表情を浮かべていたミーアも花のように笑いだす。和やかな一時を作れたと、ヨナスも満足であった。


 だが、無遠慮に鐘が鳴った。



****

*梁山泊

 昔有名だった小説『水滸伝』作中で、英雄が集まった場所の名前。

その英雄達の一人の自慢が、逮捕されないように狂人の振りをする為ウンコーを食べた事だったりする。

 疑われれば死ぬ場面でクソ不味い物で口を蹂躙されようと演技を完璧に継続した。という真面目に考察すると偉大な話。

 ただ正直鳥肌が立つので作者は余り好きな逸話ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る