ヨナス、ミーアについて推測し、

 まだ日が昇らぬ夜道、車輪の転がる音と虫の声が辺りに響く殆どの音だ。


 男が自害した後、ある者は悲鳴を上げ別の者はゲロを吐きと大混乱。

 それから動揺を鎮める時間稼ぎ以外何の意味もない話し合いにより、とりあえず子爵へ連絡すべしとの分かり切った結論が出された。

 最初騎士たちはミーアを囲んで守りつつ帰ろうとしたのだが、当の本人がヨナスに抱きついて放そうとせず、騎士たちへ怯える様子さえ見せたので、今はエルクス院長が御者を務める鳥車の荷台に二人きりである。


「ふぐぅ……うぐっ……ううぅ……」


 ヨナスは鳥車に乗ってから半鐘、片手で抱きつき泣き袋と化したミーアを撫でて義務を果たしつつ、もう片方の手で額を叩き考え続けていた。

 最も大事と感じ最初に考えたのは、この少女の不幸が自分に関係あるか? であった。

 結論は。まず、無い。


 ミーアの家は此処の領主、子爵に親子の世話を押し付けられる身分。対してヨナスは孤児。平民の最下層。

 言葉づかい、仕草、価値観。影響を受ければミーアが暮らす世界で不利になってしまう相手であり、影響されやすい年頃なミーアの遊び仲間として許されている時点で異常。どんな意味であろうともこれ以上深い関係になるのは大人が止めるはずだ。


 次に今日の事件からミーアの境遇と今後を推測する。


 まず彼女には敵がいる。しかも失敗すればすぐさま自殺する本物の中の本物な暗殺者か工作員を雇う力を持った人物が。


 個人として何の怖さもない子供が狙われたとなると、相続関係の争いが一番在りそうに思えた。

 ただしミーアが嫡子なのかといった細かい事はわからない。

 貴族の私事に触れるほど幼い子供から家族の質問をされた時、ミーアは『父上と母上が居るだけ』と答えている。

 しかしそれを盗み聞きした時ヨナスは誰かにそう答えるよう厳しく言いつけられた気配を感じていた。

 寝ているミーアを殺さず態々外へ連れ出したのも実に不可解で、複雑で不安定な事情の存在を感じる。


 とにかくミーアの敵は強大。対してミーアとその母親は。というと、此処辺境の子爵一家でさえ護衛や付き人がいるのにミーアに付き人の気配が皆無なのを考えると、非常に弱い立場なのではあるまいか。

 とすると関係者の中で一番強力なのは父親で、母子に対して愛情か利用価値かは知らないが保護する意思はあるのだろう。

 でなければ態々隠れて害そうとせず、二人を呼び寄せてその移動中にでも襲わせればいいと思う。

 

 うーむ。と心の中でヨナスはうなった。

 最終的に今日の事件を考えると、どっかのお偉い方が相当な無茶をして女性と結ばれた結果発生した面倒に、自分が飛び込んでしまった。という事になる気がしたのだ。

 論理の飛躍もないように思えた。なぜなら答えらしき生き物が、自分に抱きつき泣き続けている。


 最初ヨナスはこの世界で唯一人であろう日本人の感性ゆえに、ミーアがぶっ飛んだ美少女に見えるのであって、他の人にとってはそーでもない。という可能性もスタップ細胞なみにはありまーす。と願っていた。


 なわきゃーなかった。


 ミーアを見た誰もが『凄い、こんな可愛い子見たことがない』と言った。

 ならば母親もそうなのだろう。上流階級でさえ飛び抜けてしまう美人なのだ。

 で、高位貴族だか大商人だかの愛人か何かとなり、ミーアを産み、御家騒動勃発辺境移送暗殺者直葬。というのが現在の状況ではあるまいか。

 後はこれからどうなるか。である。


 一年前のミーアを思うに、今のままここで埋もれるのが親子にとって最善だという確信がヨナスにはある。だが、難しい。

 ミーアが攫われかけたのはきっと父親へ伝わる。

 その時、世にも稀な美しい妻と娘を持つ男は、無事を自分の眼で確かめたい。自分の手で守らなければ。そう考えるのではなかろうか。


―――まぁ、母親が火傷等で美しさを失っていて、父親の興味が親子に無い可能性も考えられるか。そうであってほしい。美人のオバサンも暗殺者を贈られるよりかは鏡を見たくない人生の方がマシだと悟れるはずだ。悟れ。世の中幾らでも面白もんはある。

 

 此処まで考え、ヨナスは悩む。ミーアに話す内容をどうするかを。


 慎重を期すなら子供らしく慰めるだけにしておくべきだとは思う。自決するような人間に狙われる子供とは可能な限り距離を置くべきだ。

 しかし、常日頃自身でも理性的だと自認するヨナスにとってさえ、予想したミーアの状況は不幸に過ぎた。


 余りに哀れだった。


 だからヨナスは、

「ミーア。お話をしよう。顔を上げて」


 正直な所まだ顔を上げるのも億劫だったが、声に込められた真剣さはミーアにとって逆らえない力を持っていた。

 べちゃべちゃになった顔を袖で拭い、今では母親と同じくらい頼りに感じている顔を見る。


「声を小さくして。それと今日私との話を誰にも、母親にも話さないと約束して欲しい」


「え―――お母さまにも? どうして?」


「私が怒られないように、だよ。前同じような事を友達に話したら、院長先生からいっぱいお尻を叩かれたんだ」


 思い出しただけで痛い。というように顔をしかめて見せながら、本当は話したくない。と続け、

「だけどミーアは今からの話を聞いた方が良いと思ったから。どうする? 聞く?」


 子供に戻って知ったのは、子供が約束を好きな事だ。

 秘密の香りに心を惹かれ、約束に付属する信頼という物の難しさを理解していないからだとヨナスは思う。


 その秘密の約束を持ち掛けられたミーアだが、明らかに迷っていた。

 母へさえ、というのは大きな事なのだろう。しかし結局、

「はい、約束します。お話ししてください」


「うん、じゃあ落ち着いて聞いてね。まずさっきミーアを連れ出したオジサン。あの人は知ってる人?」


「ううん。知りません」


「やっぱり。それならあの人は誰かに頼まれたんだと思う。でも『誰が』『何で』だろう? ミーアには分かる?」


「えっ―――。分かりません」


「ミーア。もっとしっかり考えて」


 ミーアは必死に考えた。しかし七歳の子供には当然酷な話。結局言われた事が出来なかったと落ち込んだ表情になり、

「―――やっぱり、分かりません。ごめんなさいアニキ」


「そっか。じゃあ教えよう。頼んだのは、私だよ」


「え……?」


 言葉の意味をミーアが理解するまでたっぷり三呼吸。何かの冗談かとおもったが、ヨナスの表情に冗談の気配は全く無い。


「ど、どうしっ……!」


 動揺が口から盛大に噴出する瞬間、予想してたヨナスは手で口を塞ぎ、暴れても大丈夫なよう残った片腕でゆるく抱きしめる。

 暴れはしなかった。


「ちゃんと全部話すから静かに。まずミーアは助けられたと思って私に感謝しなかった?」


「―――うん。助けてくれて本当に嬉しかったのです。なのに……」


 言いたい事の多さで口が詰まっている様子のミーア。しかしヨナスは気に掛ける気配もなく、

「私はね、貧乏な孤児のまま大人になりたくない。こんな田舎を出て王都で凄い事をして、貴族になりたい。で、そう思ってたらミーア、君が来た。君は見るからに金持ちな上に凄く綺麗だ。だから君を助けて、君に好きになって貰って、君と結婚したいとずっと思ってたんだ。

 でも助けが必要な事なんてここじゃ滅多に起こらないだろ? だからあのオジサンに君を誘拐してもらったんだよ」


「え、え。え? き、綺麗? あ、え? 結婚?」


「うん。結婚してずっと一緒に居たいんだ」


 ヨナスの滅多に見ない真剣な様子に動揺が更に激しくなる。

 結婚である。男の人と女の人が一緒に子供を作ろうと約束するのだ。

 凄く怖い目に遭い、助けてくれたと思って安心してた。何がなんだか分からない。

 ミーアは混乱し、そしてとりあえず口から思考が溢れたという感じで、

「わ、わたしもアニキとずっと一緒に居たいですけど、結婚は……無理ですぅ……。だって……わ、わたし―――」


 何か大事な事を話そうとする気配。

 あ、ヤバイとヨナスは思う。限界である。素早くミーアの口を塞ぎつつ、

「待ってミーア。あのね、今までの全部嘘」


 塞がれた口の代わりに、意味が分からないとミーアの眼が喋る。


「あのおじさんにミーアを誘拐するよう頼んだのは当然、此処を出たいのもミーアと結婚したいのも全部。ぜーーんぶ。嘘。学院でやってる勉強会に来る大人の人たちから聞いた、人を騙す話を色々混ぜた作り話さ」


 今度は押さえられなかった。ミーアは感情の沸騰するままヨナスの手を弾いて立ち上がり、

「え、な。はっぁあ!? 嘘ですか!? 全部?!」


 凄い力だった。ヨナスは弾かれ転げ頭を打つ。痛い。

 しかし今はこっちを驚きの目で見る院長先生を何とかしなければ。

 痛みをこらえて笑顔で手を振り先生を安心させ、それからミーアの方を向き、


「まずは座って。ああ、ミーアが綺麗なのは本当だよ。色んな人から言われて聞き飽きてるだろうけど」


「―――。アニキから言われたのは初めてです。なんで嘘をついたんですか?」


 座りはしたが、見た事が無いくらい不機嫌そうだ。

 何時もなら何とか宥めようとしただろう。だが、今はより大事な話がある。


「嘘というか、騙される方がおかしいくらい変な話だと思うんだ。ミーアを助けたのは院長先生方と騎士様たちで、私はミーアが安心出来るように連れて来られただけじゃん。騎士様から追われるような事を大人の人に頼むのも無理だし、そもそも外の人とどうやって会うのさ。私たち学院の子供は、外どころか子爵閣下の町へも滅多に入らないんだよ」

 と、ミーアにして欲しい認識を事実のようにこっそりと混ぜつつ言う。

 

 尚、五秒で創作した嘘の題名は『辺境の孤児として産まれたコンプレックスまみれの、小賢しいうぬぼれ小僧らしき野望』である。


「う、うぅうう。言われれば、そうですけど。わたしはヨナスアニキより頭悪いもん。そんなの分かりません」


 ミーアが正しい。分からなくて当然である。ミーアは七歳になったばかり、人が口から出す言葉を全て信じる年齢だ。

 しかしヨナスの考えだと目の前の子供は、もう年齢に対して通常与えられる優しさを期待してはならない。


「ま、話は考えて聞こうって事さ。ただ、さっきの話の一部は本当じゃないかな。まずあのオジサンは誰かに頼まれた、いや、命令されたんだよ。しかも凄く偉くて怖い人に。でないと失敗して直ぐ死ぬなんて無いと思う」


「え……。凄く偉くて怖い人に命令されたら、失敗したら直ぐ死なないと駄目なんですか?」


 子供らしい返事を返され、ぐっ。と言葉に詰まる。

 が、それも一瞬だ。ヨナスは言い訳するのに慣れていた。


「うん。私が読んだお話ではあーいう人を暗殺者と呼んでてね。失敗するとあんな風にしょっちゅう死んでたよ」


 そう得意げに語って見せる。


「へー、暗殺者。そんな人が。―――ヨナスアニキって本当色々知ってて凄いです」


 正直な所ヨナスとしても失敗して即自害するような、本物が生きている世の中だなんて知らずに人生を終えたかった。

 しかしそんな愚痴を子供に話しても仕方がなく、そろそろ時間がまずかった。もう遠くに子爵とミーアの暮らす町が見えている。


「ミーア、誰があのオジサンに命令したか思いつく人は居る?」


「それは―――きっとあの方です。あのですねアニキ、わたしにはもう一人」


 慌てて口を塞ぐ。勘弁してほしい。

 昔の賢い人曰く。

 好奇心は猫を殺し、無駄な知識は誰かへ自分の墓穴掘り用スコップを渡すことになるのだから。


「あのね、自分が誰かを疑ってるなんて誰にも言っちゃ駄目。今は私が質問したのが悪いけど、考えるのも駄目だ。ミーアの考えが間違ってれば相手を嫌な気持ちにさせるだけだし、合ってたらもっと悪い。そいつは必ず不安になる。仕返しされるんじゃないかってね。となればもっと必死に狙ってくるよ。ミーア、又樽に詰められたい?」


 ついさっきまでの恐怖を思い出した。

 ミーアは再びあふれてきた涙を拭いもせず、頭を左右に振る。絶対に嫌だった。


「なら誰だろうと疑っちゃ駄目。そして信じても駄目。だってミーアを見ている人の中の誰かがあのオジサンに命令したんだから。さて、じゃあミーアは今からどうしたら良いと思う?」


 又もや子供に分かる訳の無い難問である。大人が聞いていたら確実にヨナスの頭にゲンコツが降っている。

 しかし聞いているのはミーア一人。なので誰にも助けて貰えずウンウンと生真面目に唸って考えた。

 が、無理な物は無理。結局良いところを見せたい相手の前で答えられない自分に失望し、涙を目に浮かべ、

「分かりません―――ごめんなさい」


「そっか。落ち込む理由は無いよミーア、考えるのが大事なんだから。で、答えだけど院長先生はね、卒院する子に分からない事があったら直ぐ相談しろと言うんだ。大丈夫だと思った時も出来れば他の人にも聞いた方が良いって。

 ミーアも自分じゃなくて他の人に疑って貰ったらどうだろう。今日どんな事があったのか、誰から何を言われたか出来るだけ全部話す。そうしてどうしたら良いか、誰が信頼できる人かを教えて貰うのさ。ただこれは相手が絶対味方してくれる人じゃないと困るんだけど、そんな人は居る?」


「えっと……はい。お母さまと―――それとヨナスアニキも絶対味方してくれるでしょ?」

 

 ミーアは信頼しきった微笑みを浮かべそう言う。が、当然相手は酷い。


「え? 私は子爵閣下とか、院長先生にミーアを殺したり虐めろと言われたらそうするよ?」

 

 ミーアは一瞬で泣きそうな顔になり、

「ど、どうして? ついさっき助けてくれたのに?!」


「さっき助けたのは大分偶々だし、子爵閣下や院長先生に逆らったら御飯食べられ無くて死んじゃう。そもそもミーアに敵が居るとしたら、あのオジサンに命令出来るような大人の人でしょ? 子供の私じゃ勝てないもん。蹴球けりたまでも教えたじゃん。無理だと思ったら突っ込むなって。一緒だよ」


「そ、そんなぁ―――。狙われたわたしはどうしたらいいんですか? 此処にだって逃げて来たのに」


 言葉の後半をヨナスは無視した。聞いてない。聞いたとしてもすぐ忘れる。子供はそういうものなのだ。


「知らないよ。とりあえずさっき話した通り、あった事、考えた事は何でもお母さまに話して相談すれば。ミーアが一人で考えるよりは良いと思う。但しお母様がお疲れじゃない時に、今みたいに顔を寄せ合って小声でね。そーしないと私みたいな人に聞かれて怖い人に告げ口されちゃうかも」


「うう―――。アニキ冷たいです」


 恨みがましく言いいつつも、まだ誘拐されかけた恐怖が抜けておらず心細いのだろう。お腹に抱きついて来たミーアを受け止め、ヨナスは頭を撫でる。

 冷たくねーし。というのが正直な所だった。今の会話をミーアが真面目に受け取れば失言が減るし、母親がより守りやすくなるはずで今後の危険が格段に減らせるだろう。そもそも助言をする時点でそうとう危ない橋を渡る行為である。

 お陰で後でミーアが今までの会話を誰かに話し自分の名前まで出す可能性を、対策がトボケ方を増やすくらいが限界だと分かりながら考えないといけないのだ。


 自分の為、ミーアの為、今の助言が空回りであって欲しい。そう、ヨナスは願った。

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