ヨナス、オレンジへの対処を決める
ヨナスが安堵して息を長く吐き出す。
脳裏に映る点の位置関係的に、今ミーアたちは無事子爵の城に辿り着いていた。
もしかしたら勘違いで、あの男は何かする気は無いのかもしれない。しかしまだ狙っている可能性もある。
――やはり対処はした方が良い。危険な大人には身近に居て欲しくないし、方針は大体できている。子供らしい行動の内で済む、はずだ。異常だと思われたり種々諸々の危険は……ミーアへの恩の内と言えるだろう。多分。
そう結論し、息を吐いて下がっていた視線をヨナスが上げると、何時の間にか孤児院がもう目の前でリオネラが物問いたげにこちらを見ていた。
「何でもないよ。用事を思い出しただけ。此処まで手を引いてくれて有難うリオネラ」
「う、うん。―――あのね、お願いが在るの」
「何? 言ってごらん」
「あたちも描いて欲しいの。にぃは凄く綺麗にミーアを描くでしょ? あんなふうに描いて欲しいの」
「ああ、そう言えば何時も羨ましそうに見てたね」
「うらっ、羨ましくなんかないもん! いいじゃないあたちを描いてくれても!」
「確かに。分かった。一週間以内に描き始めるよ」
泣きそうだった顔が呆けたような戸惑いに変わる。
「え、あぅ? いいの?」
「良いよ。さてリオネラは足を洗っておいで。私は用事がある」
二回言われてやっと信じれたようだ。顔全体で嬉しさを表現し、
「う、うん! 有難うヨナスにぃ!!」
そう言いリオネラは井戸へ走っていき、ヨナスは一人になった。
人目に付かない場所に移動し砂時計一回分詳細を詰める為に考えてから大きく一つ息を吐き、これからする演技の為に気分を切り替える。
そしてこの領地で多くの人に相談される程人望があり、子爵家にも偶に呼ばれていると第六感で把握している人物、エルクス院長先生の部屋へ向かった。
扉をノックする。と、
「入りなさい」
「失礼します」
エルクス先生は書き物をしていた。手を止め、
「どうしたのヨナス。顔が汚れてるわ。もう夕食よ洗って来なさい」
穏やかな声と笑顔。ヨナスは少し気が重くなる。この人を危険に晒すのは申し訳ない事だった。
ただお陰で不安を抱えてるといった風情は作りやすい。
「院長先生、今日皆で遊んでいた時、変な人をみたんです。それとミーアはご存知ですか?」
「子爵閣下のお城に住んでいる子ね。その変な人とあの子が何か?」
「外から来た強そうなおじさんが居たんです。行商人の人が泊まる宿に、乗って来た牛車と一緒に泊まってるらしいんですけど、ミーアをじっとみてて、何か凄く嫌な感じがしました。出来れば子爵閣下にお伝えした方が良いんじゃないかなって」
「―――それは……。―――ん? ヨナス、どうして強そうだと思ったの?」
「えっと、なんでかというと、その、前に見た騎士様のお一人みたいな感じがしただけです」
嘘である。そう言えばより警戒して貰えるかと考えてであった。
「ヨナスたちがしている遊び、
「そうかもしれません。前にも外の人が見てました。でも、そういう大人の人は楽しそうに見てるんですけど、あの人は何か睨んでる感じで、それにずっとミーアだけを見ていて、なんか嫌だったんです。
それで、ほら、ミーアは子爵閣下の家で暮らしてるし偉い人の子なんでしょう? 本やおばさん達がする貴族様のお話しだと、偉い人の子はよく危ない目に合うじゃないですか」
「それは―――お話で、何時も起こってる訳じゃないの。おばさん達のも単なる噂。本気にしちゃだめよヨナス」
「はい院長先生。でもミーアに何かあったら、凄く怒られますよね? あの人が居る間
「―――そうね。でもねぇ。変な感じがしただけでは何も出来ないわ。あの子のお世話をされている子爵閣下に話すのなんてとても無理よ」
院長先生は眉を寄せ、どうしたものかと考えている様子。
当然の話だった。子供の戯言に一々応対していては子爵は過労死する。ヨナスも今すぐ何とかしてくれるとは思っていない。此処までは仕込みなのだ。
「あの、でしたら、もしその人が悪い人だったら、私たちとミーアが近くの騎士様の家に逃げ込めるよう、騎士様へお願い出来ないでしょうか。普段私たちが近づくと怒られますけど、あの人が居る間だけだったら。と、思ったんです。その、出来たら明日からでも」
院長先生は又暫く考え込み、そして、
「そう、ね。うん。賢い考えよヨナス。では、今から人を走らせて話しておきましょう。明日以降、もしその人に何かされたら直ぐに警備をしている騎士の家へ行って助けてくださいと言いなさい。騎士の家は分かるわね?」
会心の笑みが零れそうなのを我慢する。
それは不味い。真剣な表情でこちらを見ている院長先生が奇妙に思ってしまう。こちらも真剣に見えるよう顔に力を込める。勝って表情筋を締めるのだ。
「はい。皆にも話します」
「よろしい。但しその男の人はまだ何もしてないのを忘れちゃいけないわ。近づかない様に、変な態度を取らないように気を付ける事。いいわね?」
「分かりました院長先生」
こんなもんだろう。達成感に浸りつつ、ヨナスは院長先生に頭を下げ扉を閉めた。
ヨナスの脳裏には今もミーアの緑色の点が見える。この第六感があれば、もしあの男がミーアに近づいたり何かしても分かるはず。後は騎士の人たちに言って何とかして貰えばいい。院長先生の根回しがあれば、突然孤児が飛び込んできても話に耳を傾ける。
勿論この対処は穴だらけで、隙間からミーアの死さえ見える。遠くから弓で射られでもしたら駄目だし、すぐに殺されてしまえば何も出来ない。更にはミーアだけで済んだはずが、邪魔をした人たちまで死ぬ可能性もある。
が、それは仕方ない。所詮人に出来る事は有限。ミーアが生きても死んでもこの惑星の自転速度は変わらないし、自然破壊が進んだりもしないのだ。
ミーアに下心は? ある。結婚は無理でも十年後凄く美人になったミーアと親しいままだったら嬉しかろう。滅茶苦茶モテる女友達をクソみたいに煽れば楽しいに違いない。
とは言え、何故か目の前の人物以外全く視野に入れない恋愛漫画じゃあるまいし、世の中の半分は女性でどんな美人でも代わりは幾らでも居るのだ。死んでも仕方無いで済ませるのが理性的というものであろう。大所高所から物を見ようぜ。そうヨナスは考えることにした。
******
一方、エルクス院長はヨナスの退室を見届けて足音が遠ざかるのを確認してから部屋を出ると、最も信頼している部下の部屋へ挨拶もせずに入り、驚いている相手へ構わず小声で、
「声を小さく。ミーアという子は知ってるわね。ヨナスが先ほど来て、行商人らしき男がミーアを見ていたと心配していたの。貴方は今すぐ市中警備担当の騎士様たちに万が一の可能性がある事と、その時には子供たちを助けてくれるようお願いしてきてくれないかしら」
部下は驚き、何とか落ち着いてから言われた内容を考え、訝し気に、
「その行商人は見ていただけですか? 過敏に反応しすぎと思われます。ヨナスなら悪戯では無いでしょうが―――。あの娘の容姿なら見続けますよ。
―――或いは、ミーアがそれほど神経質になるべき人物なのでしょうか?」
エルクス院長は少し言葉を詰まらせ、直ぐによくないと思い平静を装う。が、早口になるのは避けられなかった。
「わたくしは貴方が無駄な事を尋ねない賢い人だと思っていたのだけど?」
「―――すみません。お許しください院長」
「謝罪よりもしっかりと仕事を果たしてちょうだい。ここに奴隷商人は来ないけど、あの可愛さなら攫って売ろうと考えてもおかしくないでしょう。勿論過剰な心配ではあるわ。だから一応子供たちへ何時もより気を配ってくださいとお願いするだけよ」
「はい。では今すぐに行ってまいります」
******
パポーン!!
寝台から飛び起き、周りを見る。だが暗くて何も見えない。少しして他の子の寝言を聞き、やっとヨナスは自分が何時も通り孤児院で子供たちと寝たのを思い出した。
「何か鳴ったよ、な?」
ラッパのような音だったと思う。しかしそんなものは孤児院には無い。―――変な夢でも見たのかもしれない。便所にいってから寝直すか。そう考え寝台から体を起こし、やっと気づいた。脳裏に見える点が一つ、点滅している。
濃い緑色だった。殆ど重なって濃いオレンジ色の点が在る。
は? 点滅って何だよ。と考えてから、そんな場合じゃないと気付く。
位置関係をすぐさま確認。二つの点の場所は子爵家で、まず間違いなくあの男とミーアを示していた。
不味いなんて状況でさえない。
二つの点が歩く速度で動き出す。やはり重なったまま、いや右に半分だけずれた。経験から分かる。手を繋いでるよりも近い。
一応は想定内。しかし最悪の部類だった。ただ幸運な事が一つ。想定内なだけに対応も覚悟も決まっている。
まずは便所へ。そして誰かが起きている場合を想定し、孤児院の外へ。最悪の最悪であるこの領地の支配者、子爵自身が協力してるか見極める為、ミーアに近づく者の有無を注意しつつ。そして到着した月と星だけが照らす庭で、誰かからの報せがきたかのように振舞いつつ考える。
見える範囲が狭すぎて確信は持てないが、二つの点を止めようと動いたように見える点も、協力していそうな点も無し。敵になるのはあの行商人風の男だけと思われた。
対応が、定まった。
ヨナスは小走りで孤児院の院長先生の部屋へ向かい、寝てるであろう先生を起こすため扉を叩く。一分と掛からず物音が聞こえた。
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