また一年。そして不穏なオレンジ色
結果としては小生意気に手助けさせたのもあり、皆があっさり迎え入れた。流石子供、敷居が低い。というのがヨナスの感想だ。
ミーア自身は最初球の奪い合いで体をぶつけるのに遠慮したりと、幾らか戸惑いを見せたがヨナスが一対一で世話をするとじきにそれも無くなった。
又ミーアはリオネラと同じくらい練習熱心な上に、ヨナスが栄養などで恵まれる貴族だとしても規格外に感じた身体能力を持っており、直ぐに戦力として頼られるようになったのも早く馴染んだ要因だろう。
そして一年。
ミーアは殆ど毎日ヨナス達と遊んだ。冬には遠くの山に見た事があるだけの雪を触り、雪玉にして投げ合いもした。今までで一番楽しく幸せだと思う毎日だった。
一方のヨナスはミーアが怪我をする度、心臓に痛みを感じるほどにストレスを受ける毎日だった。
とはいえミーアを恨むのは筋違いであり、この、恐らくは子爵よりも実力を持っている家の娘が、孤児に怪我をさせられたというのに大人が何も行動を起こさないのは、意識してかは分からないがミーアが庇ってくれているからだろう。ヨナスは心の中でそう感謝し、ミーアが楽しく暮らせるよう配慮し続けた。
その甲斐もあり子供たちの敷居は完全に崩れ、偶に暗い様子を見せていたミーアも他の子と全く変わらない笑顔で走り回るようになっている。
今ではヨナスも最初の警戒を忘れ始め、将来的にミーアの伝手を使い
******
脳裏に今まで一度も見た事が無いと断言できる濃いいオレンジ色の点が見える。不吉な色。敵意の色だった。
一試合を終えて全員が自分の器をとりに行く。そして子供たちが訓練された素早さでヨナスの前に並んだ。ヨナスは手を先頭の子の器の上に向け「水よ在れ」何時もの光景だ。
水道とチャッカマン魔法のみと判断してからも「出せる量を増やそう。将来的には風呂を入れられたら」と始めた訓練の名残でもある。
そう、名残り。これは訓練ではない。正確に言えば訓練にならない。どんなに「水よ在れ」と頑張っても出せる量は個人で大体決まっており殆ど変わらないからだ。院長先生に尋ねてそう教えられた時のヨナスの落ち込みようは相当であった。
なのだが、ヨナスの出せる量は規格外であった。お陰で子供たちへ水を飲ませたり、こっそり井戸から汲む水の量をかさまししたりと楽をしている。逆を言えばそれくらいしか使えず、大人が見ても「おー、すげーな」で済んでしまう程度の特技であったが。
にしても暇である。子供たちが来たら順番に手を出して唱えるだけ。それが二十人以上。
が、暇なお陰でヨナスは気付いた。脳裏に映る点の一番外側、つまり二百メートル強離れた場所に在る濃いオレンジ色の点に。
「ヨナスアニキ? どーしたの? お水ちょーだい」
「あ―――ああ。ごめんごめん。はい、水よ在れ」
兎に角全員分を終わらせる。それからヨナスは次も自分の遊ぶ番だったが他の子と代わり、休憩してる集団から適当に都合の良さそうな位置取りの子を探して背後に座る。そして視線を向けていると悟られぬよう、子供の背中に隠れて顔を向けた。
いる。
町の出口。行商人の服装をした男。顔の向きからして、
やはり。と言うべきだろう。まず間違いなくミーアを見ていた。
最初に思いついたのは奴隷商人。この国には奴隷制が在る。である以上、子供を探し誘拐などして商品をそろえる人間は居るはず。しかしこのラウメン領に奴隷商人が来たという話は、ヨナスの六年の人生で聞いた事がない。
――時間の余裕は? ある。今見てるだけなら、試合中は何もしてこないと思えた。鐘はさっき鳴ったばかり。帰宅の目印としてる鐘までたっぷり時間がある。その後子爵屋敷までの道中は、酒屋を始め数人で一緒に大通りを真っすぐ帰らせればいい。大人でも一人なら恐れる―――いや、一人とは決まっていない。とまでヨナスは考え、
「歩いてくる。私の番は誰か適当に回しておいて」
そう一緒に座っていた子供たちへ告げ、ヨナスは町の方へ歩き出す。そして対処法を考えながら町を一周し、同じように濃いオレンジ色の人間が居ないか調べつつ、人に尋ね必要と思われる確認をしていく。
結果他には濃いオレンジ色の人物は居らず、行商人に見えた男はこの領地唯一の平民用宿に泊まっていて、ここへは牛に荷車を引かせて来たと判明。もしもこの男に子爵家が関わっていたら対処不可能だったが、それも白と思われた。
とりあえずヨナスは子供たちの所へ戻り、何時も通りに解散し帰ろうとするミーアに適当な理由を付けて複数の子供たちと一緒に帰るよう指示をし、自分も学院へと歩き始めた。勿論脳裏に見えるミーアと子供たちの緑色の点に、異常が無いか気を配りながら。そして考え続ける。
さて、これからどうするか。
そうなれば今まで普通の子供と思われるよう振舞ってきた努力がパー。下手したら今の生活もパー。
第一どう行動するのか。その男が危険であると判断した理由は誰にも見えず、教える気も無い第六感だけ。協力を頼むのも難しい。
しかし、である。町へ向かうついでに男の横を通り過ぎながら、さり気なく観察した様子が脳裏から離れない。
男の表情には何の感情も浮かんでいなかった。もし奴隷商人や子供へ強い執着を見せる人物で、辺境の地で突然見かけた飛び抜けた美少女をどうこうしようとしているなら、金か欲望に満ちた表情をするものではないか。
余りに不自然。しかしミーアは非常に特殊な事情の子だと思われた。彼女の事情が絡まっているなら手に負えない。正しくは簡単に命が飛ぶような話になる予想がつく。
―――大体人助けってーのは難しいもんだしー。事情を知らずに手を出していい方向に向かう訳ないんだよなー。それに大人の本気の企みなんて邪魔したら普通に死ぬ。骨折くらいなら我慢もしてもいいけど、それ以上痛い目に合う覚悟なんてねーよ。指一本無くしでもしたら人生長いんだ絶対後悔する。そうヨナスは思、
「ヨナスにぃ、どうしたの。遅れちゃうよ?」
リオネラだった。顔を上げた。他の子たちはかなり先だ。
「うん。ちょっと考えたい事があってね」
「そうなんだ。あの、あたちが手を繋いであげようか? そうしたらにぃは考えてても大丈夫でしょ?」
いや、いいよ。と言いかけて、リオネラは手を繋ぎたいのだろうと思いつき、
「そう、だね。お願い」
「! うん!」
ヨナスの手をわざわざ両手で掴んでから、片手に持ちかえるとブンブン振り回しながら歩きだした。実に嬉しそうで、ヨナスの心が少し晴れる。さて、せっかくの好意だし。と、手を引かれるまま考えるのに集中する。
そう。大怪我をするのは嫌である。しかしミーアは大事な
明らかに存在する裏の事情の所為かミーアは意識してないようだが、遥か遠きかくかくたる上級国民であろう彼女は、一言で孤児十数名如きなら首チョンパに出来る。
なのに彼女はこちらへ合わせてくれており、当然あってしかるべきと思われた箱入り娘的な我儘に振り回された事も皆無。
これは情が沸き、理性を幾らか押し流す程度には大きな借りだった。物事の筋から言ってもミーアには恩があると思われる。とはいえ―――。
迷った挙句ヨナスは今も楽しそうに歩くリオネラへ、
「ねぇ、もしもミーアが危ない目にあいそうだったら、リオネラはどうする?」
言ってから唐突過ぎたと思うが、
「助ける! だって友達だもん」
戸惑いも迷いも全く無い返事がすぐさま返ってきた。
「そっか。だけどミーアにとって危ないならリオネラも危ないよ。十日くらい前にコケて泣いてたじゃん。あれより痛いとしても良いの?」
ついさっきまで鉄より硬い決意! と引き締まっていた顔が一瞬で赤く、泣きそうになった。
「あ、あ、あー! あたち忘れてって言ったのに!」
「忘れるなんて無理だってば。あの時もそう言ったし。で、リオネラどーする? 凄く痛いとしても助ける?」
「ううううぅ。にぃって偶に凄く意地悪だよね」
「私は本当の事を言ってるだけ。ところで、答えてくれないなら意地悪したくなっちゃいそうな気がする」
「あ、だめ! えっと、うん。痛くてもあたちはミーアを助けるよ。だってミーアが居ないと
あ、忘れてた。という感じである。
その通り。ヨナスはミーアと出会ってからこの一年、本人へは秘密にして似顔絵を練習していた。
ただリオネラは一つ誤解している。
好きだからではない。ミーアの似顔絵は『金になる』と考えたから練習しているのだ。
写真なんて存在しないのだから、姿を残したければ絵しかない。
次に売れる要素を考え、『腕』は当然として『題材』だと結論した。そう美人画だ。
問題は貴族の絵を勝手に描いてバラ撒くのが不味いかどうか良く分からない事であるが、日本に居た一部の絵描きの如く、ハンコのように髪型と色を変えて別人だと主張するか等と考え中である。
そんな風にヨナスは、究極的に恵まれてそうな骨格をお持ちのお嬢様と出会えた幸運を有効活用中なのであった。
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