汚い大人、子供相手に次善の策を弄す

 ラウメン子爵領で一番栄えているのは子爵屋敷(お城と言う者も居る)の周りだ。

 屋敷と外の領地を繋ぐ一本の大通りを中心に放射状の町が作られていて、人口の五割が此処に住み商店や酒場など大くの営みが行われる。


 その大通りを小生意気と並んで歩くミーアは悩んでいる。

 どうにもさっき出会った黒髪の男の子の事が気にかかり、隣の女の子に尋ねたい。しかし自分の意見を母親以外に言うのは不得意だった。

 悩む内に今住んでいる屋敷が遠くに見えてしまい、ここでやっと決心がついて、

「あの、聞いてもいいですか?」


「何?」


 自分より身長の高い相手に真っすぐ見つめられ、少し怯む。しかし顔を見て怒っていないと確認して何とか心を落ち着け、

「ヨナスさんは何歳なんですか? 一番大きなフューラーさんじゃなくてあの子が一番偉いんですよね? 体は小さかったですけど」


「アニキなら五歳だよ。孤児だから多分だけど」


「一歳年下!? アニキなんて呼ばれてるし何か偉そうだったから、てっきり―――。じゃあフューラーさんかお姉さんが、えーと、団長なんですか?」


「ダンチョウ? 偉いって事? アニキって呼んでるのはアニキって感じだからさ。一番偉いのはアニキだ。それ以外は大体一緒かな。一応あの脳足りんフューラーとあたいが二番目って感じだけど」


「あ、そうなんですか。―――あの、わたしがアニキと呼んだらヨナスさんは嫌でしょうか?」


「別に良いんじゃない? 皆好きに呼んでるし、アニキがそれで怒った事ないし」


 其処まで言うと小生意気は言いよどむ様子を見せた。しかし小生意気はあまり考える性質ではないので、直ぐにミーアを見て、

「なぁあんた、蹴球けりたまやりたいんだよな? 直ぐに山の外へ出ていくの? それとも少しはあたいらと遊ぶのか?」


「は、はい。わたしは―――長く遊んで欲しい、です」


 そう聞いた小生意気は「そう」と言った後、真剣な様子で、

「じゃあ大事な事を教えてやる。アニキは怒るとスッゲー怖いんだ。いや、怒るの見た事ないけど。とにかく下手に逆らうと怖い。あんたもまざるなら絶対忘れない方が良いよ」


 本人が聞いたらあからさまな上位者への暴言に、頭を抱えてトリプルルッツを決めるだろう。しかし悪いのはヨナスだ。小生意気は親切にしろと言われたので、親切な事を教えているのだ。

 何にしろ小生意気はボールを投げ、話は転がる。


「え。怖いんですか? 凄く優しそうだったのに。それに、年下でしょう? なのに―――そんなに?」


「。」絶句した。が、立ち直り「あのな、あたいがまじった時、最初は年下の奴に色々言われて凄く嫌だった。でさ、反則ていう悪い事したから、球を相手に渡せって言われた時、何だお前チビの癖にっ! て殴ろうとしたんだよ。―――どっちが勝ったと思う?」


「えっと、それは、当然お姉さんですよね?」


 小生意気は首を振り、続ける。

 殴ろうとしたら腹を殴られた。凄く苦しくてうずくまってたら、アニキに命令されたフューラと二人で草むらまで引きずられ、其処で「油断しなかったらあたいが勝つ」と言ったらもう一回掛かって来いと言われて又負けた。その後はもう逆らわないと言うまでお腹を殴られた上に、一回無駄に逆らったからってお尻を十回も叩かれた。何か悪い事をしたらアニキは最初言葉で注意するけど、それでも意地を張ると尻を叩かれる。家のアニキととーちゃんは泣いたら許してくれるけど、アニキは許してくれない。とにかくアニキは怖い。あんたも気を付けろ。


 ヨナスとしては善行である。蹴球けりたまをするメンバーの大半が孤児院の子供なのだ。

 院長先生方は公平に見て素晴らしい努力をしていたが、いかんせん子供の数が多すぎて大人たちだけで躾を隅々まで行き渡らせるのは不可能であった。

 そして子供社会は往々にして単純な武力社会であったりする。そんな中、同じ規則の元多人数を一緒に遊ばせようとすれば尻を叩き、反省しそうも無ければより痛い目に合わせる以上の方策をヨナスは思いつけなかった。


 さて、何故か自慢げな小生意気の話を聞いたミーアは怯えて、

「そんな事されて一緒に遊んでるのですか? わたしなら嫌いになっちゃいそうです」


 当然の感想だ。子供の頃人気が在るのは優しい、つまり暴力を振るわない子で、乱暴な子はどんなに面白くても嫌われる。


「そうかもだけど、尻を叩いた後アニキからまだ混ざるか聞かれて。で、一緒に遊んでる内にどうでもよくなったよ。

 それにアニキは悪い事しなければスゲー優しいんだ。前あたいが親父に怒られて帰りたくなかった時なんて、一緒に帰ってくれて何か親父とアニキが話してる内に親父の機嫌がよくなっちゃってさ、スゲー助かったんだ。その後なんで親父が怒ったか教えてくれたし。あとなんてたって蹴球けりたまさ。真っ白なパンより上手いんだぜ!」


 そのまま小生意気は、しょっちゅう『面倒臭い』『勿体ない』と言ってるが、アニキはアニキがアニキでとスゲーを連発しつつ続け、ミーアは幼さ故の単純さと純粋さで、感動丸出しの表情で一々頷いた。


 アニキたるヨナスは此処に居なかった事をあの方に感謝した方が良い。子供相手のガキ大将な武勇伝を、伯爵以上の階層と見ていて、将来万人の上に立つと予測しているミーアに話されているのだ。

 賭けても良い。眠る前寝台の中で絞られた雑巾の真似をしてしまうような、生涯忘れ得ない恥ずかしい記憶となったはずである。

 

****** 

 

 脳裏に見える緑色の点が暫く早くこちらへ来てると思ったら、ゆっくりになって、また早くなった。


 ヨナスの第六感は本人も驚愕の多機能で、人だけでなく動物さえ猫くらいの大きさから感じられる。

 範囲は視界、障害物に関係なく決まった距離であり、それも年々広なって今は半径二百メートルくらいの円である。

 更に本人としても原理がどうなってるのかと首を傾げるのだが、ある程度濃い緑色の人物は、三キロほどまでならその者の周囲半径十メートルほどを把握出来た。

 お陰で昨日ミーアが帰る途中に緑色が濃くなり、離れていても感じ取れるようになったので、ヨナスの評価が上がるような事があったらしいと分かるし、今そのミーアの緑点がこちらへ向かっていて、その速さから息を切らして走ってるのも分かる。


 つまり自身の策は失敗したのだろう。でないとこんなに元気に走りはしまい。とヨナスは判断した。常識の無い親だ。と舌打ちをしかけ、子供の教育によくないと我慢する。

 とにかく次善の策を取らなければならない。まずは自分の教えた通り軽く運動して体を温めている子供たち全員を呼び集めて、

「皆聞いて。知ってる子も居ると思うけど、昨日貴族か何か偉いお家の女の子が、私たちが蹴球けりたましてるのを見てたんだ。その子が今日からまざるかもしれない」


 反応は悪い。眉をしかめる子が多かった。


「じゃあ前みたいに年長組だけでやるの? その女の子にいっぱい球持たせて」


 子供たちが顔をしかめててんで勝手に喋り出す。あの時つまんなかったよなー。えー、オレら出来ないの? やだー。

 ヨナスが手を叩く。全員が一瞬で口を閉じた。二十一世紀日本なら子供たちの親が黙っては居ない程の統率ぶりである。


「その子は長く居ると言っていた。だから仲間に入れる。―――防具屋。嫌そうだね」


「だ、だってアニキ、かーちゃんが立派な服を着た人に近づいちゃ駄目だって。それに貴族って偉そうで一緒に遊びたくないよ」


 まぁそうだろうな。とヨナスは思う。

 しかしあの子をハブに出来る人物が居るとすればここの領主くらいのもの。卑賤の身であるこちらに選択肢は無く、目の前の不満と不安を足して二で割った表情をしてる子供たちを何とかしなければならない。


「皆考えてくれ。あの子は此処で一人きりみたいだ。そして私たちが蹴球けりたまをしてる所を見た。なら一緒にやりたいと思うに決まってるだろ? 皆だってそうやって一緒にやるようになったのに、あの子だけ仲間外れにするのかい? 私はそんな事出来ない。どうしてもって言うなら、私一人でその子と蹴球けりたまをするよ」


 エグイと言えた。感情に訴えるだけでなく遠まわしに脅迫している。

 更には全体の孤児院組は確実に自分に付いてくる上に、分裂したら残りの子たちでは何時か喧嘩になって、弾かれた子がこちらに来るとの計算まであり、実に汚かった。まさしく大人である。

 その汚さを当然感じ取れず、皆あっさりと顔色を変え、次々に仲間に入れると言い出した。


 ヨナスは子供相手でも此処まで思い通りに行くと浮かびそうなる悪い笑みを隠し、昨日一晩推測した結果の、ミーアの内心の要望と見た対等の遊び仲間を作る方針に沿って綺麗ごとを並べる。


「賛成してくれたのは嬉しいけど、仲間に入れてあげるなんて考えは駄目だよ。彼女の方が私たちよりずっと偉いのを忘れないように。ただし蹴球けりたまをしてる間だけは皆一緒だ。球はどんな偉い人が蹴っても、同じようにしか転がらないからね」


 はーい、わかったぁ。との答えを聞いてヨナスは満足気に頷き、

「では決まり事を言うよ。一つめ。その子と話すのは此処での事だけ。例えばお母さんが居るのか。お父さんは何をしてるのか。何処から来たのか。そんな事は聞いちゃいけない。もし言いたくなさそうだったら、すぐ謝って二度と質問しない事……分かり難いか。

 じゃあ、何か質問する時は、それを子爵閣下に言った時親に怒られないか考えて欲しい。二つめ。喧嘩したり、嫌な事をされたら必ず私に言って。大丈夫かな?」


 子供たちは声を揃えて元気に、

『はい。分かりました!』


 宜しい、これで根回しは済んだ。と、ヨナスは頷く。時間も丁度だ。遠くにミーアが見えた。手には羊皮紙らしき物を持って駆けてくる。

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