ミーアなる者、清水の舞台から飛び降りてヨナスの精神を一撃す

 試合が終わるまでミーアはグジグジした様子を見せながら、何も言えずにいた。しかし試合の終わりが何かの切っ掛けになったのか、ヨナスに向き直り目に涙までにじませて、

「わ、わたしも、これしたい、です。仲間にいれてくださ……ぃ……」


 予想通りの言葉。それでもヨナスの頭はストレスで痛む。

 比較的貴重である女子なのに加え、破壊的美貌をお持ちくさりやがるミーアの参加希望は本来ならあり難く嬉しい。将来的にはアイドル選手として一々カメラの中央に写って頂く的な助けを得、競技人口を増やせるかもと夢が広がる。

 死前女子サッカーに関するネットの発言が八割容姿関連なのに怒り心頭だったヨナスだが、これはこれ、それはそれである。

 だが怪我をして当然の遊びに貴族を混ぜるのは、鼠の群れに猫どころか虎を入れるが如き真似。全ての利点がゴミになる暴挙だ。頭も痛くなろうさ。と、ヨナスは思う。


 まぁ親が貴族か大商人かは知らないが我慢強い子みたいだし、根回し次第で問題を少なくできる。そう念じて自分を落ち着かせ、ヨナスは考えてあった通りに、

「そう、蹴球けりたまをしたい。分かった。なら説明があるんだ。それと―――おーい! フューラー! すぐに来て!」


 そう言ってヨナスは一年前に殴りかかって来た見るからにガキ大将な子を呼ぶ。『親分』『主』そんな意味のフューラーと呼んでおきながら、舎弟を呼ぶかのような様子だったが、皆慣れていて何とも思わず、ミーアに自分以外を見る余裕は無い。


「アニキどうしたの?」


「木切れに絵と字を書きたいんだ。近くの家に行って薪とかのきれっぱしと、字を掘れる尖った石でも探してきて」


 そう言いあっさりガキ大将をパシらせてからミーアに向き直り、


「ミーア、この遊びはどうしても体がぶつかったり球が顔にあたったりして痛い事もある。それは大丈夫?」

「はい。見て分かってます。痛いのはよくあったし大丈夫です」


 何の理由で『よくあった』のかと戦慄が走る。

 護身術的な物の鍛錬で、という意味であってくれるようヨナスは天の星に祈ろうとして空を見上げるが、昼なので当然見つからず諦めて顔をミーアに向け、「立派だ」と言った。


 何が立派なのかと言った本人が思う。しかしそこは大人の適当さで流し、審判をしてる自分に従って貰えるか、破けていいズボンホースと脛当て膝当ても必要である。怪我は一番酷ければ骨折するかもしれない。と、悪い事だらけの注意をしていく。


「だから服とかを大人の人にお願いしないと。誰かお願い出来る人は居る?」


「はい。お母さまに。でも、そんないっぱい忘れちゃうかも」


「ああ、さっき取りに行かせた木に見たら思い出せるよう絵を描くよ。それを持って行って。で、お母さんに今話した危ない事全てを伝えて、紙にそれでも良いと書いてもらって私に渡して欲しい。そうしたらもし君が怪我をして帰った時にも親御さんが心配しないで済むと思うんだ」


「えっと、はい。分かりました……」


 勿論心配しないで済むのは自分だし、本当の思惑は親に止めさせる事だ。

 ただヨナスに言わせれば親の承諾は最低限の保険。怪我をしないよう言い含めても、膝をすりむくくらいは当然するし、捻挫した奴も過去に居る。

 とにもかくにもヨナスの取れる手はこれで全てであった。後は安全に帰っておうと、

「さて―――酒屋の姉貴! 来て!」


 ヨナスの呼び声で八才程度の小生意気そうな女の子が走ってきて、

「なんだよヨナスアニキ。あたい早く帰りたいんだけど」


「ごめん、少し待って。この子、ミーアを子爵閣下の城まで送ってもらおうと思っててね」


「え~。やだよヨナスアニキ、誰か他の―――」


 其処まで言って小生意気は口をつぐんだ。滅多に見ない厳しい目で見られていた。


「酒屋の。偉くなったなぁ?」「―――っなってない! 偉くなってないよ!」


 ヨナスは後ずさりする相手に近寄り手を握って少し離れた所まで引っ張り、肩を組んだ。

 小生意気が体を跳ねさせるが、無視してしゃがみ込ませ外から見れば過少に言ってヤンキー風に、

「なぁ私は何時も君に感謝してるんだ。一緒に遊んでくれるだけじゃなく、アニキなんて呼んで立ててくれて、皆が楽しく蹴球けりたま出来るように年長として助けてもくれる。年下の私に指示されたら嫌いになって当然だろうにさ」


「う、ううん。あたい、アニキの事好きだよ? 蹴球けりたまも楽しいしあたいも感謝して」「なのに酒屋の。どうして君は私が特別困ってる時に、助けてくれないのかなぁ? 私も理由無くお願いしてる訳じゃぁない。お城の近くに学院の子が近づくと嫌がる人が居るのは知ってるだろ。あの子だって叱られるかもしれない。

 姉貴なら違う。家の酒は子爵閣下もお飲みになって、自分も届けに行くんだと自慢してたじゃないか。知ってる大人も居るだろう? 次に、よくあの子を見てくれ。其処ら辺の子じゃないって分かった? あの子はいい子だ。だが私は心から怖い。理由は分かる? 分からなくてもそういうもんだと思ってくれ」


「ひっ、はひ。あの子はいい子。でも凄く怖い」


「昔君と喧嘩した時、泣いた君を見て私も悪い事をしたなと申し訳なく思ったもんだ。今、姉貴が私を助けてくれなかったら、私は当然姉貴もあの時より酷い目にあうかもしれない。そ・れ・で・も、ミーアを送りたくないのかい? やはり私のお願いをきけないくらい―――偉ろう、なったのか?」


 正しくヤクザな脅し。小生意気は目に涙さえ浮かべてブンブン首を振る。

 一応ヨナスとしては勝気なこの少女がミーアに何か失礼をすれば、誰もが危うくなると心配してではあるが、少女には当然理解が及ばずただ怖いだけ。そしてそれでいいのだ。


「じゃあ全力で親切にして。酒屋で一番の酒を子爵閣下に直接届ける時みたいに、何が起ころうと我慢して送り届けて欲しい。―――私を助けてくれるね?」


「う、うん。ごめんアニキ、逆らうつもりじゃなくて、今どこの家もフドクを干してるから、それで来る時から食べたくて……」


 早く帰りたかった。というのだろうそれはヨナスにも分かる。今もマツタケのような匂いが何処からか漂ってきており、すきっ腹に厳しい。あ、そう言えば、ミーアはこの匂いの元について知ってるのだろうか。とまで考え、とりあえず小生意気を促して一緒にミーアの所へ戻り、

「ミーア。今この子爵領全体にあるこの匂い。家のあちこちに下げられてるキノコの物なんだけど、これが何か知ってる?」


「いいえ。知りません。わたしもこの美味しそうな匂い何かなと思っていたんです。キノコなんですか。食べてみたいなぁ」


「きっと食べられるよ。でも、干してあるのを齧ってみたり、生えてるのを見つけたからって自分で取って食べたりは絶対にしちゃ駄目」


 ヨナスは重要事項といった口調。それにたいしてミーアは初めて不機嫌そうな様子を見せ、

「わ、わたしそんな意地汚い真似しません! ヨナスさんまで生まれが卑しいというの?」


 ヨナスは困ってるように見えてくれと願いつつ頭を掻き、生まれが卑しいの部分は全力で耳を塞いだ。明らかに触ったら毒龍が飛び出すヤブだ。


「意地汚いとかじゃなくて、そのキノコは腐った毒のタケで腐毒ダケって名前で毒キノコなんだ。人が食べると一日腹痛で苦しみぬいた後に死んじゃう。それでもこの通り良い匂いだから、しょっちゅう齧っちゃう奴が出てね。一応治療法があるから滅多に死ぬ人は居ないけどすっごく辛いってよ。此処に初めて来る人は領境の門で必ず教えられるって聞いたんだけど……知らないかもって思ったから」


「え―――はい、知りませんでした。そんな毒キノコを食べるのですか?」


「採ってから十日以上干すと毒が無くなるのさ。―――あ、フューラーが来た。うんじゃあいつの持ってる木に話して欲しい内容を描くから、覚えられそうか言ってね」

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