第31話 ケリュネイアの雌鹿 18
目覚めたとき、そこは、見知らぬ天井だった。
横に視線を動かすと隣にカグヤとチヨが眠っていた。
ジュンは、布団から身体を起こすとカグヤとチヨを起さないように気を付けながら、静かに部屋の外に出た。
陽はすでに高く昇っているようだ。
辺りは、すっかり明るい。
ジュンは、人の気配のする方に行ってみることにした。
ああ、ここは、カグヤの家だ。
どうして私はここにいるんだろう。
昨日の夜、ケリュネイアの雌鹿に背負われ、そして・・・・。
炊事場に入るとモフモフの尻尾をフリフリしながら洗い物をしているマサキの背中が見えた。
「あの・・・・。
おはようございます・・・・」
”おはようございます”というには、かなり日が高く上がっているようだけど、まあ、いいかと思いつつ、ジュンはマサキに話しかける。
なんかちょっと気恥ずかしい。
「あら、ジュンちゃん。
おはようございます。
目を覚ましたのね」
振り返りつつ、マサキが答える。
「身体の具合はどうかしら?」
問われて、気が付いた。
体の至る所ががヒリヒリする。
手を見てみるといくつも擦り傷や切り傷ができていた。
あちこち痣もできていそうだ。
「ご飯の準備しますから、その間にお風呂入ってきてくださいな。
さっぱりしたいでしょう?」
「・・・・はい」
言われるがままに、風呂場に向かう。
勝手知ったる他人の家だ。
脱衣所で、自分が寝間着姿であることに気が付いた。
いつの間に着替えさせられたのだろう?
洗い場で体を流す。
思った通り、体のあちこちに痣ができていた。
膝や肘にできた大きな擦り傷がお湯に染みて痛い。
傷に沁みるのを覚悟しながら、湯船につかる。
お風呂のお湯は緑褐色で森の中にいるような香りがした。
予想に反して、傷に沁みることもなく、風呂湯の暖かさがとっても心地いい。
思わず寝落ちして溺れかけてしまった。
溺れかけて気が付いたが、体の痛みがなくなっていた。
いつの間にか傷や痣がすっかり治っている。
このお風呂の湯は、身体を癒す効能のある薬湯なのだろう。
お風呂から上がると、昨日まで着ていた自分の服が洗濯されてきれいに畳まれて置かれていたので、それに着替える。
居間まで戻ると食卓には、朝食が準備されていた。
「あの・・・・」
「どうぞ、召し上がれ。
ずいぶん遅い朝ごはんだけど」
マサキに促され、ジュンは食卓につく。
「いただきます・・・・」
「まだ、大分疲れが残っているでしょうから、無理して食べなくてもいいわよ。
食べれる分だけ食べて」
「あ、はい」
マサキの気遣いはうれしかったが、実のところ、ジュンは、お腹がペコペコで、マサキの気遣いに対して、どうやって、おかわりを言い出したものか悩み始めていた。
「心配かけると行けないから、昨日、ジュンちゃんのご両親には、ここに泊まるって言ってあるわ」
「あ、学校・・・・」
「大丈夫。
チヨちゃんの風邪が感染って、三人共、今朝から熱出して寝込んでるって、連絡してあるから」
「すいません」
「気にしなくていいわよ。
元気になったら、みんなから、たんまりと怒られることになると思うから」
「あはは・・・・。
ところで、カグヤのおじいさんとおばあさんは?」
「朝から、どこかへ出掛けて行ったわ。
カグヤちゃんたちは、夜まで目を覚まさないと思うから、ジュンちゃんさえ良ければ、さっさと御用を済ませちゃいましょうか」
「御用?」
マサキは、懐から青い宝石のついた杖を取り出すと、ジュンに軽く振ってみせた。
「エンちゃん、治してあげるんでしょう?
事情は、昨日の夜、鹿さんから、色々聞いてるわ。
それに・・・・」
マサキは、ジュンに杖を手渡してくる。
「ジュンちゃんに、その杖、使えるかしら?」
マサキから、杖を受け取り、ううんと念じて、杖を二度三度振ってみるが、何も起きない。
「治す対象がいないと動かないんじゃ・・・・?」
「さて、どうかしら?
ちょっと、私に貸してもらえるかな?」
マサキは、ジュンから、杖を受け取ると、魔力を込めて、軽く振り下ろす。
杖の宝石から、青い光が溢れ出し、杖を振り下ろした先にいたジュンを淡い青色の光が包み込む。
「うふふ。
どうやら、この村で、この杖を使いこなせるの、私だけみたい。
と、いうわけで、ジュンちゃんの準備ができたら、いっしょにお家へ向かいましょうか」
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