第30話 ケリュネイアの雌鹿 17

「これは、やばいっスよ」


 破壊の渦は留まることをせず、その勢力を拡大し、爆風が、ジュンたち三人を飲み込んでいく。


 ジュンは盾を構え、チヨはその周りに水の障壁を展開し、爆風に抵抗する。


 しばらくは、それで耐えて忍んでいたものの、ほどなく魔力が尽きたチヨが気を失い倒れてしまう。


「くっ・・・・」


 一人の力で何とか防御を続けていたジュンであったが、荒れ狂う爆風に抗い続けることができない。


「ごめん。

 私も、もう、限界、みた・・い・・・・」


 薄れていく意識の中で、ジュンは、自分たちが青い光に包まれていくのを感じていた。



 爆風が過ぎ去った後、爆心地近くの瓦礫が崩れるように動く。


 その瓦礫の下から、ボロボロになったソモが現れた。


 防御結界を何層にも展開し、辛うじて爆発を耐え凌ぐことができたのだ。


「酷い目にあった・・・・」


 辺りを見渡してみると、砦のあった場所には、クレーターのように大きく抉れた大地と大量の瓦礫が散乱するばかりで、砦壁や建物は跡形もなく消え去っていた。


「これは・・・・。

 ひでぇ・・・・」


 ソモは、近くの瓦礫に手を掛け立ち上がろうとする。


「うっ!」


 ソモの背を一陣の光の矢が貫いた。


 振り返るとそこには、数十頭の鹿とカモシカの群れがいた。


 鹿たちの群れから、無数の光の矢が放たれ、ソモを貫く。


 一言も発することができず、ソモは光の中にその姿を消していった。





 青く光を放つ月が見えた。


 どうなってしまったんだろう。


 辺りは、青白い光りに包まれている。


 仰向けに倒れたまま、ジュンは、左右に視線を動かす。


 カグヤとチヨが倒れているのが見えた。


 どうやら、自分たちは、青白色の魔法障壁の中にいるようだ。


 ジュンは、ゆっくりと半身を起こす。


 視界に大きな影が飛び込んできた。


 鹿。

 ケリュネイアの雌鹿。

 右側の角が欠けている、あのケリュネイアの雌鹿だ。


「あなたが、私たちを救ってくれたの?」


 雌鹿ににじり寄りながら、ジュンは問いかける。


「ありがとう・・・・」


 ジュンは、雌鹿の頬に振れようと、そうっと手を伸ばす。


”かぷっ ”


 噛みつかれた。


 伸ばしたジュンの右手は、雌鹿にガブリと噛みつかれてしまっていた。


 角を欠けさせた件、雌鹿はまだ怒っていたようだ。


「ううっ・・・・」


 涙目になるジュン。


 それを見て、雌鹿は、ジュンの手を離すと、笑っているかのように一つ大きな鳴き声を上げた。


 そして、雌鹿は、ジュンに背を向け腰を下ろす。


「乗れっていうの?」


 雌鹿は一つうなずき、ジュンに身体強化の魔法をかける。


「三人一緒に?」


 再び頷く雌鹿。


 ジュンは、気を失っているカグヤとチヨを雌鹿の背中に運び上げる。


 身体強化の魔法のおかげで、それは、難なく達成できた。


 最後にジュンが、背中に乗ると、雌鹿は青白い光を放つ魔法障壁を解除し、猛烈な速度で走り始めた。


 カグヤとチヨが振り落とされないように、二人をしっかりと掴んでいたジュンであったが、雌鹿の魔力でどうなっても振り落とされることはない状態になっていることに気が付くと、カグヤとチヨをつかんでいた手を離し、雌鹿の背中に突っ伏した。


 眼前の木々がものすごいスピードで流れていく。


 やがて、開けた場所に出た。


 広がる草原が、月に照らされ茫としている。


 遠くの川が月の光を反射し、キラキラと輝く。


 まるで、海の中を揺蕩っているみたいだとジュンは思った。

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