第20話 ケリュネイアの雌鹿 7


 ともあれ、ひとまず落下した枝に三人は駆け寄り、無事に天女の羽衣を回収する。


 しかし、そこで、ジュンが首をひねる。


「ん~?

 おっかしいなぁ」


 いつもなら、投擲後、ほどなく自分のもとに戻ってきているブレスレットが、いまだ手元に戻ってきていない。


「ブレスレットよ、戻ってこい」


 どこかに引っかかっているのかしらと思い、ジュンは、ブレスレットに向けて、強く念を送る。


”ガサッ”


 ブレスレットが飛んで行った方向で茂みが動く。


 一瞬、ブレスレット?と思ったが、茂みから現れたのは、一頭の鹿。

 大きな黄金の角と青銅の蹄を持った大きな雌鹿。


「ケリュネイアの雌鹿・・・・」


 そのあまりの神々しさに言葉を失う三人。


 都にて、神の使いとされる神鹿。

 ケリュネイアの雌鹿は、それらの神鹿を束ねる5頭の雌鹿、神獣である。


 しばしの間、そのケリュネイアの雌鹿の姿に見とれていた三人であったが、まず最初に、その異常に気が付いたのはチヨだった。


 それに気が付いたチヨの顔面は蒼白となり、額に縦線が入る。


 隣に立つカグヤに耳打ちで、そのことを伝えると、カグヤの顔面も蒼白となり、額に縦線が入った。


 カグヤは、隣に立つジュンの袖を引く。


「なによ、カグヤ。

 袖、引っ張らないでちょうだい」


「・・・・ジュン様に、残念なお知らせがあります」


「え?」


「眼前におわします神獣様。

 大層立派な角をお持ちですよね」


「ええ、そうね」


「その立派な黄金の角、左右に大きく枝分かれをした角。

 その右側の角をよ~く観察してみると、あっれれ~、おっかしいぞぉ~、なんだか、欠けたような跡、ありませんかぁ?」


「そ、そんなふうに見えなくもないわね・・・・」


「それで、その欠けた角の枝分かれした元を見てみてください~。

 あれ~ぇ?金属の輪っかのようなものありますよねぇ?」


「た、たしかに、あ、あるわね・・・・」


 ジュンの顔色が変わり、額に縦線が入る。


「あれって、ジュンのブレスレットじゃないのかなぁ~?」


「え、え~っと、そ、そうかしら~?」


 もはや現実逃避しか、縋る術のないジュン。


 ジュンが投擲したブレスレットは、天女の羽衣の絡みついた枝を切り裂いたあと、たまたま付近にいたケリュネイアの雌鹿を直撃し、その角を傷つけてしまったようだ。

 雌鹿は襲撃者を探し出すため、飛来したブレスレッドを魔力で束縛し、ブレスレットに伝わる魔力を逆にたどることで襲撃者の位置を特定したのだろう。


 三人の様子をうかがっていたケリュネイアの雌鹿は、角に纏っていた魔力を緩める。


 魔力の束縛を解かれたブレスレットは、雌鹿の角からするりと抜け出し、光を放ちながらジュンの元に帰来し、その腕に収まる。


 もし、この時、テロップが流れたならば、大文字で『敵認定、確定!!』とか出たに違いない。


「に、逃げろ~!!」


 ジュンの叫びを合図に、三人は、ケリュネイアの雌鹿から遠ざかる方向に駆け出す。


 しかし、三人の走力が、神獣の速力に勝るはずもなく、その差はみるみる縮まってくる。


「三方向に分かれよう」


 全力ダッシュを続けながら、息も絶え絶えにカグヤが、提案する。


「このままじゃ、直ぐに追いつかれる・・・・。

 だから、三方向に分かれて、ばらばらに逃げよう。

 追いかける目標が、急に3つに分かれたら、どれを追いかけようかと一瞬動きが鈍るはず・・・・。

 その隙に物影に隠れて神獣をやり過ごそう・・・・」


「・・・・分かった。

 そんなにうまく事が運ぶようにも思えないけど、やってみる価値はあると思う。

 それじゃ、私が合図を出すから、それで、3方向にわかれよう」


「わかった」

「了解っス」


「それじゃ、行くわよ。

 せーの、散会!」


 ジュンの合図で、3つの方向に分かれて駆け出す、カグヤとチヨとジュン。


 迷いを生じてくれれば・・・・と講じた策であったが、期待に反して、ケリュネイアの雌鹿は、迷うことなくジュンの後を追いかけていく。


 身を隠すこともなく、ケリュネイアの雌鹿をやり過ごしたカグヤとチヨは、呆然とジュンとケリュネイアの雌鹿の後ろ姿を見送る。


「あ・・・・」


 冷静になって考えてみれば、自分に攻撃を与えてきたものを追尾の対象とするのは当然のことだ。


「ど、どうするんスか、お嬢?」


「ん~、そうね・・・・」


腕を組み、長考するカグヤ。


「ん~と・・・・。

 ん~と・・・・・。

 ん~・・・・・、見捨てます」


「え?」


「見捨てます」


「見捨てるって・・・・」


「大丈夫。

 私の知ってるジュンなら、これくらいの試練、何とか自力で乗り越えられる」


「ほんとに大丈夫っスかねぇ?」


「本当に大丈夫!

 ・・・・大丈夫じゃないかな。

 ま、ちょっとは覚悟しておいた方がいいかも・・・・」


「なに弱気になってんすか・・・・」


「そ、それでも!

 私たちは、前に進むしかないの!

 さ、さあ、行くわよ!」


「お嬢も、ホント素直じゃないっスね・・・・」


ジュンが走り去った方向に駆け出すカグヤを見て、チヨはポツリとつぶやく。

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