第19話 ケリュネイアの雌鹿 6

「あいたたた・・・・」


 幸い、大した高度でもなかったことと、落下の途中にひっかっかった枝のおかげで、三人は、大したけがもなく着地することができていた。


「ほら、こっち。

 とりあえず、この雨を凌ぐわよ」


 三人は、なるべく高木のある場所を避けつつ移動を始める。


 しばらく進むと、周りより少しくぼんだような岩場に出た。


 三人はその岩場に駆け降りる。


 あいかわらず、頭上では稲妻が煌めき、その都度、少し遅れて雷鳴が轟く。


 ジュンは、ブレスレットを大きな盾に変化させ、自分の背丈ほどの岩に立てかける。


 盾と岩との間にできた空間に三人は飛び込む。


「ふぃ~。なんとか一息付けた~」


 額についた雨のしずくを左手で拭いながら、ジュンがつぶやく。


「とりあえずここで、雨が止むのを待ちましょう」


「ハィックシ!」


「ちょっと、チヨ、大丈夫?

 あんた、風邪治りきってなかったでしょう?」


「大丈夫、大丈夫っス。

 誰かさんに無理やり飲まされた薬が、効いてきたようっスから。

 ちょっとばかり、冷えただけっス。」


 わずかの間とは言え、夕立の雨の中を駆け抜けてきたのだ。

 三人の服は、相応にぐっしょり濡れてしまっていた。


「・・・・けど、このままじゃ全員、風邪をひいちゃうっスね」


 そう言うとチヨは、胸の前で手を組み、魔力を高める。

 そして、両手をそろえたまま、掌を上向きに開く。


「水よ、集まれ」


 チヨが、そう唱えると、辺りは淡い青い光りに包まれた。

 すると、三人の服から靄が湧き出し始め、湧き出した靄は、チヨの掌の上に集まって、水の玉を形成していく。


「すごい!服が乾いちゃった・・・・」


「水を操るのが、水属性の基本っスからね」


 掌の水玉を盾の外に放り出しながら、チヨは答える。


「まだ、これくらいのことしか出来ないっスけど・・・・」


「それでも、すごいわ!」


「えへへ・・・・。

ハ、ハィックシ!」


「チヨ・・・、ほんとに大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫。

 ホント、大丈夫っス。」


 徐々に稲光の間隔が長くなる。

 雨の勢いも次第に衰えてくる。


 チヨが、もう一つ大きなクシャミをする頃には、雨はすっかり上がり、木々の間から見える狭い夜空には、星たちが瞬き始める。

 東の空には十六夜の月が煌々と輝き、灯りなしでも歩ける程度には、周囲を照らしだす。


「さて、そろそろ行くとしますか」


 ジュンは雨避けにしていた大きな盾をブレスレットに戻すと、立ち上がり大きくひとつ背伸びをする。


「そういえば、カグヤ。

 あんた、さっきから妙に静かだけど、どうかしたの?」


「・・・・皆さんに、残念なお知らせがあります」


 膝を抱え、うつむいたまま、カグヤは、ポツリと話し出す。


「天女の羽衣が、どっかに行きました・・・・」


「え?」


「どっか行ったって・・・・?」


「風にあおられて落下したときに、どっかに無くしてしまいました・・・・」


「え?」


「あれがないと、移動もままならないわね・・・・」


「ごめんなさい・・・・」


「え?」


「村に戻ることもできないし・・・・」


「全部、私のせい・・・・」


「え?」


「いえ、カグヤのことを責めてるわけじゃ・・・・」


「・・・・・・・・」


「え?」


「ちょっと、チヨ。

 さっきから、『え?』『え?』って。

 あんたは、『え?』しか喋れなくなったんかぁ?」


「え?」


「だから・・・・」


「いやいやいや。違うっス。

 バカにしてるわけじゃ無いっス。

 さっきから、深刻そうにお話しされてますけど、どこかに行った天女の羽衣って、あれじゃないスすかね?」


 チヨの指さす方を見てみると、ぐっしょり濡れた帯状の布が、高木の上の方の枝に絡まって、だらんとぶら下がっている。

 月の光では、その布の色までは判別つかなかったが、その形状から、それが天女の羽衣であることは間違いないようだ。


「あった・・・、あった!

 よかった~」


「でも、あの高さじゃ、取りに上がるのは大変っスね」


「いえ、別に取りに上がらなくても大丈夫じゃない?

 天女の羽衣が引っかかっているあの枝を切り落とせば、地面まで落ちてくるんじゃないかしら」


 ジュンは、ブレスレットを取り外し、狙いを定める。


「シュート!!」


 ジュンから放たれたブレスレットは円形の鋸刃に形状を変え、天女の羽衣が引っかかっている枝に命中。

 切り裂かれた枝は、天女の羽衣を引っ掛けたまま地面に落下する。


「おおお!!」


 カグヤとチヨは、感嘆の声を上げると、ジュンに向かって”パチパチパチ”と拍手をする。


「ま、ざっとこんなもんよ」


得意満面のジュン。

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