第18話 ケリュネイアの雌鹿 5

カグヤたちは、文字通り一陣の風となって、空中を滑走していた。


「・・・・もしもし、カグヤさん。

 一つ聞いても、よいかのう?」


「なんぞな、ジュンさん。

 何でも、遠慮のう聞いておくれなし」


「西の山についたとして、これは、どうやって、止まるのかのう?」


「え?」


「このままだと、私たち、西の山に激突してしまうんじゃないかのう?」


「え、え~っと・・・・」

「まさか、何も考えていなかったのかのう?」


「だ、大丈夫、大丈夫よ。

 きっと、チヨが何とかしてくれる、何とかしてくれるわ!」


「えーっ!

 私がどうにかするんスか~?」


 突然、危急の案件を振られて、うろたえるチヨ。


「と、とりあえず、反動で止まるように芭蕉扇をたっくさん仰いでみてはどうっスか?」


「それだ!」


「と、言ってないで、さっさと芭蕉扇を仰ぎなさい!

 西の山は、もう目の前よっ!!」


「りょ~かいっ!

 うぉりゃぁ~!!」


 カグヤは、芭蕉扇を西の山に向かって仰ぐ。


 芭蕉扇を仰ぎ下しては、仰ぎ上げ、そして、それを何度か繰り返しているうちに進行速度は、みるみる遅くなってきた。


 西の山への激突は回避できそうだ、と思い始めたころ、”チカッ”と何かが瞬く。


「あれ?

 なんか、ゴロゴロって音がしてないっスか?」


 ”チカッ”と再び瞬く閃光。


 光った方に視線を移すと、そこは闇。

 真っ黒な闇。

 先ほどまで瞬いていた星の姿は、どこに消えたのか、どこにもない。


「・・・・雲?」


 ”カッッ!”と今度は、激しい閃光。

 ジグザグの光の線が、遠くの高木に落ちていく。


”ピシャッ!ドッゴォーオ~ン!!バリバリバリ・・・・”


 続いて、激しい轟音が、三人の身体を振動させる。


「ら、落雷!!?」


 激突を防ぐためカグヤが芭蕉扇を仰いで生み出した強風は、地表付近の湿った空気を伴って、山の斜面を駆け上り、激しい上昇気流となって山の上空に吹き上がった。

 吹き上げられた湿った空気は、上空の冷たい空気に冷やされ凝結し、雲と化す。

 雲は、みるみる成長し、強大な勢力を持った積乱雲に成長していた。


「ひょぇぇぇ・・・・」


 頭上で瞬く稲光の間隔が短くなってきた。


 ”ゴロゴロ”という雷音も、どんどん大きくなってくる。


 強い風も吹き始めてきた。


「カグヤ、地上に降りよう。

 このままだと、危ないかも・・・・」


「そ、そうね・・・・。

 そうしよう、そうしよう」


 ゆっくりと地上に向けて降下していく三人。


 ほほに冷たい何かが当たり、空を見上げてみると、冷たい大粒の雨が、ザァーっと振り出してきた。


「急ごう。雨が降ってきた・・・・」


 ジュンが、そう言うや否や、激しい閃光が辺りを包み、太い大きな光線が、近くの木に突き刺さる。


 続いて突風。


 バランスを崩した三人は、落雷の轟音を感じる間もなく、落下。

 山の斜面に放り出された。

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