第17話 ケリュネイアの雌鹿 4

「で、どうやって行くの?

 遠いわよ、西の山。」


「まっすぐ、最短距離で行きま~す。

 空から!」


「空から?」


「そう、空から!」


 カグヤは、包みから、薄桃色の羽衣をとりだし、ジュンに掲げる。


「テレレレッテッテテ~、『天女の羽衣』~」


「天女の羽衣?」


「おお、なつかっしいっス」


「この『天女の羽衣』を羽織ると、なんと空を飛べるようになっちゃうのだ~」


 さあさ、こっち、こっち、と促されるまま、チヨとジュンは、カグヤを中心に肩を寄せ合い、三人で一緒に、一枚の天女の羽衣を一斉に羽織る。


 羽衣は、三人一緒に羽織っても十分な長さで、羽織った後も不思議な力で身体に纏わりついて、ずり落ちてくる感じがしない。


 やがて、ふわりと身体が浮きはじめ、足が地面から離れるのを感じる。


 目線がどんどんと上がり、視界がどんどん開けてくる。


 日が沈んだあとの薄紅の光と薄紫の闇が交じり合った黄昏の空が、山の向こうに遠く広がっていく。

 村のある辺りは、ほのかに明るくなっていて、夕餉の準備なのだろう、竈からのと思われる煙が幾筋か立ち上っている。

 西の空には、空を焦がすかのように明るく輝く、一番星。


 しばらく、その風景に見とれていた三人だったが、ハッと我に返ったジュンが、カグヤに問いかける。


「ちょ、ちょっとカグヤさん?

 これって、空にただ浮いているだけじゃありませんこと?」


「オ、オホホ・・・・。

 そ、そうとも、言うかもしれないわねぇ・・・・」


 ジュンの問いかけに我に帰ったカグヤは、再び包みの中をゴソゴソし始める。


「テ、テレレレッテッテテ~、こんな時のための『芭蕉扇』~」


 カグヤは、包みから1本の扇を取り出し、掲げて見せる。


 その扇は、取り出した包みよりもはるかに大きく、芭蕉の葉のような形状をしている。


「なんとこの『芭蕉扇』は、『ひとたび仰げば風を呼び、ふたたび仰げば雲を呼ぶ』って言われた代物で、ひと仰ぎで、大風を起こすことができるのだ~。

 芭蕉扇で起こした風を推進力として、われらは西の山に向かうぞぉ~!」


「おお~っス!」


「それでは、参る~。

 芭蕉扇よ、風を起こせ~」


 カグヤは、進行方向に背を向けると、芭蕉扇を大きく仰ぎ下す。


 振り下ろされた芭蕉扇から、強い風が生み出され、一陣の突風が吹き抜けてく。


 遠くに見えていた村の竈の煙が、大きくたなびくのが見える。


「・・・・で?」


「あれ~??」


「風は出たっスけど、私たち、全然進んでないっスよね?」


「おっかしいな~。

 あれだけ強い風が出たんなら、私たちも、反動でいくらか進んでもいいはずなんだけどなぁ~?」


「ん?

 カグヤ。

 その扇、柄のところに、スイッチみたいなのついてない?」


 ジュンの問いかけに、カグヤは、芭蕉扇の柄の部分を探ってみる。


「あれ、ほんと。

 なんかスイッチみたいなのついてるね~。

 ちょっと押してみよっか。

 ポチッとなっと・・・・・・・・。

 う~ん、なんにもおこりませんな~」


 カグヤは、芭蕉扇を軽く仰ぎ上げる。

 芭蕉扇から強風が生み出され、今度は、その反動で、カグヤたちは、空中を移動していた。


「うっひょ~、進んだ~!」


「さっきのスイッチで、反動をなくしたりすることができるのね。

 どういう仕組みかわかんないけど・・・・」


「けど、これで西の山に向かえる。

 よ~し、行くぞ~!!」


 カグヤは、大きく芭蕉扇を仰ぎ下す。


 強風を残し、カグヤたちは、西の山に向かって、空中を疾走し始めた。


「いけ~!

 いけ~!」


 カグヤが芭蕉扇をふるうたびに、速度が上がる。


 眼下の景色が飛ぶように流れ、目的地である西の山がどんどん近づいてくる。

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