第12話 ナツメ 3
なんやかんやで、一年が過ぎた。
奴らは私の手におえんとの理不尽な理由で、吾輩は、カグヤやジュンの4年生らと5年生のジンからなる高学年クラスの担任を任されるようになった。
そして、カグヤを通じて、かの式マサキと知己を得るようにもなった。
今では、マサキには、魔法の授業の時には、助っ人として、代わりに授業を受け持ってもらうこともある。
吾輩は、通常、魔法を使用することができないからだ。
吾輩が、高学年クラスの担任となって、おおよそ3か月が経過した。
この間、二度ほど教室が破損し、離れの校長室が大破することがあったが、まあおおむね順調であると言えよう。
そして、今日、夏至の日は、カグヤたち4年生の『精霊の儀』の日である。
『精霊の儀』とは、吾輩が、カップケーキの建物の中で光の玉に触れた、あの儀式のことである。
あの光の玉のことを吾輩は便宜的に『精霊』と呼ぶことにした。
そのほうが断然に瀟洒である。
サダコによると人は精霊と触れ合うことで、だれでも魔法が使えるようになるらしい。
この世界には、魔法が使えない人が大半であるが、それは単に精霊との触れ合いがなかったことが原因とのことだ。
ただし、精霊との触れ合いは、どの精霊でも良いというわけでなく、自分の資質にあった精霊でないとダメである。
では、どの精霊が自分の資質にあっているのかをどう見分けるというのかというと、そんな方法はない。
ただ、その精霊に出会ったときに、もうびびっとわかるのだ。
経験者である吾輩が言うのだから間違いがない。
昨年、吾輩とジンが『精霊の儀』を行った後、いくつかの修正を加えて、より効果的なシステムへと改善を行い、プロセスを整備した。
大まかな手順は、次の通りである。
まず、一寸大の六角柱状の石英の結晶を掌に包み想いを込める。
次に想いの宿った石英の結晶を鎖に吊るし、カップケーキの建物『ドーム』の黒机の上のネックレススタンドに掲げる。
すると黒机に展開されている魔法陣で石英に宿った想いが増幅される。
その増幅された想いに魅かれて精霊たちがドーム内に現れるので、自分の資質にあった精霊と触れ合うのだ。
触れ合うことができるのは、一度に一人の精霊のみである。
ただ、歳を経るに従い、触れ合う精霊が変わることは、ままあるらしい。
また、極稀に複数の精霊と触れ合うことができることができる者もいるらしい。
精霊の儀でドーム内に魔力が満ちた際、ネックレススタンドに掲げた石英の結晶は、振り子のように大きく揺れを繰り返す。
この振り子の方向で、発現する魔法の属性を判断することができるのだ。
最初の属性は、火、水、土、風のいずれかになる場合がほとんどである。
属性は、経験を積んだりや技量を高めたりすることで、他の属性に変化する場合がある。
ちなみに、昨年の精霊の儀で、ジンはオレンジ色の精霊と触れ合い、その時の振り子は土の属性に揺れていた。
精霊の儀は、正午から、一人ずつ順に始まった。
儀式は順調に進み、残すはカグヤとジュンの二人だけとなっている。
ここまで、6人全員が、精霊と触れ合うことに成功している。
世間では、大半の人が魔法を使えないことを思うとものすごい高確率だ。
「さあ、次は私の番ね~」
カグヤがドームにやってきた。
「楽しみっすね~」
カグヤにチヨがくっついて来ていた。
そもそも、チヨは、今回の精霊の儀には、参加していない。
式になった時点で、何らかの精霊と触れ合っていて、儀式を行う必要がないからだ。
おそらく、チヨは、ドームがどうなっているのか興味があったのでカグヤについてきたのだろう。
この日以外でドームに入れる機会はまず無いからだ。
精霊の儀は、一人ずつドームに入るというのが原則だが、まあ、チヨとカグヤなら問題ないだろう。
カグヤが、想いの宿った石英を黒机の上のネックレススタンドに掲げた。
黒机の魔法陣が青白く淡い光りを放ち、ドームの天井に一つ二つと精霊が集まってくる。
「おおっ!?」
ドーム内にいたサダコ、ナツメ、チヨ全員が、思わず声を上げた。
これまで、想いの宿った石英を掲げたあと集まってくる精霊たちは、何らかの色に偏りはしているもののいくつか他の色の光が混じっているのが普通だった。
しかし、カグヤのもとに集ってきたのは、赤い光の精霊のみ。
ドームの天井が赤一色の光で満たされたのだ。
「きれいっすね~!」
頭上に繰り広げられた光景にチヨは感嘆の声を上げる。
しかし、その横で、サダコとナツメは、苦り切った顔をしていた。
たしかに赤い光一色の光景は、感嘆すべきものであった。
が、しかし、その集まってきた赤い光の精霊たちは、明らかにカグヤを避けまくっているのだ。
赤い光の精霊たちは、カグヤから、怯えて逃げるように天井や壁際に貼り付き、カグヤが近づこうとすると海が割れたように移動していってしまう。
精霊たちが話せるのならば「ちょ~、なんすかこれ。勘弁してほしいんっすけど~」「た、たすけて~。ここから出して~」と叫んで、軽くパニックになっているようにみえる。
追っては逃げられ、追っては逃げられ、そんなことを何度か繰り返すうちにカグヤが、次第に涙目になってた。
「カグヤ。
今日は、もう、それくらいにしておけ。
今日は、なにか具合が悪いんだよ、きっと」
サダコ校長の言葉に、さすがのカグヤも観念した。
掲げてあった石英を取り外し、入り口の扉の前にいるサダコ校長、ナツメ先生、チヨのところに戻ってくる。
ドーム室内から、サーッと赤い光の精霊たちが姿を消していく。
「ちょ、ちょっと、なによあれ~」
薄暗さが戻った室内でカグヤがつぶやく。
ちょっと涙声だ。
「なんか、これ、壊れてんじゃないの~。
チヨ~、あんたが行って、ちょっとやって来てみなさいよ~っ」
カグヤは、拗ねたようにチヨを促す。
「え~、でも、私がやっても、精霊と触れ合えないっすよ~」
「いや、別に構わんぞ。
それで、カグヤが納得できるなら、それでいいし、実際のところ、私も少し興味がある」
「ほんとっすか!?」
サダコ校長の許可を得て、チヨはポケットから想いの宿った石英のペンダントを取り出す。
石英を準備してきているところをみると、チヨ自身も、隙あらば、儀式をやってみたいと思って、その機会を探っていたのだろう。
ルンルンとハミングが聞こえてきそうな足取りで、チヨは、黒机に近づくとネックレススタンドに石英を掲げる。
黒机の魔法陣が青白く淡い光りを放ち、ドームの天井に一つ二つと精霊が集まってきた。
先ほどとは打って変わって、青い光8割、緑の光2割といった構成で、ドームの中は海の中にいるかのような光彩につつまれる。
ドーム内に満ち満ちた青い光の精霊や緑の光の精霊が、チヨの周りを舞っている。
触れることはできないが、チヨが手を伸ばすと、楽しそうにチヨの手の周りをフヨフヨと旋回する。
「きれい~」
先程までの不機嫌も吹き飛んで、カグヤは、胸の前で手を組みながら、その光景に見入っていた。
青い光がさざめいて、波のまにまにまを漂っているようだ。
竜宮城に差し込む光もこんな色彩だったかもね。
カグヤは、思わず胸の前に組んでいた手をとき、少しでもその海の光に似た精霊に触れようと右手を伸ばした。
すると精霊たちはその手とその手の指す方を恐れるようにさっと避けるように移動した。
かって、出エジプトの際、モーセが手を振り上げると、海が二つに割れたという。
それとよく似た光景が目の前で再現されていた。
「な、なんで・・・・?」
「まあ、なんか、今日は、調子が悪いんだよ、きっと。
ま、まぁ、そんなに気を落とすな」
再び涙目になるカグヤをサダコ校長が慰める。
「日を改めて、またやろう。
こんどはきっと大丈夫だ」
最後にジュンが、精霊の儀に臨んだ。
ジュンが、石英を掲げると、精霊たちが集まってくる。
「こ、これは・・・・」
ドーム内にカグヤの時とはまた違った光景が展開された。
ほぼすべての種類の精霊たちが、ほぼ同じ割合で集まってきたのだ。
ドームの中は、まるで虹の中に入り込んだかのようである。
ジュンの周りでは、七色の精霊が入れ替わり立ち替わりワルツを奏でるように舞い踊っている。
ジュンは、思い思いにその精霊たちに手を伸ばす。
が、不思議なことにどの精霊たちも、ジュンと触れ合おうとはしない。
そんな光景が何度か繰り返されるのを見て、サダコが、ジュンに声をかけた。
「ジュン、無理しなくていい。
無理に精霊と触れ合おうとしなくていいんだ」
「はい・・・・」
「触れ合う精霊は、おのずとわかるもの。
無理に選ぶ必要はないんだよ」
「はい・・・・」
「今日は、ここまでにしておこうか・・・・」
「はい・・・・」
ジュンは、少しうなだれたようにスタンドから石英を取り外す。
徐々に精霊たちが姿を消していき、ドームの中が、再び薄暗くなる。
ジュンは、サダコとナツメに向かって一礼をすると、ドームの扉を開け、自分の教室に帰って行いった。
「ナツメ。
すまんが、一緒について行ってやってくれ」
ナツメにジュンの後を追わせた後、サダコは、ドームの天井の窓を開けながらため息をつく。
カグヤのあれにも驚いたが、ジュンに集まってきた精霊たちの種類の多さにも驚いた。
ジュンが触れ合うことができる精霊は、まあ、あれだろうな。
こんな儀式で呼び出せるような精霊ではないし、出会えるかどうかは運しだいだなぁ・・・・。
というか、まだいるのか?
ずいぶん昔に見たきりだが・・・・。
それにしても、カグヤ。
あれは、なんというか、もう終わってるなぁ。
精霊がビビッて近寄ってこないもんなぁ。
こりゃ、カグヤが精霊と契約できるのは、当分先だな。
しかし、聞いてはいたが、相当にやばいな、あれは。
私でさえも、力の差がありすぎて、いるのかいないのかもわからんくらいだもんな。
まあ、あれは、相当なことしないと、ふつう出会えない存在だし。
しかたないと言えば、しかたないのかもしれんのだけど。
でも、それだけ能力あるんだから、もう少し、上手くやってもらえんもんかなぁ。
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