第11話 ナツメ 2


 そうして、月日は過ぎていった。


 サダコの授業を受け、吾輩も、日毎に知恵が身についてきたように感じる。


 二年目の春に、大量の新入生が入学してきた。

 全児童5人の小学校に対し、9人もの新入生である。

 なんでも最初の襲撃が影響する第一次ベビーブームのせいらしい。


 大量の新入生が入学するに先立って、サダコは、必要な机やいすを制作していた。

 吾輩は、このとき、教師という職務に机やいすの制作も含まれることを初めて知った。

 なんとも、大変な仕事である。


 机やいすの作成とは、とても大変な作業であろうと思い、サダコの様子をこっそりとうかがっていたが、思いのほか簡単な作業のようで、なにがどうなっているのかまったく理解できなかったが、次から次へポンポンと机やいすが生み出されていた。


 そういえば、作業中は、この部屋の中を覗いてはいけないと言われていたことを思い出し、サダコに気づかれる前にその場をそそくさと後にした。

 サダコが鶴にでも戻って、天に帰り、晩御飯をお預けされてはたまらない。


 四年目の春、初めての高学年クラスの生徒が誕生した。

 吾輩を拉致してきた児童が4年生、高学年クラスに進級したのだ。


 低学年クラスは引き続きサダコが担任していたが、高学年クラスでは、良識を教育する必要があるということで、最初は、村から村長や知識人とよばれる種族の人間がやってきて講師を務めていた。


 しかし、その児童が高い学力を有していることが分かると、不定期ではあるが、町から学者を非常勤講師として呼び寄せ、その学者の講義を受けさせることになった。学者が不在の時は、低学年クラスでサダコの授業を受け続けている。


 さらにこの年には、吾輩を拉致してきた児童の妹が入学してきた。

 このころには、吾輩も、人間の言葉を大概理解できるようになっていた。

 吾輩を拉致してきた児童はジン、その妹はシワという名前である。


 低学年のクラスでは、どの児童とも有効な関係を築いていた吾輩であったが、とりわけ、このシワという児童とは懇意にしていた。

 ほかの児童よりも意思の疎通がし易かったというのが大きい理由である。


 ある日、授業中にシワがうんうん唸っているのに気が付いた。

 どうかしたのかと尋ねてみると、今、算術の試験を受けているのだが、どうにも分からないところがあるらしい。

 ちょっと試験の問題を覗いてみると、吾輩にとっては何ということもない問いであった。

 この程度の問題で、心悩ましているとはなんとも気の毒な心持がしたので、シワがどうしても分からないという問題だけ解法を教えてやった。


 そんなことが数回続いた後、小さな騒ぎとなった。


 シワの答案が不自然だというのだ。

 比較的簡単な基本問題は時折間違えているにもかかわらず、難解な応用問題に限っては、必ず正解する。

 試しにと大学院で出題される問題を紛れ込ませてみたが、それすらも完璧な解答を返してきた。


 大人たちは不審に思い理由を尋ねてみると、シワは教室の黒猫に教えてもらったという。

 そんなばかげた話はないと大人たちは信用しなかった。

 なんとも失敬なことだと思う。


 それでも、サダコには、なにか感ずるところがあったようだ。


 その数日後、吾輩は、サダコに抱かれて、あのカップケーキの建物の中の部屋に連れていかれた。


 その部屋は6畳程度の丸い間取りで、天井は高く、そのてっぺん部分は球状で、一部分が縦に長い細長窓になっている。

 細長窓はすべてブラインドされているため、外の光はほとんど入ってこない。


 サダコが入り口の扉を閉めると、部屋は、吾輩の目をもってしても薄暗く、まるで月のない夜のようになった。


 丸い部屋の中央には、黒っぽい丸い形状の机があって、机の天板にはいくつもの円が重なった幾何学模様が白い線で描かれている。

 その円の中央には回転式のネックレススタンドが置かれていた。


「ジンに使わせるつもりで準備していたが、まあ、一人目がお前でもかまわんだろう・・・・」



 高学年クラス第一号生に先んじてというのは吾輩にとって光栄なことなのかもしれないが、実験台第一号という気もするのは考えすぎであろうか。


 本来は、ここに石を掲げるのだが、まあ、お前はそのまま乗っかっておればよかろうとサダコに丸い机の上に置かれる。


 なんともいい加減なものだ。


 暫くすると机の天板に書かれた幾何学模様が青白く淡い光りを放ちはじめた。


 同時に、地面に引き寄せられる力が強くなったのか、吾輩の身体が重くなった感じがする。

 たまらず机の上にひれ伏すと薄暗かった部屋が少し明るくなっている。

 不思議に思って、球状の天井を見上げてみると吾輩の頭くらいの大きさの光の玉が、いくつかふよふよと漂っていた。


 光の玉は、それぞれ赤や青などの様々な色で淡い光りを放っていて、一つ、二つとその数を増やしていく。

 奇麗なものだと眺めている間に光の玉は数十個に増えていた。


 最初は様々だった光も今では大半が紫色の光に占められるようになっていた。


 光の玉は基本天井付近を漂っているが、時折、吾輩の前にふらっと舞い降りてくる光の玉がある。

 たまたま、吾輩の間合いに入った光の玉があったので、ふいと前足を伸ばして爪で引っ掛けてやろうと試みたが、光の玉もさるもので器用についと吾輩の前足を避けていく。

 もっとも、吾輩はこれまで地を這うねずみの捕獲にも成功したことがない程度の狩猟能力であったので、吾輩の前足攻撃は、空中を気ままに浮遊する光の玉においては、取るに足らぬものであったであろう。


 それでも、吾輩の間合いに入ってきた光の玉に前足を伸ばしては避けられることを何度か繰り返しているうちに、なんとも不思議な心持になる瞬間があった。

 吾輩に近寄ってくる光の玉のうちのひとつがなんとも気にかかるのだ。


 その光の玉は紫の光を放っていて、一見、他の光の玉と何ら変わるところはないのであるが、なんともいえず気にかかる。


 その紫の光の玉はずっと吾輩の周りを漂っていたが、決して吾輩の間合いに入ってくることはなかった。

 どうにもたまらなくなって、爪で引っ掛けるでもなく、ただそっと触れてみたいという思いで、ゆっくりと右の前足をその紫の光の玉に向かって差し出した。


 すると、紫の光の玉も、それに気が付いたかのように吾輩に近付いてきて、吾輩の周りをぐるりと一周した後、右の前足の上に着地した。


 瞬間、何かが弾けた。

 自分の中の可能性が広がり、これまでなかった能力が高まった気がする。

 おまけに身体もいくらか大きくなったようだ。

 鏡がないのでしかとは分からないが、吾輩のエレガントさが数段レベルアップしている。


 心持が良くなり、尻尾を左右に振ってみて気が付いた。

 なんと驚いたことに、尻尾が1本から2本に増えていた。


「これは、驚いた。

 こんなに適合して、能力を向上させるものがいるとは思わなかった・・・・」


 サダコは、すっと吾輩の頭の上に手を置いた。


「ならば、お前には、少し手伝ってもらうことにしよう・・・・。

 お前は、今日から、私の式だ。」


 吾輩は、体の周りが、淡い白い光につつまれるのを感じた。


 体中に力がみなぎり、背筋がしゃんとしてくる。


 様々な言葉や映像が頭の中を駆け巡り、頭はくらくら、目がチカチカする。

 思わず固く目を閉じるが、紫色の光がまぶしくてたまらない。


 しばらくすると光が収まってきたので、そっと目を開ける。


 またまた驚いたことに身体が人のものへと変化していた。


 あちこち触れてみると、どうやら耳と2本の尻尾はそのまま残っているようだ。


 頭には、1枚のお札が貼り付けられた薄紅色の頭巾がちょこんと乗っている。


「おや、お前、メスであったか。」


 驚いたようにサダコが声をあげる。


 何年も一緒に暮らしてきたのに気が付いてなかったのかと吾輩はあきれてしまう。


「お前は、今からナツメと名乗るがいい。

 さあ、明日から忙しくなるぞ。

 覚悟しておくがいい。」



 翌日から、吾輩は、低学年クラスの副担任となり、サダコの授業の手助けをすることになった。


 吾輩は、自画自賛をするわけではないが、かなり優秀な式だと思う。

 大きな町や都ならいざ知らず、小さな山村のこと、吾輩以上に優秀な式はいないであろうと考えていた。


 しかし、それが大きな勘違いであることを思い知った。


 今日、夕食の買い出しに出かけた村の市場で、とんでもない式とすれ違ったのだ。


 後で知ったことだが、それは、ウラの山のマサキという名の式であった。


 「英雄は英雄を知る」と言うが、市場で、優秀さを自負する吾輩の目の端にかの式が映ったとき、その桁外れの能力を直感し、誰知れず「ごめんなさい」と思わず謝罪の言葉を発してしまったものだ。


 それに、ウラの山と言えば、そこから、カグヤと一緒に小学校に通ってきているチヨという名の式が低学年クラスにいる。

 このチヨという娘も、底が知れない能力を持った式である。


 ウラの山には、優秀な式を召喚できる高位の召喚陣でもあるのだろうか。

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