第13話 カグヤ四天王 2
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
学校からの帰り道。
ジュンは、俯きがちに歩を進める。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
今日は、朝から、気が乗らなかった。
足音も、ぽつ、ぽつ、ぽつと威勢がない。
とにかく今日はスッキリしない。
悪いことばかりがあったわけではないけれど、なんだか今日は散々だ。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
精霊とふれあうことができなかった・・・・。
きっと私の心持がこんなだったせいだろう・・・・。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
精霊の儀、奇麗だったなぁ。
ドームの中が七色の光で満ちていた。
七色の光の玉が、思うままにドームの中で舞い踊っていた。
あの光の玉一つひとつに意志があるようだった。
だから、こんな私のことを見向きもしてくれなかったのだろうな・・・・。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
道端にヤマアジサイが咲き誇っている。
ホンアジサイに比べると派手さはないが、可愛らしい。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
森の麓に入る手前。
そこに見慣れた二人の姿があった。
気分的に無視して、通り過ぎようかと思ったが、なにやら様子がいつもと違う。
「こんなところで、何やってんの……?」
なにやら深刻そうにひそひそ話をしているエンとキンに話しかける。
「また、四天王ごっこ?」
「四天王ごっこって・・・・」
「いや、まぁ・・・・、なぁ・・・・」
「なによ、歯切れが悪いわね」
「まぁ、あれを『四天王ごっこ』というのなら、そのつもりだったけど・・・・」
「けど?」
「森の中の様子がおかしいんだ」
「かなりの人数が潜んでる」
「大きな鶏のような化け物の影もみえた」
「なにかとても怪しい」
「で、どうしようかと考えていた」
「どうしようも、こうしようもないわ。
あんたたち、さっさと家に帰んなさい。
森に怪しいものが潜んでいたからといって、私たち子供に何ができる?
急いで帰って、このことを大人に伝えるのよ。
いい?」
「わかった。
帰る。
んで、途中、学校によって、先生にも伝えてくる」
「でも、ジンや、シワは、どうする」
「ジンとシワがこの先にいるのね?
わかった。
私が、二人に伝える。
どうせ、家に帰る方向だし」
―――― ジュンの家の程近くの森の中
「あら、ジン、遅かったわね」
道端の大きな石に腰をかけたまま、カグヤは、学校からの道ではなく、森の中から現れたジンに声をかける。
「おう。
すまない」
森との境界は、腰の高さほどの小さな段差になっていて、その段差をひょいと飛び降りながら、ジンは答える。
「ん?
チヨは、どうした?」
「チヨなら、さきに、ジュンの家に行った」
「そうか・・・・。
俺たちも、さっさと移動した方がいいかもしれないな」
「え?」
「なんだか森の中がおかしかったからな、ちょっとみてきたんだが・・・・」
「おかしい?」
「たくさん人が潜んでいる・・・・」
「え・・・・?」
「俺が気が付くくらいだ、隠密の集団ではないと思う。
でも極力、目立たないようにはしているようなんだが・・・・。」
「なんかの偵察?」
「こんな村はずれに?」
「ねぇ、ジン?」
ゆっくりと大きな石から腰をあげながら、カグヤが、問いかける。
「森の中でみた人って、あなたの後ろに立ってる人のことかしら?」
「んっ・・・?」
すぐさまジンはその場から、カグヤの方にむかって大きく前転するように跳ぶ。
直後、ジンを拘束しようと振舞われた男の手が、ジンの元居た場所で、大きく空を切る。
カグヤの言葉に、後ろを振り返り、その姿を確認していたら、間違いなく拘束されていただろう。
ジンは、転がるようにカグヤのもとに近付くと、カグヤを背にするように、森の中から現れた男と対峙する。
「ちっ・・・、すばしっこいガキだ」
ゆっくりと視線を返しながら、男はつぶやく。
「誰だ、お前?」
「なに、通りすがりの占い師さ・・・・」
陰陽師とも、祈祷師ともとれる姿をしたその男。
薄墨色の狩衣の袖が、風で小さく揺れる。
「さっきから、何人かのガキが、森の中をウロチョロしてるのは気が付いていた。
まあ、ガキのことだ、気にすることもなく無視していたんだが・・・・。
妙にお前たちは、卦が悪すぎる。
さすがに、無視することができず・・・・ってとこだ」
話終わるや否や、男は、間合いを詰め、ジンを捕まえようと手を伸ばす。
「シュート!!」
突然、その動きを牽制するように、投擲された短剣が、男に襲い掛かる。
男は、短剣に気が付くもののとっさのことに身動きできず、その場に立ちすくむ。
「ウインドアロー!」
しかし、短剣は、男に到達する前に、森の中から放たれた風の矢に迎撃された。
短剣は、ブレスレットに姿を戻し、投擲者のもとに戻っていく。
「ジュン!」
カグヤの叫びに、かるく応答しながら、ジュンは、ブレスレットを回収する。
肩で息をしながら、急いで帰ってきて正解だったわねと、ジュンは、額の汗を右手で拭う。
しかし、視線は、風の矢が放たれた森の中から外さない。
「カントウ、こんなところで何をしている」
風の矢を放った男の声が、森の中から低く響く。
「その声は、ソモか・・・・。
助かった」
薄墨色の陰陽師もどきの男は、カントウという名前らしい。
カントウは、追撃を恐れ、ジンとの間に距離をとる。
攻撃する腕力は、強くないようだ。
森の中から風の矢を放った男ソモが、ゆっくりと森の中から姿を現す。
「お前の出番は、もっと後だ。
それまでは、おとなしくしていろ」
「あっ・・・!」
森の中から現れた男『ソモ』を見て、カグヤは思わず声を上げる。
忘れもしない、あいつは、エンを石にかえた奴・・・・。
ソモに向かって駆け出そうとするカグヤをジンの背中が押し止める。
周囲を一瞥したソモは、少年の後ろで押し止められている少女の幼い怒りがこもった視線に気が付く。
「ほう、これは・・・・。
久しぶりだな、嬢ちゃん」
「・・・・!」
ソモに掴みかかろうとするカグヤをジンの背中は、なおも押し止める。
「そういきりなさんな、お嬢ちゃん。
ちょうどいい。
お前さんにも聞きたいことがあったんだ・・・・」
ソモは、腰に取り付けていた皮製の小さなバックに手をいれる。
その皮製のバックは、マジックバックだったのであろう。
バックから取り出されたものは、バックよりも遥かにおおきなモノであった。
ソモは、バックから取り出したそれをジンとカグヤの前に放り投げる。
「炊飯器・・・・?」
破れた札の貼られた炊飯器が、目の前をガラン、ゴロンと転がっていくのを見て、ジンは首をかしげる。
「嬢ちゃん、そいつに見覚えあるだろう?」
目の前に転がる炊飯器。
カグヤの脳裏に、あの苦い思い出がフラッシュバックする。
赤い鳥。
収束し、自分に迫る光の玉。
戦うおじぃとおばぁ。
河口の家に向かって駆け出す自分たち。
風の刃で切り刻まれ、コカトリスに弾き飛ばされるチヨ。
・・・・そして、
自分をかばって、石化するエン。
大きく見開かれたカグヤの瞳から、大粒の涙がいくつも零れ落ちる。
「その器の封印を解くのに、5年掛かった・・・・。
やっとの思いで器を開けてみたら、中は空っぽだ。
どこへやった!?
朱雀を!
どこに隠したんだ!?」
「シュート!」
カグヤに詰め寄ろうとしたソモに向かい、ジュンは、ブレスレットを投げつける。
しかし、ソモは、剣を抜くことすらせず、さやに納まったままの剣を掲げ、柄でブレスレットをはねのける。
「どいつもこいつも、小賢しいガキどもだ」
もたもたして、また、あのじいさんたちに出張られては厄介だ。
ソモは懐から、金色の笛を取り出すと大きく吹き鳴らす。
”ぴっぴろぴー、ぴっぴろぴー、ぴっぴろぴー”
「な、なんだ?
この笛は?
なにか、呼び出すとでも・・・・?」
ジンのなにげないつぶやきにカグヤが反応する。
「呼び出す…?」
カグヤの脳裏に、エンを石に変えた、あの大きな鶏のような魔物の姿が浮かぶ。
「コカトリス・・・・、いけない!」
このままでは、みんな、ジンもジュンも石に帰られてしまう。
エンのように・・・。
逃げなきゃ・・・。
ここから、直ぐに離れなきゃ・・・。
と、思うものの、声はでない。
身体も動かない。
”ザッ”
森の中から、大きな黒い影が飛び出し、ソモとカントウの後ろに立った。
カグヤ四天王 7
予想通り、呼び出されたのはコカトリス・・・・・・だったのだが。
「・・・・シワちゃん?」
「ん?
シワ?」
コカトリスの背に、ちょこんとシワの姿が。
「あ。
カグヤちゃんとお兄ちゃんだ。
やっほー!」
「・・・・お、おう」
「や、やっほぅ?」
「あのね、あのね。
森の中歩いてたら、おっきな鶏さんがいてね。
お話してたら、なんか、仲良くなっちゃった」
「そ、そうか・・・・」
「でね、背中にのっけてもらって、森の中、いっしょにお散歩してたの。
そしたら、笛の音で呼び出されちゃって。
だからね、いっしょにきちゃった」
「そ、そう・・・・なんだ」
「でね、でね。
散歩しながら鶏さんとお話ししたんだけど、毎日、なんか大変なんだって。
やりたくもない仕事で、こき使われて」
「そ、それは、気の毒だな・・・・」
「そうなの!
今日もね、たくさんの人に引っ張りまわされて、いいように言われて・・・・。
もうね、どうでもいいから、なんか、わーっとやっちゃいたい気分なんだって」
「そ、そう・・・・」
「ね、おにいちゃん、カグヤちゃん。
わーっとやっちゃっていいかなぁ?」
「お、おう」
「や、やっちゃっても、いいかもね。
な、なにをやるのか、よくわからないけれど・・・・」
「よ~し。
鶏さん、やっちゃって、いいって!
そんじゃぁ思いっきり、いっちゃえ~!」
シワの叫びに呼応して、コカトリスは大きく息を吸い込むと、森の中に向けて毒ブレスを一閃させる。
「「「「「ええ~っ!?」」」」」
カグヤたちだけでなく、ソモもカントウも、「コカトリスって、こんなことできたの?」というような顔で驚いている。
森の中から、バタバタと人が倒れる音、木の上に潜んでいたものが地面に落ちる音が、いくつも響く。
何人かの者は、新鮮な空気を求め、森の中から飛び出したものの、そこで力尽き、崩れ落ちていく。
「森の中の討伐、終了~!」
「ぜ、全滅?」
「大丈夫、大丈夫。
峰打ちだったかもしれないから~」
「ど、どういう理屈だ!」
ソモは、剣を抜くと、シワに向かって切りかかる。
しかし、ソモの剣が振り落とされるより早く、コカトリスの魔眼が煌めき、その視線がソモに通る。
瞬間、ソモは石化し、地面にゴロンと転がり落ちる。
「い、いかん!」
カントウは懐から、先端に大きな青い宝石をついた小ぶりな杖を取り出すと、魔力をこめて、石化したソモに振りかざす。
杖から放たれた青い光は、石化したソモを包み込む。
青い光は、2、3回白く点滅した後、最後に大きく強い白い光を放ち、パンと弾けるように消滅した。
あとには、石化から回復し、唖然と佇むソモの姿。
「ソモ!
ここは、一旦、引くぞ」
カントウは、ソモの腕をつかみ、展開した転移の魔法陣のなかに引きずり込む。
「ガキども、覚えていろ・・・・」
最後の言葉を残し、ソモとカントウは、転移の魔法陣の中に姿を消していく。
「た、助かった・・・・?」
へなへなと、3人はその場にへたり込む。
「そ、そのようね・・・・」
見渡すと毒ブレスに倒れた森の中の怪しい人達の下にも魔法陣が浮かび、次々と魔法陣の放つ光の中にその姿を消していく。
「ね、ね。お兄ちゃん。
この子、家で飼ってもいいかなぁ?」
コカトリスの背に跨ったまま、シワがジンに問いかける。
「お、おう・・・」
「よかった!
良いって!」
シワが背中から首筋に抱きつくと、コカトリスは嬉しそうな鳴き声を一つ上げる。
「ちょ、ちょっと・・・・」
ジュンは、ジンの小脇を肘で軽く小突きながら、小声で問いかける。
「家で飼うって・・・。
いいの?
そんなこと許しちゃって・・・・」
「いいも、なにも・・・・。
今のあいつに、逆らえる奴がいるか?
下手に機嫌を損ねたら、村が滅ぶぞ?」
「そ、そう、ね。
ま、まあ、そこはかとなく可愛い魔物のような気がしないでもないから・・・・、良いんじゃ、ないかなぁ・・・・」
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