第7話 エン 1
―――― 5年前
竹から生じカグヤと名付けられた女の子は、三ヶ月ほどで5歳くらいの少女に成長していた。
カグヤのお供のチヨも同様に成長していて、おじいさんとおばあさんの家は、日々賑やかしさを増していた。
その日、朝から、おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんとマサキは村のほうに出かけていた。なので、カグヤとチヨは、なかよく家でお留守番・・・・など、この二人がするわけもない。
なんと、現在、二人は、池に続く道の上空をふよふよと浮遊していた。
「お嬢、ぜぇぇぇったい手を離さないでくださいよ」
「大丈夫だって~」
チヨはカグヤにすがりつく。
カグヤは、そんなチヨを抱えつつ、山で一番高い木よりもはるか上空を風に吹かれるまま、あてどなく漂流している。
最初は、家で、おとなしくはしていたのだ、二人とも。
しかし、すぐにカグヤは退屈になった。
仕方がないので、カグヤは、なにか面白いものはないかと、奥の部屋をごそごそと探り始めた。そして、
「ね~。チヨ~。
こんなの見つけた~」
カグヤは、奥の部屋から、薄桃色のストールのような布を引っ張り出してきた。
これは奇麗だと、カグヤはチヨと二人で、その羽衣を羽織ってみる。
するとどうだろう、なんと二人の体が宙にふわりと浮いたのだ。
これは、いい。
ならば、探検に出発だと、渋るチヨを抱えつつ、カグヤは、空の散歩に繰り出した。
空から見下ろす山々は、所々に桜の色が残っているものの、ほとんどが新緑の若葉色。緑が、まぶしく輝いている。
薄く白みがかった青空は、遠くがぼおっと霞んで見える。
カグヤの頭上では、時折強く吹く風にゆれた薄桃色の羽衣が、春霞の太陽の光を反射し、淡い輝きを放っている。
チヨは、高いところが苦手らしい。
風が強く吹くたび、叫び声をあげる。
「ぜぇぇぇったい手を離したら、ダメっスからね!」
「大丈夫、ダイジョブ。
私なら、ほんと、大丈夫だから~」
「本当に、ほんとっスか?」
「ほんと、ほんと。
私なら、大丈夫~。
疲れてどうしようもなくなったら、ちゃんと手を離すから~」
「それじゃ、チヨが全然大丈夫じゃないっスか~!」
「え~。
だって、チヨは、カメの式神なんでしょ~?」
「そうっスけど・・・・」
「カメって、危なくなると手足を甲羅の中に引っ込めて、そこから火炎を放って、空飛べるんじゃないの~?」
「そんなカメいないっス!」
「でも、昨日、夢でみたよ~?」
「夢と現実をごっちゃにしないでほしいっス!」
足下に大きな池「一生吹池」が見えてきた。
一生吹池は、一瀬川が流入しできた天然の池で、一志川を通じて流出し、古くから、この地域の水源となっている。
一瀬川が一生吹池に流れ込む河口の近くに建物が見えた。
この一生吹池を管理しているものが住まうところだ。
池の畔にある大亀の甲羅のような磐座にかかる注連縄の紙垂が風で小さく揺れている。
陽の光が水面に反射して輝き、キラキラと音を奏でているようだ。
「ウォーターボール!!」
突然、一瀬川の河口付近の林の間から、水弾が放たれた。
その水弾はカグヤとチヨに命中し、二人は、池に向かって落下していった。
「うう~。
顔が濡れてて、力が出ない~」
カグヤとチヨは、落下途中で何とか態勢を立て直し、池への落下は、なんとか回避した。
しかし、水弾が命中したおかげで、びしょ濡れだ。
「いや~、いきなり、びっくりしたっスね」
「そうね~。
でも、このまま浮いてても、いい的になるだけだと思うから、いったんどこかに降りましょうか~」
「そうっスね。
羽衣も、濡れたせいか、高く飛べなくなったみたいっスから。」
ひとまず、大岩に隠れるように磐座の近くに着陸する。
「ここなら、撃ってきても岩陰に隠れられるし、見通しもいいから、襲ってきても、反対方向に逃げれば振り切れるわ~」
「羽衣は、ここにかけて、乾かしておくっスね。
高く飛べるようになったら、池の方に逃げることもできるっスから」
「ちょうど、日当たりもいいし、着てるもの乾かしながら、しばらくここで、日向ぼっこね~」
磐座の陰に隠れながら、カグヤとチヨは、日向ぼっこ。そして、狙撃者の様子をうかがう。
一方、一瀬川の河口付近の林では、ウエストにリボンのあるライトブルーのマキシワンピースを着た一人の少女が頭を抱えてうずくまっていた。
「ま、まさか、命中するとは・・・・」
なんだかよくわからないものが池の上空をふよふよ飛んでいた。
なので、威嚇するだけのつもりで水弾をはなった。
当たるはずがなかった・・・・。
だけど、当たってしまった・・・・。
そりゃ、もちろん、命中させるつもりで、水弾をはなったわ。
けれど、あんなに距離があったのよ。そもそも、当たるわけがないじゃない。
いっぱしの大人でも、当てられないわよ、こんなの。
いたとしても、達人よ。相当の。
そもそも、魔法は、十歳をこえてようやく使い始められるものである。小学校に上がったばかりの少女が放てるだけでも、とんでもなくすごいこと。頭を抱えてうずくまる少女も、実のところ、数日前に魔法を発動できるようになったばかりだ。もちろん、何かに向かって魔法を放ったのは、もちろん初めてのことだった。
後に天才狙撃手の名をほしいままにする少女の記念すべき初ショットでもある。
うわぁ、当たっちゃったよぉ・・・・。
どうしよう・・・・。
しかし、いまはそれどころではない。
厄介ごとを振り払おうとして、うっかり、引き寄せてしまったみたいなものだ。
危ないやつだったらどうしよう・・・・。
逆上して、反撃されたら、どうしよう・・・・。
今日に限って、両親とも不在だし・・・・。
ひとまず、場所を移動しよう。
狙撃した場所は、相手にもわかっているだろうし、ひょっとしたら、こちらに向かってくるかもしれない。
逃げ去ってしまおうとも考えたが、狙撃してしまったものが、なんであったのか分からないままというのも、なんだか気持ちが悪い気がした。
たしか、磐座のほうに落ちていったわね。
身を隠しつつ、林の中を遠回りに磐座を観察できる場所まで移動してみることにした。
狙撃した場所からちょうど反対側の磐座の陰を眺められる場所まで移動してみるとそこには2つの小さな姿が確認できた。
自分と同じくらいの歳の女の子たちのようだ。
一人は、真剣に周囲に注意を払い緊張感たっぷりの様子。
もう一人の女の子は、もうなんというか、完全に日向ぼっこの様子だ。
おっさんならともかく、あんなちっちゃな子、撃墜しちゃったか~。
申し訳ない気持ちが胸をよぎる。
この様子なら、身を晒しても危険はないだろう。
できれば、撃墜したこと、謝りたいし・・・・。
少女は、身を隠していた木の陰から飛び出すと、大岩の陰の二人の女の子に向かって声をかけた。
「おい・・・・」
チヨは、少女にむかって身構える。
カグヤは、相変わらず日向ぼっこスタイルだ。
「誰っスか?
もしかして、さっき狙撃してきた・・・・」
「あ、ああ・・・・。
ごめんなさい、まさか当たるとは思わなくて・・・・」
威嚇のつもりで、決して当てるつもりはなかったこと、というか、あの距離で、まさか命中するとは思わなかったことを、ポツリ、ポツリと言い訳する。
「でも、すごかったね~。
あんなに遠くから当てるなんて~」
カグヤが、手放しで、少女を褒める。
「い、いえ・・・・」
「おかげで、びしょ濡れ~」
「ほんと、ごめんなさい!」
「いいよ、いいよ~。
もうほとんど乾いちゃったし~。
でも、羽衣は、なかなか乾いてくれないね~」
なんでも、この羽衣を羽織ってみたら、ふよふよ浮いたので、ここまで二人で空中散歩を楽しんできたらしい。でも、この羽衣は、濡れてしまうと高く飛べなくなるようで、家に帰るためには、ひとまず乾くのを待つしかないようだ。
近くに行って、よくよく見てみれば、その薄桃色の羽衣は、ふわふわしていて、とても肌触りが良さそうだ。
「触ってみる~?」
「いいの?」
「いいよ~。
ほぉ~れ、触ってごらん、ウールだよ~?」
「ほんと?」
「さぁ~?」
おずおずと羽衣に触れてみると、湿ってはいたが思った通り良い肌触りだった。
ためしに羽織らしてもらうと、なるほど、ふよふよと身体が浮く。面白い。
「あんたたち、どっから来たの?」
「私たちはね~、ウラの山から来たんだ~。
そこで、おじぃとおばぁと一緒に暮らしてるのよ~。
私は、カグヤ。
この子は、チヨっていうの~」
「ウラの山?
あ~、竹取のじいさんのところか!
でも、あそこに子供っていたっけ?」
「うんとね~、いっしょに暮らし始めたの、最近だから~」
「そっか~。
あ、私は、エン。
すぐそこに住んでるの。
親は、ここの池守をしているわ」
「池守~?」
「この池の管理や運営をしてるの。
村のみんなの生活をささえる大切な水源だからね~」
「へ~」
「そうだ。
2人とも、家来る?
家の方が、日当たりも風通しもいいから、その羽衣も、きっと早く乾くと思うよ?」
「そお~。
ん~、じゃあ、ありがとう~。
お言葉に甘えて、おじゃまする~」
エンの家は、一瀬川が一生吹池に流れ込む河口の近くにある。
池沿いの道を歩いて、エン、カグヤ、チヨの三人は、エンの家に移動した。
エンの家に着くと、さっそく庭の物干しに羽衣を吊るす。
羽衣が乾く間、エンとチヨは縁側に腰を掛けて、足をぶらぶらさせていた。カグヤは、縁側にぐて~っと寝ころんでいる。
エンの言っていた通り、日当たりが良い。
風も気持ちよく吹き抜けていく。
これならきっと、羽衣も早く乾くだろう。
「う~。
お腹減った~」
「お嬢。
はしたないっすよ」
力なく声を上げるカグヤを、チヨがたしなめる。
「う~ん、そっか~。
お腹すいちゃったか~」
そろそろお昼だしな、とエンは思う。
「たしか、台所に何かあったと思うから、好きにとってきていいよ」
「ほんと~!
じゃ~、いってきま~す!」
エンの言葉に、カグヤは、ばっと身を起こすと、飛ぶように台所に向かってダッシュして行った。
「申し訳ないっス」
「いいよ、いいよ。
今日は、私一人だから、なにかお昼に食べるもの用意してあると思うし・・・・」
「いつも一人なんスか?」
「いいえ。
昨日の夜から、妹が熱だしちゃって。
朝から、父さんと母さんが村の医者に連れてってんの」
「それは、大変っスねぇ」
「まあ、ただの風邪だとは思うんだけど・・・・」
トテトテトテと、台所から、足音が近付いてくる。
「ただいまぁ~」
満面の笑みを浮かべて、カグヤが戻ってきた。
炊飯器を抱えて。
「お嬢~」
「お、おまえ、なんか、容赦ないな~」
「んふ~。
みんなも、お腹すいたでしょ~。
このカグヤ様が、特上のおにぎり作ってあげる~」
カグヤは、炊飯器からご飯を取り出すと、あちっあちっとおぼつかない手つきで、おにぎりを作り始める。
「ご飯ってさ~、もうそれだけでおいしいのに、おにぎりにすると、おいしさのレベルがワンランクアップするよね~。
ふっしぎ~。
はい~、最初の1個は、エンちゃんに~。
どうぞ~、召し上がれ~」
「あ、ありがと・・・・」
手ずからおにぎりを受け取り、エンがつぶやく。
次にチヨ、最後に自分のぶんのおにぎりを作り終えると
「いただきま~す!」
カグヤは、真っ先におにぎりにかぶりつく。
「ん~。おいし~い。
さすが、私の作ったおにぎり~」
「まずまず、といったところっスね」
「なによ~、チヨは辛口ね~」
半ばあっけにとられていたエンであったが、カグヤの勢いに飲まれるまま、おにぎりを一口かじってみる。
おいしい。
たしかに、おいしさがワンランクアップしているように感じる。
「エンちゃんは、どぉ~?
おいしい~?」
「ん。
おいしい・・・・」
「でしょ~。
おともだちと一緒に食べるおにぎりは格別~」
「おともだち・・・・?」
「そう。
エンちゃんは、私の初めてのおともだち~」
「初めての・・・・?」
「チヨは、家族みたいなもんだし~」
ともだち・・・・か。
そういえば、私も、いままでずっと妹と2人だったし・・・・。
春から小学校に通い始めたけれど、登校したのも、まだ数日しかなくって、ともだちっていえるひと、まだ、いないな・・・・。
と、言うことは私にとっても、「初めてのおともだち」か・・・・。
少しうれしくなって、おにぎりをもう一口かじる。
さっきよりも、ずいぶんおいしくなっている気がした。
おにぎりのレベルが、数ランクアップしたようだ。
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