第18話 フルララ、再開を喜ぶ。

 昨日は、ディムさんとリリアナちゃんだけで遊びに出掛けました。

 リリアナちゃんが、森を走り回って狩りをしたいと言ったのですが、ディムさんから、《ダンジョンで飛んでいた以上の速度で走り回るぞ。》と言われたので、私は留守番を選びました。


 あれ以上の速度なんて…考えただけでも背筋が…

 でも、リリアナちゃんは楽しいって言ってるし…

 だから私のせいで、リリアナちゃんが楽しめないのは嫌なんです。

 それに、私はダンジョンで、ディムさんを独り占めにしましたからね。



 朝食後の紅茶を配り終えた私は、席に戻って蜂蜜たっぷりの紅茶を飲みました。

「今日はどうしますか?」

《そうだな…商業ギルドに行って祭りの話しを聞いてみるか。」

「うん。ききたぁいー。」


 リリアナちゃんが、商業ギルドのロチアさんから聞いた話は、『丁度一ヶ月後にお祭りがあって、その時に、サーカス団の公演が10日間開催される。』でした。


《フルララも初めてだしな、色々と聞いておかないと、楽しめないだろう。》


 私が小さい頃にも、何度かレテイアで公演がありましたが、母の病気の事もあったので一度も見た事がなかったのです。

 小さな祭りすら、私には経験がありません。

 もちろん、神官として王都で過ごしていた時も、教会から出ることはありませんでした。

 なので、祭りの楽しみ方を私は知らないのです。


「はい。公演を見る方法とか、さっぱり判らないです。」

《俺も、サーカスっていう物を知らないからな。どんな物なのか興味がある。》


 と言うことで、私とディムさんとリリアナちゃんは、朝の買出しを止めて商業ギルドに向かいました。


 商店街を抜けて、商業ギルドの建物が見えてきた辺りで、私は街の雰囲気がいつもと違う事に気付きました。

「なにか…皆さん、元気がない顔をしてませんか?」

 リリアナちゃんと手を繋いで歩いていると、いつも笑みを向ける商店街の人達や通行人。

 今日は、ほとんどの人達が俯いて歩いていました。

《なんだろうな。…ダンジョンで何かあったのか?》

「なのでしょうか?」

《まあ、それもロチアに聞けば判るだろう。》


 私達は、商業ギルドの扉を開けて受付ホールに入りました。

「なにか、慌しいですね。」

《そうだな。この様子だと、話を聞ける状態じゃないかもしれないな。》

 商人やギルド従業員達が、真剣な顔で何かを話し合っている姿ばかりが目に映りました。


「フルララさん。リリアナちゃんも、いらっしゃいませ。」

 私達よりも先に、ロチアさんが私達を見付けました。

 その声はやっぱり元気が無く、ロチアさんの表情も疲れている顔を見せていました。

「なにか遭ったのですか?」

「はい。レボルク領でクーデターが起きまして。…レボルクの領主が殺害されました。元ガザルド領主の息子が首謀者なので、色々と問題が起きそうなんですよね。」


「あぁ…そっちでしたか…」

「え? そっちとは?」

「いえ! そういう情報を昨日聞いていたのですが、他領地の事でしたので。てっきり、ダンジョンで何か起きたのかと。」

「そうですね。領主が交代するだけの話なら問題にならないのですが、領境の街道を封鎖されたのです。詳しい事はこれから調べるみたいですが…」


 私はディムさんから、レボルク領で人を助けた事を聞いていました。

 襲われた理由などをディムさんは聞かなったのですが、私がディムさんから聞いた話から、助けたプリアム伯爵家の家族を襲ったのは正規の軍だろうって結論付けたのです。

 なので、陰謀的な何かだとは思っていましたが…

 

「あの! 亡くなった領主様の家族は居なかったですか?」

「それが…ご結婚されてて、奥さんと子供さんがいたみたいなのですが、所在が不明らしいですよ。」

 そう語ったロチアさんの表情は、思い詰めたように硬くなっていました。


 少ない情報の中、領主の死亡と家族が行方不明。そして、元ガザルドの領主…

 これだけでも十分な憶測は出来ます。


 さらに私は、その家族がディムさんが助けた人に繋げるのに、なんの迷いもありませんでした。


《パパぁ、おまつりは?》

《ああ、そうだったな。フルララ聞いてくれるか。》


「そうでした。ここに来た理由はロチアさんに祭りの事を色々と尋ねに来たのですが、どうなるんでしょうか?」

 私の質問に、ロチアさんの表情が少し明るい表情に変わりました。

「そうですね! 暗い話をしていても良い事なんてないですから、楽しい話をって、立ち話ですみませんでした。商談部屋が空いていますので、そちらでお話します。」


 ロチアさんに案内された部屋は以前、家の購入で使った部屋でした。

「大通りの両端を埋め尽くすほどの屋台や露天が出るのです。」

 私達に冷えたジュースの入ったグラスを配り、対面のソファに座ったロチアさんが自慢するように話ました。そして続けて、

「その全てが、商業ギルドと冒険者ギルドからの出店で、ダンジョン産の食べ物やアイテムなどを売っていて、領外からも沢山の人達がお越しになります。10日間開催されるのですが、その期間に合わせて、サーカス団の公演や、野外演劇などもあります。」


 サーカス団がメインの祭りだと思っていましたが、どうやら違ったようです。


「すごい大きな祭りみたいですね。」

「ええ、毎日新鮮な肉や果物をダンジョンから運んだり商売したり、冒険者ギルドの方々は狩りや採取にで、忙しくなります。ですが、両ギルド共に稼ぎ時なので皆さん楽しんでます。」

「普段以上の量を運んだりするんですよね。大変ですね。」


 ディムさんなら、どんな大きな魔物でも収納して運べますが、普通は荷車です。

 それにダンジョンの魔物は大きいのばかりですから、さらに護衛役や運び役に、人手も多くなると思います。

 それを、10日間もするなんて…どれほどの忙しさになるのか、想像も付きません。


「もちろん、収納魔術の特性持ちの方々を臨時に雇っていますからね。うちにも2名の特性持ちがいますが、毎年、別支店から応援を頼んでいます。」


 そうですよね。商業ギルドなんだから、収納魔術を持っている人が勤めていますよね。

 ディムさんのように無限に入るってことは無いですが、荷馬車数台分を収納出来るので、軍事利用として公爵家に雇われる方が多いと聞いていましたが、商業ギルドの方が有功的ですよね。

 それも、2名じゃ足りなくて応援を頼むほどの祭りですか…

 なんか凄そうです。 


「リリアナちゃんは、サーカスを知らなかったのですよね。フルララさんも、初めてですか?」

 私が祭りの規模に驚いている間に、ロチアさんは私達の知りたかったサーカスについて話始めました。

「はい。どういう物なのかを知っている程度で、実際には見た事がないんです。」


 それから、サーカスの開催場所や時間。観覧チケットの購入方法など教えてもらいました。


「それでは、観覧席のチケットは私が手配しますので、日取りと人数が決まりましたら教えて下さい。」

「はい。よろしくお願いします。」

「ん! わかったぁ。」

 ロチアさんに一礼を下げた私の隣で、リリアナちゃんが右手を上げて答えてました。


 サーカスの観覧席は指定席になっていて、良い席をロチアさんが確保すると言ってくれたので、私達はそれに甘えることにしたのです。


「それじゃ、また。」

 見送りのロチアさんに再度頭を下げて、商業ギルドを出た私は、祭りを楽しみに思いながら、リリアナちゃんと手を繋いで自宅に戻りました。 



「バーチャ、ただいまぁ~」

 外から帰ると、リリアナちゃんは必ずリビングで本を読んでいるルーヴィリアス様の所に走っていきます。


「ディムさん! ディムさんとリリアナちゃんが助けた家族って、レボルク領主の奥さんと子供達ですよね?」

 リリアナちゃんがルヴィア様に抱き付いている姿を眺めながら、私は、ぽよん♪ぽよん♪と隣を跳ねて歩くディムさんに訊ねます。

《たぶん、そうなんだろうな。》

「だとしたら、正当な次期領主は子供達にあるんですよね?」

《ああ、俺が知っている継承権と同じならな。》

「これから、どうするんでしょうか?」

《そうだな…正当な継承権だから反撃に出るのが普通だが、一度奪われたものを取り戻すのは難しいだろうな。》

「ですよね…」

《まあ、それは救った家族も、その親も判っているだろうからな。下手な行動に出る事はないと思うぞ。》


 ですが…領主の座を奪った人が、正当な継承権を持つ子供を放置するでしょうか?


「フルララぁ~?」

 リリアナちゃんが心配そうな顔で私を見ています。


《フルララが気にするのは判るが、当事者が決めることだからな。悩んでも仕方がないことだぞ。》

 私はまた、考え事で表情を曇らせていたようです。

「そうですね。悩んでたら、リリアナちゃんが心配しますね。」

《ああ、リリアナもそうだが、俺も気になるからな。前にも言ったが、独りで考え込むなよ。》

 私は笑顔で「はい。」と答えて、リリアナちゃんにも笑顔で答えました。



 昼食後、私はリリアナちゃんと二人で寝室に来ています。

 昼寝をする為…には時間が早いです。

 本当は今日の朝から始める予定でしたが、商業ギルドに行くことになったので、今の時間に変更しました。


 寝室の飾り棚の中に置かれた白い服を着た人形を、リリアナちゃんが取り出してソファテーブルの上に置きます。


「スティアぁ~」

《はい。リリアナちゃん、ごきげんよう。》


 そうです。女神ツフェリアス・スティア様の人形が使えるようになったのです。

 使えるようになったって言い方は、ちょっとおかしいと思うんですが、ツフェリアス様と会話が出来るようになったので、私の祈りの時間が再開したのです。

 しかも、今までは祈るだけの行為だったんですが、今日からはツフェリアス様と会話をする時間になりました。

 ツフェリアス様の存在を認識した事で、私もリリアナちゃんと同じようにツフェリアス様に声が届き、聞くことが出来るようになったのです。


「今日からまた、祈りを捧げていきたいと思います。これからも、よろしくお願いします。」


 だとしても、私の崇拝する気持ちは変わることはないので、祈る行為を止めることはありません。


《はい、お願いされました。フルララちゃんも判らないことがあれば、相談してね。」


 相談といっても、女神様に個人的な相談なんて…してもいいのでしょうか?

 そっか…『愛する人を助けてほしい。』というのは、個人的だけど願いであって、相談じゃないんですよね…

 願いじゃなくて、相談なら叶えて貰う話ではないですし…いいのかな…


「ツフェリアス様は、レボルク領で起きている事はご存知ですか?」

《時々、世界中の女神像への祈りを聞いたりしてますが、土地の名前とか判らないのでなんとも言えませんが、昨日リリアナちゃんが呼んでくれた教会の事でしょうか?》

「はい、そうです。」

《そうですね。ディムから聞いた話しか知らないですね。》

「そうですか…」

《これからは、少し気にかけて見ておきますね。ですが、祈りがなければこちらから見る事が出来ないですからね。》

「はい。それでも、嬉しいです。お願いします。」


 神に祈りを捧げ、願いを求める事が無く、平穏に過ごせているなら大丈夫なはずです。

 ディムさんが救った命、どうか大切に生きて欲しい。

 私は、ただそれだけを願っていました。




 それから3日が過ぎ、アンジェちゃん達家族はまだ旅行中なので、リリアナちゃんとリビングで文字の勉強をしているときです。

 それは突然でした。

 来客者を告げる玄関の呼び鈴が鳴り、私は玄関に向かいます。

 リリアナちゃんは、来客者が誰なのか判らなかったのでリビングで待ってもらいました。


 私は、少し警戒しながら玄関の扉を開けると、お母様と大きな旅行鞄を持った世話係のナトレーさんが立っていました。

「え?! お母様! ナトレーさんも!」

「本当に、フルララお嬢様です。ああ…レファルラ様。女神様が奇跡を与えてくれたのですね。」

 お母様の隣で涙を浮かべているナトレーさんの言葉に、私は少し複雑な気持ちになり、その表情がそのまま出てしまいました。


 女神様じゃなくて、女神様の息子さんとか…いえませんよね…

 

「お嬢様?」

 私は笑顔を作り直して訊ねます。

「突然だったので、驚いてしまって。お母様、ディムさんの事は…」


 ナトレーさんは、お母様より10歳年上で、お母様の子供の頃からの世話係で、嫁いだ後も世話係として一緒に来て、お母様をずっと面倒見てくれている人です。

 ナトレーさんは、信頼出来る家族のような人ですから、大丈夫だと思いますが…どこまで伝えているのか気になります


「フルララを救ってくれて、私にエリクトラを下さった特別な方だと、説明してあります。そして、フルララをこれから守ってくれる方だと話しました。容姿については何も話していないですが、ナトレーは理解していますよ。」


「はい。レファルラ様とフルララお嬢様を救ってくれた方ですし、これからも守ってくれるとレファルラ様に約束して下さった方です。どんな方でも、私は感謝の気持ちをお伝えし、今後も、私が出来る事でお手伝いをさせて頂くつもりです。」


 そうでした。ナトレーさんはそういう人でした。


《フルララ、二人とも部屋に通してくれ。》

 話を聞いていたのか、ディムさんからの声が届きました。

 お母様とナトレーさんの表情が変わらなかったので、私だけに送った声だったみたいです。

「リビングでディムさん達が待ってますので、どうぞこちらへ。」


「あ! フルララのママだ。」

 リビングに入ると、真っ先にリリアナちゃんが駆け寄って来ました。

 それを見たお母様が話しかけます。

「リリアナちゃん、フルララは、ちゃんとお姉ちゃんしてますか?」

 私は、リリアナちゃんの突進を腰で受け止めると、お母様の笑顔がリリアナちゃんに向けられてました。

「うん! フルララはおねえちゃん。」

 リリアナちゃんの元気な声が、私の胸を暖かくします。

 もちろんそれは、お母様とナトレーさんも同じようで、3人の笑みがリリアナちゃんに向けられていました。


《随分と早かったな。先ずは、ソファで寛いでくれ。飲み物は紅茶で良いか?》

 ナトレーさんが驚いた顔で、部屋の中をキョロキョロと見回しました。

 ルヴィア様と、その少し前をディムさんがポヨンポヨンと跳ねながら、私達の方に歩いて来ます。


「はい。ナトレーも紅茶で良いですか?」

「あっ、はい。レファルラ様と同じ物で結構です。」

《フルララ、紅茶を作ってくれるか。》


 来客者用のソファの隣に、ワゴンテーブルが現れます。

 その上には、愛用の紅茶セットが2セット現れたので、私は「はい。」と答えて茶葉をそれぞれのポットに入れました。

 そして、空中に現れた水球から湯気が上がり、ポットの中にゆっくりと注がれたので、蓋をします。

 それから、カップ皿にスプーンを並べて、砂糖と蜂蜜の蓋を開けて準備をします。


《まあ、見ていないで座ってくれ。》

 ルヴィア様は一人掛けのソファに既に座っていて、ディムさんとリリアナちゃんが並んでソファに座ったので、必然的に対面のソファにお母様とナトレーさんが座りました。


 私は、蒸らし終わったポットから紅茶をカップに注ぎ、スプーンに蜂蜜をたっぷりと掬って掻き混ぜます。

「はい。リリアナちゃんのね。」

 私は、まず一番にリリアナちゃんの紅茶を作ります。そうすることで、人数分の紅茶が揃う頃には少し冷まっているからです。

 そして、ルヴィア様には少な目の蜂蜜で。ディムさんは何も無しで。


「お母様とナトレーさんは、砂糖と蜂蜜、どうしますか?」

「そうね、砂糖を少しで。」

「私はそのまま、何も無しで結構ですよ。」

 お母様とナトレーさんに紅茶を配り、最後に蜂蜜たっぷりの紅茶をリリアナちゃんの隣に置いて、私は座りました。

 テーブルの上には、いつの間にかクッキーの入った皿がありました。


《まずは、旅の疲れを癒してくれ。》

 ディムさんが、カップを重力魔術で持ち上げて、紅茶を一口で飲み干しました。

「フルララ、クッキーたべたい!」

「はい。ちょっと待ってね。」

 私は、取り分け用の小皿にクッキーを並べて、リリアナちゃんの前に置きました。


「レファルラ様…フルララお嬢様が…立派になってます。」

「ええ、そうね。こんな姿を見れる日が来るなんて…」

 お母様とナトレーさんが紅茶を一口飲んだ後、感涙しそうなほどの表情での、私に向けての言葉でした。

「私だって、大人なんですから。そんなに驚かないで下さい。」

 私は、拗ねた態度を二人に見せようとしましたが、笑みが零れてしまいました。


 ナトレーさんとお母様から、冗談交じりの言葉を聞く事が出来るなんて…

 私の婚約と、お母様の病気。ずっとあった嫌な事が全部無くなったからです。

 ディムさんがくれた幸せな時間です。


《まずは、俺の家族を紹介する。》

 ディムさんの言葉に、お母様とナトレーさんが紅茶のカップを下ろし、真摯な表情になりました。

《俺の母親で、この家の主になって貰っているルヴィアだ。》

 ルヴィア様が、ニッコリと微笑みを浮かべて頷くと、お母様とナトレーさんが座ったまま一礼を返しました。

《で、俺の娘のリリアナだ。》

「ん! リリアナぁー!」

 右手を上げて笑顔で答えたリリアナちゃんに、笑顔で応えました。

《そして、今はリリアナの姉で、俺の娘になったフルララだ。》

 私は、頭を下げました。


 ん? 娘? え! 本当に娘になってたんだぁ…

「んふっ。…ふふっ。」


「フルララ? どうしたの? 凄くだらしない顔になってますよ。」

 顔を上げた私を見たお母様が、心配顔で見ています。

 ナトレーさんも同じように見ていました。

「え? あっ…だっだいじょうぶです。」

 私は、慌てて表情を締めました。


《ん? フルララ、どうかしたのか?》

「いえ! ちょっと不意を衝かれたっていうか、嬉しい言葉が聞けたので…」

《なんだ?》

「えっと…娘って、ディムさんが紹介してくれたことです。」

《ああ、言ってなかったな。フルララの母親から譲り受けた時から、俺はフルララも娘として看ると決めたからな。》


「はい。改めて、私の娘をよろしくお願いします。」

 お母様が深く頭を下げていました。

《もちろんだ。全力で守るから、安心してくれ。》


「フルララお嬢様は、本当に良き人にめぐり逢えたのですね。」

 ナトレーさんが、涙ぐんで目を押さえていました。


 というか…ナトレーさん、ディムさんを見ても普通にしているんですけど?

 最初の声を聞いた時は驚いていたけど…ディムさんの姿に驚いていなかったんですけど?


「それでは、私とナトレーの紹介をします。」

 お母様は、「フルララの母です。」と簡単に挨拶をしてから、5歳からの世話係としてずっと一緒に過ごしてきたナトレーさんの人となりが判るように、詳しく紹介しました。


《まあ、この場に連れてくる人物だ。娘の人生を不利にする者を連れてくるはずはないからな。》

 ディムさんの言葉にナトレーさんが深くお辞儀をしました。

「信用して下さって、ありがとうございます。この家にお世話になる間だけですが、私に出来ることで誠意を見せたいと思います。」

《ああ、なにかあれば頼む。》


 ナトレーさんは、やっぱり普通に接しています…


「えっと、ナトレーさんはディムさんを見て、驚かないんですか?」

 私の問いに、ナトレーさんが微笑みを浮かべました。

「フルララお嬢様を北の大地で救ってくれて、レファルラ様もエレクトラで病気を治してくれてた方ですよ。たとえ、その方が『魔王』だとしても、私は感謝の気持ちをお伝えしますよ。むしろ、人族じゃない事のほうが納得します。これが婚約者を名乗るあの男だったら、フルララお嬢様を預ける相手として、私は認めませんから。この程度の事、想定内です。」


 ナトレーさん…凄いです。

 芯が強くてしっかりしている人だとは思っていましたけど、凄い人です。


「そうでした。私もディムさんがリリアナちゃんを育てていた事で、姿とか魔物とか気にならなかったんでした。」

《ああ、フルララは出会った時からそうだったな。》


 まあ、私の場合は『転生した人族』って思っていましたけど…相手が『魔王』でもって…

 流石に、魔王がリリアナちゃんを育てるなんてないですからね。


 それにしても、ディムさんが夜中に出かけて、レテイアに居る私のお母様に住む場所が決まった事を伝えに行ったのが10日ほど前ですが、いったい…お母様とナトレーさんは、どうやって家を出てきたのでしょうか?


「あの? お母様。」

「なに?」

「お父様とお兄様には、どう言って家を出たのですか?」

「病気が治ったから、今まで出来なかった旅行に行きます。って言いましたよ。」

「え? そんな話で…」

「ええ、こういう事は、下手に策を練るより、単純な理由の方が良いのですよ。カーティスとオルティスは心配はしましたけど、母親としての役目は終わっていましたからね。」


 オルティス兄様は、お父様の跡を継ぐ為に政務を手伝っていると聞きました。

 それは、お母様を安心させる為だと、私はお兄様から聞いていたので、元気になったお母様の願いに反対しなかったのでしょう。

 お父様は、病弱だったお母様をナトレーさんに任せっきりだったから、何も言えなかったのでしょうか。


《長年の病気が治ったんだ。誰もが思う衝動だし、理由としては妥当だろう。単純な理由ほど疑わないものだしな。》

「そういうものなんですね。」

 私は、ディムさんの言葉を素直に飲み込みました。


「フルララのママも、りょこういくの?」

 お皿のクッキーを食べ終わったリリアナちゃんが、少し寂しそうな顔で私の袖を掴んでいます。

「えっと…そうなのかな?」


 私に会いに来てくれたのは判っていますが、いつまで居てくれるのでしょうか?

 本当に、旅行の寄り道だったりするのかな?


 お母様が優しい笑みをリリアナちゃんに向けました。

「フルララとリリアナちゃんに会いに来たのが今回の旅行の目的だから、少しの間お家にお邪魔してもいいかな?」

「うん。いっしょにいるぅ。」

 嬉しそうな笑顔を見せるリリアナちゃん。


 リリアナちゃんは、アンジェちゃんとティエスちゃんが旅行で会えない事と、重ねていたのかもしれません。


 それから、お母様とナトレーさんを2階の部屋に案内することになりました。

 リリアナちゃんはディムさんに乗って、私の前を進みます。

 私は階段を上がり、階段から一つ目のドアの前で足を止めました。

「お母様は私達の部屋の隣で、ナトレーさんがその隣で、ここです。」 

「私も2階なのですか?」

 旅行鞄を手にしたナトレーさんは、少し浮かない顔をしていました。

「はい、お客様ですから。」

「それは判っているのですけど…まあ、レファルラ様の部屋の準備をしてからですね。」

 ナトレーさんの言う通り、ナトレーさんの事はお母様の後で聞くことになります。

 なので、私はお母様の部屋になる扉を開けました。


 まだ何もない部屋には、南窓から入る光が存在を主張するように、部屋を照らしています。

「良いお部屋ね。」

 お母様の呟くような言葉と、小さな笑みが浮かんでいました。

「それでは、今から家具を出しても宜しいでしょうか?」

 ナトレーさんが、リリアナちゃんを下ろして普通の大きさになっているディムさんに視線を向けました。

《ん? 収納スキルを持っているのか?》

「はい。荷馬車1台分ほどしかないですが、持っています。」

《そうか、なら出した後の設置を手伝ってやろう。》

 ナトレーさんはディムさんに「ありがとうございます。」と一礼をして、自分の前に両手を突き出しました。

 すると、その手の先に真っ白な両開きの扉が現れ、ナトレーさんの手は既に、扉の取っ手を掴んでいます。

 そのまま扉を大きく開いたナトレーさんが、取っ手から手を離し一歩下がると扉は全開になり、ナトレーさんは姿勢を正しながら大きく深呼吸をしました。

「うわぁ~ パパ! どあぁ。」

 リリアナちゃんが目を丸くして喜んでいます。

《空間型の収納か。》

 息を整えたナトレーさんが「はい。」と一言を返します。


 私に収納スキルの事を教えてくれたのが、ナトレーさんでした。

 ディムさんが使っているのは異次元型の収納スキルで、人族だと、それを持っているだけで王都の最重要職に就くと聞かされています。

 それに対して、空間型は術者の能力で大きさが決まり、その大きさで価値が変わります。

 ナトレーさんの大きさだと小さい方なのですが、それでも、貴族や商人達に重宝されるので、15歳でお母様専属の使用人として雇われたと聞きました。


 ディムさんが扉の前に移動したので、リリアナちゃんが興味を示し、開いた扉の中を覗いています。

 私も最初見せて貰った時、同じようにしていたことを思い出しました。

《出す物を教えてくれるか。》

 ディムさんの言葉にナトレーさんが順番に出す物を伝えていき、部屋はお母様に会いに行った時の部屋と同じ家具が並びました。


 お母様がディムさんに頭を下げました。

「ありがとうございます。こんなに楽で早く終わるとは思いませんでした。」

「気にするな、こっちも助かった。家具を持参してくるとは思っていなかったからな。俺の持っている家具だと、選んで貰うのに時間かかっただろうし、新しく買いに行く事も考えていたからな。」


 ナトレーさんが一緒に来るって判っていたら、ナトレーさんの事を事前にディムさんに話せていたんだけど…

 それに、ディムさんはお母様が住む前提で会話していたような…


「そういえば、お母様が住む話って、ディムさん聞いていたのですか?」

《いや、一緒に住むことが出来る家を買ったとだけ伝えただけだ。だから、住むだろうと思っていた。》

「ええ、それ以外の事は考えませんでしたよ。」

 お母様が嬉しそうに同意しました。


 お母様にここまでの行動力があったなんて…


「それじゃあ、次はナトレーの部屋の準備ですね。」

「その事なんですが、私は一階の空いている部屋でお願いしたいのですが。」

 ナトレーさんがお母様の言葉に答えました。


「やっぱり、ナトレーはそう言うと思っていましたよ。でもそれは、ディムさんに決めて貰います。」

《ん? どういう事だ?》


 それからナトレーさんは、食事の用意とリビングなどの共用部屋の掃除を手伝いことをディムさんに伝えました。

 それは、朝や晩に物音をたてる心配があるのと、料理の準備などで、近い部屋の方が寛げるとの話だったので、ディムさんは「なら、2階と1階の二つを使えばいい。」と、妥協を一切しない納得の答えを直ぐに出しました。

 その回答にナトレーさんは最初は遠慮しましたが、家の主が決めたことなのだからと、お母様の言葉で決まりました。


《それでだ、料理は俺も色々と覚え中だからな、教えてくれると助かる。》

「はい。是非一緒に作らせて下さい。」


 ディムさんの料理はどんどん本格的になってます。

 沢山ある料理本を読んでは作り、納得のいく味になる料理が出来るまで作り直すんです。

 そして、納得いく料理だけ次元倉庫に入れるのです。

 だから、普通なら大量に出る試作料理の処理に困るのですが、ディムさんは全部食べます。

 ディムさん曰く、食べた物は魔力に変換されるから、満腹とかにならないそうです。

 ほんとにもう…なんていったらいいのか…


 それからナトレーさんの部屋に家具を置いて、調理部屋に早速向かうディムさんとナトレーさんでした。


 私はリリアナちゃんとお母様とリビングに向かいます。

「ルヴィア様、終わりました。ディムさんはナトレーさんと調理部屋にいます。」

「そうですか。息子も楽しそうで良かったわ。」

 ルヴィア様は、お酒を飲みながらの読書で一日を過ごしています。

 それはもう、人が渇きを潤す為に飲む水の量以上に飲んでいたりしますが、お腹が出たりとか、全くしません。

 明らかに、人族の域を超えています。


 ルヴィア様の事…ほとんど説明しなかったけど、良いのかな?

 まあ、ディムさんのお母様っていう紹介で、ある程度は伝わってたりするのかな?

 後でディムさんに相談してみようかな。


《フルララ! 重大な問題が発生した!》

「えっ!」

 ディムさんが慌てた様子…ではなく、いつものぽよん♪ぽよん♪と跳ねながらリビングに入って来ました。

 その後に、ナトレーさんが普通に入って来ます。

《調理道具が無かった!》


 ああ…ディムさんは必要ない物でしたからね。


 私の、何事かと緊張した顔が一瞬で緩みました。

《ナトレーを調理道具が売っている店まで案内してくれるか。》

「はい。二人で行けばいいですか?」

「リリアナもいくぅ。」

 絨毯に座ったばかりのリリアナちゃんが、立ち上がりました。

「じゃあ私も、街を見たいから付いて行きますね。」

 お母様も名乗りを上げたので、結局ディムさんも行く事になりました。



「街の人達の視線が多いですね。」

 ナトレーさんが商店街の人達からの視線に少し驚いています。

「リリアナちゃんの帽子が目立ちますからね。私達も最初の頃は気になってましたけど、今は慣れました。」

「でも、それだけじゃないと思うわよ。リリアナちゃんとフルララも可愛いから、皆さん見ているのよ。」

 お母様が恥ずかしい事を口に出しました。

「私は帽子を被ってるから、遠くからは判らないですよ。」

「でも、その金色の髪は珍しいですからね。一度視線を向ければ、確かめたくなるものですよ。」

《珍しい髪色なのか?》

 お母様はディムさんの問いに、小さく「はい。」と頷きました。


 出かける前に、私達がこの街での生活ルールをお母様とナトレーさんに伝えました。

 なので、帽子になっている時や家に来客が来た時など、ディムさんの名前を言わない事と、ディムさんとの会話は小さく話す事。それと、教会の神官の事を話しました。


「金色の髪はツフェルアス・スティア様と同じ色で、しかも遺伝しにくいんです。フルララが私と同じ金色になれたのは、凄く珍しい事なのですよ。」

 お母様は、自身の長い髪を大きく丸めて帽子の中に隠していました。


《なるほどな。その金色の髪を持つ姉妹ってなれば、それだけで視線を集めるか。》

 ディムさんの言葉に私も理解しました。


「おや? 今日はこの時間にも買い物かい?」

 いつもの買出しで利用する、野菜店の店主さんが声を掛けました。

「はい。新しい調理道具を色々と買い揃えに。」

「そうかい。だったら、刃物や金物なら、あの店がお薦めだよ。現役の武具職人がやっている店だからね。」

「はい。商業ギルドのロチアさんからも、お薦めだと教えて貰ってました。」

「おや、あの子かい。そうかい、そうかい。うん、あの子は良い子だからね。」

 野菜店のおばさんは、満足そうな笑みで頷いていました。


 私達は、薦められた店の店内に入りましたが、誰も居ませんでした。

「こんにちわ~」

 私は、少し声を大きくして呼んでみます。


「いらっしゃいませ。って、まあ! 噂の子達じゃない。」

 金物屋の店に入ると、40歳くらいの女性が驚いた声を出しながら、店の奥から出て来ました。


 なんか、思っていた以上に私とリリアナちゃんは目立っていたようですが、気にしないことにしました。

「ナトレーさん、必要な物を。」

「はい。皆さん、少し待っててください。」

 ナトレーさんは、金物屋の女性に欲しい道具を尋ねながら、次々に品物を選んでいきました。


「ほらね。フルララも入ってたでしょ。」

 お母様が面白がっている表情を私に見せてます。

「ん~私もお母様みたいに、髪を丸めた方がいいのかな?」

《もう手遅れだろう。それに悪い噂じゃないから、無理に隠す必要もないぞ。》


 そんなこと言ったって…私の素性を知られないようにしないと駄目なんですけど…

 もしかして私が思っている程、人って他人の事を気にしていない?

 

「お待たせしました。」

 ナトレーさんが、満足そうな顔で両手一杯の荷物を持っています。


「私も持ちますね。」

 私は紐で縛られた紙袋を一つ受け取ります。

「うっ! 重っ!」

 私は危うく落としそうなるのを堪えました。


「あれ? いつも軽々と荷物を持っているって聞いてたけど。」

「あっ。あれはちょっとコツがあって…」

 店の人の視線を浴びながら、私はリリアナちゃんの帽子になっているディムさんを見ます。

 紙袋が軽くなり、私は曲がった背筋を伸ばしました。

「っと、もう大丈夫です。」

 

 ナトレーさん、なんで余裕で持てるんですか?

 もの凄く、重たかったんですが…


「お買い上げありがとうございました。使い勝手が悪い物があれば、交換もいたしますので、また来て下さいね。」

 武具職人の奥さんだった店員さんに、頭を下げて私達は店を出ました。


 軽くなった荷物を片手で持って、私はいつものようにリリアナちゃんと手を繋いで、家に戻ります。

 そしてディムさんとナトレーさんは、夕食の準備をすると言って、調理部屋に直行しました。


 リリアナちゃんはルヴィア様に帰宅の挨拶をして、私のところに戻ってきます。

「フルララ、だっこ。」

 眠そうに目を擦るリリアナちゃんを、私は抱き上げました。

「お昼寝してなかったからね。ベットで一緒に寝る?」

「うん、ねるぅ。」

 私は、力の抜けたリリアナちゃんをシッカリと抱き直しました。

「お母様、リリアナちゃんとお昼寝に行ってきます。」

「はい。いってらっしゃい。」

 見送るお母様の笑顔に、私から笑みが溢れ出します。

 突然の事で深く考える時間がありませんでしたが、元気なお母様が目の前に居る。

 一緒に暮らす日々が始まる。

 それに気付いた私は、嬉しさで胸が温かくなるのを感じたのでした。

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