第16話 フルララ、勘違いする。

 ダンジョンから帰ってきた次の日、私は久しぶりの寝坊をしています。

 思った以上に疲労が溜まっていたようです。

「ん~。」

 私は、ベットに寝たまま体を伸ばしました。

「んっふふっ。」


 楽しかったなぁ~

 勇者様みたい剣を振って魔獣を倒すなんて…



「ふるららぁ~」

《まだ寝てるのか?》

 ディムさんに乗ったリリアナちゃんが部屋に戻ってきました。

「いえ、そろそろ起きれそうです。」

 私は上半身を起こしました。

《そうか。なら、紅茶を淹れてやろう。ケーキとクッキーも食べるか?》

「はい。頂きます。」


 ディムさんが優しいのは、いつもの事なのですけど、いつもより優しい気がするのは気のせいでしょうか?


「パパ、リリアナもぉ。」

 リリアナちゃんがディムさんから降りて、私の寝ているベットに上がりました。

《そうだな。もうすぐ昼だし、二人はここで昼食代わりに食べるといい。母には、リビングで食べて貰うからな。》

「そんな…それならもう少し待ちますから。」

 私の事で、食事が別になるのは気が引けます。

《いや、気にするな。母もリビングで本を読みながらお酒を飲んでいるからな。昼から酒に合う料理を出すから、問題ないはずだ。むしろ喜ぶだろう。》

 ルーヴィリアス様はほぼ一日中、読書をしながらお酒を飲んでいます。

 神様なので酔う事はないらしいのですが、お酒の味が美味しいから飲んでいるとのことでした。

「それなら…そうさせてもらいます。」

《ああ、リリアナも食べたいことだしな。》

 そう言って、ディムさんが部屋のテーブルで準備を始めました。

 私はそれをリリアナちゃんと二人で眺めています。


《これくらいでいいか。俺は母の所に行ってくる。》

 テーブルの上には、食べきれない程のケーキとお菓子が並んでいます。

 そして、ディムさんは部屋から出て行きました。


 ディムさん…


「フルララ、はやくたべよぉ。」

「うん、そうね。一杯あるから、お腹一杯食べれるね。」


 それから、朝食を食べていなかった事と、今日は出掛ける予定が無かった事もあって、私の自制心がどこかに行っていたようで…

「おなかいっぱいぃー。」

 私はソファの上で横になっていました。


「リリアナも、おなかいっぱいぃ。」

 そんな私に抱きつくリリアナちゃん。

「おっ…おなかが…」

 リリアナちゃんの重みが、今は辛い事になってます。


《どうだ。少しは元気なったか…って! どうした二人とも?》

 部屋に戻ってきたディムさんが、ソファで寝ている私とリリアナちゃんを見つけたようです。


「たっ…食べ過ぎました…」

「リリアナもぉ。」

 リリアナちゃんからは、楽しそうな声が聞こえてきます。

 どうやら、寝転んでいる私に抱き付いているのが楽しいようです。



 お腹が落ち着くまでソファで寛いだあと、リビングに下りてリリアナちゃんに絵本を読んでいると、玄関のチャイムが鳴りました。

「こんにちわ~。」

 微かに女性の声が聞こえます。

「アンジェちゃんとティエスちゃんかな。」

《いや、両親もいるみたいだぞ。》

 昨日は、私が出掛けている事になっていたので、1日ぶりの遊び約束でしたが、両親が来る予定はありませんでした。

「ダンジョンからもう、戻ってきたのでしょうか?」

 私とリリアナちゃんは、絵本を置いて玄関に向かいました。


 扉を開けると、アンジェちゃんとティエスちゃんの後ろに立つように両親のリオラさんとルーテアさんが居ました。

「アンジェ、ティエス、こっちぃ。」

 いつものようにリリアナちゃんが二人をリビングに連れて行きました。


「リオラさん、ルーテアさん、ようこそ。どうぞ中へ。」

 二人をリビングのソファに案内して、私は飲み物を準備しに調理部屋に向かいます。


 二人とも笑みを浮かべていたけど、なにか悩み事を抱えているような表情です…

 なにかあったのでしょうか?


 私は、紅茶と蜜柑ジュースをワゴンに乗せてリビングに戻ります。

 そして、アンジェちゃん達にもジュースを配り終えて、ルーテアさんの座っているソファの対面に座りました。 

「ダンジョンから戻ってきたばかりですか?」

 ルーテアさんは飲んでいた紅茶のカップを皿に戻し、すこし硬い表情で、

「いえ、結局日帰りになったので、昨日の夜に戻ってきました。」

「なにか、あったのですか?」

「それが…『ダンジョン荒らし』にあいまして…」

「え? ダンジョン嵐?」


 ダンジョンにも嵐ってあったのですね。

 私達が居た時には、そんな天候なかったですし…

 あの後に襲われたってことなんでしょうか。


「ええ、まあ…そのおかげで、昨日言っていた魔獣探しをしなくて良くなったのですけどね。」

「え? 中止になったのですか?」


 それだと、折角ディムさんと討伐したのに…


「いえ、ダンジョン荒らしに倒されていたようで、私達が危険な目に合わなかったのです。」


 ん? 嵐が倒す? 蛸を? … … … ん?


「嵐が倒したのですか?」

「はい。断定は出来ませんが、状況的にそうなのだろうと、判断されました。」

「そうなのですか。それは凄い珍しい事なんでしょうね。」


 あの置き手紙は、嵐で飛んでいってしまったみたいです。

 まあ、正体不明の魔獣が蛸の魔獣だと、知れれば問題ないですし。


「ええ、ほんとに…一時期、魔族が現れたのかと騒ぎになりました。」

「え! 魔族が嵐を起こすのですか!」


「そうね…」

 ルーテアさんの表情が消え、なにかを考え込む顔になりました。

「魔族なら納得のいく話だったのですが…ですが、今回のは、そうじゃないって判りました。」

「魔族が起こしたのでは、なかったってことですか?」

「ええ、治癒魔術のヒールを冒険者に施したって判りましたからね。」


 ん? … … … 

 嵐と、どう関係あるのでしょうか?


 私の思考が止まりました。


「フルララさん? どうかしましたか?」

 なにか違和感を感じながらも、私はルーテアさんに笑みを見せました。

「いえ…なんにしても、岩の魔獣の件が終わって良かったです。これで、危ない事に参加しなくてもよくなりましたよね。」

 私は、少し冷めた紅茶を口に運びました。


「はい。ですが…ギルドでは、ダンジョン荒らしをした謎の騎士を探すことに、」

「ごふ! う゛っ! う゛っ!」

 私は、飲んでいた紅茶が喉に詰まりました。

「だ! だいじょうぶですか?」

 私は息を整えて、テーブルに少し溢した紅茶をテーブル布巾で拭きます。

 心配してくれているルーテアさんに、顔を上げることが出来ません。


 え? なに? 嵐が私のせい? 

 いえ、ディムさんの魔術で嵐? 

 あぁー! 洞窟で治癒したから人族って事が判ったってこと?

 …どうしよう。なんか、凄い事になってるみたいなんですが…

 …いえ。私達ってバレている話じゃないんだし、知らないフリをすれば良いだけです。

 そうです。 知らないことなんです。


「はい。紅茶が少し、喉に詰まっただけですから。」

「そう、それは良かったわ。」

 私は平常心を取り戻し、ソファに座り直しました。


「謎の騎士が嵐を起こしたって事なんですか?」

「ええ、さっき言った岩壁の魔獣を討伐して、置き手紙があった事は別に問題では無かったのですが、4層の『ギガントスネーク』が討伐されていた事。5層の魔獣を乱獲して放置していた事。が問題になっていまして。でも、3層で初心者パーティーを助けた事は感謝しているのですよ。」

 ルーテアさんが、小さな溜息をつきました。

「ですから、ギルドに所属していない誰かなのだろうって、話にはなったのですが…ギルド的には、探し出して事情を聞かないとならないって話になりました。」


 えっ? どういう事ですか?

 嵐の話じゃなくて…蛇を倒したことと、5層の魔獣狩りのこと?

 …なにがどうなってるんですか?


「あの~。嵐の話じゃないのですか? それと、討伐でどうしてギルドなんですか?」

「え?」

 今度は、ルーテアさんが止まりました。


「ちょっといいかな?」

 ルーテアさんの旦那様が、私とルーテアさんを真剣な目で見ています。 

「もしかして、フルララさんはダンジョン荒らしの事を、天候の『嵐』って思ってませんか?」

「え? 違うのですか? …えっ!?」


 あらし…あらし…

 ああっー! そっちぃいー!


「…はい。…思っていました…」

 恥ずかしさのあまり、私は嫌な汗を掻きながら、作り笑いをするのでした。

「ああぁ…」

 そして、納得したルーテアさんが笑い声を漏らしてます。


 ディムさんが…ここにディムさんが居てくれたら…

 もっと早く、気付いたのにぃー。

 

 私は、リリアナちゃんの横で積み木遊びを見守っているディムさんに視線を向けました。

《ん? フルララどうかしたのか?》

 ディムさんと会話をする事が出来ない私は、小さく溜息を吐きます。


 なんでもないです…


 心の中で呟きました。



「それじゃあ、さっきのギルドの話をしますね。」

「はい。お願いします。」

 ルーテアさんが仕切り直しをするように、話を始めました。


「冒険者ギルドには、いくつものルールがあるのですが、ダンジョンに入る時のルールもいくつかあるのです。」

 私は息を飲み込み、頷きます。

「で、今回問題になったルールは、必要以上の魔獣を討伐しない事。ダンジョンの生態系に影響がある魔獣には手を出さない事。の二つです。」

「そうなのですか。」

 なんとなくですが、ルールの意図は判りました。

 魔獣も資源の一つと考えているのでしょう。


「でも、これはあくまでもギルドが決めたルールなので、ギルド員じゃない者が守る必要は無いんですよね。 だから、探し出す必要も本当なら無いのですが…」

 ルーテアさんとリオラさんが暗い表情を見せました。


「じゃあ、なんで探すことになったのでしょうか?」

「偶然、ギルドマスターが5層のダンジョン村で謎の騎士に会ったらしく…プライドが傷ついたとかで…ただの逆恨みです…私は結果的に助けられた側なので、別に探す必要は無いと思っているのですけど…」

 二人の暗い顔がさらに深くなり、憂鬱そうな表情に変わっていました。


 …あの、叫んでた人なのかぁ…

 たぶんあの時には、謎の騎士が5層で乱獲していたのを知っていたのかも。

 それで、呼び止めたのに、無視されたってことでしょうか…


「そうだったのですか。まあ、ギルドの事は置いといて…謎だった魔獣が判ったから良かったですね。」

「ええ、ほんと感謝してます。あの巨大な魔獣を、私達のパーティーで無傷で倒せたかどうか…皆さん厳しい顔をしてましたから。」

「ああ、数人は死んでいてもおかしくない魔獣だと、誰もが判断していました。」

 リオラさんが吐き出すように、ルーテアさんの言葉の後に付け足しました。


「ふぅ…」

 ルーテアさんがゆっくりと紅茶を飲み、溜息のような息を吐きました。

 そして、暗かった表情が無くなっています。

「独りで、あの魔獣を倒す実力…一撃で5層の魔獣を倒す魔術と剣の腕に、瀕死だった冒険者を直した治癒力。4層のギガントスネークもその人が倒したと言われてますし、この街の私達が知らないだけで…もしかしたら、勇者の再来だと、私は思っているのです。」

「そっ! そうかもですね。」

 私はやっと思っていた展開になった事で、少し声が上がってしまいました。

 ルーテアさんは、そんな私の相槌に話を続けます。

「勇者なら、ギルドに入っていない理由にもなりますし、なにより、岩壁の魔獣を討伐しに来た理由にもなりますからね。」


「そうですね!」

 私は握り拳を作りそうになりました。


「ですから、ギルドとは別で、会って感謝の言葉を伝えたいのですが。危険を回避出来たのはその人のおかげですから。ただ…この街には戻ってないようですし、ダンジョンにまた来る可能性も低そうなんですよね。」


「どうして、この街に戻っていないって思ったのですか?」

 私は心の平静を取り戻し、その推理がどうしてなのか気になりました。


「門番に目撃されていない事ですね。鎧を脱いで門を通るとしても、あの鎧を運ぶほどの荷物袋を持った人物が居なかったようですし。」

「あぁ…そうですね。結構な大きさになりますよね。」

「なので、明日はレテイアに行ってみようかと思っています。もしかしたら…という程の気持ちなので、子供達も連れて、家族旅行として数日泊まってこようかと。」


「いいですね。アンジェちゃん達も喜ぶと思います。」

「はい。長期休暇を取ることにもしましたし、当分は子供達と一緒に過ごすことにしました。」

 


 リオラさんとルーテアさんが請けた今回の討伐依頼は、謎の騎士に討伐されていたとしても、ギルドからの特殊依頼なので完遂した事になり、数年分の生活費になる報酬を得たとのことです。


 ほぼ強制的な参加で、命の危険が伴った依頼だったらしく…当然です。


 

 リリアナちゃん達の遊び時間が終わり、見送りの時。

 アンジェちゃんとティエスちゃんが、家族旅行で数日会えないと知ったリリアナちゃんが寂しそうな顔を見せていたけど、家族と一緒に居る嬉しさを知っているリリアナちゃんは、直ぐに笑顔を見せて手を上げました。

「またねぇ~!」

「うん。またねぇ~!」


 私は、この時に見た子供達の笑顔で、『無事に終わったんだ。』と、いうことを実感したのでした。

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