第13話 魔王、守護妖精になる。

 レテイア領の街『クラリム』に着いて最初の朝。


《フルララ、リリアナ起きろ。》

 俺達の部屋は、神殿で生活してた時とほぼ同じ家具を部屋に並べている。

 なので、新しいベッドと枕に慣れるまで寝付きが悪くなる。という事もない。

 まあ、リリアナは俺の上だから関係ないけどな。


「パパぁ~おはよう。」

《ああ、リリアナおはよう。今日も元気そうだな。》

「うん。げんきぃー! フルララぁ~起きてぇ~!」

 そしてフルララは、いつも通りの寝起きの悪さだ。


 フルララが母の部屋のドアをノックして朝食を知らせる係りになり、俺はリリアナを乗せて食事部屋に向かう。

 調理部屋の東部屋が、使用人達の食事部屋だったから、そのまま、俺達の食事部屋にした。


 リリアナを席に座らせ、俺はいつものように調理された料理を皿ごと並べていく。


「んぅ~! はぁ~」

 食事を終えて、紅茶を飲んでいるフルララが、やっと目が覚めたような顔をする。

「今日は、どうしますか?」 

《そうだな。まずは書物店で本を買うことだな。》


 リリアナに美味い物を色々と食べさせたいと思った俺は、料理本を買って作ることにしたのだ。

 この前の書物店に売っていたが買いそびれたからな。


「リリアナちゃんの絵本と、ルヴィア様の本ですよね。」

《それもあるが、料理の本を買うつもりだ。》

「えっ?! ディムさんが作るのですか?」

《ああ、覚えないと作れないからな。》

「私は料理人を雇うのかと思っていました。」

《ああ、それも考えたが、俺が家で落ち着かないからな。》

「そうですね。…私もお手伝いします。」

《いや、俺が作っている間はリリアナを頼む。》

 少し不満顔なフルララだったが、「はい。」と返事をする。


 …フルララに刃物とか…無理だ!

 怖くて、俺が何もできなくなる…

 それに、料理人を入れない事にしたのは俺だからな。




 母はのんびりと読書をすると言いい、俺達は3人で書物店に向かう。

 場所は、商業ギルドのロチアが教えてくれたから、探す必要がなかった。

 他にも、食材屋に雑貨屋なども詳しく聞いている。


 大通りを歩くと、帽子になった俺に視線が集まるが、近付く者はいないから問題ない。

 フルララもリリアナも機嫌良く歩いて行く。

 そんな二人が、足を止める。

《教会は後で寄るからな。》

「スティアいる?」

「ここならいると思うわよ。」


 昨日買った女神ツフェルアスの人形にリリアナが話しかけていたが、返事が無かったらしい。

 それを見ていた母が、

「人形を一度、姉に見せないと駄目かもね。教会に持ってみるといいわよ。」

 と、リリアナとフルララに言っていたのだった。



 『メルヴィール書店』という看板が垂れ下がっている小さな家にしか見えない店に着く。

 ドアベルを鳴らしながら店に入ると、小さな女の子の二人が不思議そうな物を見る目でこっちを見ている。


「いらっしゃいませ。」

 奥から店主だと思う白髪の男性が歩いて来る。

「おや? …えっと、書物をお求めですか?」

「はい。料理本と絵本。それと、読書用の物を色々と。」

 フルララが店主の問いに答えているが、店主の目はリリアナから離れなかった。


 というより、俺を見ている?

 まあ、気になるのは判るが、ちゃんと接客しろよ。


 俺がそんな事を考えていると、二人の女の子も視線が固まっていることに気付く。

「ねぇ、その子なに?」

 リリアナと同じくらいの少女が指を示すのは、リリアナの頭に乗っている俺だった。

「おじいちゃん、妖精さんがいるよ。」

 10歳くらいの少女も俺をジッと見ている。


《パパって、ようせいさん?》

《いや…妖精種だから、間違ってはないが…リリアナ、とりあえずフルララとの会話も念話にしてくれ。》

《うん。わかった。》


「えっと、何を言っているのでしょうか? リリアナちゃんは人ですよ。」

 フルララが、誤魔化そうと言葉を出しているが、明らかに動揺しているのが判る。


 フルララだしな…


《フルララ、落ち着け。とりあえず、相手の発言の意図を聞き出せ。》

 俺は、少女二人が確認の為に白髪の男に尋ねたのが気になった。


「これ、イキナリ尋ねるなんてお客様に失礼ですよ。それと、指を下げなさい。」

 白髪の男が、二人の少女の頭を触って頭を下げさせる。

「孫娘達が失礼しました。私はこの店の店主エワドルです。そちらのお子様の頭に乗っている物から、魔力を感じまして…それが妖精と同じ波長なのですよ。」


 なるほど、俺自体の魔力じゃなくて、その生物から出る魔力か…

 それを感知出来る者がいたとはな。


「でぃ…」

 俺を見るフルララは、当然対応に困っていた。

《これから俺が言うことを話してくれ。》

 目でフルララが頷く。


《魔力を感じることが出来る人族は他にいるのか。》

「すみません。その魔力を感じることが出来るのは、二人のお子様と貴方だけですか?」

 

「はい。…いえ、この資質は特別なものですが、私達以外にも数名の人がいると聞いています。ですが、この街に住んでいる者達の中では、この子達の母親で、私の娘を入れた家族4人以外は居ないと思われます。」

 フルララが店主に尋ねると、穏やかな声で返事が返ってくる。


 遺伝性の資質ってことか。


《どうして自分達以外は、この街に居ないと判るのか。》

「貴方達以外、この街に居ないと言う根拠はなんですか?」


「根拠は、この教会にいる司祭様が『資質を見る』という資質を持っていまして、街の者は1年に一度は礼拝に訪れるのです。ですから、特別な資質を持っていると、司祭様から声がかかります。なので、旅行者や、住み着いたばかりの人は判らないので、確定ではないのです。」


 なるほどな…こいつらにスライムだとバレたのは痛いが、それ以上の情報が得られたから良しとするか。

 リリアナを教会に近づかせないようにしないとな…

 ああ、フルララも『星詠み』とかいう特殊な資質だったな。

 フルララも、司祭というやつに会わせないようにしないとか…

 しかし、魔力を見る資質か…話していい話なのか?


《魔力を見る資質ってのは、他の者は知っていることなのか?》

「貴方達の、その魔力を見る資質は公然されている事なのですか?」


「いえ、この資質を知っているのは、司祭様だけになっています。この子達にも、無闇に口に出さないように言ってあったのですが…他の者が居ない場所だったので、隠すことを忘れていたのでしょう。」


「どうして、私達に話したのですか?」

 フルララが、俺の聞きたい事を訊ねる。

「それは、孫娘達がそちらの秘匿にしている事を口に出したと思いましたので。」


 さて、どうしたものだな…こいつらには『スライム』とだけ教えても大丈夫だろうが…


「その子は妖精種のようですが、お子様を守護している妖精なのでしょうか?」

 店主からの質問だったが、俺は気になる言葉があった。


《フルララ、守護する妖精っているのか? 人族では常識なのか?》

 俺の質問に、フルララが大きく首を縦に振っている。

 なぜ、そのような反応になったのかは判らないが、それを質問の答えだと店主達が勘違いした。


 そして、目をキラキラさせた孫娘達が店主に迫る。

「妖精さんが守ってくれてるの! いいなぁ~私も妖精さんと仲良くなりたいのに!」

「わたしも! わたしもようせいさんがほしいぃー! おじいちゃ~ん!」


「むふぅー!」

 二人が店主に向かって懇願しているの見たリリアナから漏れた吐息。

 これは、リリアナが得意気になった時に出る言葉だった。

 当然、二人の少女はそのリリアナの反応に、さらに店主を責める。


《フルララ、その守護する妖精ってことにして、他言させない事は出来るか?》


 魔物としてではなく、守護する妖精として存在を明らかにすれば色々と楽になる思うが、目立って司祭が係わってくると面倒になる。

 だから、ここで食い止めないとならない。

 こいつらを脅す事になってもだ。


「守護する妖精とは、どういうものか知っていますよね? そしてその加護を受けた人物の事も。」

 フルララが何故か、高位的な言葉で話し始める。


 その言葉を聴いて、言い争っていた3人が無言になっていた。

「ええ、希少な存在である守護妖精、または守護精霊は、神が認め護るべき者だけに憑くと言われています。そしてその者には多大な幸運が舞い降りると言われています。なので、その者を狙う者も出てくるので秘匿するのが一般的で、もしくは、身分の高い者の保護下に入ったりします。」


 ほう、そんな話があるのか…


「では、私達はどちらを選んでいるのかもお分かりですか?」


 …いつものフルララはどこいった?


「秘匿し、一般人としての生活を大切にしている方ですよね。」

「そうです。ですからお願いします。この事は他言無用にして欲しいのです。」

 フルララの態度は、願いを聞いて貰う側の態度ではないが、それは正しい態度のようで、店主がすぐに頭を下げていた。


「はい。この事は、絶対に他言いたしません。この孫娘達も十分に判っていることなので、先ほどの失言をお許し下さい。」

 そう言った店主の言葉に呼応するように、小さな少女達が頭を下げている。


 孫娘達自身も、身を隠す側として生活しているから、理解しているという事か。


《フルララ、俺の事は『守護妖精』ってことにして、話を進めてくれ。そうだな、スライムだと言っても問題ないなら、それも言っていい。だけどそれ以外、念話の事などは伏せておいてくれ。》

「この方は、貴方が言う通り、スライムの守護妖精です。なので仕方がなく、このように帽子の姿でリリアナちゃんを護っています。」


 なるほど、もっともらしい説明だ。


「当然、私達の言葉は理解できますので、魔物などではありません。」

 フルララが俺に手を差し伸べたので、おれはリリアナの頭からポンっと降りる。

 それを、リリアナが当然のように抱き上げた。


《リリアナ、フルララが言った様に、守護妖精ってことでこいつらには姿を見せるが、他ではいつも通りだからな。》

《うん。わかった。》


「スライムの守護妖精ですか! なるほど…分かりました。この事は絶対に他言しないことを改めて誓います。アンジェもティエスも、ちゃんと守るんだよ。」

「うん。」「はい。」

 しっかりと返事をした少女二人の目は、羨ましさを隠せずに俺を見ている。


「パパはリリアナの!」

「え?!」

 店主が驚きの声を上げる。少女二人も凄く驚いた顔をしていた。


「リリアナちゃんは、お父様もお母様も物心つく前から居ないのです。なので、この方が父親なのです。」

「そうでしたか。つらい話をさせてしまって申し訳ございません。」

「いえ、お気遣いありがとうございます。私達は祖母と3人でこの街に引っ越して来ました。なので、今後ともよろしくお願いします。」


《ああ、そうだな。こいつらには俺の存在が知れた訳だし、リリアナの遊び相手として、家に招いても良いだろう。俺も隠れる必要がないしな。》

《あそぶの? リリアナと?》

《もちろんだ。フルララだけだと、色々と足りないからな。試しにこいつらとあそんでみるといい。》


 幸いに同年代の娘だ。いい経験になるだろう。


《ん~…パパがいうなら、そうする。》

 どこか、不安そうなリリアナだった。


「もし良かったら、家に遊びに来て下さい。リリアナちゃんには、同じ歳くらいのお友達がいませんので、遊び相手になってくれると嬉しいのですが。」

 俺とリリアナとの会話を聞いたフルララがすぐに訊ねると、

「うん、いく!」「はい、ありがとうございます。」

 少女二人の言葉の後に、「こちらこそ、お願いします。」と、店主が深くお辞儀をしていた。




「では、案内しますね。」

 フルララが、書物店の外で待っている店主と少女二人に声を掛ける。

 背負い鞄に入るだけの本を買う予定だったが、二人の少女をリリアナの遊び相手として家に呼ぶ話になったので、手押し荷車に大量の本を載せて一緒に戻る事にしたのだった。

 もちろん、今日の教会に寄ることの回避も理由に含まれている。


 リリアナの『念話』と『生体感知』は特性の『スキル』になると思うから知られる事はないが、リリアナには『勇者』の資質があるかも知れないのだ。

 だから、俺は10歳を過ぎてから人族の世界に連れてくるを決めていた。

 だが、フルララ達から『資質』を調べるのは任意で、特殊な宝珠で調べるからと聞いていたから、安心していたのだったが。


 この街に住むのは、リスクが高過ぎだな…

 ラージュ達のダンジョンの護衛と、魔鉱石の製作を教えたら、場所を変えるか。

 リリアナとフルララには、教会に行く事を諦めさせるとして…

 リリアナの理由としては…

 生体感知と念話が『資質』の可能性がある…ということにしておくか。




「その者達は?」

 家で待っていた母に、フルララが3人を紹介する中で、俺は書物店での出来事を念話で話した。


「そうですか。リリアナちゃんの良き相手になることを願ってますよ。二人とも宜しくね。」

「うっ、うん。」「はっ、はい。」

 母の姿に、少女二人は気後れするような態度を見せていたが、母の言葉に笑顔で答えていた。


「では私は店に戻ります。孫娘達を宜しくお願いします。」

 店主のエドワルは、本と二人の孫娘達を置いて空になった荷車をひいて戻って行く。


 二人の孫娘は共に、深い紫色の髪と瞳で、姉のアンジェが10歳。妹のティエスが4歳でリリアナと同じ歳だった。

「リリアナちゃん、何して遊ぶ?」

 長女のアンジェが部屋を見渡しながら訊ねる。

 リビングには、リリアナが遊ぶ場所として絨毯を敷いてある。

 

「わかんない。」

「アンジェちゃんたちが普段遊んでいる事を教えてもらったら?」

 リリアナの困った顔に、フルララが声をかける。

 リリアナの遊びと言えば、フルララとの言葉の勉強を兼ねた物や、俺との狩りが大半だったから、純粋な遊びというものを、あまり理解出来てないようだった。


「わたし達は、いつも本を読んだり、絵を描いたりしてます。」

「リリアナちゃんと一緒ですね。…ん~庭で遊びましょうか。」

 フルララが的確な提案で、3人を庭に案内している。


 絵本や絵を描くとか、一人ですることだしな。

 今回は交流が目的だから、世話係りとしてのフルララの配慮は完璧だ…

 完璧なんだよな…これが…

 ほんとうに…どうした、フルララ?


《パパも!》

 少し離れたところで見ていた俺をリリアナが手を出して呼ぶ。

《ああ、判った。》

 俺はリリアナの傍にいるつもりだったが、リリアナは俺を抱き上げる。

 俺はリリアナの顔を見上げると、その顔は緊張のためか、少し固くなっていた。

《フルララと遊ぶ時と、同じようにすればいい。リリアナは優しいから大丈夫だ。もしも、遊び方を間違えたら俺が教えてやるからな。心配しなくていいぞ。》

《うん、判った。》



 最初は、3人共が遠慮がちに庭の花壇を散歩していたが、フルララの気配りで徐々に会話が生まれ、すぐに打ち解けて走り回ったり、花摘みを楽しんだりしていた。

 そして昼前になったので、今日は解散となった。


 俺はフルララの力量を見誤っていたのか?

 ここまで気配りをするフルララなんて見たこと無いぞ…



「またあそぶぅ~!」

 リリアナが、門に向かって歩いて行く二人に声をかける。

「うん! またねぇー!」

 ティエスが振り返り、手を振って応えていた。


《さてと…リビングの大量の本を本棚に移すか。リリアナも手伝うか?》

《うん。えほん、いっぱいならべるぅ。》

 少しずつ買い足す予定だった本が、リビングの扉前に山積みされていた。

 それを、フルララと一緒に片付けていく。


《つぎ、いつあそぶの?》

《そうだな…それもゆっくりと考えればいいな。この街の生活をどう過ごすのか…それを決めないとだからな。》

《ん! わかったぁ!》


 司祭の事が気掛かりだが…あの二人はリリアナの良き友人になるかもしれない。

 まあ、少し面倒だが、なんとかなるだろう。

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