第12話 フルララ、母と再会する。

 山頂で一泊した私達は、ディムさんの快適な空の旅で、その日の夕刻には『レテイア』に着いていました。

 でも街に入ることはせずに、少し離れた森の中のログハウスに居ます。

 近付く魔獣などは、『アトラ』がいるので安心でした。


《出発は深夜だから、リリアナは寝ておくんだぞ。フルララもな。》

「はぁーい。」「はい。」

 ダイニングで夕食を済ませた私はリリアナちゃんを連れてベッドに入りました。

 ディムさんは寝過ごさないようにと、ルーヴィリアス様とリビングで寛ぐと言っていました。


 お母様は、ベッドの上でほとんどの時間を過ごしているので、面会など出来ません。

 そして私は、お母様以外に生存していることを隠さなくてはならないので、夜の闇に紛れて侵入することになりました。

 普通なら不可能な事なのですが、ディムさんがいることでそれは、散歩程度の意味合いに変わります。

 方法はディムさんに乗って、空から直接、母の居る部屋に入る。

 ディムさんは黒いので、夜だと下から見ても見つからないのです。

 で、私とディムさんだけで行っても良かったのですが、リリアナちゃんが行きたいって言ったので一緒に行くことになりました。


「フルララぁ、えほんよんで。」

「ちょっと待ってね。」

 リリアナちゃんは、空の旅でも昼寝をしていたので、やっぱりすぐには寝ることは出来ませんでした。

 部屋にある本棚から絵本を持ってきて、ベッドの上でいつもの姿勢で本を読み始めます。そして3冊目の絵本を読んでいるあたりでリリアナちゃんから小さな寝息が聞こえたので、そっと横にして私も目を閉じました。


 最後にお母様に会ったのは16歳の冬。

 私が神官職として正式に就いた事を報告するためでした。

 それから、4年と数ヶ月ぶりの再会になります。


 母の病気の原因は判らず、症状は、ただ体力が無くなっていくだけでした。

 ある程度は、治癒魔法や回復ポーションで症状を緩和することは出来ましたが、数時間ほどの効果しかありません。

 そんな母の病気を、『エリクトラ』で治すとディムさんが言ってくれました。

 国王だけが管理する宝物庫でも30本ほどしかない『エリクトラ』は、人族の世界では全部で50本も無いと聞いています。

 なので、母が病気だと知っていても、お母様の父である現国王は『エリクトラ』をくれませんでした。

 私はその事を不満に思うと、お母様は、

「それは国の物だから、王族を出た娘には与えられないのよ。」と私の頭を優しく撫でました。


 そうかもしれません。

 でも、私には納得がいきませんでした。


 今日の夜、お母様の病気が治るかもしれません。

 私はディムさんに、どれほどの恩を返せば足りるのでしょうか…

 ディムさんにそれを尋ねても、「きにするな。そんなものはいらん。」と返ってくることは容易に想像できました。

 だから、私は甘えることにします。

 ディムさんは、それだけの包容力があるのですから。

 そうです。今日ディムさんのあの体に乗ることも出来るのです。

 あの、リリアナちゃんを包み込む姿を、私も体感できるのです。


 ふっ…ふふっ。


 私は結局、眠ることが出来ないまま、ディムさんの声でベッドから起き上がるのでした。

《なんだ、寝れなかったのか。まあ、母との再会だしな。》

「はい。色々と考えてしまって…」

 その中に、ディムさんに乗れる喜びが入っている事は、内緒です。




 直径2メートルほどの大きさになったディムさんの上に私が沈み込むように座り、私がリリアナちゃんを抱きしめる感じで、出発の準備が出来ました。

「アトラ、おうちまもってね。」

 ログハウス前に立っている守護兵にリリアナちゃんが命令すると、仮面ような顔の目が光ました。


「大丈夫だとおもうけど、気を付けなさいよ。」

 ルーヴィリアス様が入り口のドアの前で私達を見送ってくれています。

《判っている。》

 そう応えたディムさんは垂直に空に上がり、高い防壁に囲まれてる領都『レテイア』の北部にある領主館に向かったのでした。


 ああ…包まれています…

 なんですかこれ。適度な弾力で、ベッドとは全然違います。

 そして、風もほとんど感じないディムさんの上は、安心感を五感すべてで感じるような居心地さの良さでした。


《どこだ?》

 私が10歳まで育った、領主館が下に見えます。

 広い敷地の中にある大きな建物の一点を、私は指差しました。

「お母様の部屋はあそこです。」

 領主館は街の一番北側の丘の上にあり、南に広がる街並みと港を一望できる場所にあるので、お母様の部屋はその景色をベッドから眺められる場所にありました。


 ディムさんはゆっくりと空から降りて、部屋の窓の前に静止します。

《中には一人しかいないようだから、母親だけだろう。少し小さいがここから入るぞ。》

 内鍵を重力魔術で開けたディムさんが、両開きの窓を開けました。


 開かれた窓の中に夜風が入りましたが、部屋は静かです。

 私はリリアナちゃんをディムさんの上に下ろして、静かに窓から入りました。

 小さな照明で照らされたベッドで、お母様が寝ているのが見えます。

「ディムさん。お母様でした。」

《そうか。なら、部屋にリリアナを入れてくれるか。》

 窓の外で待っていたディムさんから、リリアナを抱き寄せて部屋に入れます。

 そして、ディムさんが体の大きさを戻して、部屋に入りました。


「お母様…フルララです。…お母様、起きて下さい。」

「_? …えっ!? …フルララなの? ほんとうに? よかった…生きていてくれたのね。」


 ベットからゆっくりと上体を起こすお母様を、私は抱き上げるように支えました。

「はい。心配かけてごめんなさい。」

「どうして、連絡をくれなかったのですか…それになぜこの時間に?」


 お母様の声はとても小さくて、そんなお母様に、私は小さな声で答えました。

「今から話す事は、誰にも言わないでください。」

「ええ、判りました。」


 私は、後ろで待っていてくれたリリアナちゃんとディムさんを紹介しました。

「私達の命の恩人のディムさんと、リリアナちゃんです。」

「ん! リリアナ!」

 リリアナちゃんは、ちゃんと小さな声で返事をしています。

《ディムだ。リリアナの父親をしている。》


「まあ、小さな女の子と…?」

 私はディムさんを抱き上げてお母様に見せました。

「ディムさんは、すごいスライムなのです。なんでも出来てしまうんです。」


「あーフルララ、パパ抱っこしてるぅ。わたしも、わたしも抱っこするぅ」

 リリアナちゃんが私を見て手を広げているので、ディムさんを渡しました。

《リリアナ、乗るか?》

「うん。のるぅ。」

 ディムさんはいつものように大きくなって、リリアナちゃんと乗せました。


「…もしかして、私はいま、夢をみているのでしょうか?」

「違います。夢でも嘘でもありません。」


 私は判ってもらうために、お母様の手を少し強く握りました。

「フルララの暖かさが伝わってくる…夢じゃないのね。」

 お母様はすぐに納得してくれて、私は二人の話を始めましたが、ディムさんがそれを制止します。

《フルララ、それは後でいい。まずはこっちからだ。》

 そういって小瓶を取り出し、私に渡しました。

「あっはい。お母様、『エリクトラ』です。飲んでみてください。」

 一瞬、戸惑った顔を見せたお母様でしたが、私から小瓶を受け取りました。

「驚くことばかりですものね。」

 小瓶の中身を全て飲み干したお母様から光が溢れるました。

 すると、病弱で細くなっていた腕や首周りや頬は張りのある肌に、青白かった顔は艶のある健康的な顔に変わっていました。


「良かった…お母様。」

 私は嬉しくて涙が溢れ、お母様に抱き付いてしまいました。

「本当に、エリクトラだったのね。フルララ、これはどうしたのですか?」

「ディムさんが譲ってくれました。」


 お母様がディムさんに頭を下げました。

「ディムさん、私はこの恩をどうすれば返せるのでしょうか。」

《フルララを、リリアナの姉として譲ってもらう。》

「「え!?」」

 私はディムさんの言葉に驚いてしまいました。


「私が驚くのは当然だけど、どうして、フルララが驚くの?」

「それは、ディムさんと出会った時に私が言った言葉で、対価として成立しないっていうか…」

《何を言っている。自分の娘を手放すんだぞ。親としては、貴重な薬一個でも足りない。俺のほうが得をしていることになる。》

「そうですね。娘とエリクトラなら、私は娘を手放さないです。」

《そういうことだ。だから、フルララがリリアナの姉になる許可を貰う為に、フルララ、今から俺とリリアナの事を説明してくれないか。》


 私は、ディムさんとリリアナちゃんの視線に「はい。」と返事をして、お母様に話しました。 


 『北の大地』での出会いから、リリアナちゃんに言葉を教える事になった事、そしてリリアナちゃんが人族で暮らせるように手伝いをする事。最後に、行方不明になって婚約から逃れて生きる事を選んだ事を、話ました。

 

「そうですね。あなたが幸せだと思う生き方なら、反対はしません。ディムさん、リリアナちゃん。娘をお願いします。」

「うん。フルララはおねえちゃんなの。」

《ああ、フルララとも、ガトラとも約束している。心配しなくてもいい。》

「ありがとうございます。もう思い残す事はありません。フルララ元気でね。」


 私は最後の別れになる抱擁を、お母様に求めました。

「やっと、自分のしたいことが出来るのですよ。泣く事はないでしょ。」

 お母様が私の頭を優しく撫でてくれました。


《フルララ、二度と会えなくなる訳でもないだろ。》

「えっ? そうなのですか?」

 私の涙は一瞬で止まってしまいました。

《病気は治ったんだから、どこか別の場所で会うことも出来るだろう。俺達は『クラリム』ってところに数ヶ月はいる予定だからな。》

「それだと、私の素性がバレてしまうのでは?」

《まあ、そうならないように隠れて会うことになるから、頻繁に会えなくなるのは確かだし、そういう段取りを考えないとならないしな。》


「ええ、そうですね。フルララに会えるのですから、色々と考えます。」

 そう言ったお母様の手が、私の頬を撫でました。

 

 お忍びでお母様が出かけることってなるけど…

 そんなことは可能でしょうか?


《それはまた考えるとして、今日はもう帰るぞ。》


 ディムさんに急かされた私は、窓の外に出たディムさんにリリアナちゃんを渡し、窓を乗り越えるように体を外に出します。

「うぅん! ふぅうん! わっぁ!」

 窓から上半身を出して、ディムさんにしがみ付こうと頑張っていたら、ディムさんが重力魔術で私を浮かせてくれました。

「あ、ありがとうございます。」

 私は、リリアナちゃんを抱きしめて、ディムさんに包まれるように座りました。


「お母様、また会える日を楽しみにしています。」

「ええ、それじゃあまたね、フルララ。」


 窓から静かに見送るお母様に、私は手を振りました。


「フルララのママ、げんきになった。またあえる?」

「うん。そうだと嬉しいな。」

《すぐにでも会いにくるだろう。》

 ディムさんが言えば、絶対にそうなる予感というか、信じられる気がします。


 ああ…これからはリリアナちゃんのお姉ちゃんになるんだ。

 お母様も認めてくれたし…ディムさんも…

 あっ…じゃあ、ディムさんは私のお父さんになるのかな?

 私もリリアナちゃんみたいに甘えてもいいのかな?

 この包まれる安心感を…もっと… … …



「ふるららぁ~おきてぇ~。」

 体を揺らされて、今日もリリアナちゃんに起こされています。

 ディムさんのベットは凄く寝心地が良いので、毎日起きるのが大変なのです。


「んぅ~…いま起きるね。」

 

 …あれ? 


 私は目を見開きました。

「えっ! いつの間にベッドに? えっ? 昨日のことって夢だったの?!」

 飛び起きるように私は体を起こしました。

《夢じゃないぞ。帰ってくる途中で寝ただけだ。気が張って寝ていなかったのと、安心したのが重なったんだろうが、全然起きなかったぞ。》

 私のお腹に倒れるように抱きついたリリアナちゃんの頭を撫でて、ベッドにいるディムさんを見ました。

「お母様にエリクトラは…」

《ああ、夢じゃないから安心しろ。それより、朝御飯の時間だ。》

「よかった…はい。リリアナちゃん起こしてくれてありがとうね。」

「ん! おなかすいたぁ~」

《さきに準備してくるからな。》

 ディムさんが、ぽよん♪ ぽよん♪ と跳ねながら部屋から出て行くのを見送って、私はベッドから降りてリリアナちゃんと手を繋いでダイニングに向かいます。

 ゆっくりと階段を一緒に下りていくと、ルーヴィリアス様がリビングのソファで読書をしていました。

「ルヴィア様、おはようございます。」

「バーチャ、おはよぅ。」

「おはよう。二人とも帰って来た時にはもう寝ていたけど、よく眠れた?」

 私は少し恥ずかしい気持ちになりましたが、「はい。」と答えました。

「うん。いっぱいねたぁ~」


《食事の準備が出来たぞー!》

 ダイニングから聞こえてきたディムさんの声に、私とリリアナちゃんは「はーい。」と返事をしました。


 食事を終えてティータイムになった時でした。

《街に行ったら、売り家を探さないとな。すぐには見つからないかも知れないから、宿生活になるかもだが。》

 と、ディムさんが何か考え込むような口調で言いました。


「ラージュさん達が来る前に見つかればいいですよね。」

《そうだな。まあ、街で探してみてから考えればいいことだな。多少、不便かもしれないが問題ないだろう。》

「そうですね。」




 日も上がり、気温が上がってきた時刻に、私達は『クラリム』に向かいます。

 外に出ると、5匹の魔犬と1匹の魔熊が倒れているのが見えました。

《魔石を取っておくか。》

 ディムさんは魔石を抜き取り、ログハウスを収納して木船を取り出しました。

《道案内を頼む。》


 ダンジョン攻略をする冒険者達で発展した街『クラリム』は『レテイア』から200kmほど離れた山の中にあります。

 150年ほど前に現れたダンジョンの近くにあった小さな街が、今では2万人が住む中規模都市になっていました。


「あの山の麓です。」

 私は街のある方角を指差します。


 木船は、人が通らない森の上を飛び、高い石壁で守られた『クラリム』に着きました。

 この街は、魔獣が街に侵入しないように門番が街の入り口にいるので、徒歩で街に入るのは目立ってしまいます。

 なので、ディムさんは魔力感知を使って、人の居ない場所を探して石壁を飛び越えました。


 木船を収納し、リリアナちゃんの帽子になったディムさんを、リリアナちゃんが嬉しそうに触っています。

《こっちに行けば人がいる通りに出る。》

「まずは、商業ギルドですね。」

 私はリリアナちゃんと手を繋ぎ、ルーヴィリアス様と並んで、路地裏から活気溢れる街の中に入りました。


「ひといっぱいぃー!」

 大通りを、人が忙しく流れています。立ち止まると、後ろからぶつかってきそうなほどでした。

「ちょっと、危ないですね。リリアナちゃん、はい。」

 私はリリアナちゃんを抱き上げました。

「ここまで、人が多いとは思いもしませんでした。」

《少し殺気立っているな。この人族の流れは、街の外に向かっているようだし、何かあったのかもな。》

 そう言われて観察してみると、確かに人は街の外に向かっているようでした。

 それも、鎧などを装備している冒険者と思われる方々です。


「今からダンジョンに向かう人達でしょうか?」

《そうかもしれないな。》


 私は、人の流れから逃れるように近くにあった雑貨店に入りました。

「いらっしゃい。おや、旅行者かな?」

 雑貨店には、白髪のおじさんが居ました。

「はい。さっき来たばかりなのですが、商業ギルドを探そうと…でも、人の流れが凄くて、ここに逃げ込んでしまいました。」

「そんな小さな子がいるんだから、賢明な判断だよ。この流れもじきに収まるから、それまでゆっくりしていくといい。」

 笑顔を見せるおじさんに、私は頭を下げました。


「フルララ、おりるう。」

 リリアナちゃんを降ろすと、店の中をキョロキョロと見ています。

「なにか探してみる?」

「ん! さがすぅ。」

《リリアナは俺と母で見ているから、フルララは何か聞き出してみてくれ。》

 私は小さく「はい。」と答えて、白髪のおじさんに視線を向けました。

「すみません。この人の流れは何か知っていますか?」


 おじさんは世間話をするように話してくれました。

「6層に下りる道が見つかったと、昨日騒いでいたから、ダンジョンの深部攻略に出発してるところだろうよ。そういや、商業ギルドを探していると言っていたが、お前さん達は商人なのか?」

 おじさんは、ルーヴィリアス様の姿を見て私に聞きました。


「いえ、この街で数ヶ月の滞在を考えているので、商業ギルドで売り家を扱ってないかと思いまして。」

「もちろん、扱っているぞ。冒険者相手に商売しようとやってきた商人達が、見込み違いで街を出て行くやつが多くてな、家具付きの空き家が結構あるはずだ。」

「よかった。」

「商業ギルドまでの地図を描いてやろう。」

「ありがとうごさいます。」


 おじさんがメモ紙に地図を描いていると、リリアナちゃんとルーヴィリアス様が戻って来ました。

「フルララこれかう。」

 リリアナちゃんが両手で持っているのは、箱に入った女神『ツフェルアス・スティア』様の人形でした。

 リリアナちゃんが持っていたルーヴィリアス様の人形とよく似ています。

「あと、これとこれね。これはフルララちゃんのね。」

 ルーヴィリアス様が手に持っているのは、黒い日傘と、小さなツバと飾り布が付いている葉染めの帽子でした。

 私は差し出された帽子を取って、頭に付けてみます。

 着ている服と同じ色の帽子は、それが初めからセットになっていたと思うほど合っていました。


「よく似合う。それにしてもお譲ちゃんは、それでいいのかい? 面白い玩具とかあったはずだが…」

「これがいいの!」

「そうか。 変なこと聞いてすまなんだな。」

 ギュっと箱を取られないようにするリリアナちゃんに、おじさんは頭を下げました。



 雑貨店を出た私達は、おじさんに貰った地図を見ながら商業ギルドを目指しました。

 人形はディムさんの『次元倉庫』に入れて貰い、ルーヴィリアス様は日傘を差して、私は帽子を被っています。

 通りの流れも落ち着いていたので、リリアナちゃんは私と手を繋いで歩いています。

 そんな私達をチラチラと見る視線がありました。

 もちろんそれは、ルーヴィリアス様の気品溢れる優雅さと、リリアナちゃんの帽子です。



「ここですね。」

 地図を頼りに歩いてきた目の前には、煉瓦造りの大きな建物があり、『商業ギルド クラリム店』と書かれています。

 私達は店に入り、女性が座っている受付カウンターに向かいました。

 私よりも若いように見えますが、落ち着いた雰囲気の女性です。


「いらしゃいませ。どのような御依頼でしょうか?」

「売り家を探しているのですが、こちらで取り扱っていると聞きました。」

「はい。取り扱っています。では、商談となりますので、お部屋にご案内させて頂きます。」


 ロビー右奥の小さな部屋に案内された私達はソファに座って待っていました。

 そして、さっきの女性が束になった書類を持って入ってきます。

「お待たせしました。今回担当させていただきます、ロチアと言います。よろしくお願いします。」


 挨拶が終わるとテーブルにテキパキと書類を広げていくロチアさん。

「空き家のご希望はどのようなものがありますか?」

「えっと、部屋数が多くて、場所は静かな場所でですね。あと子供が遊べる庭が欲しいです。」

 これは、クラリムで生活すると決めた時に、ディムさんと話し合いました。


「でしたら…ここと、ここと、ここの3箇所が条件に合う思います。」

 ロチアさんが三枚の書類を私に渡しました。

 それを、ディムさんとルーヴィリアス様に見やすいように、ゆっくりと一枚ずつ見ていきます。

 大きく書かれた間取りには家具の配置まで書かれていました。

「どれがよさそうかなぁ~」

 チラっとリリアナちゃんを見ます。

 もちろん、頭の上のディムさんに意見を求めているのです。

《どれも問題ないから、立地周辺の話を聞いてくれるか。》


「建物はどれも良さそうなので、建っている場所で違いはありますか?」

「そうですね、どれも街外れ寄りにあるのですが、比較的大通りに近いのが、馬車が入れない路地の奥にあります。残りの二つは、財を築いた商人達の家が立ち並ぶ場所と、街の役人達が沢山住んでいる場所になります。静かさだけを言えば、路地裏のこの屋敷をお勧めします。」


「そうですか…」

 再度、ディムさんをチラ見します。

《一番は路地裏の家で、次は商人の方だな。》

「それでは、路地裏の家を見せて貰えますか。納得できなければ商人の方もお願いします。」



 それからすぐに、ロチアさんの案内で売り家に向かいました。

 街の通りを歩くと、通行人からの視線がリリアナちゃんの帽子に向けられます。

 そして、皆さん微笑ましい笑顔になっています。

「リリアナ様の帽子ってどんな素材で出来ているのですか? 結構大きい見た目ですが、重くないのですか?」

 ロチアさんの興味は見た目よりも、その商品にありました。

「素材は判らないですが、重くは無いです。」

 ディムさんが帽子になっているときは、自身を重力魔術で少し軽くしているので、普通の帽子と大差ない重さになっているのでした。


「そうなのですか…」

 ロチアさんの目が、凄く触りたそうにしているのが判ります。

 でもそれ以上の言葉はありませんでした。

 商談中のお客様ということで、自粛したのでしょうか。


 ロチアさんに案内された家は、住宅街を通る道を15分ほど歩き、突如現れた緑葉樹の小道を抜けた先にありました。

 屋敷の門を開けると、手入れの行き届いた庭が広がり、貴族の別荘のような建物が見えます。

「こちらが、紹介する屋敷になります。敷地は、この外壁の中の全てですが、さきほど歩いてきた住宅街から入った樹の小道も含まれます。」


《思ってた以上に広いな。それに静かだ。外は問題ないな。》

「庭は思っていた以上に広いですね。それに静かですね。」

 ディムさんの代弁をしましたが、私も同じことを思っていました。


「外壁に沿って植えてある常緑樹の遮音効果だと思われます。なので、中心地からあまり外れていませんけど、静穏を感じることが出来ます。」


 庭をじっくりと見る事は後にして、私達は建物の中を案内されました。


 2階は8部屋の個室があり、部屋には何もありませんでした。

 それと、エントランスから上って来た階段とは別の階段があり、下ると大きな浴槽がある浴室が2部屋ありました。

 そして一階は、中央にある玄関のエントランスを挟んで、広い調理部屋が右に、ロビーのような広い場所が左に。調理部屋側は、部屋を囲むように小さな部屋が5つあります。その一つは浴槽付きの浴室だったので、こっちは使用人達の部屋だったのかもしれません。


 屋敷の中をすべて見終わり、ロビーのような部屋で立ち話になりました。

「一階は店のような造りになっていませんか?」

 私の素直な感想に、ロチアさんは笑顔で答えました。

「はい。ここは最初、ダンジョンを管理する為に来た子爵の屋敷だったのですが、80年ほど前に横領の罪で没収となったあと、買い取った方が高級料理店としてすこし改築しました。2階の部屋はそのまま、個室として使われてましたので。」


 子爵の屋敷なら、広い調理部屋は普通ですからね。さしずめ、食事部屋と応接室を繋げて広くした感じでしょうか。


《まあ、生活するには問題ないだろう。石釜があるのが有り難いくらいだな。》


 確かに、私達だけなら調理部屋の隣の部屋を食事部屋にすればいいし、この部屋は大きなリビングとして使えばいいだけですね。


「あの~、それでどうされますか?」

 私が黙っていたので、ロチアさんが不安そうに訊ねました。


《ここで良いぞ。リリアナはどう思う?》

《うん。いいよ。》

 リリアナちゃんが、私に笑みを見せました。

「ここに決めました。」

「ありがとうございます。では一度、商業ギルドに戻って手続きをお願いします。」


 商業ギルドから片道20分、その帰り道をリリアナちゃんは楽しそうに歩いています。

「リリアナ様は、元気ですね。」

「大きな街に来るのが初めてなので、新鮮なのだと思います。」

 だとしても、ロチアさんに言われて気付きました。


 4歳の子供って、こんなに歩けるものだったかな?

 もう商業ギルドから出て、1時間は過ぎているけど疲れた様子がないし…

 いままでは、ディムさんに乗ってる時間が多かったから気付かなかったけど、リリアナちゃんって普通より、体力あるのかな?


 そんなことを考えながら商業ギルドに戻ると、昼食前だった事もあり、商談部屋でティータイムをしながら、話を進めることになりました。


「では、契約書にサインをお願いします。」

 ペンを持ってサインをするのは、ルーヴィリアス様。もちろん『ルヴィア』と偽名を使います。

 私とリリアナちゃんは、ルヴィア様の孫娘って設定になりました。


「ありがとうございます。それでは、購入代金の支払いをお願いします。」

 私は、背負い鞄から白金貨20枚を取り出して渡します。

 ロリアさんは受け取った白金貨を、彫刻と宝石で美しく装飾された白い木箱に入れました。


「確かに受け取りました。こちらが、ルヴィア様が所有者であると記入されている権利書となっています。複写を1枚、こちらでも保管させて頂ますが、紛失にはお気をつけて下さい。」

「はい。判りました。」

 権利書を入れようと、横に置いてあった鞄を手に取ると、ズシっと重さを感じました。


 え?


《フルララ、鞄に金と宝石を少し入れたから、換金出来るか聞いてくれるか。》


 そっか、商業ギルドでしたよね。質屋に売るよりは確かなはずです。

 ディムさんが、人族の白金貨を持っている事が驚きでしたが、100枚ほどしか持ってないとの事だったので、宝石などを換金する予定でした。

 普通、白金貨100枚持っている事態が凄いことなんですけど…まあ、ディムさんって事でそこは納得です。


「リリアナちゃん、こっちのお菓子もどうぞ。」

「ん! あがりとうぉ。」

 契約成立で、さっきまでの営業モードから緊張が抜けたロチアさんが、リリアナちゃんにシュークリームを差し出していました。


 そんな二人を見ながら、私は鞄の中を覗き込んで、凄く重い塊と、数個の石をテーブルに置きました。

「えっ!? なっ! えぇー!」

 ロチアさんが慌てふためいています。

 テーブルの書類を片付けている最中だったので、手に持っていた物を全て落としていました。


 鞄から出す前に、口で言うのを忘れてました…

 ディムさんの会話が念話だったことを忘れていました…


「あっ、えっと、この金塊と宝石って換金出来ますか?」

「ちょっ! ちょっと、お待ちください! 今、担当の者を呼びに行ってきますので!」

 ロチアさんは、落とした書類を速やかに拾ってテーブルの上に置いて、駆け出すほどの勢いで部屋から出て行きました。


「ふるらぁらぁ~」

 リリアナちゃんがシュークリームに齧りついていたので、口の周りが凄いことになっていました。

 助けを求めるリリアナちゃんの、頬に付いているクリームを指で掬って、舐めたあと、鞄からハンカチーフを一枚出して拭いてあげます。

「シュークリームは食べ難いよね。わたしも最初は同じようになったのよ。」


 リリアナちゃんの口元が綺麗に拭き終わった時、ドアを静かに叩く音が聞こえ、ゆっくりとドアが開きました。

「お待たせしました。」

 落ち着いた営業モードの声に戻ったロチアさんの後に、叔父様よりももっと上、60歳は過ぎていそうな男性が入ってきます。

「失礼します。この商業ギルドの所長をしています、ハミルドと申します。先程の御契約、ありがとうごさいました。」

 背筋を伸ばしたまま、綺麗な礼を見せるハミルドさんが頭を上げると、横に立っているロチアさんに視線を移し、再度頭を下げました。今度は隣のロチアさんも頭を下げています。

「それと、担当したロチアが見苦しい対応をしたことをお詫びします。」


「いえ、私もロチアさんに承諾を得る前にテーブルに出してしまったせいでもありますので、お気になさらないで下さい。」

 私は一度ソファから立ち上がり、返すように頭を下げました。


「ありがとうございます。それでは、ロチアから伺ってます換金の話に移らせて頂きます。」

 ソファに座るように促されて私が座ると、ハミルドさんがソファに座り、テーブルに置いてある金塊と宝石を順に手に取っていきます。


「全てが最高品質の品物ですね。全て白金貨での支払いとして、この金塊は28枚。こちらの宝石は順に、13・18・23・40・60となります。」


 ちょっと! 数字がおかしいのですけど!

 宝石って、そんなにするものなのですか?


《なるほどな。査定は妥当な金額を言っているから、ここで換金しても問題なさそうだ。》


「それで、全て買い取りで宜しいでしょうか?」

 ハミルドさんが私の目を見ています。ちょっと怖いと感じる目力です。


《査定金額は適正で問題ない。だから今後、売るような事があれば世話になりたいが今は金塊と青い石だけにすると、言ってくれるか。」


「えっと、査定金額は適正な値段でしたので、今後の換金先をここでお願いしたいと思います。それで今日は、金塊とこの青い石だけでお願い出来ますか?」

「かしこまりました。それでは、こちらの2点で白金貨41枚で買取させて頂きます。ロチアさん、マユイヤさんから白金貨41枚を受け取りに行ってきて下さい。」


「はい。判りました。」

「あの! それ…」

 ロチアさんが部屋を出ようよした時、私は反射的に机の端にある書類の束を指差します。なので、ロチアさんの足が止まり私の指した場所を見ました。

「あっ…」

 ロチアさんの顔色が、一瞬で『やってしまったぁー!』と言う後悔の顔になってしまいました。


 あっ、なんでわたし言ってしまったんだろう…

 黙っているべきでした…ロチアさんごめんなさい…


 そんな顔をしたロチアさんを見れば、誰だって判ります。そこになにがあるのか…

 ハミルドさんが、束になった書類を持ち上げると、白い木箱が出てきました。


「ロチアさん…これは?」

 オドオドしているロチアさんに、ハミルドさんが大きく溜息を零しました。

 ハミルドさんは箱の中身を確認し、ロチアさんが頭を下げながら、足りない白金貨21枚を取りにいきました。

 そんな彼女を見送ったハミルドさんが、

「彼女はまだ2年目ですが、仕事に関しては完璧なのです。ですが、さっきのように予期しない事態になると、慌ててしまって…重ねて謝罪します。」

「そうですね。…売り家の紹介や物件を一緒に見に行った時は、安心して聞くことが出来ました。とても素晴らしい対応だったと思います。」

 事実、私達の要望に合う家をすぐに探したり、現地での説明や受け答えも的確でした。


「ありがとうございます。彼女を今後の担当者に任せたいと思っているのですが、どうでしょうか?」

《別に問題ないな。》

 ディムさんがすぐに答えてので、私は「はい。大丈夫です。」と返事をしました。

「それでは、商業ギルドへの御用の際にはロチアが担当しますので、今後とも宜しくお願いします。」


 戻ってきたロチアさんを交えて、これからの事を少し雑談した後、ハミルドさんに見送られながら私達はロチアさんと一緒に商業ギルドを出ました。

「それでは、ご案内させて頂きます。」

 ロチアさんが一緒になった理由は、お勧めのレストランで食事をして、家具屋でベッドやテーブルなどを買う事になったからです。


 「今日から生活します。」と、話してしまい、ならロチアさんが、「すぐに家具を搬入出来る店を紹介します。」ってなって、昼食もまだだったので一緒に行動することになりました。

 ディムさんがいるので大丈夫です。とか、そんな事は言える訳もなく…

 なので、自分達用と見せかけてフルラージュさんとオリファさん用の家具を買うことにしました。


 さすがに、元気いっぱいだったリリアナちゃんは昼食後に寝てしまったので、私が背負って家具屋に向かいます。

 その道中に、ロチアさんが意を決したような目でルーヴィリアス様を見ました。

「あの…ルヴィア様、お客様のプライベートな話を聞くことは駄目なことなんですが、この街に住む理由をお聞きしても宜しいでしょうか。本日のように、なにかお手伝い出来ることがあるかもしれませんので。」


 仕事熱心な方です。

 いえ、売り家を見学に行く間も、色々な店や街の雰囲気などを丁寧に話していたし…仕事的な事ではなく、この街が好きだからこその行動なのしれませんね。


「知り合いの冒険者を個人的に雇って、ダンジョン攻略をして貰うのですよ。なので、部屋数が必要だったのです。」

 私の知らない話がルーヴィリアス様から語られました。

 でも、辻褄合わせとしては、納得のいく話です。


「そうだったんですか。…と言う事は、トレジャーハントですね。今日は新たに見つかった6層に皆さん向かわれていますし、これからもっと、深部に行けると思います。貴重な素材が手に入るから、商業ギルドとしても期待しているのですよ。それと…私の兄も冒険者として、今日の探索隊に参加しています。」


 そう言った後のロチアさんの笑顔が、少し硬い感じに見えました。

「心配ですよね。」

 私はロチアさんに訊ねました。実際には訊ねたというよりも、確認のような会話でした。

「はい。数百人規模の探索隊ですから大丈夫だとは思いますが、それでもやっぱり心配になります。」

「そうですね。」

 叔父様が魔獣討伐に出かけている間、私も不安な日々を過ごしました。

 私に出来ることは、祈りを捧げて待つだけ。だけど神官として祈りを捧げる事が出来た分、私は恵まれていたかもしれません。


「えっと、そこの店が家具屋になります。」

 それから、営業トークの口調に戻ったロチアさんと、家具屋の店主と話を進めて、ベッド2つとソファーとテーブルのセットを買いました。


「それでは、また何かありましたらギルドの方にお越しください。」

 家具屋の前でロチアさんと別れ、私達が家に到着するくらいには、家具を届けるということになったので、寄り道をすることなく購入した家に向かいました。


 家に着くのとほぼ同時に、家具を乗せた荷馬車が小道前に止まりました。

《フルララ、リリアナを母に預けて対応してくれるか。》

「はい。ルヴィア様、お願いします。」

 背中で寝ているリリアナちゃんを預けました。

 そして家具を運ぶ業者と一緒に歩き、門の鍵と家の鍵を私が開けて2階へと案内しました。


 2階の間取りは、中央にある階段を上がると東西に4部屋づつあります。

「この部屋に、それぞれお願いします。」

 私は部屋のドアを二つ開けました。

 そこは階段から近い西側2つの部屋で、フルラージュさんとオリファさんの部屋。

 ルーヴィリアス様の部屋は東側の一番奥にして、私達の部屋はその隣に。

 部屋割りは、悩むことなく直ぐに決まりました。


 家具屋が帰ると、ディムさんはルーヴィリアス様の部屋と私達の部屋に家具を並べる為、2階に向かいます。

 リリアナちゃんは、私が1階に降りた時には目を覚ましていて、ルーヴィリアス様と広い庭で遊んでいました。


「フルララもあそぶぅ。」

 リビングから庭に出た私は、まだ暖かい日差しの下で懐かしい記憶を思い出していました。

 それは、母と過ごした小さい頃の私でした。

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