第11話 フルララ、二人を祝う。

 辺境の小さな街『トッテ』は、この辺一帯の村々と次の都市との流通の要になっているので、辺境でも賑わいを見せている。

 私はリリアナちゃんと手を繋いで、美味しいと評判の店に向かっていた。

 前に来たときは食べに行けなかったのです。


 すぐ後ろをルーヴィリアス様が歩き、ディムさんは私の背負い鞄の中です。

「フルララあれなにぃ~?」

 繋いだ反対側の手を、街に入ってからずっと動かしています。

 家の屋根にガラス窓。小さな屋台や露天商が並べている物など、初めて見る物に目をキラキラさせてます。

 わたしはその都度、リリアナちゃんが分かり易いように話をしていきます。


「リリアナちゃん、ルヴィア様、あの店です。」

 ルーヴィリアス様の呼び名は『ルヴィア』になりました。女神の名前で呼ぶわけにはいきませんからね。でも、リリアナちゃんだけは『バーチャ』と呼びます。

 ルーヴィリアス様はそれの方が良いといいました。

 それは、リリアナちゃんが言うと、『お婆ちゃん』って意味に聞こえるからです。

 なるほどです。


「フルララぁ~これおいしいぃ~。」

 リリアナちゃんが食べているのは、ミートパスタ。

 トマトソースとパスタは、遺跡では食べる事が出来なかったから、私がリリアナちゃんに勧めました。

 口の周りを赤くしながら、フォークを上手に使って食べる姿が可愛いです。


「これも美味しいわね。」

 ルヴィア様は昼なのにワインを飲みながら、トマトソースの煮込み料理を食べています。

 最高神ロフォテアス様のお酒を飲んで怒られた話は、本当でした。

 違ったのは、闇の世界に逃げたんじゃなくて、魔族領だったことです。

 そして、闇の世界っていうのは、無いそうです。

 凄い話なのですが、誰も信じてはくれないですね。



 昼食を楽しく過ごした後は、早いですが宿に入りました。

「いらっしゃいませ。当店にはどのようなご用件でしょうか?」

 スーツ姿の男性が私達の訪問に気づき、声を掛けてきます。

「この宿で、一泊したいのですが。部屋は広いリビングがある部屋を希望しています。」

 男性は私を品定めするように視線を上下に動かし、手を繋いでいるリリアナちゃんを見て、私の後ろにいるルーヴィリアス様を見ました。

「一泊銀貨3枚になりますが、大丈夫でしょうか?」

「はい。大丈夫です。」

「では、こちらで支払いを済ませて下さい。鍵はあなたがお持ちしますか? 部屋までの案内はどうしますか?」


 ルーヴィリアス様のドレス姿を見て、私を従者かその類だと判断したのでしょう。

 見かけで判断するのは対応としては間違っていますが、今の私達にとっては都合がいい間違いでした。


「はい。鍵は私が預かりします。部屋の案内も必要ありません。」


 私は男性から鍵を受け取り、部屋の場所を聞いて急いで部屋に向かいました。

 なぜ急いでいるのかというと…

 ディムさんが拗ねてます。

 最初、背負い鞄でリリアナちゃんと生活すると言っていたのに…

 街に入ってから少し経つと、

《つまらん!》

《外に出たい!》

 と、私に何度も念話を送ってきたので、「我慢してください。」と慰めていたら、黙ってしまいました。


「ディムさん。部屋ですよ。」

 私は背負っていた鞄を下ろして開けると、ぽよん! っとディムさんが飛び出しました。

《やっとか。》

「ぱぱぁー!」

 ベットの上に飛び乗ったディムさんにリリアナちゃんが抱き付きます。

《もう鞄には入りたくないな。》 

 ディムさんは、鞄の中にいるのが想像以上に苦痛だったみたいです。

 リリアナちゃんと一緒に人族の領地で暮らす段取りに、いきなり問題が発生しました。


 ディムさんを外に出して外出するとなると… … …全然、思いつきません。

 

 私はリビングの広さを確認しました。

 長いテーブルを囲むように二人用のソファと1用のソファが2対なので、6人は座れるから…リリアナちゃんを私の膝の上でいけそうです。


 ルーヴィリアス様が一人用ソファに腰を下ろしたので、使い慣れたティーポットをディムさんに出してもらい、紅茶を入れました。

 リリアナちゃんは、ディムさんが作ったジュースを飲んでいます。


 

「それじゃあ、リリアナちゃん。ちょっと私は出かけてくるね。」

「どこいくの?」

 リリアナちゃんは、ディムさんに抱き付きながら少し寂しそうな目を向けています。

「ちょっと、お買い物にね。夕ご飯はこの部屋で食べるから、それを買いに。」


 私は叔父様達と別れて、行方不明者になるなら、この街で合流する理由はありません。

 ディムさんと、もっと先の街に進む事も出来ました。

 だけど、遣り残したことがあるのです。

 それはリリアナちゃんの4歳の誕生日を皆で祝う事です。

 私が見た星詠みの日が、リリアナちゃんが生まれた日としたら既に過ぎているのですが、街に着たら真っ先に、『北の大地』では食べる事が出来なかったケーキで祝いたかったのです。

 リリアナちゃんには内緒で、ディムさんと叔父様達に相談したら、快く承諾してくれたのでした。


 私は小さな街『トッテ』の唯一の大通りに出ると、目的の店に向かいます。

 ディムさんを鞄に入れずに一緒に歩くには…

 私は悩みながら、街の風景に目を向けました。

 

 魔物だとバレないことが前提だから、歩いてもらうのも、リリアナちゃんを乗せるのも駄目だし。

 私がディムさんを抱いて歩くと、リリアナちゃんと手が繋げないし…

 私の肩とかに乗ってもらうとしても…目立ってしまいます。

 う~ん。どうしたらいいのでしょうか…

 

 いい案が浮かばないまま、ケーキや色々なお菓子が売っている店に着きました。

 小さな2階建ての家で、2階がティータイム出来る場所になっているようです。

 店内のカウンターには、年齢が私と同じくらいの女性がいました。

「すみません。誕生日のお祝いでケーキが欲しいのですがありますか?」

「ご予約ですか?」

「いえ、今日の夕刻くらいに欲しいのですが。」

「では、今からお作りしますので、2時間後で宜しいでしょうか?」

 私は「お願いします。」と返事を返し、イチゴのケーキと、フルーツケーキの2個を頼みました。


「プレートの文字はどのようにしますか? それと、切り分け数はいくつに致しましょうか?」

「ひとつは『リリアナちゃん お誕生日おめでとう。』そして、二つ目は『ディムさん お誕生日おめでとう。』です。数は7等分でお願いします。」

「判りました。では、2時間後にまたお越しください。」

 店員さんの笑顔に見送られながら、私も笑みを浮かべながら店を出ました。


 ディムさん喜んでくれるかな?


 ディムさんは前世の記憶があるから、どうなんだろうって思いましたが、リリアナちゃんと同じ日に転生したと言っていたので、私の独断で祝うことにしました。


 お店には、ケーキ以外のお菓子も沢山売っていました。

 半年くらい食べれなかったクッキーにチョコにプリン。目に付いた物をすべて買いたい気分です。

 だけど今日は、ケーキを食べることになっているので我慢です。


 私は、宿に戻るため大通りを歩いていました。

 まだ初夏だというのに、今日は暑いです。

 リリアナちゃんも歩いている時、暑そうにしていたし、何か…


 私の目に、帽子を被っている子供の姿が映ります。

「あっ!」

 私はあることを思い付いたので、少し駆けるように宿に戻りました。


 部屋に入ると、リリアナちゃんはディムさんの上でお昼寝をしています。

 なので、そっと近付き、小声でたずねました。 

「ディムさん、帽子になれますか。」

《なに? 何を言ってる?》

「えっとですね。ディムさんがリリアナちゃんの頭に乗って、帽子に見せることは出来ませんか? それなら鞄に入らなくてもいいし、リリアナちゃんから離ることもないですから。」

 

ディムさんからの返事は少し間が空きました。

《なるほど。出来るとおもうぞ。》


「フルララは面白い事を思い付いたわね。でも、良い案だとおもうわよ。」

 ソファで本を読んでいるルーヴィリアス様が、笑みを溢していました。

「ありがとうございます。これなら、リリアナちゃんと手を繋げますからね。」

《何か優先度が違うようだが…まあ、結果的に最善の案を考えたことには感謝する。俺も周囲を見る事が出来るし、リリアナを魔力で包むことも出来るから安心出来る。》


 そっか、ディムさんと触れている状態だと、暑さや寒さからも守ってくれるんだった。


 私は、自分が思っていた以上の効果があることに、嬉し恥ずかしい気持ちになりました。

 なので、話題を変えようと気になっていたことを聞きます。

「ルヴィア様は、何を読んでいるのですか?」

「これ? そこに並んでいる書物よ。作り話みたいだけど、結構面白いわね。」

 ルーヴィリアス様が指で示した本棚に、私は目を移しました。

 有名な恋愛小説や冒険小説に、私が知っている勇者伝記もあります。

「こういう書物は、1000年前だと無かったんですよね?」

「そうね。歴史書や禁忌録などはあったけど、こういう作り話は無かったわ。」

「じゃあ、本屋で色々買いましょう! リリアナちゃんにも、絵本を買ってあげたいですし。」

「それは良いわね。」


 その後、ディムさんと本屋の相談をした私は、ベットで少し寛いでからケーキの受け取りに向かいました。


「ありがとうございました。」

 ケーキを受け取って店から出ると、フルラージュさんが店の外で待っていました。

「やっぱり、フルララだったわね。」

 私は辺りを見渡し、叔父様達が居ないことを訊ねました。

「ガトラさんとオリファは王都の騎士だから目立つでしょ。だから、先に宿に向かったわよ。丁度この店に入るところを見たから、私が残ったの。」

 たしかに、王都の騎士と親しくしていたら、私の事を気に留める人がいます。


「それでは、1時間後に部屋に来て下さい。」

「判ったわ。それじゃあ、先に行くね。」

 私はフルラージュさんに部屋番号を伝えて、ゆっくりと宿に向かいました。



「ただいま~」

「フルララおかえりぃ~」

 2個のケーキをドアにぶつけないように慎重に入ると、リリアナちゃんが走って来ました。

「リリアナちゃん、止まって!」

 私の気迫が乗った言葉に驚いたリリアナちゃんが、急停止しようとしましたがバランスを崩してしまいました。

 私は咄嗟に、ケーキの箱を床に置いて倒れそうになっているリリアナちゃんに飛び込むように手を伸ばします。


ドフッ! 「うっ!」


 リリアナちゃんを両手で支えた私はそのまま倒れこみ、お腹を打ちました。

「フルララぁ~」


「うん、私は大丈夫だよ。ビックリさせてごめんね。」

 ちょっとお腹を打ったけど、私は心配させないように、笑みを作って起き上がりました。


《すまんすまん。リリアナに言うの忘れてた。》

 ディムさんがぽよん、ぽよん、と跳ねて来ます。

「もう、焦りましたから。せっかくのケーキが台無しになったら泣きますよ。」

《ほんとうにすまなかった。まあ、ケーキは無事みたいだし、良かったな。でも2個も買ってきたのか?》

「ひとつはディムさんのです。一緒に祝いたかったので買って来ました。」

 私は、遠慮されると嫌だったので、少し強調した声で伝えました。

《ん? そうか…有難く受け取ろう。》

 私の気持ちがちゃんと伝わったようで、私は嬉しくなりました。


「けーきって?」

「えっとね、今から準備するから見ててね。」

 リリアナちゃんの問いに、私は箱からケーキを出してソファのテーブルに並べました。

 リリアナちゃんが不思議な物を見る顔をしています。

「これはね、甘くて美味しいお菓子なのよ。記念日とか嬉しい日に食べることが多いの。」

「たべれるの?! んと、たべていいの?」

「叔父様達が部屋に来るから、それまで待ってね。みんなでリリアナちゃんとディムさんの4歳の誕生日を祝うからね。」

「たんじょうび?」


 それから私は、ソファに座り、リリアナちゃんを膝の上に座らせて、ケーキを見ながら誕生日について話しました。 

 ディムさんとルーヴィリアス様も一緒に加わり、生まれた日を祝うことの大切さと、喜びを分かち合う気持ちなどをリリアナちゃんに伝えました。

「ん! わかったぁ!」

 満面の笑みのリリアナちゃんに、私は幸せな気持ちになりました。



 ドンドンとドアを叩く音がしました。

「叔父様達かな? ちょっと見てきます。」

 私はリリアナちゃんをディムさんに渡して扉に向かいます。

「どちら様ですか?」

「俺だ。」

 叔父様の声だとすぐに判ったので、ドアを開けました。

 村人が着ているような新しい服を着ている叔父様とオリファさん。フルラージュさんはいつもの格好でした。

 叔父様達も服を買っていたようです。


 3人を部屋に招き入れるとリリアナちゃんが手招きをしていました。

 口には出していないけど、ケーキを早く食べたいのが伝わってきます。

「フルラージュさん、ろうそくに火をお願いします。」

「あれ? ディムさんのもあるの?」

「はい。前世の記憶があっても、私達の知っているディムさんを祝いたいと思ったので。」

「なるほど。それじゃあ、点けるからリリアナちゃんとディムさんは準備してくださいね。」


 フルラージュさんが指先から小さな火を出して全てのろうそくに火を点けたので、私は祈りの言葉を言いました。

「生まれた命に祝福を。積み重ねし未来に光がありますように。そして恩寵の光があなたの中で育みますように。」

「ふぅー! ふぅー!」

 私の祈りに合わせて、リリアナちゃんが息を頑張って吹きかけて火を消しました。

 ディムさんは風魔術の小さな風で消しました。


「誕生日おめでとう!」

    「おめでとう!」

 叔父様達の声が私に合わさりました。


「んー! ありがとうー!」

 笑顔で答えたリリアナちゃんが「次は? 次はなにするの? 早く食べようよ!」っていう目を私に向けています。

「じゃあ、ケーキを分けますね。」

 ディムさんに出して貰っていた皿とフォークをテーブルに並べます。

「リリアナちゃんは私の膝上に座ってね。」

「ん! 判った!」


「もうたべていい?」

 叔父様達がソファに座るのをちゃんと待っていたリリアナちゃんに、私は「いいよ。」と答えました。

 ケーキにフォークを一気に刺して、持ち上げそうになったので、私は皿を持ち上げて落ちないように支えました。

「んー! っぅんー!」

 大きくかぶりついたリリアナちゃんの口から、クリームが溢れています。

「んー! おいしいぃー! ふわふわぁ~」

 リリアナちゃんの目がキラキラしています。

「次はイチゴを食べてみて。」

 私はお皿に落ちたイチゴを自分のフォークに刺してリリアナちゃんの口に運びました。

「これもおいしいぃー!」

 私はリリアナちゃんの喜ぶ姿に大満足でした。


 そしてディムさんは、一口で食べてました。




「じゃあ、次に会うのは3ヶ月後の『クラリム』ですね。」

 フルラージュさんの言葉に、私は「お願いします。」と頭を下げる。


 叔父様達は、王都に一度戻ります。

 クエストの報告と、私の行方不明という話をする為です。

 なので私は、王都に戻る事はもちろん、神官職も失うことになりました。

 後悔はありません。自由になる為の代償ですから。

 そんな私にディムさんが、「母親だけには顔を見せに行くぞ。」って言ってくれました。

 凄く嬉しかったです。

 叔父様が、私の家族の事まで話していたようで母の病気を治す約束もしてくれました。

 

「俺は騎士団の仕事があるから行けないが、ディム殿といれば安心だからな。ディム殿、よろしくお願いします。」

《ああ、約束は守る。安心しろ。》

 私は叔父様に別れの抱擁を交わしました。


「僕にも何か出来る事があったら、言って下さいね。」

「はい。二人にはまた、お世話になるかと思いますので、よろしくお願いします。」


 オリファさんは騎士団を辞めて、フルラージュさんと一緒になることに決めました。

 そして、ディムさんがフルラージュさんに魔鉱石の製造を教える事になっているので、私の生まれ故郷でダンジョンが近くにある街『クラリム』で会う事になりました。


「それでは、ディム殿。今後の事もお願いします。俺達は明日の早朝に出発しまので。リリアナちゃんも元気でな。」

《ああ、ラージュもオリファも任せておけ。》


「みんなまたね~。」

 部屋から出て行こうとする叔父様達にリリアナちゃんが手を振っています。

 それに応えるように、叔父様達は手を振って部屋を出ていきました。



 次の日、宿で朝食を済ませて大通りを歩いていると、リリアナちゃんの頭を微笑ましく見る人達が沢山いました。

 もちろん、リリアナちゃんの上に載っているディムさんです。

「全然、大丈夫でしたね。」

《そうだな。 不思議そうに見る者もいるが、変わった帽子だと思っているようだ。》

《パパといっしょ! リリアナこれすき!》


《息子が帽子になるとは、夢にも思わなかったわ。》

 ルーヴィリアス様が笑みを溢しています。


 ディムさんは、口を作る時と同じように下面を窪ませてリリアナちゃんの頭に載っているので、ちゃんと帽子のように見えます。そして2本の角がアクセントになっているので、可愛い帽子になりました。

 ディムさんは「変わった帽子」って言っていますが、可愛い帽子なのです。

 そして、視界も良好なディムさんと、ルーヴィリアス様も交えた会話を念話にすることで、疎外感もなくなり、ディムさんはご機嫌になりました。

 もちろん、リリアナちゃんも喜んでいます。


 目的の本屋に入ると、リリアナちゃんが私の手を引っ張りました。

「フルララ、えほんどこ~!」

「えっと、ちょっと待ってね。ルヴィア様は御一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。私は適当に選びますから。」


 ルーヴィリアス様の送り出す仕草を見た私は、小さく頭を下げてリリアナちゃんと店の奥に行きました。

「えほんいっぱいだぁー!」

《取り合えず、ここでは持てる分だけにしとけよ。》

《うん。わかってるぅ~》


 空間魔術を使える人は、数万人に一人だと言われるほど希少な魔術なので、無闇に使って目立つわけにはいきません。

 なので、リリアナちゃんとディムさんにちゃんと説明したのです。

 リリアナちゃんとルーヴィリアス様の為に、店の本を買い占めるとか言うし…

 ほんと、困った人です。


 本屋の次は、誕生日ケーキをかったお菓子屋さんです。

 二人の買った本は、私の背負い鞄に入れた後、店を出てからディムさんの『次元倉庫』に移して貰いました。

 

 お菓子屋さんのドアを私が開けると、リリアナちゃんが私の横をすり抜けるように店に入りました。

「あら? 昨日のお客様ですね。そちらのお子様がリリアナちゃんかな?」

「ん! リリアナぁ~」

 リリアナちゃんが右手を上げて答えました。

 女性店員さんがカウンターから体を乗り出して、リリアナちゃんに笑顔を見せます。

「可愛い帽子ね。昨日のケーキはどうでしたか?」

「おいしかったぁ~」

「よかった。じゃあ、これも食べてみてくれるかな?」

 カウンターから出てきた店員さんが、リリアナちゃんにクッキーを一つ渡します。

 そして、私とルーヴィリアス様にも同様に渡してくれました。

「この店自慢の『クッキークリーム』です。」


 クッキーというよりは、少し硬いパンのような弾力で、それを2枚合わせた間にクリームが見えています。


「ありがとうぉ~たべていいの?」

《ああ、大丈夫だ。食べていいぞ。》

 ちゃんとお礼を言って確認するリリアナちゃんに、ディムさんが答えます。


 こういう躾って私が教える前から出来てたけど、ディムさんが教えたのですよね?

 そういや、子供を育てた事があるのか聞いてませんでした。

 普段の行動みてると、なさそうなんだけど…ディムさんの溺愛は魔族基準だと普通なのでしょうか?


「ほぉれ、おひしひよ。」

 リリアナちゃんが一口で頬張ってました。

 私もクッキーを食べてみました。

 うん。甘くて美味しいです。クリームはカスタードクリームでした。


「今日は何をお求めでしょうか?」

 店員さんは、私達が試食のクッキーを食べ終わるのを待ってくれてました。

「プリンを食べに来ました。それとお土産に色々と買っていこうかと思いまして。」

「では、2階へどうぞ。プリンの数は3つでよろしいでしょうか?」

「いえ、4つでお願いします。私が2個食べますので。」

「かしこまりました。すぐにお持ちします。」


 プリンがどうしても食べたかったのです。

 プリンは、どの店でもほとんどが店内飲食でしか販売されていないので、ディムさんにお願いました。


 2階には、4人用のテーブル席が8つあり、私達は一番奥のテーブルに座りました。

 私達の他には、お客さんは居なかったのですが、後から来る可能性もあるので、テーブル席の中でも、私は背を向けることが出来る席に座ります。


「お待たせしました。」

 店員さんがプリンをテーブルに置いていきます。

「ごゆっくりどうぞ。」

 店員さんが一階に戻るのを確認した私は、ディムさんを呼びます。

「ディムさん、私の膝上なら見えないと思うので、ここに来て下さい。」

《ん? そこに座るのか?》

「はい。私が壁になっているので、大丈夫のはずです。」

《…ああ、判った。》

 リリアナちゃんの頭から、帽子を取るようにディムさんを膝の上に乗せました。


「リリアナちゃん、これはスプーンで掬って食べるのよ。」

 私の隣に座っているリリアナちゃんの前にプリンとスプーンを渡して、私は見本になるようにゆっくりと一口食べます。


 あぁー。この味…美味しいぃ~


 卵が手に入らないから作れないってフルラージュさんが嘆いたいたから、ずっと食べたかったのです。


 リリアナちゃんもゆっくりとプリンにスプーンを入れて不思議そうな顔でそれを口に入れました。 

「ん~!」

 嬉しそうな顔を見せて、リリアナちゃんは二口目を口に入れます。

 それから、プリンが無くなるまで手を止めませんでした。


《うまかったな。》

 ディムさんは、もちろん一口で全部食べました。


「やはり、こっちの世界は良いですね。」

 ルーヴィリアス様は私と同じように、ゆっくりと食べていましたが、気品が滲み出ています。


 私もいつか、そんなふうになれるのでしょうか…


 

 プリンを食べ終わり、私達は一階でクッキークリームとチョコクッキーを買って店を出ました。

 そして、街の南門から出て徒歩で街道を進むこと10分。

 街道に林が隣接する場所に来ました。


《ここから林を抜けて空を飛ぶ。》

 魔力探知で周囲に人が居ない事を確かめたディムさんが木船を出しました。


 ここは、大陸の一番北東にある領地『テラリカ』。

 大陸のほぼ中心にある山脈の東側が人族の領地で、西側が魔族領になるため、魔族領から一番遠い場所になります。

 叔父様達が向かっている王都『オールスト』は、人族の領土のほぼ真ん中にあり、ここから南西を目指します。

 私達は、私の生まれ故郷の『レテイア』に向かうので王都からさらに南に行かなければならないのだけど、ディムさんの木船で移動するので人目のつかない海岸線を南下することになりました。


 林の中を抜けて山を越えた時、木船は空高く飛び上がりました。

「パパぁ~あれなに~」

《あれは、海だな。》

 大きくなったディムさんの上に乗っているリリアナちゃんが指しているのは、太陽の光を波が反射してキラキラと白く輝く海でした。


 空の上から見る景色は、果てのない世界を見せてくれました。

 私の知っている世界は、生まれ故郷と王都だけでした。

 そして、初めての旅だった『北の大地』。


「世界はこんなにも広かったのですね。」

《ああ、俺たちは小さいだろ。》

「そうですね。」


 ディムさんの言葉には優しさが込められているような気がしました。

 そして、伝えたいこともなんとなく伝わってきます。


「世界は慈愛に満ちています。そこに生きるすべての物はただ生きればいいですよ。世界はその為に存在するのだから。」

 ルーヴィリアス様は読書中でしたが、私に、母のような目を向けてくれました。

 その目に私は、「はい。」と答えたのでした。



 空を飛ぶ木船が凄い速さで飛んでいると思うのですが、ディムさんの防御魔術で快適でした。

 魔力で作った繭のような物だと、ディムさんが教えてくれました。


《昼の休憩に一度降りるぞ。》

「はい。」


 ディムさんが降りたのは、小さな湾になっている海岸で、砂浜もありました。

 当然、人が安易に来れる場所ではないので、誰も居ません。

《フルララ、リリアナと遊んできてくれるか。》

 ディムさんは食事の準備をするので、リリアナちゃんの面倒を私に頼みます。

 私はもちろん、「はい。」と応えました。

 リリアナちゃんも判っていたようで、砂浜に降りたディムさんから直ぐに降りて、私の手を取りに歩いて来ていました。

「フルララぁ~うみ、うごいてるよぉ。」

「あれは、波っていうのよ。どうして動いてるのかは、私も判らないのだけどね。」


 リリアナちゃんは、乾いた砂浜に足が沈む感触を面白そうに確かめています。


「波の近くまで行ってみましょうか。」

「うん。 いくぅ。」

 波に合わせて、楽しそうに追いかけっこをするリリアナちゃん。


 私は、お母様と一緒に海に行った日の事を思い出していました。

 病気がちで、家の庭で遊ぶだけでも長く居ることが出来なかったのに、私が呟いた我侭に、お母様は応えてくれたのでした。

 たった一度だけの海でしたが、私はあの日の事を忘れません。

 いえ、お母様と過ごした日々の全てを、私は忘れる事は無いです。


《準備できたぞ。戻って来い。》

「はぁーい!」

 リリアナちゃんの元気な返事に、あの日の自分を見ているようでした。

「リリアナちゃん、はい。」

 私の差し出した手を掴むリリアナちゃんの笑顔は、紛れも無くあの日の私でした。


 砂浜に場違いなテーブルとソファがあり、テーブルには、フルラージュさんが作ってくれた料理が並んでいます。

「おねえちゃんのパンすきぃー!」

 リリアナちゃんにとっての美味しいパンは、チクリの実で作ったパンになりました。

 少し栗のような香りがするのですが、私もチクリのパンに慣れてしまい、小麦のパンが物足りなくなりました。

「チクリの実を集めないとだめですね。」

《そうだな。クラリムにチクリの木があればいいのだが。まあ、なければ探せばいい。》



 昼食休憩を終えて空の旅に戻った私達は、日が落ちる頃、大きな山の山頂に降りました。

《今日はここで休む事にする。》

 そう言ったディムさんが、ログハウスを置きました。

 この家は、オリファさん指揮でディムさんが作ったのです。

 街での生活に慣れなかったり、旅もするかもという話から、オリファさんがログハウスの作り方をディムさんに教えて、たったの数日で作った家です。

 一階がキッチン・ダイニング・リビング・お風呂・トイレがあり、2階に3つの部屋がありました。


《まあ大丈夫だと思うが、魔鳥や魔獣が夜に来るかもしれないから『アトス』を出しておく。》

 ディムさんが出したのは、体長3メートルで白い鋼鉄で出来た騎士。

 ルーヴィリアス様の部屋を守っていた守護兵です。

《アトスだぁー!》

 リリアナちゃんが駆け寄ると、片膝を付いて頭を下げました。

 その守護兵を、リリアナちゃんはペシペシと楽しそうに触っています。


 ルーヴィリアス様が書き換えた命令は、『リリアナを守護すること。リリアナの命令を遂行すること。』でした。

 なので、必然的にリリアナちゃんがいる家を守ることになります。


 私達は、守護兵『アトス』に門番を任せてログハウスに入りました。

 全ての部屋には、オリファさん作の家具や、ディムさん所有の家具が既に置かれています。

 すぐに寛げるようになっていました。

 だけど、ルーヴィリアス様用の部屋は無かったので、空いている部屋にディムさんが家具を置いていくことから始めます。

 なので私は、リリアナちゃんとリビングで絵本を見ることにしました。


 絨毯の上に座り、膝の間にリリアナちゃんが座る、いつもの姿勢で新しい絵本を読みました。

 ゆっくりと流れる時間。

 当たり前になった空間。

 ここが山の山頂で、野営していることを忘れるほど、その夜は安らかに過ぎていきました。

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