第10話 魔王、家を出る。

 まさか母を封印するための神殿だったとは…だから俺はここに転移したらしい。

 母がそうした訳ではないと言っていたから、俺の中の何かがそうさせたのだろうって事だった。


 母を助けた次の朝、フルララが目を覚ましたと思ったら凄い勢いであれやこれやと聞いてきたのは、ちょっと笑ったな。

 俺が部屋に戻った時には、リリアナと幸せそうに寝ていたのに。


 俺が魔王ディルラルという事は伏せたまま、1700年前に母が造った息子だということだけ教えた。

 そして母は、俺の爺さんになる最高神『ロフォテアス・ザーレン』に見つかって連れて行かれた事と、俺は魔族でも魔物でもない、『神族』だという事も教えた。

 まあ、これは俺も昨日聞かされた話だったんだが、なぜスライムになっているのかも、その中の話に入っていた。

 正直驚いたが、俺自身が抱いていた全ての謎が繋がったから、今は晴々とした気分だ。

 そして、予定通りに人族の世界でリリアナを育てることを伝えると、フルララは嬉しそうに頷いていた。


 4年間住んだ部屋の外で、フルララの手を握っているリリアナと母が待っていた。

 俺は女性が描かれた壁を見上げる。 

「結局、この絵はなんだったんだろうな。」

「姉様の娘だと思うわよ。この神殿を造った時に、管理する神子を作っていたから。」

 母の言葉には、少し寂しさが込められているようだった。


「じゃあ、新しく封印を掛けておく。」

 俺は自室の家具を全て『次元倉庫』に入れ終わり、レリーフの壁に強力な封印を上書きする。

 荒らされる事がないようにだ。

 ここは俺とリリアナの故郷だからな。


 神殿の外に出た俺は、倉庫から木船を取り出し、ゆっくりと石畳の上に置く。

 俺は、丸太で十分だと思っていたが、オリファが暇つぶしの工作ついでに造っていたのだ。

 今となっては、母も同行することになったので、感謝している。


 リリアナは、俺の上に座り一番前の特等席。

 その後ろに母とフルララが並んで座り、オリファとフルラージュ、最後にガトラが座る。

「では、まずは洞窟を抜けて、フルララ達が最後に寄った村へと向かう。」

「は~い!」

 リリアナの元気な合図で俺は船を浮かせて高原の上を飛ぶ。

 今日は低く飛ぶ必要もなかったから、少し高く空を飛んだ。

「パパぁ~そらとんでるぅ~とりさんだぁ。」

「ああ、凄いだろ。もう戻って来ないかもしれないから、よく見ておくんだぞ。」

「うん。わかったぁ。」


 ああ、そうか。 

 1650年生きた中で、俺はこの4年間が一番楽しかったのだな。

 魔王として過ごした日々も、悪くない人生だった。だが、それ以上に今が楽しい。


「リリアナ! やりたいことを全部やるぞ。遠慮も我慢も絶対にするなよ。」

「ん! わかったぁ~!」

 両手を挙げて返事をするリリアナ。


「ちょっと、ディムさん。それはどうかと思うんですが…」 

 フルララが、不安そうに俺を見詰めている。

「心配いらん。俺が全ての責任を持つ。」

「いや…そういう意味じゃなくて…いえ、そうですね。ディムさん、ちゃんと責任取ってくださいよ。」

「ああ、任せろ。」


 俺はガトラ達が抜けてきた洞窟を抜け、『北の大地』から人の住む世界に飛び出した。


 ガトラ達が示した村は、洞窟を出てすぐに見えた。

 俺は森の木々の上を滑るように抜けて、村から少し離れた林の中に船を下ろす。


「ディム殿、ではいって来ます。」

「ああ、待っている。」


 ガトラの希望で、フルララは行方不明にしたいと言われたので、ガトラとオリファとフルラージュだけで、生還した事にする。

 なので3人で村に向かい、少しの情報収集と、フルララの着替えを買って戻ってくる事にしたのだ。

 次の町で白い神官服だと、目立ってしまうからな。

 それと、馬車が残されている可能性もあるので、それも込みでの村への生還劇だった。


「フルララは、なぜに一緒じゃないのです?」

 俺はガトラ達と決めた話を母に話した。


「ふむ、そういうこと。なら仕方がないわね。死を偽るとは不敬ではあるけど、私が認めます。」

「はい。ありがとうございます。」

 フルララが、神に祈りを捧げるように頭を下げる。


 死と闇を管理する母にとって、死は神聖なもので特別なのだ。

 そして、その事を知っているフルララだからこその礼儀作法なのだろう。


「しかし、許婚ね…。嫌なら嫌だと、ハッキリ言わないとだめですよ。」

 母の言葉に、フルララが苦しそうな顔を見せる。

「家族に迷惑が…」


「フルララぁ? どっかいたいの?」

 リリアナが俺から降りてフルララの頭を撫でる。

「ううん。 ちょっと嫌な事を思い出しただけ。大丈夫だからね。」


 俺の許婚だったあいつも、そういう気持ちで俺の傍に居たんだと、ガトラから聞かされた時に俺は思った。

 あの笑みも、言葉も、全てが本心じゃなかった。そういう事だったんだろう。

 今なら判る。

 娘を自分の都合の為に、結婚させるだと! 下らん! 許せん!

 全く、ふざけている。 親として失格だろうが!

 だから、弟だけじゃない。あいつの親も制裁を与えてやると決めたのだ。


「パパ、もどってきたぁ~」

「ああ、俺も気付いてたぞ。思ったより遅かったな。」

 俺達が待っている場所からは、少し遠いが村が見えている。

 3人が村の門に入ってから1時間ほどが過ぎていた。そして今、ガトラだけが村の門から出てきていたのだった。


 ガトラは周囲を警戒しながら、俺達の所に走って来る。

「ディム殿、馬車はやはり駄目でした。それと、フルララの服はこれを。」

 ガトラがフルララに、淡い木色と薄い緑に染まった服を渡すと、フルララが広げて眺めている。

 木糸と、それを葉染めで緑に染めた布で作られた、魔族の街でもよく見る服だった。

「そうか、なら予定通り次の町だな。」

「それが、すこし問題がありまして…」


 俺達が決めた段取りは、ここから二手に分かれて、ガトラ達は村から出発して街道を徒歩か馬などで南下して次の街『トッテ』に。

 俺達は木舟で街道を大きく迂回して、南から北上して『トッテ』に入る。

 そして、あらかじめ決めた宿屋に集まる。

 これが今日の段取りだった。

 

「なにがあった?」

 俺はガトラから村での出来事を聞いた。


 生還劇を演じたガトラ達に、村人は『ゴブリン討伐』を依頼してきたのだった。

 春に、今まで居なかったゴブリンが西の山に出るようになり、村の人間や動物、畑の作物が奪われる事になっていた。

 『トッテ』の冒険者ギルドに依頼を出しているが、未だ冒険者が来ない。

 ガトラが言うには、辺境の街に滞在している冒険者はほとんど居ないらしい。ほとんどがダンジョン周辺か依頼の多い大都市になると。

 そんな時に、北の大地に向かったパーティーが越冬して戻ってきた。

 頼まない方が、おかしな話だ。


「今、オリファとラージュが捕まっている状態でして、ディムさんの意見を聞きに私だけ戻ってきたのです。ラージュは、断る事も出来ると言っていましたが、見捨てることになるので…」


 ガトラの気持ちは判る。

 フルラージュも、俺達に合わせて断ると言っただけで、本心では助けたいと思っているのだろうな。


《ゴブリンは、1匹いたら100匹は居ると言われる害獣だからな。魔族領でも悩みの種だった。》

「え? ゴブリンって魔族が送り込んでいるのでは無いのですか?」

《そんなわけあるか。あれは人の形をしているが、知性なんてない獣だ。魔族も被害にあっているぞ。》

 俺の答えに、ガトラは驚きの顔を見せている。

《まあ、ゴブリンは見つけたら即駆除が鉄則だ。だから、とっとと殲滅して次の町に進むぞ。》


 ガトラに、西の山の入り口で落ち合う事を決めて、俺達は移動した。

 ガトラは村に戻って、3人で依頼を受けてから合流だ。


「パパ、ごぶりんってあれ?」

 森の中、距離にして300メートルほど先の茂みに、溶け込むように潜んでいるゴブリンをリリアナが見つける。

「ああ、あれだ。あれは、命の重さを知らない下等な獣だから、見つけたら殺していいからな。それがこの世界の為になる。」

「うん。わかったぁ~。」

「リリアナはほんと、素直でいい子ね。」

 母がリリアナを褒めている時に、俺はウィンドショットでゴブリンの額を撃ち抜いていた。


「前から気になっていたのですが、リリアナちゃんの目って凄くないですか?」

 村人服に着替えたフルララが、凄く悩んでいるような顔を見せている。

「ん? そうなのか? 毎日遠くの獲物を探していたら、そうなるんじゃないのか?」


 狩りを専門にする魔族なら、目視で1km先の獣を見つけることも出来るって聞いてるしな。

 俺の場合は魔力感知を使っているから、最大20kmぐらいまでいけるが。


「そうかもしれませんが、森に潜んでいるゴブリンを見付けるなんて、凄いことですよ。」


 言われてみれば…そうかもな。


「リリアナ、まだゴブリンがいるみたいだが、どこにいるか判るか?」

「んとね、あっちと、あっちと、あっちにいるよ。」

 リリアナが指した方向には、確かにゴブリンがいる。だけどここからだと木が邪魔で目視は出来ない。

「リリアナ、ゴブリンってどう見えてるんだ?」

「んとね、白いの。」

「白か…」


 魔力感知なら、青い光なんだが、白ってなんだ?


「そうですか。リリアナは生体感知が出来ているのね。」

 母が俺の疑問に答えていた。

「母よ。それはどういう特性なんだ?」

「息子の魔力感知とよく似ているけど、違うのは種類を特定しにくいところ。だから、目視しないと判断できないのよ。」

「なるほど。だから、目視出来ないゴブリンは聞かなかったのか。」


「ディムさん…一人で納得してるみたいですけど、生体感知ってなんですか! …とに…はぁ…」

 なにか不機嫌な顔で叫んだと思ったら、諦めたような溜息をつくフルララ。

「俺も知らない事だったしな。フルララどうした?」

「いえ、念話といい、生体感知といい…そんな凄い特性を持つのかと…それ自体は良いことなんですけどね。」

「なら、喜ぶところじゃないのか?」

「でも、リリアナちゃんを利用しようとする人達が出てくると思うと、少し不安で…」


 なるほどな。俺が傍にいる間は、そんな心配は要らないが、フルララとしては心配なんだな。


「心配いらん。そんなやつは俺が始末するからな。まあ、面倒事になるのは確かだから、リリアナには、念話と同じように内緒にしてもらう。」

 俺はリリアナに、それは特技だから、人に言ってはダメだと教える。

「うん、わかったぁ。」


 村から、俺達のいる森に向かって走ってきている3つの魔力を俺は感じていた。

 ここからは目視が出来なかったが、速度的にフルラージュは背負っているのだろう。


「お待たせしました。」

 ガトラが、木船に座って待っていた俺達に声をかける。

 フルラージュは、オリファの姫様抱っこから降りると、何事も無かった様な顔をつくるが、顔が赤くなっている。


「ゴブリンは、確認済みだ。これから、ガトラとオリファには、森の中をうろついているやつを遊撃してもらう。場所の指示は、俺とリリアナでする。」

「ん! リリアナはお兄ちゃん。がんばる。」

《ああ、リリアナ頼んだぞ。》

 俺は、念話で指示を出すことを二人に説明する。俺がガトラで、リリアナがオリファだ。


「了解しました。」

 二人は、戦いを前にした騎士になって俺とリリアナに返事をする。


「あの、私は?」

 フルラージュが寂しそうに俺を見ている。

「心配するな。この奥にゴブリンが住みついている洞窟がある。そこを殲滅級魔術を使ってもらう。洞窟ごと潰してくれ。」

「えっ! 良いのですか!」

 目を輝かせて、表情が一気に変わる。

「今後も住処にされないように、潰しておくのがいいからな。」


 破壊級と殲滅級の魔術の訓練は、高原にある湖の上を使っていた。

 だから、実際の破壊力というものをまだ体験していないのだ。


「はい! 頑張ります。」

 意気揚々と木船に乗ったフルラージュを見て、俺は少し笑っていた。

「ガトラとオリファは地上で遊撃に。残りは森の上を、船で洞窟まで移動する。とっとと、片付けるぞ。」



《おにいちゃん、みぎてぇ!》

《ひだりてのまえぇ!》

 ガトラとオリファは獣のように森を駆け抜け、指示された方角のゴブリンを次々に倒していく。


 リリアナの念話は、オリファだけに伝えるようにしているので、オリファ以外には聞こえないのだが、リリアナが俺に触っているときは、無条件で念話が聞こえる。これは俺の方も同じで、ガトラだけに念話を送っても、リリアナにも聞こえている。

 だから、リリアナの指示が間違ってないか確認も出来るし、討伐指示のゴブリンが、被ることもない。

 

「えっと、叔父さんとオリファさんは、どんな感じですか?」

 フルララは、木船からガトラとオリファが疾風のように走りながらゴブリンを倒している姿は見えない。

《ああ、住処から離れて獲物探しをしているゴブリンを取り残さず倒している。数匹連れのゴブリンなら余裕で処理出来ているぞ。》


「ガトラさんもオリファも、身体能力が凄いことになってるから、もう人前で全力は出せないって言ってたわ。 だから、今は楽しんでるんじゃないかな。」

《そうかもな。それじゃあラージュ、次はお前の番だぞ。リリアナ、オリファにはその場所で待っているように言ってくれるか。》

《はーい。》


 俺は、洞窟の入り口が見える場所で木船を停止させた。


「洞窟内部は、結構奥まであるが、ゴブリンがいるのは直線的に200メートルほどだな。入り口からほぼまっすぐで、広い空間が100メートルあたり。そこから奥の洞窟は蛇行するが、ゴブリンはいない。だから気にしなくていい。」

 俺が視た洞窟内部の地形を伝えると、フルラージュは「はい。」と一言だけ言って、立ち上がる。


「ファイアランスでいきます。」

 通常のファイアランスなら、長さ2メートルの槍型だが、フルラージュはそれを殲滅級までに押し上げる。

 長さ20メートル、太さ2メートルの巨大な炎の槍がフルラージュの掲げた両手の上に成形されていく。

 燃える炎が視覚的には完成しているが、この時はまだ魔力の塊なので、熱くなることははい。


「いっけぇー!」

 振り下ろされた瞬間、爆音とともに槍が加速し、洞窟の入り口に吸い込まれていく。

 次の瞬間、湯気のような白い煙が洞窟の入り口から噴出し、その後、熱を帯びた風が、木船を撫でるように通過する。


「もう一発!」

 フルラージュが声を上げて、ファイアランスの二発目を撃ち込む。

 今度は、熱風だけが洞窟から舞い上がり、焼け焦げた臭いが船にまで届いた。


「洞窟内の魔力反応は、全部消えた。殲滅完了だ。」

「はい。それじゃあ、メテオで洞窟を潰します。」


 炎が揺らめく赤く溶けた巨大な岩が、そらから洞窟の上に落ちる。

 爆音と爆風が一気に木船を襲うが、俺の防御魔術でそれを感じることは出来ない。

 ガトラとオリファは十分に離れていたから、巨木を背にするだけでいいと指示していた。


 洞窟の形跡など全く無く、大きく窪んだ焼けた大地になっている。

 俺はすぐに、水魔術『スコール』で焼け焦げた大地を濡らし後処理をした。


「はぁー! 気持ちよかったぁー!」

 フルラージュの目は潤み、頬は赤くなっている。


 考えてはいなかったが、このフルラージュの顔を、オリファが見なくて良かった気がする。

 見せてはいけない。なんとなくだが…そんな気がする。


 森にはまだ数匹のゴブリンが残っていたので、ガトラとオリファに指示を出して、完全な殲滅を完了させた。


「では、ディム殿。俺達はゴブリンの耳を持って村に報告してから、トッテに向かいます。」

「ああ、俺達は先に行っている。」


 討伐証拠として、耳や牙を持っていくのが、冒険者ギルドのルールらしい。

 洞窟内の30匹ほどが報酬にならなかったが、俺達の目的は、依頼報酬ではなく、『ゴブリン殲滅して気分良く村を出る』だったから、問題ない。

 なので、ガトラが集めた耳も、報酬の為ではなく、『ゴブリンを討伐してきた。』という証拠を見せるだけなのだ。



 俺は木船を飛ばし『トッテ』を目指している。

「リリアナちゃんが、ラージュさんの事を嬉しそうに話していたのが判ります。」

 母は、ずっと静かに傍観していたが、退屈ではなかったようだ。


「フルララぁ?」

 リリアナがフルララを見ているので、俺も視線を移すと、呆けているように固まっていた。

《どうした、フルララ?》


 石化から復活したような動きで、俺とリリアナを見るフルララ。

「ラージュさんの魔術って…もう、伝説で語り継がれている大魔道師レベルですよ…」


 ああ、そう言えばフルララは魔術訓練を見ていなかったな。


《俺が教えたんだから、当然だ。まあ、潜在能力はあったからな。》

「もう収入の事なんて気にしなくても、国王直属の優遇された職に就くことも出来ますよ。」

《ん? そうなのか。でもそれは、ラージュの望む物とは、たぶん違うと思うぞ。あれは、気楽な生活をしたいらしいからな。》


 フルララは思い出したように呟く。

「そうですね。 城は息苦しい場所でした。」

「フルララ、うごいたぁ~。」

 

 リリアナの言葉で笑みを取り戻したフルララは、リリアナに町の楽しみ方などを話始める。

 そして『トッテ』に付いたのは、昼になった頃だった。

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