第8話 魔王、わびる。

 本格的な冬に入り、今年最初の、朝から降りだした雪で神殿が白く覆われていた。

 去年までのこの時期は、部屋から出るのはリリアナのトイレとお風呂だけの時だけだったが、今年はフルララ達が居ることから、食事でも部屋から出ることになった。

 まあ、そのために神殿には無かった木の扉を通路に付けて、木材を燃やしての篝火で暖を確保しているので問題はなかったのだが…

 突然、フルララが昼食後のティータイム中に言ったのだ。

「リリアナちゃん、雪遊びをしましょう!」


 雪で遊ぶ? なにを言っているのだ?


「ゆきあそび?」

「うん。雪を丸めて投げあったり、大きなスライムを作ったりするのよ。」


 スライムを作る? 雪を投げ合う?

 意味が判らん。


《雪は寒いだけだろ。体温低下で様々な病気になるのに、なんでそんな事をする?》

「雪遊びは、誰もが憧れる遊びなのです。」

「いや、違うから! 雪が滅多に振らない地方だけの話だから。」

 フルララの言葉に、フルラージュが透かさず修正を入れる。

「そうですよ。私は雪を見たことが無かったんです! だから、リリアナちゃんと一緒に遊びたいんです!」


 開き直ってるし…

 

《リリアナは雪で遊んでみたいか?》

 俺の言葉にリリアナが少し考え込んでいる。

 そして、リリアナの返事を待つフルララの顔が、真剣そのものだったことには、本人には言わないでおこう。


「うん、あそぶ。」

「やったぁー!」


 どっちが子供か判らんな…


 当然、俺が思った事は他も同じで、ガトラ達が呆れた顔を浮かべていた。


「雪遊びするにしても、暖かい格好させないと駄目でしょ。冬用の服は作ってないわよ。それに手袋がいるわよ。」

「そうなのですか?」


 フルララは雪をまったく知らないみたいだな。

 俺は雪の中での戦闘訓練をやったことがあるから判るが、冷気を遮断するか体温を上げる魔術が出来ないと動けなくなるからな。


《俺に乗っている状態ならリリアナは寒さを感じないぞ。》


「それじゃあ、雪遊びの意味が無いのです。 冷たいと感じならが遊ぶのが雪遊びなので。」

《そういうものなのか。なら、服と手袋を作ってくれるか? そうだな、対価はワインでどうだ。》

 俺は、気落ちしているのが判るフルララと、そんなフルララを心配そうに見ているリリアナの為にひとはだ脱いだのだった。


「はい! 作ります!」

 面倒事だという顔をしていたフルラージュの、目を輝かせての即答だった。


 そして、オリファとの時間を割いてまでの作業で、二日後には毛布から作った冬用のコートと手袋にブーツが完成していた。

 

 ワイン効果は絶大だな…

 ガトラ達も羨ましがっていたし、あいつらにも頼みごとの褒美に酒を渡すことにしよう。


 雪遊びを知らないフルララの為に、フルラージュとオリファが教えることになり、結局皆で神殿の外に出る。

「パパつめたい~」

 俺から降りたリリアナが、白い雪の上に立って顔を抑えている。

《ああ、寒くて辛くなったら言うんだぞ。》


「それじゃあ、雪投げをするわよ。」

 フルラージュが雪を両手で玉を作って、それをオリファに向けて投げる。避けたオリファが同じように雪の玉を投げて返している。

「こんな感じで相手に当てて遊ぶのよ。」

「わかりました。」

「はーい。」

 フルララとリリアナは返事をすると早速、雪球を作って投げ合い始める。

 フルララは、きちんとリリアナの投げる雪球の飛距離に合わせて遊んでいる。


 積もった雪の上での回避行動か…

 雪なら痛くもないし、子供には丁度いいのか。それに、冷たい雪球を当てられた時の悔しさと、当てた時の嬉しさもあるか…

 ふむ、悪くないな。


《ん? ラージュ、それはなんだ?》

 フルラージュとオリファが、雪の玉を転がしている。それが転がすほどに大きくなっていた。

「これが、雪スライムです。こうやって、転がすと地面の雪がくっ付くので、丸くなるように転がして、大きくして飾るんです。」

《飾る?》

「はい。一個の巨大な物を作ったり、何個も重ねたり、横に並べたりですね。」

《それ、面白いのか?》

「ん~そうですね。達成感とか、私のが一番大きいとかを自慢したりですかね。」

《なるほどな。》


 創作欲ってやつだな。

 雪だと溶かせば消えるし、遊びで作るには丁度いいという訳か。

 雪遊びか…悪くないな。


「雪の多い地方だと、雪を固めて巨大な建築物を作ったり、女神像などを作ったりもするんですよ。それが祭りになっている所もありますね。」

 オリファが大きくなった雪スライムを神殿前に置いて、俺に教えてくれた。

《それは凄いな。手間と時間をかける結構な労働になるんじゃないか?。》

「まあ、そうなんですけど。街の収益を得る為に考えられた案だと聞いています。今では数万人が観光にきているようです。」


 街の収益か。それは気がつかなったな。


「雪投げを、競技として開催していたりもするのですよ。」

 オリファの置いた雪スライムの隣に、フルラージュも雪スライムを置いて俺の隣に来ていた。


《それは、魔術を使っていいのか?》

「いえ、駄目ですね。それだと不公平になってしまうので。」

 そう言ったフルラージュが、雪球を作って『ウィンドショット』に乗せて空に飛ばした。

《まあ、そうなるか。だが…魔術ありも面白そうだな。》


「パパぁ~つめたいぃ~」

 リリアナが雪投げから戻って来た。

「お風呂行きたいです。」

 全身雪まみれなフルララが体を震わせている。


《ああ、判った。風呂にいくか。その前に。》

 俺は、温風を作って二人を包み込む。

「パパあったかいぃ」

「あぁ~、ありがとうございます。」

《フルララ、雪遊びは満足したのか?》

「はい。楽しかったです。」

 俺はリリアナを乗せて、満足げな笑顔のフルララと、仕事終わりのようなフルラージュを連れて風呂に向かった。

 表面は温風で温まっても、体の中はまだ冷たいままなので、俺は急いで湯を入れることにした。

 だから、リリアナの服を脱がすのをフルララに任せて、俺は湯船に温泉の湯を入れていると、すぐにリリア達が入って来た。

 

《リリアナ、すぐに湯に入って良いぞ。暖まるのが大事だからな。》

「は~い。」

 俺はリリアナの横に付いて一緒に入ると、フルララとフルラージュも続いて入った。


「はぁ…生き返ります。」

「ほんと、寒い時のお風呂は気持ちいいですね。」

 フルララもフルラージュも至極しあわせな顔をしていた。

《ああ確かに、冷えた体で入る風呂は別格だ。》

 俺は部下達に合わせて、冷気遮断魔術を使わずに雪山戦闘訓練をした時の事を思い出していた。

 

 そういや、あいつらはどうしてるんだろうな…


 俺の側近として1000年以上の付き合いだった3人の部下。

 忠実だったが柔軟性が足りない、『ドスドラ』

 気まぐれだったが仕事は完璧だった、『ロフェア』

 楽天的で自分主義だが、なぜかあいつの思惑通りに事が進む『アルブレ』


 弟に裏切られたあの日は、3人とも公務の用事で城を空けていたから、俺の消滅の理由はガトラ達から聞いた話と同じだろうな。

 優秀だったあいつらの事だ、当然弟の下で働いているか…

 まあ、俺も今の今まで忘れていたわけだしな。諦めるのが正解だろ。

 ああ! 思い出した! あいつらに使ったあれがあったな。


 俺は面白い事を思い付いたのだった。



 神殿の西側は、等間隔で立っている石柱と、1階と2階の区切りが無い吹き抜けの、石床と屋根があるだけの壁の無い大きな空間になっていたので、ガトラ達の訓練の場所になっている。


 俺はリリアナを乗せて、昨日思い出したアイテムを使う為に、ガトラとオリファの訓練を見に来ているのだ。

 フルララは祈りの時間なので教会。フルラージュは「あそこは寒いから部屋にいます。」と言って自室に居る。

 俺が今からする事を言えば見に来るとおもうから、黙っていたのだ。


「ディム殿、どうかされましたか?」

 防具を付けての剣術稽古中だったガトラが手を止めて俺に一礼する。

《ちょっと面白い物を持っていた事を思い出してな。二人に試してもらおうかと。》

「どのようなものですか?」

《身体能力を上げるアイテムみたいなものだ。》


「そういう物があるのですか?!」

 オリファが食い付き気味に興味を示した。

《ああ、二人に試して貰いたくてな。》


 俺は二人の傍に寄り、赤い魔石に似た物を取り出して有無を言わさず二人の首の後ろに付けた。


「えっ? なんですか?」

「ディム殿?」

《今から5分。苦痛に耐えて生き延びろ。》


「「な!」」

「「うわぁああああ!」」


 ガトラとオリファの断末魔の叫びが始まる。

 そして、血の涙と涎を垂らし、苦痛に悶える二人の叫びは、神殿に響いていく。


《パパ、どうして? おじちゃんたち、かわいそうだよ…》

《大丈夫だ。これを乗り越えたら二人は強くなるんだ。死なせたりはしないからな。》

 しがみ付く手が強くなっているリリアナに、俺は優しく声をかけた。


「ちょっと! どうしたのよ!」

 1分ほどが経った頃、二人の叫びを聞いたフルラージュが部屋に駆け込んで来る。

「オリファー! なに?! なにがあったの?! ディムさん!」

 俺が二人を傍観するように眺めていたので、フルラージュは俺の言葉を聞く前に、オリファの所に走ろうとしていた。

《ラージュ、近づくな!》

 俺は、フルラージュを重力魔法で捕まえて引き戻す。

《今、二人は力の制御が出来ない。絞め殺されるぞ。》

「ディムさん! なんで?! ディムさんが何かしたのですか!」


 苦痛にのた打ち回るガトラとオリファの断末魔の叫びは続いてる。

「ら゛あ゛…じゅう゛ぅぅううう」

《ラージュ、今はオリファに、声だけをかけてやってくれ。》


 2分が過ぎていた。だが、オリファはそろそろ限界だった。

 後数秒で絶命していてもおかしくなかったが、フルラージュの姿を見て持ち堪えている。


「ディムさん! いったい何があったのですか?」

 神殿の一番遠くにいたフルララが息を切らせて走ってきていた。

 俺はフルララも同じように捕まえて、俺の隣に連れてくる。

《あと3分だ。フルララ、何があっても回復はするなよ。》

「どうしてですか?!」

《力を手に入れる為だ。》 

 

「オリファ! しっかりして!」

 フルラージュの声は確かに届いていた。


 ガトラはさすがと言ったところか。

 目がフルララを見ていて、意識がまだある。

 だけど、オリファはもう限界だな。

 顔が鬱血して青黒くなって、命ももう切れるだろう。


 俺がそう判断したすぐにオリファの動きが止まり、首に付けた『ゾイル』が砕け散る。

「いやぁあああああ!」

 フルラージュの叫び声が響く中、俺は『エリクトラ』を取り出してオリファに掛けると同時に、フルラージュに掛けた重力魔術の拘束を解く。

《ラージュ、オリファの所に。》


 駆け出したフルラージュが、ゆっくりと上体を起こしているオリファに抱き付く。

「良かった! 良かった! オリファ!」

 大粒の涙を流しているフルラージュを抱き返すオリファを見て、俺は胸を撫で下ろす。


 死なせるつもりは毛頭なかったが、さすがにフルラージュには悪いことをしたな…


「叔父様…叔父様…」

 フルララが耐え切れなくなり、涙を流していた。

《フルララ、済まない。あと少しだけ堪えてくれ。》

「どうして?! ディムさん! どうして…」

 不安と困惑と悲しみ。それをすべて込めた目で俺を見つめるフルララ。

《終わったら、説明するし、謝る。だから、今は待ってくれ。》


 表情を歪め、胸を掻きむしるように苦しんでいるガトラの目は死んではいない。

 それ以上に、今は立ち上がり、悶え苦しみながら己と戦っている姿になっていた。

 そして5分が過ぎ、首の後ろに付けた『ゾイル』が砕け散ると、ガトラは崩れるように倒れたのだった。


 俺はガトラにも『エリクトラ』を掛けた後、四人の前で頭を下げる。

 見た目的には、スライムが前に傾いているだけになるのだが…


《すまなかったな。まずは謝らせてくれ。》

「ディムさん! ちゃんと説明してください!」

 怒りの目で睨んでいるフルララに、俺は再度頭を下げる。

《その前に、ガトラ、オリファ。その場で思いっきり上に跳んで見てくれないか。》


 俺の言葉の意味を理解できないまま、疑問を持ちながらも見合いあった二人が同時に飛び上がる。

 吹き抜けになったその部屋で、ガトラは自分の身長の倍近くの4メートル。オリファは3メートルほど地面から離れて、その驚きを理解出来ないまま着地する。


「いったぁああー!」

 状況に対処出来なかったオリファが、着地で転倒して足を挫いている。

《フルララ、治してやってくれるか。》

「え? あっ! はい。」

 思考が止まっていたフルララが我に返ってオリファに治癒魔術を掛ける。


《魔術師の強さと言えば、魔力量と魔術技能力なのは判るよな。じゃあ、戦士の強さは?》

 俺の問いに答えたのは、自身の身に起きている事を理解し始めたガトラだった。

「筋力と武術。そして、それを扱う為の神経伝達速度。」

《ああ、その通りだ。さっき付けたのは、筋力と神経を一度壊して強化再生。さらに壊して再生を繰り返し、通常では到達出来ない身体強化が出来るアイテムだ。だから、あの拷問のような状態になってしまう。黙っていてすまなかった。》


「なんで、教えてくれなかったのですか!」

 フルラージュが責める言葉を俺にぶつける。

《普通は、命を掛けて挑むからこそ…なんだが、俺が『エリクトラ』で死なせないと気付いてしまうだろ。それだと、生きようとする気力が薄れて、諦めてしまうと思ったからだ。そうなると、身体能力の上昇が少なくなる。現にオリファの跳躍力は低かっただろ。》


「えっと…僕は駄目だったってことですか?」

 オリファが悔しそうな顔を向けている。

《結果的には途中で死んでしまったが、それに関してはラージュに感謝している。もしラージュの声が無かったら、2分ほどで死んでいたからな。3分超えて耐えた事で、俺の判定では文句なしの合格だ。5分耐えれるのは、そうそう居ないからな。現に、さっきの跳躍は人族を越えていただろ。》

 オリファが思い出したように笑みを浮かべている。

《でもだ、その能力をちゃんと理解して扱わないと、さっきみたいに足を挫くことになる。関節は鍛えようがないからな。》


 オリファは照れ笑いに変わったが、フルララが納得していない顔で俺を睨んでいる。

《フルララ、黙っていて悪かった。声が届く事を忘れていた。離れた場所ですれば良かったのだろうが、結果的にオリファもガトラも二人の声で意識を伸ばすことが出来ていた。泣かせてすまなかったな。もう二度と、悲しませる事はしないと約束させてくれないか。ラージュもすまなかった。》

 俺は、もう一度頭を下げて謝罪した。


「フルララ、」《パパをゆるしてあげて…》

 俺の上で、リリアナも頭を下げてくれていた。


「…判りました。約束ですよ。」

《ああ、約束する。2度と悲しい目には遭わせないと。》


「フルララありがとうー!」

 リリアナが俺から降りて、フルララに抱き付いていた。


「私からも、二度とフルララを悲しませないで、やってください。」 

 ガトラの言葉に俺は《ああ、約束する。》と返した。


《それでだ、4人には謝罪の意味で酒を受け取ってくれないか。まあ、人族越えの祝いでガトラとオリファには贈るつもりだったが、二人を泣かせてしまったしな。祝いとは別に受け取ってくれないか。》


「ほんとですか?!」と、オリファが歓喜な声を上げて、

「それは、拒否する理由がありません。」と、ガトラが笑みを浮かべて、

「え?」と、フルラージュの顔に嬉しさが現れて、

「私は…お酒は飲めないので…」と、フルララが困惑した顔でちらちらと俺を見ていた。


 さっきまでの重い空気が一変する。


 酒の効果はやっぱり絶大だったな。

 しか、フルララのあの目は…俺を食べたいとか、思っているんじゃないだろうな…


 時刻はまだ昼食には早すぎたので、ガトラとオリファは上がった身体能力を確かめるのと、慣れる為に部屋に残り、あとの4人は俺の部屋に戻ることにした。


「パパ!」《フルララ、なかしちゃだめ!》

 絨毯の上でフルララを庇うように立っているリリアナに、俺は《もうしない。》とリリアナに誓う。


「リリアナちゃん、ありがとう。パパはいっぱい反省してくれたから、もう大丈夫だからね。」

「ん!」《わかったぁ!》


「魔族の人達のほとんどが強いのって、さっきの事をしてるからですか?」

 ソファに少し疲れた様子で座っているフルラージュが小さな声で聞いてきた。


《いや、単純に魔素の効果だけだ。さっきも言ったが、5分耐えれるのは稀なんだ。ほとんどのやつは死ぬ。『エリクトラ』は俺だから持っているが、一般には出回らない。だから、特別な地位の者が行うぐらいだな。そして、そういうやつらは前線にはあまり出ない。すべての者が強い種族に見えるのは、魔素と魔術の使い方が違うこと。その二つが強いと思わせる要因だろう。》


「ちょっと、ラージュさん! ディムさんが元魔族ってどうして知っているんですか?」

 絨毯の上に座っているフルララが凄く驚いた顔をしている。

「えっ? そんなの、最初からでしょ? 人族の常識を知らなかったじゃない。」

 フルララの口が開いたままになっている。


 そして、我を取り戻したフルララが言葉を出す。

「そうでしたか? 私は転生した過去の大賢者様か大魔術師様。それか司祭様辺りだと思ってました…」

《ん? そうだったのか。見当違いだったな。というか、そういう話は4人でしなかったのか?》

「はい。ディムさんが詮索はするなって言ってましたから、私からは聞かなかったのです。」

 フルララは顔を下に向けたまま肩をすぼめていた。


「私は皆が気付いていると思ってたから、あえて聞かなかったわ。ガトラさんもオリファもたぶん私と同じと思うわよ。」

 フルラージュの言葉に俺は納得する。

《そう言えば、3人は最初から俺を魔物という感じで話していたな。フルララは…なんか馴れ馴れしかったり、よそよそしかったり、色々だった気がする。》


「私ってそんなに態度変わってましたか?」

 恥ずかしそうに小さくなっているフルララに俺は告げた。

《ああ、俺が困惑するほど色々あったな。》

「そんな…すみません。」

《いや、謝ることはないぞ。俺はそういうところも全部気に入っている。楽しいからな。だから、今までどおりに接してくれ。》

「うん!」《フルララはフルララがいい。かわっちゃだめ!》

 縮こまっていたフルララの背中に抱き付くリリアナに、フルララが笑みで応える。


 フルラージュ達は、俺を『魔物』として一定の距離を取っているが、フルララにはそういう気持ちが無い。

 俺が何者なのか気にしているが、『リリアナの父親のディム』という固定された考えが一番上にあるのだろう。

 だから、リリアナも心を開いている。

 俺を俺として見ているフルララを、俺が嬉しいと感じているのをリリアナは知っているのだ。



 昼食になり、俺は食後に酒をテーブルにを出す。

 色々なワインにウィスキ、ブランディに果実酒がテーブルの上にずらりと並ぶ。

《そうだな、この中から好きなのを、一人10本選んでくれ。それが今回の詫びの品とする。》

 目を輝かせる3人が、酒について語りながらテーブルの酒を取っていく。


 ガトラはウィスキとブランディで、そのまま飲むのが好きだと言った。

 オリファは自分用にブランディで、フルラージュと一緒に飲むようにワインも数本選んでいた。

 フルラージュは好きだと言っていたワインと、気になると言った果実酒を2本選ぶ。


《フルララは飲めないのか?》

 飲めないから遠慮しているようには見えないフルララが、並んでいるビンを見ながらモジモジとしている。

「いえ神官の身として、お酒を飲むことが禁止さているのです。」


「もう私達は死んだことになってるだろうし、行方不明かもしれないど…どっちにしてもフルララさんはもう、神官職は無くなってるでしょ。だから、飲んでもいいんじゃない?」

 ワインを自分の前に並べているフルラージュがフルララの言葉に返した。


「そうだな、フルララはもう自由だ。自分の好きな事をすればいい。」

 ガトラがフルララに笑いかけている。


 俺はガトラの言葉が気になったが、不要に詮索はしないことにした。

 フルララも約束を守っているからな。


「それでは、一通り試してみます。」

《そうだな。果実酒なら飲みやすいんじゃないか。それからワインでブランディを試すといい。》

 俺の助言に、フルラージュ達も同意の頷きを見せていた。


《それでだな、今日の夕食にガトラとオリファの祝いをしたいと思う。すまないがフルラージュ、酒に合う何か特別な料理とか出来ないか?》

 頬に手を当てて、悩み顔を作っているフルラージュが「なんとかしてみます。」と承諾してくれたので、この後、俺の持っている食材を見せることになった。


《リリアナ、フルララと部屋で遊んでてくれるか。》

「はーい。」《フルララいこ。》

 椅子から降りたリリアナが椅子に座っていたフルララの手を掴む。

《フルララの選んだ酒は俺が持っていってやるからな。》

「はい。それでは、リリアナちゃんと部屋に行ってます。」

 リリアナと手を繋いだフルララは、いつもの笑みをリリアナに見せながら食事部屋を出て行った。


 フルララも、何かに悩んでいるのだろうか…


 俺は、フルララの面倒も見ることを、この時に決めたのだった。



 時刻は、いつもの夕飯時間を少し過ぎる。

 俺の持っていた果物をソースにしたり、果実酒に肉を漬け込んだり、海老や魚も手間のかかる調理方法で、色々な料理を作ったフルラージュは、疲れた顔を見せていた。

「あとはメインの肉と魚を焼くだけです。」

《ああ、それは食事中に俺がやるからいいぞ。出来立てを食べた方が旨いからな。リリアナを呼んでくるから、ガトラ達を頼む。》


 部屋で寝ていたリリアナとフルララを食堂に連れて来るとガトラ達が座って待っていた。

 俺は、リリアナをフルラージュに任せて食事の準備を始める。

 お酒とグラスを並べ、リリアナには蜜柑を絞ったジュースをコップに注ぐ。

 そして、肉と魚を魔術で作った高温の空気玉に入れてじっくりと焼いていく。


「パパ、」《ごはんいっぱい!》

《ああ、今日はガトラとオリファが頑張った祝いと、フルラージュとオリファの婚約記念だからな。》

「こんあくきねん?」

《結婚の約束を認めたってことだ。》

「ん!」《けっこんだぁー!おねえちゃんとおにいちゃん、なかよしだもんね。」


 俺とリリアナの会話に、4人が思い思いの顔を見せていた。

 ガトラは納得したような笑み。

 フルララは驚いた表情から祝福する笑顔に。

 フルラージュは、顔を赤らめて嬉しそうな顔。


 そして、オリファは困惑している顔だった。

「ガトラさんを超えるのが条件だったはずでは?」


 フルラージュからの伝言を素直に聞いたオリファは、それから毎日鍛錬に励んでいたのだ。

 フルラージュの未来を支えるには必要な事だと、俺からも説明したからな。


《あくまでも目安だ。ダンジョンでフルラージュを守る為の強さは、今日のあれで軽く越えたからな。それにな…もうガトラを超えるのは無理だ。》

 俺の最後の言葉に、ガトラが噴出したように笑い声を溢す。

「また、あれに挑戦してもですか?」

《その心意気は流石だが、それについては飯を食べながら話してやろう。折角の料理が冷めてしまうからな。》


 俺は焼きあがった肉と魚をテーブルの皿に載せて、ガトラに祝杯の言葉を頼んだ。


「オリファとフルラージュの二人に、輝かしい未来が訪れることを願って!」

「「「「《乾杯ー!》」」」」

「かんぱぁいぃ~」

 リリアナが、フルララの真似をしてグラスを掲げて笑っている。


 俺はいつものように、リリアナに料理を取り分けて食事を始める。

「あ…甘くて美味しいです。」

 乾杯用に、フルララのグラスに注いだのは林檎の果実酒。

 気に入ってもらえたようだ。

《初めての酒だろ。量を少なめにしたから、色々試すといいぞ。》

 俺は、他にも蜜柑と梨の果実酒とワインをグラスに注いでフルララの前に並べていた。


「ん!」《パパ、きょうのごはんおいしい~》

《ああ、フルラージュが頑張ってくれたんだぞ。二人の祝いなのに、作って貰ったのはあれなんだがな…》


「いえ、私は全然きにしてませんから。こんな美味しいワインが飲めるなら何度でも作ってもいいくらいですよ。」

 ボトルの半分を既に空けているフルラージュに、俺は不要な気遣いだったかと、笑い声が出ていた。

 それから、料理の味を賞賛しながらの食事が楽しく進んでいった。


「ディムさん、さっきの話の続きなんですが…」

 何杯目かの、グラスを空にしたオリファが、俺の言葉を待っている。

《そうだな。あのアイテムはな、一度使うと耐性が付いて2度目が無いんだ。》

「そうなのですか。でも、日々の鍛錬を続ければガトラさんに追い付くのでは?」

《筋力的には可能だろうが、動体視力と平衡感覚の神経系が無理なんだ。もう通常の域を超えているから、自力で鍛えるのは不可能だろう。》


「なるほど、そういう事ですか。」

 ウィスキーを片手に食事を楽しんでいるガトラが話しに加わる。

《ああ、二人ともその重要性は、もう体感しているだろ。》

 二人から「はい。」という返事がすぐに返ってくる。


 俊敏な獣のような動きが出来る筋力を得たとしても、目が追い付かなければ酔うだけだし、姿勢を維持することが出来ないなら、自滅するだけになる。


《向上心は良いことだが、その熱意は今後、体術や剣術に注ぐといいぞ。もしかすると、そっちで勝てるかもしれないしな。》

「そうだな。楽しみにしている。」

 俺の言葉に、ガトラが余裕の笑みでオリファに告げた。

「はい。超えて見せます。」


 師弟の約束は、酒の入ったグラスを掲げて飲むことで結ばれた。


「パパぁ~」《フルララがへん~》

 リリアナに呼ばれて、俺はフルララの酔った姿を確認する。

「でぃむさぁ~ん…ふふぇへへ…」


 おいおい、ほんのさっきまでは普通だっただろ…

 大丈夫だったから、好きだと言った蜜柑の果実酒のボトルを渡したが…

 うわ、空になってるじゃないか。


《リリアナ、ご飯はもういいのか?》

「うん。」《おなかいっぱい~。》

《じゃあ、フルララを連れて部屋に戻るぞ。ってことだ。後は適当に飲んでくれ。》

 俺は追加の酒を適当にテーブルに出して、フルララを重力魔法で浮かせて、そのまま部屋に向かった。


「フルララへん~」

 俺の上に座っているリリアナが、ほとんど寝ているフルララの浮いてる姿に笑っている。

《お酒を飲みすぎるとな、こうなるからな。》

「うん。」《わかったぁ~》


 リリアナは俺から降りて、ソファに座らせたフルララの顔を覗き込んでいる。

《こういう時は水を飲ませて、寝かせてやるんだ。》


 『エリクトラ』を飲ませば治るんだが、それだと酔うという事を体感しないからな。


 俺は、ガラスコップに『ウォーター』で水を入れてフルララに渡す。

「でぃむさん~ありがとうございます。」

 まだ意識が残っていたフルララに水を飲ませて、俺はベッドに寝るように促す。


 フラフラとしながらも、服を脱いでベッドに入ったフルララを、俺とリリアナが見届ける。

「フルララ」《たのしいの?》

 フルララの酔っ払い顔は終始笑顔で、ベッドの中でも幸せそうに笑っている。

《ああ、そうなのかもな。だけど、揺すったり無理に起こしたりすると嫌な気分になると思うから、そっとしておこうな。》

「いっしょにねてもいい?」

「ああ、一緒に寝るのはいいぞ。今から寝るか?」

「うん。」《いっしょにねるぅ》


 めずらしく、昼寝と同じようにフルララの横に並んで寝たリリアナ。

 俺はそんな二人を眺めながら、眠りについた。



 ん? フルララどうし


「あ~ん。」

 どう見ても酔ったまま寝惚けているフルララが、俺の角にかぶりつく。

「でぃむさんおいしいぃ~」


 … … … はぁ…


 フルララの面倒を見ると決めた俺は、そのまま満足するまで食べさせることにしたのだった。

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