第5話 魔王、色々教える。
リリアナの服が完成したから、俺はリリアナとフルラージュを連れて森に向かっている。
魔術師のフルラージュはフルララと名前が被るので、このパーティー内ではラージュと呼ばれていると聞き、俺もそう呼ぶ事にした。
《リリアナ、昨日話したとおり、俺はラージュに魔術を教えるから、静かに見ていてくれ。》
《うんわかった。》
《それじゃ、ラージュ。木を切りにいくぞ。》
「はい。お願いします。」
森の入り口に降りた俺達は、1本の木の前に立つ。
《エアカッターで木を根元から切断してみてくれ。》
フルラージュの放った『エアカッター』は直径2メートルの巨木を切り落とす。
俺はその巨木を水平に浮かせる。
《今度は、真ん中を真っ直ぐに通して半分に切り分けてくれ。》
フルラージュの『エアカッター』は8メートルほどの巨木の6メートルくらいのところで消えてしまう。
原因は判った。
魔力量は十分だったが、雑になっているんだ。
魔力任せで火力を上げていたようだが、鋭さが足りない。
炎魔術は雑でも火力だけで押し通せるが、風魔術は集中力がいるからな。
《魔力をもっと凝縮することに意識してみろ。そうだな、2倍の魔力をさっきの大きさまで圧縮してみてくれ。》
「はい。」
フルラージュの魔力が、徐々に集まり濃くなっていくのを俺は見ていた。
《じゃあ、さっきのように、20cm下をスライスしてみてくれるか。》
放たれた『エアカッター』は、今度は8メートルを越えて奥の木まで切り倒していたが、その切り口が引き裂いたような粗くなっていた。
その切り口を見たフルラージュが、悔しそうに唇を閉じている。
《切り口が雑になるのは想定していたから、気にしなくていい。まずは魔力の凝縮が出来たらいいからな。》
それから、同じ事を何度も繰り返し、20cmの板を作ってもらい、俺がその断面を綺麗に削り、16cmほどの板を50枚ほど作る。
オリファが色々な家具を作りたいと言っていたからその材料だ。
《次は、あの岩山に向かうぞ。》
フルラージュの魔力の圧縮には時間がかかるが、少しずつ安定はしていたので、俺は次の場所に向かうことにしたのだ。
神殿の石材に使われている石で出来た崖の上に着いた俺は、崖を切り取るように岩を切断し、1メートルの正方形の石材を作る。
《今度は、切断力がないと切る事は出来ないから、さっきの凝縮したあと、薄く固めることをイメージしてみてくれ。ゆっくりでいい。》
「はい。」
エアカッターの色が、白色から徐々に色が抜け、透明に近づいていく。
《その感じでいいぞ。撃ってみてくれ。》
音も無く岩に吸い込まれたフルラージュの『エアカッター』は、岩を綺麗に切断していた。
《パパみたいだね。》
《ああ、上手く出来てる。》
自身に対しての努力というものに、惜しむこともなく頑張る姿勢。
教えを請う相手に、素直に従う心。
フルラージュという人物は、努力して今の力を手に入れたのは容易に想像出来た。
だが、なぜだ?
こんな初歩的な事を知らなかったのは…
《魔術の扱い方は習わなかったのか?》
「あっはい。 魔術学校に入るには高額な費用が要りましたし、火の魔術と風の魔術は母から教えて貰いましたが、12歳の時に他界したので…」
なるほどな。魔力量はその者の資質である程度は決まるから、最初から高かったのだな。
炎魔術は、魔力量がそのまま破壊力になるから問題ないが、風はただの空気の塊だから、殺傷力が足りないことになる。
《では、ウィンドショットの威力を上げる方法だが、教えた圧縮するのと同時に槍の穂先をイメージして強度を上げる。そして、飛ばす為の魔力も当然圧縮することを忘れるなよ。》
俺は手本となる一発を撃つ。
ウィンドショットは岩を突き抜け、見えなくなるほど遠くまで飛んでいく。
「凄い…」
フルラージュが驚きの表情のまま、消えたウィンドショットの方を見つめていた。
《あとは、なんども繰り返し、発動時間を短くするだけになる。とりあえず今はここまでだな。》
それからフルラージュには、新しい浴槽を造るための石材の切り出しの手伝いをさせて、神殿に戻った。
ガトラとオリファは高原に食材集めに行っているから、昼食は神殿に残っていたフルララを入れた4人で済ませ、俺は風呂場の製作に取り掛かる。
リリアナは昼寝の時間なので、フルララがベットで添い寝することになり、フルラージュと二人で風呂場造りをしている。
俺は砂を固まりにする『ロック』を使って石材同士を接着させて浴槽造りを始める。
フルラージュにも、『ロック』の魔術を教えて手伝わせる。
フルラージュは思ったとおりで土魔術も覚える事が出来た。
これで魔術の幅が広がり、さらにもう一つの事をいずれ教える事が出来ることになる。
それは、彼女の将来を決めることになる材料の一つになると、俺は考えていた。
『魔鉱石の精製』
魔鉱石は、自然界では希少な鉱石なのだが、魔獣などから取れる魔石と、ダンジョンと総称される遺跡の中にある鉱石と合わせることで、人工的に造ることが出来る。
その工程に必要な魔術の一つが『ロック』だった。
フルラージュの母は、過労にによる死だったと教えられる。
そのこともあり、裕福な生活に憧れることになるが、人を蹴落として得ようとは思ってはいない。
だから冒険者ギルドに入り、名声を広めて、お金持ちの相手と結婚することを考えていると。
その目的でオリファに近付いたが、辺境貴族で貧乏伯爵の次男と知って、今は困っているとのことだった。
オリファが一目惚れしてしまい、最初に言い寄った手前、パーティー中に別れ話を切り出す事が出来ないらしい。
《オリファ自体はどうなんだ? 嫌なやつなのか?》
俺は唐突に話を切り出す。
当然、困惑した表情を見せたフルラージュだったが、すぐに冷静な顔になって、
「いえ、貴族らしくない考え方は好きですし、気遣いもありますし、見た目はもちろん好みなんですけどね…」
やっぱり将来性、主に収入面での不安だけの話だったか。
俺が言うのも、なんだが…まあ、俺も身に沁みたことだしな。
《好きな者同士が結婚するのが、一番良いとおもうけどな。》
あいつは俺の事を好きだと思っていたんだが、俺の勘違いだったからな…好き以外の思惑が入ると、ろくでもないことになるのは体験済みだ。
純粋に好きな者同士が一緒になり、二人で幸せを探すのが一番だと俺は気付いた。
だから、こいつにもそれを願ってしまうんだろう。
オルファも、俺から見ても良いやつなのはすぐに判った。
二人なら、幸せになると思うんだよな。
「でも…裕福な暮らしが私の夢なので…」
《ああ、もちろん判っている。ようは、楽して儲ければいいだけの話だ。時が来たら教えてやるから、オルファとの事は今すぐ決めなくて良いぞ。》
「それって?」
《まだ、確定じゃないからな。確定したら教えてやる。》
俺の言葉を、半信半疑の表情で考え込むが、それ以上は聞くことはなく、納得した様子のフルラージュだった。
男女別の風呂部屋が完成した頃、ガトラとオリファが食材集めから戻って来ていた。
「ディム殿、ただいま戻りました。」
ガトラは俺の事を『殿』と付けて呼ぶ。
オリファを助けた事の敬意からだと、本人が言っていたので俺はそのまま受ける事にした。
《こっちも丁度風呂が出来たところだ。あとは湯を入れるだけだから、先に入るか。》
二人の返事を聞いたあと、俺は湯船に温泉水を流し込む。
明日にでも、フルラージュに温水を作らせてみるか。
どうもフルラージュは、魔力の調整が下手なようだ。いや、人族はそういう使い方をあまりしないのかもしれないな。
湯を入れ終えた後、リリアナを迎えに行くと、二人してまだベッドで寝ていた。
フルララもリリアナも同じ金髪なので、まるで親子のように見える。
この数日で、リリアナはフルララに甘えるようになっていた。
やっぱり母親的な存在は大きいのだろう。
だが、俺は認めない。リリアナが悲しむことになるかもしれないからな。
《リリアナ、フルララ、お風呂が出来たから入りに行くぞ。》
二人して、寝ぼけた顔を俺に向ける。
それはまさに、親子そのものだった。
「今日は山菜とキノコ類が沢山取れた。あと貝も採ってきた。」
オリファが食事部屋の調理台でフルラージュに今日の成果を披露している。
調理担当が二人になったからだ。
「それじゃあ、キノコと芋と山菜のスープに、貝はそのまま焼きましょう。リリアナちゃんはまだ貝を食べた事が無いんですよね?」
《ああ、硬いからな。まだむりじゃないのか?》
「そうですね。でも、そろそろ試しても良いと思います。でも、私達も貝だけだと少ないので、ディムさん、メインになる肉か魚をお願いします。」
《リリアナ、今日はどっちがいい?》
《ん~おにく~》
俺は、魔力感知で生きた物はすぐに見つけることが出来るが、普通の植物などは目視でしか見つけることが出来ない。
なので、ガトラ達には、俺の知らない食材を集めて貰っている。
その代わりに、肉と魚と果物を出しているのだ。
まあ、それが無くても、リリアナが実際の調理というものを見る機会になったり、人族の食事風景を見ることで良い勉強にもなるから、食材の提供はするつもりだったんだが。
《部屋も風呂も完成したし、明日からは冬の備えに向けた狩りをするつもりだ。ラージュには魔術での魔獣狩りをしてもらう。》
食事を終えて、切り分けた林檎と梨をテーブルに置いていたフルラージュが、息を止めるように動きを止める。
「はっ、はい。よろしくお願いします。」
「一日で、魔獣を倒せる魔術を習得したのですか?」
フルララが驚きの顔を見せている。
《んっ…おねえちゃんね…ん~パパみたいだったよ。》
《リリアナ、食べれるか?》
俺の隣で貝を一生懸命に噛んでいるリリアナだった。
《ん! たべれたぁ。》
《そうか。良かったな。…ああ、そうだったな。魔力の圧縮が出来てなかった初歩的な事だけだったぞ。》
「えっ?! 圧縮って暴発するから禁止されていますけど…」
フルララが困惑した表情に変わっていた。
「え?! そうなの?」
驚きを言葉に出すフルラージュ。
どうやら、フルラージュは独学だから知らなかったようだ。
だが、フルララの言っている意味が判らん。
《何を言っている? 圧縮しない魔術なんてありえないだろ? …なに? お前達は持っている魔力だけで…ああ、だからか。だから溜めも無く発動しているんだな。》
俺はフルラージュに教えた事を、フルララにも教えた。
そして、その話の中で、暴発する理由も理解した。
《お前達のいう圧縮は、『圧迫』だ。そりゃ、器が破裂して魔力が溢れるってことだ。だから、器が頑丈で魔力が多いやつだけが、まともに火力が出るだけになる。そんなのは、バケツに入れた水をぶちまける事と変わらん。》
「じゃあ、私の回復魔術も良くなるのですか?」
《ああ、魔術を掌の中で発動させながら、魔力を流していけばいい。だからと言って、制御出来ない量を注げば暴走するのは変わらないからな。そこは何度も繰り返して鍛えればいい。》
フルララの目が大きく見開き、期待の目を輝かせている。
だから俺はもうひとつ、フルララに助言することにした。
《それと、光属性は魔素を相殺する力も上がるから、支援魔術の効果が上がるぞ。》
魔族や魔獣に対抗する力は、純粋な火力よりも、光属性が付与された装備を着た騎士の方が上なのだ。
魔族と魔獣が強い理由は、魔素そのものだから魔素が相殺されれば、人族と獣と同じになり、後は技量の差しかない。
まあ、魔王だった俺のように、純粋で強大な魔力と魔素を持った者は別なんだがな。
「えっと…私達に教えてもいいことなのですか?」
フルララが突然、声を落とし訊ねてくる。
《ん? ああ、俺が魔物だからか? そんな事は気にするな。俺が守るのはリリアナだけだからな。あとの事は知らん。人族が魔族に攻め込む事になっても、それはそれだ。》
「ディム殿は寛大ですな。そしてとても優しい方だ。」
ガトラが真面目な顔で頭を下げている。
《まあ、どう思おうが勝手だが、俺は自分がやりたいことだけを、やっているだけに過ぎないからな。》
「それはなんとなく…」
フルララが申し訳なさそうな顔で、小さく呟いていた。
《だろ! お前達も、そういう風に生きてみろ。人生やり直しなんて、そうそう出来ないからな。》
4人から、失笑じみた笑い顔が返ってくるが、それが俺の本心だ。
リリアナが満足出来る人生は、俺が叶える。
俺は、そのあとでも十分やり直せるからな。
《リリアナはね、パパみたいになる!》
林檎ジュースを飲み干したリリアナが、嬉しそうに笑っている。
《ああ、リリアナならなれると思うぞ。》
「リリアナちゃん! どのあたり? どのあたりになりたいって思っているの?!」
フルララが、食い入るようにリリアナを見ている。
《んとね。あったかくてね、まるくてふわふわしてるところ!》
《ん? そうか。なら一杯食べれば、》
「ダメです! それはダメです! いい、リリアナちゃん。人族がまるい体になるってことはね、病気になるってことなの。だから、あったかくて、ふわふわだけで我慢しましょうね!」
《ん~わかった。》
フルララの言葉を理解したのか、気迫に押されたのか、リリアナの目標がすんなりと変更された。
フルララのリリアナに対する想いは、本当になんなんだろうな。
俺がそう思っていると同じように、ガトラとフルラージュとオリファの3人も、呆れたような顔で笑い声を出していた。
食事を終えて部屋に戻ったのは俺とリリアナとフルララの三人。
フルラージュはオリファの家具作りの手伝いをしている。
風魔法で切断したりするのも、いい練習になるからな。それと、二人の時間も必要だろう。
フルララは今日も熱心に言葉を聞かせている。
人族の童話や歌などでリリアナは凄く興味を示し、とても楽しそうにしている。
「今からする話はね、私が大好きな話の一つで、勇者リリーアナリスタさんの話。」
《りりー? わたしといっしょ?》
「うん、そうよ。リリアナちゃんと同じ金髪の女の子の話。」
俺は、リリアナの記憶が戻ってしまうキッカケになるのかと不安になったが、それはそれで構わないと思うことにして、フルララの話に耳を傾ける。
「勇者に選ばれた初めての女の子。その子の名はリリーアナリスタ。魔王を倒した唯一の勇者様。」
フルララの話は、リリアナの記憶とは程遠いものだった。
魔獣に殺された父親の仇を討ちたいと願った少女に、神様が勇者の資質を授ける。
少女は、自ら王に謁見し剣と魔法の修練に日々励んでいた。
少女は大人になり、支えあう仲間と共に、魔王討伐に向かう。
村々を襲う魔獣を退治しながら、魔王城に向かうが、仲間が次々に倒れていく。
一人になった勇者は自身の身を捧げる封印魔法で魔王を封印する。
《りりーしんじゃったの? かわいそう。》
「そうね。でも、みんなの夢を叶えてくれたの。それに勇者として最後まで諦めなかったのよ。」
《うれしいの?》
「ん~? 嬉しいんじゃないのかなぁ~ 自分のやりたいことが出来たんだから。」
都合の良い物語だった。
だが、それはそうなのだろう。
しかし、封印魔法は合っていたが、誰がそれを伝えたんだ?
夜も過ぎて、フルララの子守唄を聞きながら俺の上で寝息を立てているリリアナ。
いつもなら俺も寝ているはずだが、さっきの話を聞いたせいか、寝つけないでいた。
《ん? フルララ、起きているのか?》
「あ…はい。」
隣で横になっているフルララが、リリアナを起こさないように小さな声で答えていた。
《どうかしたのか?》
「いえ、勇者リリーアナリスタの話は大好きなのですが、彼女の事をよく思わない人達がいることに、思うところがありまして…リリアナちゃんの『うれしかったのか?』という言葉が…」
俺はフルララから詳しく聞くことにした。
魔王ディルラルを倒した事で、魔王スヴェルデンが人族の領地に進行してきた。そのせいで、魔族領との最前線になっていた領地から沢山の難民が各地に逃げる。
その難民達の一部が、盗賊まがいの悪事を働いたり、逃げてきた貴族が権力を振りかざしたりで、
こんなことなら、魔王ディルラルを倒すべきじゃなかったと。
そんなものだろうな。
俺は、死んだ者に対して身勝手に文句を言うやつらを沢山見てきた。
勇者リリーアナリスタも例外なく、その身勝手なやつらの餌食になったってことだ。
《言いたいやつには、言わせておけばいい。自分がどう思うかだ。それにもし、お前がその魔族に奪われた土地に住んでいて、両親を殺されたとしたら、どう思う?》
「それは、そうなのですが…でも、それでも勇者リリーアナリスタを攻めるのは違うと…」
《そうだな。それが正しいが、納得出来ないやつが不満を言うのも仕方がないことだ。そしてそういう奴らは、自分で今を変えようとしない者だということだ。》
フルララは体を丸めて、小さくなっていた。
「…そうですね。王宮も教会も、言葉ではどうにかしないとって言っていますが、実際には見捨てている状態でした。」
《だからといって、お前が背負う話でもないぞ。さっきも言ったが、自分のやりたい事と、やらなければならない事は、まったく違うからな。他人の為に自分を犠牲にするなんてものはな…自身を呪うだけの結末になるだけだ。》
勇者リリーアナリスタのように…
俺は最後の言葉を、フルララに伝えることは無かった。
次の日、少し寝不足気味になったフルララは留守番にして、俺はフルラージュを連れて食材集めと、ついでに魔獣狩りに来ている。
もちろん、リリアナは俺の上に座っている。
《見えるか? 使うのは『ウィンドショット』だ。俺が囮になって引き付けるから、1撃で仕留めてみろ。焦らなくていい。魔力の圧縮と強度をちゃんとしてから、撃てよ。》
「はい。」と、俺と茂みの影に隠れているフルラージュが答える。
《それと、貫通することをちゃんと考えて撃てよ。位置取りは自分で考えることだ。いいな。》
「はい。」と、静かに頷くフルラージュから、緊張感が伝わってくる。
俺は先日、こいつらを襲った魔獣を見つけたので、宣言通りにフルラージュに仕留めさせるところだ。
この北の大地の食物連鎖のトップになる魔獣を間引く事も、今回の食材集めのやることリストに入れている。
俺とリリアナだけなら、いつもは数匹の間引きで良かったけど、今年は4人の来客用の食材を確保するため、魔獣の数を減らしておかなければならない。そうしないと、小型の獣の数が激減してしまうからな。
俺は、魔獣に傷がつかない弱いウィンドショットで注意を引く。
《パパ、きたよ。》
《ああ、ちょっと揺れるから、我慢してるんだぞ。》
《ん! 》と、嬉しそうに答えるリリアナは、俺に抱き付くようにしがみ付く。
まあ、俺が重力魔法で支えているから、落ちることは絶対にないんだけどな。
それと、普段はしない動きにリリアナが楽しんでいるだけなのだと俺も判っていた。
俺は、木々を壁にするように、魔獣の飛び付きを交わし、フルラージュの射程範囲に魔獣を誘き寄せる。
そして俺に飛びかかるが、避けられ着地した魔獣に、「ドン!」という空気が破裂したような音が聞こえた瞬間、魔獣の腹に穴が開き、『ウインドショット』の反動で少し浮いた後、魔獣は横倒しになる。
《完璧だ。》
俺はゆっくりと歩き寄るフルラージュに賞賛の一言を贈った。
《かんぺきだぁ~》
リリアナが両手を挙げて喜んでいる。
これは、リリアナがする動作表現の中でも、最高の嬉しさを表している。
フルラージュも、自分が仕留めた魔獣を眺め、静かな表情を見せていたけど、その口元には嬉しさがしっかりと現れていた。
俺は、倒れた魔獣の体内から、魔石を取り出す。
無色透明なガラス玉のようなそれは、直径20cmほどの大きさだった。
「その魔石をどうするのですか?」
フルラージュが不思議そうに俺の行動を見ている。
《人族は、魔石の価値を知らないみたいだよな。》
「えっと、属性持ちの魔石なら生活や魔術の補助アイテムにしたりしますが、獣の無色は…」
《まあな。このままでは、ただの石だからな。だけど、無色だからこそ価値が出ることがある。とくに大きいやつほどな。》
《パパそれ、ほしいぃ~》
リリアナが初めて見た魔石に興味津々だった。
俺は魔鉱石を作るつもりもなかったし、近くにダンジョンも無いから採取しなかったけど、フルラージュには必要になる可能性があることから、取り出したのだ。
《ん? そうか、そうだな。触って遊ぶだけならいいぞ。硬いから投げたりしたら危ないからな。》
俺はリリアナに魔石を渡して、食材探しを続けることにした。
《ラージュ、魔物狩りを続けるぞ。リリアナも見つけたら教えてくれよ。》
《はーい!》
「はい。」
魔石を嬉しそうに触っているリリアナの返事と、魔獣を仕留めた高揚感がまだ抜けていないフルラージュの声が林の中に広がっていく。
それから、2匹の魔獣を仕留め、食材集めも済ませた俺達は、高原にいるガトラ達を拾って神殿に戻った。
「ん? なにかコゲ臭いな。…もしや!」
「そうね!」
ガトラとフルラージュが慌てた様子で駆け出していた。
《パパ、くさい?》
リリアナも何かを感じたようだった。
スライムって言うのは、どうも嗅覚が悪いようだ。
だからと言って、においを感じないという事はない。体に触れた物ならちゃんと判る。
遠くで発生して拡散した匂いは、体に触れる濃度が低いから判りにくい。ようは、薄く空気に溶けている匂いは、判りにくいってことだ。
俺は、二人の後を追って、食事部屋に入る。
そして俺は見た、フルララが半分泣きそうになっている姿を…
《これは、芋か…》
テーブルの真ん中に置かれた皿の上には、丸い真っ黒な物が載っていた。
「なるほどね。焼き芋を作ろうとして、最初から芋を薪の上に置いたってところかしら。」
フルラージュが調理台の惨状を見て、経緯を推測している。
「気を利かせて作ってくれたみたいだが、フルララにはまだ早かったようだな。」
ガトラが落ち込んでいるフルララの頭を撫でている。
《フルララ、どっかいたいの?》
俺から降りたリリアナがフルララに駆け寄り、心配そうに見ている。
ガトラとフルラージュの駆け出した時といい、今の対応といい…最初の頃の話でも出ていたし、フルララは壊滅的に料理が出来ないってことだな。
俺はテーブルの黒くなった芋を一つ取り上げて、割ってみた。
外周の3割ほどが黒くなっているけど、残りの7割ほどは食べれそうに見える。
試しに、『エアカッター』で林檎の皮を剥く要領で、芋の外周を削り取り、綺麗になった芋を食べてみた。
《これなら、食べれるな。これは俺がやっとくから、飯の準備をしてくれ。》
俺の行動を静かに見ていたガトラ達から、安堵したかのような笑みが浮かぶ。
「それじゃあ、オリファ。この炭になった薪で肉を焼いてくれるかな。余熱だから私が薄くスライスするから。」
「判った。じゃあ、こっちでスープを作るよ。材料はラージュが決めて下さい。」
フルラージュとオリファが、息の合った手際を見せる中、俺は黙々と芋を削り、黒く炭になった部分を、調理台横の、屑炭や食材ゴミを入れる石箱に入れていく。
フルララとリリアナが、そんな俺の作業をジッと見つめていた。
《よし、終わった。》
「ありがとうございます。」
フルララが大きく頭を下げている。
《気にするな。新しく芋を焼く手間より、全然早いからな。》
《パパ、たべていい?》
《ん? そうだな。そっちはどうだ?》
俺は、フルラージュ達の料理の出来具合を聞く。
「もう出来ますよ。後は皿に移すだけです。」
《じゃあ、リリアナご飯だから、手を洗って座ろうか。》
《はーい!》
薬草と海老のスープと、薄くスライスした焼肉がテーブルに並ぶ。
炭になった薪を使う為に薄くした肉、煮込みの要らない材料でのスープ。
フルラージュ達も俺と同じように、フルララの頑張りを無駄にしないように配慮したのかもしれない。
何事も無かったように、普段と同じ食事風景。
「次は一緒に作ってみましょう。」と、フルララに笑みを見せるフルラージュ。
「芋なら沢山あるからな。」と、ガトラがフルララの焼いた芋を美味そうに食べている。
「焦がし芋っていう料理もありますからね。」と、オリファが笑みを浮かべる。
まだ、『すみません』という表情から戻って来れないフルララだったが、3人に応えるように笑みを作る。
いい仲間だな。
俺は心の底から、そう思ったのだった。
《パパ、おいもさん、かたいよ》
フォークに刺した丸い芋を俺に見せて、素直に答えるリリアナだった。
《ん? そうだな、ちょっと硬いな。》
さっきまでのやり取りがすべて飛んでいくリリアナの言葉に、4人から笑い声が漏れる。もちろん、俺も笑ってしまったが。
「スープに入れて、ほぐすといいと思いますよ。」
笑いが収まったオリファが、手本を見せるように、芋をスープ皿に入れて、フォークで潰していく。
《なるほどな。》
俺は、スープの野菜の量が少なく感じた理由を、思いがけずに知ることが出来た。
《パパ、やってぇ~》
《ああ、今やるからな。》
俺は、リリアナのフォークに刺さった芋を重力魔法で引き抜いて、握り潰すように崩してスープに入れる。
《うん! おいしぃよ!》
満面の笑みを見せたリリアナの笑顔が、さらに食事を楽しくさせことは、誰の目からみても明らかだった。
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