第4話 フルララ、色々悩む。

「ディムさんとリリアナちゃんの家って、高原の遺跡だったのですか!?」

《ああ、昔の神殿だと思うぞ。色々と都合が良かったから部屋を作って住んでいる。》


 ディムさんに助けられた私は、リリアナちゃんという少女の事が気掛かりで、そのまま帰ることが出来ず、押しかけるように一緒に暮らすことになりました。

 そして、私以外のメンバーも一緒に残ることになり、住処に案内されたのですが、それが遺跡だった事に少し驚きました。


 飛行してきた丸太から降りた私は、元神殿だと教えられた敷地内に入ると、心地良い魔力が満ちていることに気づきました。

「聖なる魔力が感じられます。そうですね…女神の加護がまだ残っているのでしょうか?」

《どうなんだろうな。この魔力の源らしい『光剛石』は永久的な物だからな。加護というより、結界だと俺は思っている。》

「そうなんですか…結界ですか…」


 何かを封印しているのか…神殿を守る為なのか…いや、そもそもこの地を守る為の神殿…


《まあ、詮索しても答えは出ないぞ。部屋になりそうな場所に案内するから、ついて来い。》

「あっ、はい。そうですね。」

 私は、一人立ち止まっていた事に気付き、皆さんの後を追いました。


 神殿の入り口には扉は無く、そのまま広い通路を進み、私達は大きな部屋だった場所に案内される。

 確かめるように見渡すと、壁と天井が半分以上崩れていたけど、広さは十分すぎるほどあります。


《明日からになるが、ここの壁と天井を直すから、あとは好きに使ってくれ。》

「ディム殿、ありがとうございます。」

 ガトラさんの一礼に合わせて、私も頭を下げました。

《それと、トイレはここから真っ直ぐ行って、神殿の外に出て、外壁ところにある小さな建物がそれだ。》


 ディムさんが示すように少し移動した方角は、神殿の北側で、私達が入った南門の対面になる場所でした。


《じゃあ早速だが、フルララとフルラージュは俺達の部屋に来てくれるか。リリアナの相手と服の事でだ。》

「はい。叔父様、オリファさん行ってきますね。」

「俺達は、寝床と食事の準備をしておく。」


 私は荷物をガトラさんに渡し、ディムさんの後ろを付いて行きます。


 リリアナちゃんって、ここでも歩かないのかな?

 まあ、靴が無いから仕方が無いのかも…


《ねぇパパ? ふくって?》

《リリアナの服をフルラージュが作ってくれることになってる。》

《これ?》

 そう言ったリリアナちゃんが服を摘まんで見せます。

《それよりも、可愛い服を作ってれる。》

《そうなの? リリアナはパパのでいいよ。》

《そうなんだけどな。人族の服に慣れたほうがいいからな。》

《うん。わかった。》


 ディムさんは自身の事をスライムって言ってたけど、どうやって育てたのかな?

 空間魔法で色々持ってるみたいだけど、ミルクとかももってたりするのかな…

 知能があって、魔術も使えるスライム…

 誰も信じないだろうなぁ~。しかも育児もしてるって…


 階段を上がって二階にきた私達は、通路を回るように移動して大きな壁の前に連れて来られました。

「この壁は…どなたかの女神様の姿なのでしょうか?」

 私は壁一面のレリーフに描かれた女性に、自然と手を組んで祈りを捧げて見上げていました。


「そうね。でも、この神殿の神官長か聖母的な人かもしれないわよ。」

 フルラージュさんは腕を組みながら見ています。


 ディムさんが突然、魔力を壁に流し始めている。

 すると、レリーフが光だし、色鮮やかな花が浮かび上がって、大きな花が扉に変わりました。


「これって…封印された部屋で暮らしているのですか?!」

《ああ、ここが部屋として使うのに適していたからな。扉を閉めれば外敵が来ても安全だろ。》

「そ…そうですね。清らかな魔力を感じますし、何かを封印しているようには見えませんね。」

 私は部屋の中から溢れ出ている聖なる魔力を感じていた。

 そして、ディムさんの後を付いて部屋に入ると、私はその光景に唖然としました。

 

 貴重な魔鉱石で出来たランタンで明るい部屋は、暖房も施されているみたいで暖かく、敷き詰められた絨毯は、王宮などで見る高級品です。

 部屋の奥に見えるのは天蓋付きの大きなベッド。その横には城の応接室にあるようなソファにテーブル。

 入り口のすぐ隣には食器棚にテーブルと椅子。これも、高級な家具ばかり。そして、調度品を飾るための家具も装飾されていて、完全に貴族の寝室にしか見えません。

 唯一、この部屋の物だと判る石材のテーブルが、場違いな姿になっていました。


 絨毯の上を走り出すリリアナちゃんを見て、私は慌ててブーツを脱ぎました。

 それから私は、部屋の入り口で同じように眺めていたフルラージュさんに声をかけます。

「ラージュさん! 靴脱いで入りましょう。」

「えっ? ええ、そうね。」

《ん? ああ、気を使ってくれたのか。すまないな。》

 小さくなったディムさんが、絨毯の上に座ったリリアナちゃんの隣に向かったので、私も一緒に付いて行きました。

「いえ、私も絨毯に座ってリリアナちゃんと会話をすると思いましたので。」

《そうだな。絨毯の上で遊ぶ事が多いから、そうしてやってくれ。》

 

「え?! これってまさか! 光剛石?」

 フルラージュさんが石材のテーブルを眺めている。


《そうだ。この神殿の外を囲む外壁があっただろ、この範囲の中には虫一匹も居ないし獣も居ない。その石の効果だと思うぞ。あと、高原に魔獣が来ないのも、それの効果だろう。だから、取るなよ。》

「さっき言っていた結界て、この事だったのですね。」

《ああ、リリアナが虫に咬まれたりしないから、都合がいいしな。神殿も、風化以外では汚れなかったのも、このおかげだろう。》


《ねぇパパ。なにしてあそぶ?》

《ああ、そうだな。フルラージュに服を作って貰う話をしようか。》


 フルラージュさんが呼ばれ、4人が向き合うように絨毯に座る。


「今リリアナちゃんが着ている服は、なにからですか?」

 フルラージュさんの問いにディムさんが「マント」と答えました。


 生地がしっかりしていて肌触りも良く、撥水性もあるからと、服の生地に選んだ理由でした。

 元々は赤い色の方が裏地で、黒い方が表地だったけど、リリアナちゃんに合わせて、赤を表にしたとのことです。


「服は無いのですか?」

《あるといえばあるのだが…ちょっと特殊でな、リリアナにはまだ早いのだ。》


 フルフラージュさんに、言葉を濁して返事をしたディムさん…マントがあって服が特殊ってなんでしょうか…?

 この家具といい…

 ディムさんは、前世の記憶と力を持ったまま転生した…大魔道師か、大賢者とか?

 ダメです、詮索はしない約束でした。

 

 それから、フルラージュさんの問いに答えるように、ディムさんはベッドシーツや毛布にタオルにカーテン、ブランケットにクッション。そして、切り残ったマントと、別のマントなどを次々に取り出していきます。


「そうですね。リリアナちゃんは、パパの服が好きなのよね?」

《うん。すき!》

「じゃあ今回は、今の服をワンピース形の上着にして、シーツで下着を作ってブランケットで中の服を作りましょう。あとは靴は無理ですが、ソックスを残ってるマントからですね。この生地は丈夫そうなので、ブーツ代わりになると思います。」


「ラージュさん、凄いですね。そこまで考えてたなんて。」

 私は、生地になる布をなぞって、ある程度の形を見せてくれたラージュさんの想像力に感動しました。

「フルララさんだけだと、無理だと思ったのよね。正直、家事とか裁縫とか苦手でしょ?」

「あっ…はい。そうですね、もっと簡単なものしか作れないと思います。」


《まあ、なんだ…得て不得手ってのは誰でもあるからな。フルララはリリアナの言葉を頼む。そもそも、お前が残るって言い出したから、フルラージュが服を作ることになったんだからな。》


 突然、慰めの言葉をくれたディムさんに、「はい。」と答え、私は気を使わせてしまった自分が少し恥ずかしくなりました。


「服は手縫いになるので、数日掛かります。」

《ああ、問題ない。俺も部屋の壁の修復に、2日ほど掛かるからな。そうだな。場所はそこのソファとテーブルを使ってくれてもいいぞ。》

「じゃあ、遠慮なく使わせて貰います。」


 サクサクと、服を作る話を終えたフルラージュさんとディムさん。

 フルラージュさんは裁縫道具を取りに行くと言って部屋を出て行きました。

 なので、次は私の番になります。


 ディムさんに抱きついたり、撫でたりしているリリアナちゃんに私は声をかけました。

「リリアナちゃん、ちょっといいかな?」

《ん? なに?》

「私やラージュさんみたいに、口から言葉って出せる?」

《ん~わかんない。》

「じゃあ、大きく息を吸って、『あー』って言ってみてくれる?」


 微かな空気音に混じって『はぁー』という音が聞こえたけど、言葉の発音にはなっていません。

 だけど、あくびの時や、泣き声の時は、声が出ているということなので、出し方さえ覚えればいいはずです。


「うん。これからちょっとずつ頑張っていこうね。」

《どうして?》

「えっとね。リリアナちゃんが人族の住む場所で生活するためかな。いっぱいお友達とか、つくって欲しいからね。」

《パパは? パパとここでずっといるんじゃないの?》

《パパが、リリアナが人族の世界で暮らして欲しいって思っているんだ。もちろん、俺も行くぞ。一人になんてさせないからな。でも、人族って口で会話するんだ。だから、喋れるようにちょっとずつ覚えていくんだぞ。ゆっくりでいいからな。》


 ぎゅっとディムさんを抱きしめたリリアナちゃんがコクンと頷きました。

《うん。パパがいっしょならがんばる。》


「じゃあ、私がいっぱい喋るから、リリアナちゃんは私の声と顔をたくさん見てね。そうすれば話せるようになるとおもうから。」


 子供が言葉を覚えるのは、親から聞こえる音と、その口の動きを覚えるからだと、聞いたことがあります。なので、最初はそれから初めて、少しずつ発声練習に移ればいいと思います。

 リリアナちゃんが言葉を喋れないのは、それが無かったから。

 だから、私が沢山言葉を聞かせれば、自然と覚えるはずです。

 にしても…ディムさんが念話だから、念話が出来るなんて…興味深いです。


「戻りました。ガトラさん達は夕食の準備をしてましたよ。」

《そうか、なら先に食事を済ませて来てもいいぞ。俺もリリアナに晩御飯を作るからな。》


 私はフルラージュさんと相談し、食事をして戻ってくることにしました。

《パパ? いっしょにたべないの?》

《ああ、もう外は寒いからな。そうだな、すぐには無理だが、食事部屋を作ってそこで食べるようにしようか。》

《そしたら、みんなでたべるの?》

《ああ、みんなで食べるぞ。》

《やったぁあ》


 両手を挙げて喜びを表しているリリアナちゃんに、私は笑みを溢します。

「ありがとう。私も一緒に食べる日を楽しみにしてるからね。」


《ああ、そうだ。これを持っていけ。》

 ディムさんに渡されたのは、蜜柑と林檎が4個づつでした。

「ありがとうございます。」

 私は、お礼の一礼をしながら部屋を出て、フルラージュさんと一緒に、叔父様達がいる1階に向かいました。


 壁と屋根が残っている場所にテントが張られていて、少し離れたところに鍋が置かれた焚き火がありました。

 叔父様とオリファさんは焚き火の前で、崩れた壁石を椅子にして座っています。

「食事に戻ってきました。これ、ディムさんからの差し入れです。」

「ありがとう。どうだった?」

 叔父様の問いに私は「凄い部屋でした。」と答えると、小さな笑い声が返ってきました。

「そうか。最初、残ると言った時は、何か意味があるのかと思っての行動かと思ったが、本当に子供の為だったようだな。」

「え?」


 リリアナちゃん以外の理由って? なにがあるのでしょう?

 私の星詠みは、結局ディムさんが言うとおりの、未来の見えない、ただのキッカケにすぎないと理解しましたし…リリアナちゃんが啓示そのものかもしれないけど、それが気になって一緒に居ようと思ったわけじゃないですからね。この広い世界で、独りきりの世界しか知らないなんて、とても悲しいことだから。


「それでいい。その気持ちだからこそ、あの未知な魔物がフルララの言葉を受け入れたのだと思う。」

 叔父様が私を見つめながら、さらに笑みを大きく見せていた。


「そうね。魔物とは言えない知能と魔力。そんな魔物に邪な考えで接していたら、私達の命どころの騒ぎじゃなくなるわね。まあ、あの感じだと、リリアナちゃんっていう存在が人族の世界を救っているって思えるし、そうなるとフルララさんの星詠みの啓示が合っていた事にもなるし、フルララさんが純粋にリリアナちゃんの事で動いた事も、そういうことなのかもね。」


 ん? どういうことなのでしょうか?

 私にはいまいち判りませんが、間違っていなかったということだけは、なんとなく理解しました。

 それは、私を見る3人の顔が凄く優しい目をしていたからです。


 いつもの干し肉と薬草のスープで体力を癒しますが、今日はディムさんからの差し入れの果物が、気持ちも癒していきます。


「それよりも、本当に良かったのですか? ここで冬を越すことになるのですが…」

「問題ない。食料は高原や森で集めればいいし、寒さは薪暖炉を作れば良いからな。藁になりそうな草も高原にあったからな。野営に比べれば全然快適だ。」

 叔父様が胸を張って笑っています。

「私のわがままで…叔父様ありがとうございます。」

「気にするな。元々俺はこっちの方が合っているからな。」


 叔父様は騎士団に所属していますが、地方に出て魔獣退治のクエストに積極的に参加していました。

 王族よりも冒険者気質なのだと、以前から聞かされていたのです。


「はい。それでは、2階に行ってきます。」

 空になった食器をオリファさんに渡し、私はフルラージュさんとディムさんの部屋に戻りました。


 フルラージュさんは早速、リリアナちゃんの服の製作にかかり、私は絨毯で積み木遊びをしているリリアナちゃんと遊ぶことになりました。


《パパ、ねむい~》

《ああ、そうだな。こっちにおいで。》


 1時間ほど遊んだ頃、テーブルの上でフルラージュさんの作業を見ていたディムさんのところにリリアナちゃんが眠そうに歩いていくと、大きくなったディムさんに抱きつくように寝ました。


「ベッドで寝るより、こっちの方が寝付きがいいんだ。」

 そう言ったディムさんが私の所に来て座る。

 それは、大きなクッションに包まれるような姿で寝ているリリアナちゃんでした。

「じゃあ、ベッドは普段使っていないのですか?」

「いや、いちおうの形として俺がベッドに寝ているんだがな。いまのところは意味がないな。もう少し大きくなったら使うだろうと思ってはいるが。」


 よほど、居心地がいいのでしょうか?

 それか、安心感があるのかもしれないですね。


「こんな立派なベッドがあるのに…私はこんなベッドに寝てみたいってのが夢なのよね。」

 フルラージュさんが、ソファで縫い作業の手を止めずに、羨ましそうにベッドを見ています。

「ああ、二人は客人扱いだから、同じようなベッドを出すつもりだぞ。だが、場所を作ってからじゃないと出せないから数日後になるが。」

「ほんとですか?! やったぁー! ありがとうございます。」


 手を止めて嬉しさを全身で表しているフルラージュさんが少し可愛くみえました。

 口には出せないですけどね。


「そうだな。部屋が出来るまではそのベットを使っても構わないぞ。二人が寝ても十分な広さはあるだろ。」

「え?! それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰います。」

「ああ、眠くなったら好きに寝てくれていい。フルララもリリアナが寝たから、もう寝てもいいぞ。」

「それでは、叔父様に、ここで寝る事を伝えて来ます。ラージュさんの事も伝えておきますね。」

「はい、お願いします。」

 顔が緩んで戻らないフルラージュさんに、私は笑みを溢しながら部屋を出ました。


 あんな顔を見たのは初めてかも。

 フルラージュさんの事は、頼りになる魔術師って感じで、いつも冷静でお姉さん的な態度だったから、さっきのはちょっとビックリしました。


 叔父様とオルファさんに、成り行きを伝えた私は部屋に戻り、絨毯で静かに止まっているディムさんの前に座りました。

 リリアナちゃんの寝顔が私をホッとさせてくれています。


《ん? どうかしたか?》

「いえ、リリアナちゃんって凄く幸せそうだなって。ちょっと特殊な環境だけど、そんなの関係ないですよね。」

《まあ、俺だから不自由はさせてはいない。と自負はしている。最初は色々と苦労はしたけどな。》

「そうです! 生まれてから育てたって言ってましたけど、ミルクって持ってたのですか?」

《ああ、さすがに持ってないからな。『エリクトラ』を一滴飲ます事で代用した。凄いだろ。》

 スライムなので表情は当然無いのだけど、ぷるんと、ひと揺れする姿から、胸を張っているように見えました。


 もちろん凄いですよ。

 小瓶で白金貨100枚する価値の『エリクトラ』を、ミルク代わりにするって誰もしないですから。

 成り行きで助けただけのオルファさんにも使っていたし、帰るならと、5本を渡そうとするし…


「ディムさんって、普通のポーションは持っていないのですか?」

《ないな。俺には必要なかったからな。》


 そうですか…いったい何者なんでしょう。

 ディムさんはスライム前の記憶と能力を持っているみたいですし、偉大なる魔道師とか、大賢者…もしくは大司教様とか?

 空間魔法を使える人物となると、歴史的にも限られてくるとは思うんですが…

 また私は…ダメですね。詮索しない約束でしたのに。


「でも、それだと口が寂しくて泣いたりしたんじゃないですか?」

《よく判ったな。でも、それはすぐに解決したぞ。『身を削る想いで子育てをする』とか言うじゃないか。俺は文字通り、身を削った…あれは正直焦ったけどな。》

「え? どういうことですか?」


《ふっ…リリアナが俺の体を吸うように食べた。》


 私は声を上げそうになるのを、目の前で寝ているリリアナちゃんを見て抑えました。

「はっ? え!? 本当ですか?!!」

《ああ、最初はなにをしているのか判らなくて、気付いた時には遅かった。…それから、お腹が空くと俺の体に顔をつけて食べる癖がついてしまってな。ここ最近やっと、我慢できるようになった。》

「大丈夫なのですか?!」

《ああ、スライムの体って魔力だけで出来ているからな。害はないはずだ。実際にリリアナの状態を調べたが、問題なかったしな。》


「あれ? フルララは知らなかったの? スライムって食べれるのよ。」

 ソファで縫い作業を続けているフルラージュさんが、さも当然の事だとサラッと話しました。

「まあ、田舎の非常食みたいな物だからね。だけど、リリアナちゃんみたいに直接食べるのはダメよ。普通のスライムは危機を感じて、苦い味覚になる魔素を出しますからね。」


 そうなんだ…スライムって食べてもいいんだ…


《フルララ…食べたそうだな。だがやらんぞ。これはリリアナだけの特権だ。》

「いえ! そんなことは思っていませんから。」

《…そうか、俺の勘違いだったか。》


 そりゃ、ちょっとは食べてみたいって思いましたけど、それは味がどうなのかな~って思っただけで、少し舐める程度だけで……

 いえ! それは人としてどうなのでしょうか。

 あ…でも、田舎では食べるって言うし…


「あっ…あの…リリアナちゃんがどんな風に感じていたのか、ちょっと興味がありまして…味見とか…」

《なんだ、やっぱり気になってたようだな。あぁ~そうだな、俺もリリアナにどんな味なのか気になって聞いてみたが、美味しいとしか言わないから、特別にお前が味を確かめてくれても良いぞ。》


 私は自分でも判るほどの笑みを浮かべてしまいました。


《じゃあ、俺の角のようなところを食べてみろ。そこなら食べやすいだろ。》

 私は、「はい。」と答えて、ゆっくりと立ち上がり、角の先を少し食べてみました。

「あっ…葡萄の味がします。すっごい甘い葡萄の味です。」

《ほう、葡萄か。そういや、この地には無かったな。》


「フルララさんってほんと、羨ましい性格してますよね。」

 フルラージュさんが呆れた声というか、諦めた声で私に笑みを見せています。

「え? そうですか?」

「それにしても、葡萄かぁ~そんな味がするなら、普通のスライムは絶滅してたかもね。私はもう、ワインの方が好みだけど…まだ当分、飲めそうにないか。」


《まあ…ワインならあるぞ。まあ、ワイン以外の酒もそれなりにある。そうだな。服が完成したら、1本渡そう。》

「えっ! 痛!」

 驚いたフルラージュさんが針を指に刺してしまったようです。

「あっ、ありがとうございます。」

 フルラージュさんは痛みが無くなったのか、嬉しさが勝ったのか、笑顔で答えています。

 それから私は、幸せそうに寝ているリリアナちゃんの寝顔を見ていたら、急に眠気が襲ってきました。

「眠くなってきたので、お先にベッド借ります。」

「じゃあ、私も今日はここまでにして寝ますね。」

 私がベッドに向かうと、フルラージュさんもソファから立ち上がりました。

 そして、フルラージュさんは衣服を脱ぎ始め、下着姿になりました。

「え?」

「えっ、 じゃないでしょ。服のまま寝てどうするのよ。」

「そっ…そうですよね。」


 お風呂で裸を見せているんだし、変に気を使うのもおかしな話でした。

 なので、私もフルラージュさんを見習って服を脱いでベッドに入ります。


《じゃあ、照明を消すぞ。》

 小さなランタン一つだけになった部屋に、天井から差し込む月の光が、淡く光る柱のように見えていました。


「うわ…沈む。こんな柔らかいベッドってあるのですね。」

 倒れるようにベッドに入ったフルラージュさんが、感触を確かめるように身をよじっています。

 私はゆっくりと腰を落として、一度座ってから体をベッドに乗せました。

「ほんとですね。私も、これほど柔らかいベッドは初めてです。」

 体が半分くらい沈み、全身が浮いているのかと錯覚するほどで、肌触りも気持ちよく、急激な睡魔が私を眠りに誘いました。


「おやすみなさい…ディムさん、ラージュさん…」



 北の大地に来てから、3日が過ぎました。

 リリアナちゃんはディムさんから離れないので、石材取りから戻ってきてから、部屋作りをしている横で一緒に遊びました。

 叔父様とオリファさんは朝から高原に出かけ、夕刻までウサギなどの動物を狩ったり、芋や薬草などの食材集めをしています。

 ディムさんは土の中に食材があることや、茹でれば苦味が無くなる薬草などを知らなかったみたいで、叔父様が教えると、今度取りに行く話になってました。

 フルラージュさんは、ずっと部屋の中でリリアナちゃんの服作りです。

 そして夕刻は、みんなで温泉に出かけます。


 神殿のお風呂部屋はリリアナちゃんとディムさんだけだったので、一人用よりも小さかったので、大きなお風呂部屋を次は造ると言ってました。


 ディムさんって凄く面倒見がいい人なんだと、この3日間で私は知りました。

 毎食の食材を提供してくれたり、屋根と壁だけ直すって言ってたのに、個人の部屋の仕切り壁まで作ってくれたり、オルファさんが扉やベットを作る木材が欲しいと言えば、採ってきて板に加工までしてくれたし、フルラージュさんの一言で、調理台付きの食事部屋まで完成させました。


 夕食後、ディムさんの部屋でリリアナちゃんと遊んでいると、「できたぁー!」とフルラージュさんが声を上げました。

 その掲げられた手には、赤いワンピースがあります。

「凄く可愛く出来てますね。」

「でしょ。早速試着してみてくれるかな?」


 リリアナちゃんは、昨日完成した白いブランケットから作ったワンピースを着ています。

 その上に、コート的な用途になる、元はマントだった赤いワンピースを重ね着するのです。


《うん。いいよ~》

 リリアナちゃんは白いワンピースを気に入っていて、赤いワンピースの完成を楽しみにしていたから、返事に嬉しさがこもってました。


 赤いワンピースに白いラインが入ったように見える重ね着姿は、想像通りの可愛さで、リリアナちゃんも笑顔で走り回ってます。


《とてもいい出来だ、ありがとう。そして、これが約束の品だ。今から飲むか?》

 ディムさんが、1本のワインボトルをフルラージュさんが座っているテーブルの上に置きました。

「はい。飲みたいです。」

《たしか…これだ。》

 ディムさんが豪華な木箱を取り出し、蓋を開けると中からワイングラスを1つ取り出しました。


《もう一つは棚にしまっておくか。》

「それは私がやっときますね。」

《そうか。頼む。》

 私は箱を受け取りました。


 ん? 蓋に古代文字で何か書いてある…贈答品か、なにかだったのかな?

 えっと…

 『ディルラル生誕1000年祭』

 ディルラル? …えっとどこかで聞いたことがあるような…魔王ディルラル!

 えっ!? ってことはディムさんって魔族の人だったの?

 …そっか、そう考えると色々と納得いきます。


 私は食器棚の中に、箱ごとワイングラスを入れて気付かなかったフリをしました。

 古代文字を読める人はほとんどいないし、詮索はしないって約束でしたから。


 私は戻って、リリアナちゃんに歌遊びを聞かせています。

 リリアナちゃんは少し真似をするようになって、「あー」と声を出せるようになりました。


「なにこれ!? 凄く美味しい。」

 ソファでワインを飲んだフルラージュさんが声を上げています。

《100年ものだからな。祝い用に持ってたやつだが、今はリリアナが大きくなった時に一緒に飲むつもりだ。》

《パパとジュースのむの? リリアナものむぅ。》

《これは、お酒といってな、大人になってから飲むジュースなんだ。だから、リリアナが大きくなった時にな。》

《ん~わかったぁ。》


 100年もののワインかぁ~

 私も飲んでみたいけど…聖職者として禁止されているから、ダメなんですよね。



「ごちそうさまでした。」

 30分も経ってないような気がしますが、フルラージュさんがワインを空にしたようです。

「それじゃあ、私は部屋に戻って寝ますね。」


 フルラージュさんの部屋も今日完成しました。

 でも私の部屋はありません。みんなで食べる食事部屋にしてもらいました。

 それは、リリアナちゃんに子守唄を聞かせることにしたので、この部屋で寝ることにしたからです。

 リリアナちゃんが喜んでいたので、ディムさんも承諾してくれました。


「じゃあ、リリアナちゃんも寝ましょうか。」

《そうだな。リリアナおいで》

 リリアナちゃんがディムさんと一緒にベッドにあがったので、私はテーブルのワインボトルとワイングラスを食器棚前のテーブルに運びました。


 このボトルのラベルも、古代文字が書いてある…

 『祝 ディルラル 御結婚』

 え? 魔王って結婚してたのですか?

 あぁ~、さっき言ってた祝い用ってこのことだったのですね。

 それにしても、こんなものを持っているなんて…ディムさんって魔王の側近とか?

 それなら、空間魔法や凄い魔力を持っているのも判る気がします。

 でも、なんでリリアナちゃんを育ててるのかな…


《フルララはやく!》

「今行くね。」  

 ディムさんの上で寝る準備を済ませたリリアナちゃんに呼ばれた私は、モヤモヤした気持ちを抑えてベッドに向かいます。

 そして私も服を脱いでベッドに入り、二人に子守唄を聞かせて眠りについたのでした。

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