第3話 魔王、面倒を見る。

 リリアナの願いで人族を助けた俺は、小瓶に残った『エリクトラ』を3人にも掛けて、温泉がある場所まで連れていくことにした。

 ゆっくりと話を聞くにしても、汚れた衣服に汗臭い体臭でそれどころではなく、神殿に連れていくよりは、まとめて入れる天然の湯が沸いている場所に連れていくことにしたのだ。

 それと、まだ信用できない人族を、家に連れて行くこともしたくなかったからな。


 4人の人族は切り倒した丸太の上に座って貰い、俺も一緒に乗ってまとめて空を飛んでいる。


「あの~? ディムさん。さきほどはありがとうございました。」

 丸太の先頭に乗る俺の、後ろに座っている女性が声をかける。


 金髪のは…回復魔術を使っていた…確か『フルララ』だったな。


《ん? なんだ? お礼は十分聞いたぞ。色々聞きたい事はあるだろうが、今聞きたいことなのか?》


 俺の本名は『ディルラル』 魔王ディルラルとして人族にも伝わっていたから、名前をディムにした。最初とスライムの最後をくっつけただけの安易が名だけどな。

 咄嗟に思い付いた名だったが、結構気に入っている。


「はい。温泉に入った後に、出来れば高原の真ん中に見えた遺跡に連れて行ってはくれないでしょうか?」


《理由しだいだな。まあ、それも含めて色々と段取りを考えるから、今は風呂で体を洗え。もう着くぞ。》


 リリアナに昼ごはんを食べさせるのは、こいつらが風呂に入っている間にして…

 リリアナも入りたいって言うだろうなぁ…先に入るなら一緒に入るか。

 それに、こいつらとの話は、リリアナが寝てからの方が都合が良さそうだしな。


《パパ、おんせんみえた~》

《ああ、リリアナはどうする? おなか空いただろ? 先にご飯にするか?》

《ううん。おんせんはいるぅ。》

《判った。》


 高原の、南東の森の中にある岩山から湧き出てているお湯が、岩の窪みに溜まって温泉になっている。

 その岩山の温泉前に下りた俺は、目を輝かせている二人の女性達の為に岩を切り出していた。

 混浴が恥ずかしいという理由だったから、仕方がないことだ。

 浴槽を増やすことは、流れ出る沸き湯の都合上無理だったので、窪みを少し広げて真ん中に岩の壁を立てることにした。

 そしてついでに女性側には着替え用の立て壁も作った。


《よし、出来だぞ。男は右で、女は左な。》

《パパ、リリアナはどっち?》


 そういや、男女の区別ってまだ教えてなかったな…


《左だな。俺とリリアナは左に入るぞ。》


 一瞬、不安げな表情を見せた女性2人だったが、魔物ということに納得したみたいで、俺の発言に何も言わなかった。


 俺は体を元に戻し倉庫から体を拭く為のタオルを取り出して、リリアナの脱衣の手伝いをする。

《おい、2人とも着替えの服はあるのか?》

 荷物から出した物は下着しかなく、衣服の替えが見当たらなかった。

「もう、着替えの汚れもひどくて…」

 フルララの言葉に赤髪の女性も頷いている。

《ちょっと見てろ。》

 俺は、自分の分身を作りリリアナの服をその中に入れる。そして数秒後に取り出して分身を消し飛ばした。

 そして、濡れた状態の服を風魔術『ウィンド』と炎魔術『ファイア』の複合で包み込み乾かす。

《って事が出来るが、どうする?》

「「是非、お願いします。」」

 2人からの返事は即答だった。


 俺が今やったことは、正確には分身ではない。

 スライムの体を増やして切り離しただけで、ただの塊にすぎない。だけど、その増やす体に浄化作用を発動させながら分離すると、切り離した後も数分間は浄化作用が残ったままになっていることに気付いたのだ。

 なので、その状態の中に衣類などを入れると汚れや菌などを消すことが出来る。

 なぜそんな面倒くさい事をするかというと、おれ自身がすると、味がするからな。害はないとしても、気分的に無理だ。

 で、なぜか魔力だけで出来た体なのに、取り出すと濡れているから、乾かすという訳だ。

 当然、切り離した物に手を突っ込めば綺麗になるが、それに慣れてしまうと普通の生活を覚えられないから、あくまで衣類の洗浄だけに止めている。


 俺は着替えの分も、ついでに汚れたタオルも全て受け取り、まとめて洗浄して乾かして2人に渡した。


《リリアナ待たせたな。それじゃ温泉行こうか。》

《はーい。》

 テクテクと歩くリリアナの隣を俺は一緒にぽよんぽよんと跳ねながら付いていく。


 部屋以外で独りで歩く時は、常にそうしている。

 足を滑らしたりしたらすぐに守れるように、常に傍に居ないと心配だからだ。


 湯が溜まっている窪みは徐々に深くなって、真ん中にいくと2mほどになるから、端にリリアナ用の場所が作ってある。

 なので、リリアナはちゃんと約束を守ってその場所にしか入ることはない。

 そして俺は、いつもその場所に一緒に入る。

《パパ、はやく。》

《ああ、今すぐするからな。》

 俺は、お湯を重力魔術で一掴みして、玉になったお湯でリリアナの体の汚れを取る。

 もちろん、切り揃えた金色の髪も丁寧に洗う。

 そして、使ったお湯は適当に林の中に投げ飛ばす。

《リリアナ、いいぞ。》

《はーい。》

 嬉しそうに温泉に入るリリアナと一緒に、俺もお湯に入る。

 

 神殿に作ったお風呂よりも、今はここに毎日連れて来ている。

 リリアナが喜ぶし、俺もスライムなっても、お湯に浸かると気持ちがいいと感じるからな。


《ねぇパパ。あのひとたちってなに?》

《ん? …ああ、あれがリリアナと同じ人族の大人だ。》

《おとな?》

《成長することだ。リリアナも大きくなったら彼女達のようになるぞ。》

《そうなの? リリアナ、あんなにおっきくなるの?》

《ああ、あと20年もすれば、そうなるぞ。》


「あの、ディムさん。リリアナちゃん以外に人族は居ないのですか?」

 少し離れた場所でお湯に浸かっているフルララが話しかけてきた。

《ああ、ここには、俺とリリアナしかいない。だから見ての通り、俺が育てている。》

「いつからなんですか?」

《ん~。3年は過ぎたな。次の春で4年目になる。》

「3年前の春ですか?!」

《なっ! どうした?》

 突然立ち上がり、迫るように移動するフルララが俺の近くに座る。

「リリアナちゃんって、どこで拾ったのですか!?」

《ねえ、パパ? ひろったの?》

 リリアナが寂しそうに俺の体をぎゅっと掴む。

《いや違うぞ。お前は俺と一緒にこの世界に生まれたんだ。俺が父親で、お前が娘としてな。》

「それって、どういうことですか?」

《まあ、俺達のことは詮索するな。リリアナが不安がるだろ。俺がリリアナの父親で、リリアナは俺の娘って事は絶対に変わらないからな。》

 俺は体を大きくしてリリアナをもたれさせる。

「ごめんなさい。リリアナちゃんの気持ちを考えてなかったです。」

《ああ、気をつけてくれよ。リリアナにとって、お前達が始めての同族なんだ。娘を傷つけることだけはするなよ。》

「はい。リリアナちゃん、変なこと聞いてごめんね。」

《ううん。パパはリリアナのパパで、ずっとパパといっしょにいる。》

《ああ、俺はリリアナとずっと一緒だからな。安心しろ。》


 少し肩を小さくすぼめたフルララが、静かに言葉を発する。

「ずっとここで育てるのですか?」

《いや、時が来たら人里で育てるつもりだ。人としての幸せをリリアナに与えるのが、俺の使命だからな。今連れていくと、色々と面倒だから、俺を抱きかかえて生活出来るようになってからだ。》

「それは凄く素晴らしい使命ですね。もし、その時が来たら、私がお手伝いします。」

 急に元気な声になったフルララに俺は「ああ、その時は世話になる。」と言葉を返した。


 フルララってやつは、リリアナの事を本気で救いたいと思っていたんだろうな。

 それとも、ただのお人好しか。

 まあ、すぐに非礼を詫びるし、喜怒哀楽が判りやすいし、良いやつかもな。


《リリアナ、そろそろ出るぞ。のぼせるとダメだからな。》

《はーい。》

 俺は元の大きさに戻り、リリアナと一緒に湯から出る。

《俺は今から、昼ごはんの準備をするから、お前達はゆっくりしてていいぞ。》

《ごっはんぅ~! えびがいい!》

《ああ、そうだな。リリアナが頑張ったし、それにしようか。》

《わぁーい!》


 岩山の平らになっているところに円卓テーブルとイスを並べ、リリアナのためのイスは肘掛付のイスにクッションで底上げしてある。


 海老の身とキノコをひとくちサイズに切って、空中に出したウォーターの中に入れて、熱を加えて煮る。出来上がったスープを人数分に分けて、テーブルに並べてあるスープ皿に入れていく。

 魚は丸焼きにし、テーブルの大皿に積み上げていく。

 果物は林檎と蜜柑をボールに入れて置く。


 まあ、こんなものだろ。

 足りなければ、肉でも焼けばいいしな。


《昼飯を作った。お前たちの分も作ったから、上の岩場に食べに来い。》

 俺は、まだ温泉に浸かっている4人に念話を飛ばした。

《リリアナは先に食べるぞ。》

《はーい。》

 俺はリリアナに林檎ジュースを作り、一緒に食事をする。そして案の定、食事の後半で食べながら寝てしまったリリアナを、体の上に移動させ毛布をかける。


 そうこうしているうちに、4人が揃って現れた。

「ディム殿、食事までご用意して下さり、ありがとうございます。」

 ぐっすりと寝ているリリアナを見たガトラが小さな声で一礼をする。

《ああ、山で取れた物しかないが食べてくれ。足りなければまだあるから、遠慮するなよ。》

 4人は席に座り、黙々と食べ始める。

 そしてあっという間にテーブルの料理が無くなっていく。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。」

《もういいのか?》

「はい。十分に満たされました。」

 ガトラがそう言ったあとに、3人も頭を下げていたので、俺は本来の目的だった世界の事を聞くことにした。


《そうか…参考になった。ありがとう。》


 俺とリリアナが転移したのは50年後の未来だった。

 そしてこの場所は『北の大地』と呼ばれる、大陸最北端の場所だ。

 魔王ディルラルは勇者リリーアナリスタ・オベルイスと相打ちとなって倒されたが、そのあと魔王スヴェルデンが現れたと。

 で、魔王スヴェルデンは、領土を広げるために魔族を連れて隣接していた人族のカザルド領の街を奪ったということだ。


 はぁ…あいつってそんなに野心家だったのか。

 魔族領だけでも忙しかったのに、そんなめんどくさい事をよくもまあ…

 それにしても、50年後か…転移じゃなくて転生したのか?

 だが、俺だけの固有能力は確かに転移だったはずだが…まあ、いまさらか。


《俺の聞きたい事はもう無い。次はそっちの話を聞こうか。》

「それなら、この北の大地を目指す事になったフルララから話を。」

 ガトラから指定されたフルララが、俺に一礼をしてここに来た理由を語り始める。


《なるほどな。 3年前の星詠みか…それで、さっきの取り乱しだったわけだ。》

「はい。星詠みが示したものが、リリアナちゃんなのではと…」

《で、仮にそうだとして、その星詠みの真意は判っているのか?》

「いえ、世界を導く存在なのか…滅ぼす存在なのか…それとも、神そのものなのか…まったく判らないのです。」

《そうか。だったら、リリアナかもしれないな。》

「やっぱり!」

 目を輝かすフルララに俺は言葉を続ける。

《いや、勘違いするなよ。その可能性はお前達にもあるし、俺にもあるということだ。》

「え?」

《この地に導いたのは、その星詠みだが、それこそが啓示の始まりのかもしれないだろ。それと、リリアナはこれから何にでも成れる。それこそ、世界の王にもなれるかもしれないだろ。もちろん、お前達もだ。そんな事は誰にでも可能性があるって話ってことだ。未来の事は誰にも判らんからな。》


 ほんと、俺スライムになってるからな!

 フィアンセに裏切られたからな!

 元勇者を育ててるからな!

 

「そっ…そうですね…私は囚われていたのでしょうか…」

「いや、フルララは世界の為を思ってここまで来たんだ。間違いじゃない。」

 ガトラがフルララの言葉を否定する。


 あぁ…危険な旅を言い出した本人だしな。

 それで、この結論になれば当然か。


《そうだとも。判らない事を知るために、行動するのは間違いじゃない。それに、俺とリリアナと出会えた。この結果があれば十分だろ。お前の行動は正しい。》

「そうですね。この場所でディムさんとリリアナちゃんに出会う事が、星詠みの啓示だったかもしれませんね。」

《そういうことだ。じゃあ、あとは帰るだけだな。お前達が越えてきた洞窟まで連れていけばいいか。それと、死なれては困るからな。『エリクトラ』を5本ほどやる。リリアナが人族で暮らすときに頼ってもいいんだろ?》

「はい。もちろん、この恩は必ずお返しします。ですが…」


 不安顔なフルララが、寝ているリリアナを見つめ、意を決したような言葉で俺に衝撃的な言葉を伝える。

「今のままだったら、リリアナちゃんは人族で暮らせません!」

《はっ!? なんでだ!》

「人族は念話を使いません!」

《はっ? ………あぁあああー!》


 うかつだった。俺はリリアナと普通に会話をしていたから気にしていなかったが、そういや、リリアナの泣き声以外は口を閉じたままだ。

 くそ! 俺としたことが。

 知識は教えられるが、言葉を発声させるにはどうしたらいいんだ?


「なので、私に提案があります。」

 俺が後悔の念を浮かべていると、フルララが俺をジッと見つめていた。

《なんだ?》

「私がリリアナちゃんが喋れるようになるまで、ここに残ります。」

「フルララ、何を言っている。」

「そうよ。喋れるようになるかも判らないのよ。あなた一人でどうこう出来る訳ないでしょ。」

「フルララさん、気持ちは判らないでもないですが、喋れない子供もいることですし、そういう方向で収めてみるのはどうですか?」


 3人の仲間が言う事は正論だな。


「ディムさんはリリアナちゃんを人並みの幸せをって言ってるんです。だったら、普通に喋るようにしてあげないと。それに、女の子なんですよ。ちゃんとした服を着させてあげたいじゃないですか! あと、可愛いリボンとか、これからもっと女の子らしくなるんですよ。そういうところも教えてあげないと!」


 グサっと来た!

 おもいっきり不意打ちで、核を突き刺された気分だ。


 ああ! 判っていたよ。服が服らしくないってことはな。

 切ったマントに首を通す穴を作って被せて、横は紐を通す穴を開けてベルトのように結んだだけのやつだよ!


《よし! お前の言う事は判った。それほどに言ったんだ。覚悟はあるんだよな。》

「はい! リリアナちゃんのお母さんになります!」

《いや! そこは、お姉ちゃんだろ!!》

「…判りました。お姉ちゃんでお願いします。」


 いったいこの女を突き動かすものは、なんなんだ…


《じゃあ、フルララ以外を洞窟まで連れていけばいいのか? いや、それだと危ないな。安全な麓近くまで付いていったほうがいいのか…う~ん面倒だな。》


「なら、私も残って良いですか?」

 手を上げて意思表示を示したのはフルラージュといったもう一人の女性だった。

《何故だ?》

「私もその子の教育係に立候補します。フルララは気持ちだけで、裁縫とか料理とかの技術がありません。このテーブルとか椅子はディムさんの持ち物ですよね?」

《ん? そうだが?》

「でも、リリアナちゃんの服は無いんですよね?」

《ああ、子供用の服は持ってないんだ。だから、持っていたマントを代用した。」

「私なら、生地があれば服を作れます。それに、料理も手伝えます。」

《なるほどな。だけど、お前がそこまでする理由はなんだ? フルララのそれとは違うのだろ? 対価はなんだ。》

「さすがですね。私の魔術を見て頂けませんか?」

《あの、ウィンドショットか…判った。教えてやろう。》

「あっ! ありがとうございます。」

 テーブルに頭を付けるほどのお辞儀をするフルラージュに俺は、「こちらこそ頼む。」と言葉をそえた。


「なら、僕も残ります。僕は彼女と一緒に居たいのです。」

「俺は、姉から託されている。フルララの叔父として一緒に残らせてくれないか。」


 あ…あたまが痛い…

 なに言ってるんだこいつらは?

 

《あほか! お前らは自分の事じゃないか。なんでそんなやつらの面倒まで俺が見る必要がある。》


「ディム殿、俺は自分の事は自分で出来ます。ただ近くに居るだけで迷惑はかけません。」

「僕もガトラさんが居れば野宿出来るので、それにここに拠点を作れば冬も大丈夫そうですし。」


《まあ、ここなら雪も積もらないし、お前達が勝手に居座る事に俺が口を出す理由はないからな。だが、ここはさっきの魔獣が来たりするぞ。》


 血の気が引くとは、この事だな。

 男二人はもちろん、女性達も言葉を無くして青ざめていた。


「んぅ~ふあぁ~」

 もそもそと俺の上で目を覚ましたリリアナが、どういう状況なのかを求めている目を見せていた。

《パパ? …どうしたの?》

《二人の女性が、リリアナに人族の事を教えてくれるって事になってな、残る事になったんだが、男達も一緒に残るっていうんだ。あの家の空いてる場所に住まわせてもいいか?》


 目を丸くしながら、考え込むリリアナを4人がジッと見つめている。


《うん。いいよ!》

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