第2話 フルララ、旅に出る。
大陸の東半分を支配する人族の王都『ヨルナンタ』の大聖堂の一室で祈りを捧げている女性がいる。
彼女の名は『フルララ・リテラ』
公爵家の長女として生まれた彼女は神官職に就いてから6年で1級神官になり、そして『星詠み』の資質を持っていた。
「もう、私が行くしかないですね。」
純白の神官服。金色に輝く長い髪を後ろで束ねるフルララは立ち上がり、女神像に向ける瞳に決意を宿す。
フルララは3年前からずっと、遥か北の大地に巨大な星が落ちた夢を、星の啓示だと最高司祭に助言していたが、取り合ってくれなかった。
それはフルララの『星詠み』という資質が異例な事と、曖昧で確証が得られない事案に加え、国益にならない話だったからだ。
フルララは、唯一自分の言葉を疑わなかった人物に会うため、王城と大聖堂に挟まれる位置にある騎士団本部を訪ねる。
「ガトラ様はいらっしゃいますか?」
「はい、確認してきますので少しお待ちください。」
門番として職務をしている若い兵士は、大きく頭を下げて騎士団本部の建物の中に駆け足で入って行く。
フルララは走り去った兵士に言葉をかける暇はなく、いつものように頭を少し下げて待つ事になる。
白い神官服は一級の証。騎士団で言えば団長クラスになることを知っていた彼の行動は、日常的に見る光景の一つだった。
ほどなくして、重厚で銀色に輝くフルプレート姿の男性が現れる。
フルララとは2倍近い歳が離れた40代の男性は、210cmほどの身長と鍛えられた筋肉の重量で、体格差もフルララの2倍はあるほどの騎士だ。
「叔父様、お願いがあります!」
フルララは懇願する思いで頭を下げていた。
フルララの唯一の理解者と言っても過言ではない騎士の『ガトラ・オールスト』は、フルララの母の弟で叔父になり、王位継承権4席の位置にいる王家の生まれ。
王位継承権は肩書きだけの物だと割り切っていたガトラは、貴族らしい生活にも合わないと悟り騎士になる。
そして最愛の妻を早くに亡くしてから独身の彼は、フルララを娘のように可愛がっていた。
「どうした?」
ガトラは、フルララの願いが何なのかを予想はしていが、口には出さないでいた。
「私と一緒に北の大地に行ってくれませんか。」
「険しく、つらい旅になるぞ。なにも得られないまま断念することになるかも知れないぞ。」
「はい。それでも私は、ここで何もしないまま過ごすのは、もうダメなんです。」
いずれは来ると分かっていたガトラは、小さなフルララの頭を優しく撫でる。
「そうだな。自分を信じて、悔いのない道を進もうか。俺に出来ることは守るだけだが、一緒に行くか。」
「ありがとうございます。」
嬉し涙を流すフルララに、ガトラは不器用ながら背中に手を回しそっと抱き寄せる。
鎧で抱きしめることは出来なかったが、フルララが泣き止むまでガルドはずっと、その手を離さなかった。
それから10日が過ぎた日、フルララは旅立ちの日を迎える。
彼女と共に北の大地を目指すメンバーは、騎士のガトラが弟子として面倒を見ていた『オリファ・カーテリア』
身長はガトラと同じ程あるが、細身でどこか頼りない感じがする青年は、深い藍色の髪と瞳に整った美形顔で、街では結構有名な騎士になっている。
辺境伯爵家の次男として生まれた彼は、家を継ぐことが出来ない場合を考えて騎士を目指し、ガトラの生き方に憧れた事もあり、今回の旅にも志願したのだった。
もう一人は赤髪の長髪を自然に流している20代の女性で、冒険者ギルドから唯一の受託者。冒険者ランク1級の魔術師『フルラージュ・ビアルト』
高額の依頼金とオリファ目当てで、『北の大地の探索』という特級クエストに参加した動機はともかく、炎と風の攻撃魔法に関しては特級クラスと呼ばれている実力者である。
当の本人は、気が楽という事もあり、それほど気にしてはいなかったのだが、、美人としての容姿があるにも関わらず、現金主義としたたかな性格から男性からの誘いを断り続けた結果、ギルドで孤立することになり、ソロでの活動を余儀なくされていた。
この二人と、フルララとガトラを入れた4人が『北の大地』を目指すパーティーになる。
「長い旅になることから、各自の自己紹介は追々ということでいいか。」
初顔合わせになった王都の北門前、馬車場で仕切るのは当然ガトラになる。
各自の旅の準備が出来ている事を確認したガトラはそう告げると、貸し切った2頭引きの馬車の騎手席に座る。
「はい。皆さんよろしくお願いします。」
フルララの挨拶に二人は「よろしく。」と返し、3人は車内に乗り込む。
北の大地までの距離は約2万km。馬に似た動物『バイアトロン』の馬車は時速100kmで走ることが出来るが、2ヶ月ほどかかる長旅だった。
王都『オールスト』の春の日差しと爽やかな風が馬車を見送った日から、北の大地の入り口の村までの旅は何事もなく終わり、季節は夏になっていた。
「明日からが本番だ。ここからは未知の領域を進む事になるから、少しでも違和感や体調不良などが出たら、必ず報告するように。小さな疑問や無理が、パーティーの死を引き起こすからな。」
ガトラの念を押す言葉に、3人は無言で頷いていた。
フルララの願いは北の山脈を抜けた先にある。
それは、王国として人類が栄えてから、まだ誰も到達していない世界で、数百年前の物だと言われている古文書に数行程度しか記されていない場所だった。
誰も山脈を越えるだけの事が出来ない。
それは、凶暴な魔物が居ることと、険しい山肌を越えなければ成らないことに、人の方向感覚を狂わす何かがあると言われていることが挙げられるが、命を懸けて挑戦する価値が無いというのが大きな理由だろう。
加えて、山脈が雪に覆われていない期間が夏から秋の終わりまでの4ヶ月ほどしかないという事もあり、名声欲しさの無謀な冒険家さえ近付くことはなかった。
ガトラ達が山脈に入ってからもう10日が過ぎていた。
なんども方向を見失い魔獣との戦いに、4人の疲労は限界に近付いていた。
そんなガトラ達の前に、馬車一台分ほどが通れそうな洞窟を見つける。
「あの洞窟で今夜は過ごそう。すまないラージュ、洞窟内を一度焼き払ってくれるか。」
ガトラからの、魔力が底を尽きそうなことを承知の上での命令に、フルラージュは無言で答える。
洞窟内に魔獣が居る危険性の排除と、虫や苔などの衛生的処置。
雨風を凌げる洞窟を寝床にするために、無理を押してでも行うのは自身でも判っていたからだ。
「今日はこれが限界よ。後の事は任せるからね。」
「ああ、魔物が出たら俺達でなんとかする。」
「もちろん、君の盾役は僕が引き受けるからね。」
フルラージュはオリファの笑みに「ありがとう。」と応え、特大のファイアボールを転がすように洞窟に撃つ。
この旅でフルラージュはオリファの心を射止めたのだ。きっかけはオリファからの告白だった。
だが、フルラージュは返事を保留にしている。
なぜかというと、当初の目的でもあった伯爵家のオリファとの結婚で優雅に過ごすという野望が崩れていたからだ。
伯爵家の次男なのは知っていたし、伯爵婦人としての立ち振る舞いをしたくないと思っていたフルラージュにしては、願ったりの相手だった。しかし、オリファの家は辺境伯爵と言われ、しかも普通の平民と大差ない収入で『貧乏伯爵』とまで言われている家だとは知らなかったのだ。
そして見た目が良いだけに、フルラージュは断れ切れないのが本音だった。
ファイアボールが洞窟の奥まで進み、消えるのを確認したガトラはさらに奥がある事に気付く。
「魔物は居ないみたいだが、奥まで確認は出来なかった。だから、洞窟の入り口で今夜は過ごそう。」
「判りました。」
フルララは、岩肌にもたれるように腰を下ろして座る。
一番疲労がひどいのは、当然体力的にも、野宿の経験も無かったフルララだ。
そのフルララを支えているのは、星詠みのお告げを確かめるという責任感に他ならない。
それでも、あと数日で山を越えられなければ断念しなければならないことも理解していた。
「回復薬は、あと5日ほどしかありません。なので、期日を決めてください。」
それは、リーダーであるガトラに委ねるという意思を示し、自分が無茶な行動をしないための戒めとしての発言だった。
「そうだな…2日だ。それが俺達が生きて戻る為の期限だと判断する。」
「はい。それじゃあ皆さん、もう少しだけお願いします。」
そう言葉を発したフルララは、意識を無くすように静かに眠りに落ちていった。
「フルララ大丈夫か? 朝だが起きれるか。」
目を覚ましたフルララは敷かれた毛布の上で寝ていた。
「…はぁ…はい…」
「もう限界みたいだな。俺達も正直しんどい。昨日はああ言ったが、ここで引き返そうと思う。」
「すみません…」
「謝る必要はない。こういう結果になる事も考えていたことだろ。来年のために今は戻るだけだ。」
「はい。そうですね…」
フルララはフルラージュとオリファも毛布の上でまだ寝ている姿を見て、これ以上は無理だと理解し、目を閉じる。
そして、また意識を無くすように眠りに落ちていった。
少し体力が戻ったフルララは意識を取り戻すように目を覚ました。
「起きたか。ちょっとまってろ。」
フルララは、ガトラからカップに注がれた干し肉と山草のスープを受け取って、ゆっくりと喉に流し込む。
「美味しい…」
「フルララ! 見てみろ。」
少し興奮気味で洞窟の奥を指差すガトラが何を伝えたいのか、自身の瞳に映る光ですべてを理解したフルララは、まだ疲れが抜けていない足腰を奮い立たせて洞窟の奥を見る。
「山脈を抜ける場所だったのですか?」
「いや、それはまだ判らん。だが、この時間に光が差し込むことは、その可能性は大いにある。なんにしても食事を終えたら、確かめに行こうか。」
「はい。」と力強く返事を返すフルララは、急いでスープを飲み干していた。
洞窟を進んで出口に出たガトラ達は、壮大な景色に見惚れていた。
周囲を同じような山脈で囲まれた大地の真ん中に大きな高原が広がり、幾本の川がその高原の一箇所に集まって大きな湖を作っている。
その高原の真ん中辺りに小さな遺跡のような物も見えていた。
「ここが北の大地なのですね。」
「ああ、間違いなさそうだ。それでどうする?」
「あの、高原の真ん中にある遺跡みたいなところまで1日で行けますか?」
「そうだな…馬がいれば行けそうだが、今の俺達では2日はかかるな。」
洞窟から、距離にして50kmほど。ほぼ直線で下って行ったとしても、体力的に限界だった彼らには1日で辿りつくには無理があった。
フルララは、諦めるしかない事に気持ちの整理がつかなかった。
ここで無理をすれば危険な状況になることは明白で、今回はこの洞窟を見つけただけで喜び、来年にまた来ればいい事は判っている。
だけど目の前に見える、手が届きそうな距離にある目的地から目を逸らすことが出来なかった。
「オリファ後ろ!」
突然のガトラの声と同時に、魔獣が最後尾にいたオリファに襲い掛かっていた。
咄嗟に盾を構えたオリファは吹き飛ばされて、坂の下に転げ倒れる。
そして、洞窟の出口を背にした体長3メートルほどの犬型の魔獣が、次の獲物に定めたフルラージュを狙って、鋭い牙で噛み付き攻撃を繰り出す。
それを、ガトラが大剣で防ぐが、足場の悪い岩肌で踏ん張りが利かず、押し返す事が出来なかった。
「ファイヤショット!」
フルラージュは、小さな炎の玉を魔獣に向けて放つ。
魔獣を引き離すための牽制攻撃だった。
大きな炎魔法は場所を選び、そして味方にも被害でるから、狭い場所では無理だったのだ。
横に大きく跳んだ魔獣は目の前の獲物を諦めて、坂の下にいるオリファに駆け出す。
「オリファ!」
ガトラの声が響く中、立ち上がったオリファは今度は重心を低く構え、盾を前にして剣を構える。
魔獣が盾に喰らい付く瞬間、オリファの剣が魔獣の首に剣を突き刺していた。
崩れ落ちるように地面に倒れた魔獣に止めの剣を突き刺し、勝利を知らせるように盾を掲げるオリファに3人は安堵の声を漏らしていた。
ガトラは、オリファに声をかけようとした時、木々の葉が擦れる不自然な音に緊張が生まれる。
「何かいるぞ!」
そしてガトラが声を上げた時には、林の中からオリファに飛び掛る魔獣の姿があった。
さっきとおなじ犬型の魔獣で、跳躍からの一撃を盾で塞いだオリファだったが、2撃目の前足の横殴りの攻撃を防ぐことが出来ず。吹き飛ばされて木の幹に打ち付けられる。
「オリファさぁああんー!」
フルララとガトラは坂を駆け下りる。
明らかに致命傷を負ったオリファに回復魔法をかけるには、直接体に触らないと出来ない。
だからガラトは、フルララの行動を逸早く理解して、一緒に駆け出していたのだ。
だが、魔獣はそれよりも早く、オリファの体に牙を立てていた。
「うわぁああああ!」
金属の割れる音と一緒に、オリファの悲鳴が森の中に響き渡る。
「やめろぉおー!」
ガトラの剣が、刹那に魔獣の顔に突き刺さり、噛み付きからオリファを救い出す。
魔獣は怒りの形相を見せながら、後ろに飛び退いていた。
「フルララ、オリファを頼む。」
「はい。」
フルララは回復ポーションをオリファに掛ける。そして回復魔法を使って治療を始めるが、明らかに許容範囲を超えている損傷に、絶望が心を支配していく。
それでも、フルララは最後まで諦めることは出来ない。
例え望みが薄くても可能性はまだあると、心を奮い立たせながら回復魔法を続けていた。
炎の矢を地面に刺さして、魔獣をフルララ達に近づけないようにしたフルラージュは風魔術『ウィンドショット』で魔獣に向けて狙い撃ちを試みるが、貫くことが出来ない。
「ダメ! 風は効かないみたい。火を試すからこっちに誘導して!」
フルラージュの意図に頷いたガトラが、魔獣をけしかけようとした時、突然魔獣の動きが止まり、そしてゆっくりと動き出したと思ったら、二つに分かれて倒れていた。
「なんだ?」
魔獣の突然の姿に困惑するガトラの視界には、さらに困惑する黒い何かに乗った幼児の姿が、物凄い速さで迫ってきているのだった。
《話は後だ。死にかけのやつを助ける。邪魔するなよ。》
「念話?!」
ガラトは声が自分だけじゃなく、フルララとフルラージュにも聞こえている事を、その表情から知る。
「フルララ、ラージュ、手を出すなよ。」
ガラト達は助けるという言葉にすがり付き、得体の知れない幼児の行動を見守る。
黒い玉のような物に乗った赤い布を被った幼児が、オリファを見て不安げな顔を向けている。
《パパ! はやく!》
《心配するな。こんなのすぐだからな。》
子供の声の念話と、それに応える男の念話に困惑するガラト達の前で突然小瓶が現れ、その液体を掛けられたオリファが光を放つ。
そして一瞬の眩しさが終わると、何も無かったようにオルファの傷が癒えていた。
《パパ、ありがと。》
そして、いきなり傷が癒えたオルファ本人とそれを見守っていた3人は、黒い乗り物に抱きつく幼児に、まったく理解が追いつかない状態だった。
《さてと、助けた対価をお前たちに払って貰う。いいな!》
そして4人は目の前の状況を理解する。
黒い乗り物が意思を持つ魔物だということに。
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