娘をダメにするスライム

紅花翁草

第1話 魔王、勇者と転移する。

 まさかこんな事態になるとは、思いもしなかったな。


 生まれてから1650年。

 それから俺は、1000年以上を魔族の王として、ずっと国政を見守ってきた。

 そう…今いる場所、王城『ディルラルシア』の王の部屋でだ。


 その部屋で俺は、生まれて初めての敗北を味わおうとしている。

 

 50年ぶりの勇者との戦いの最中に、弟と俺のフィアンセの裏切り…

 勇者もろとも、封印魔法の秘術『メルジオール』で、魔王の俺を滅するというのだからな。


「勇者よ。お前の目的だった魔王討伐は、お前の手で成し遂げられることは無かったが、結果的には叶ったようだ。だが! 俺の弟が次の魔王になるようだから残念だったな。」

 俺に剣を握られて動けずにいる勇者に、労いの言葉を最後に贈る。


「あなたに言われなくても、理解しているわよ。ほんと、最悪の人生だったわ!」


 俺と同じで、封印魔法で動けない勇者のヘルムの中から聞こえる声は、確かに女性の声だ。

 これも、誤算の一つだったな。

 今までは男ばかりだったから、勇者は男に受け継がれるものだと思っていた。

 俺は、『おんな、こどもにも容赦ない魔王。』ではなく、弱い者を守る優しい魔王だ。

 たとえ、相手が人間だとしても、弱い者いじめはしない主義なんだよ。


「まあ、封印されてどうなるか判らんが、来世があるといいな。勇者よ。」

「なにそれ? 私だけが封印されるような言い方じゃない。」

「まあな、俺は魔王と言われた存在だぞ。神の剣以外で死ぬことは無いからな。封印される前に自決して別の場所に転移するだけだ。」

「ちょっと! なにそれ! 卑怯じゃない! だったら、私があなたを道連れにしてやるんだから!」


 なにを言ってるんだ? と、俺は不敵に笑い声を漏らすが、すぐにその意図を理解する。

 いつの間にか、勇者の左手に2本目の剣が握られていて、その剣が俺の胸を貫いていたのだった。


「これで、私の役目と人生が終わるのね。二人目の魔王の事なんか聞いてないから、私のしったことじゃないし、どうでもいいわ。私は私の人生を悔やみながら死を選ぶことにしたわ。」


 3本目の剣を取り出して、自身の胸に突き刺そうとする勇者の手を、俺は掴む。

 潔いといえば聞こえはいいが、どうみても自暴自棄にしか見えなかった。

 だからと言って、勇者を助ける義理はないんだが、俺は気づいたら手を出していたのだった。


「なにしてるのよ! そんなに私を封印して、生き恥を晒せとでもいうの!」


 俺は、3本目の剣を奪い、胸に刺さった剣を抜き、右手に持っている1本目の剣を次々と『次元倉庫』に入れる。


「明日からの人生は、勇者以外の人生を探してみろ!」

「ちょっ! なに言ってるのよ!」


 俺は勇者の腕を掴み、剣で開いた胸の奥に、勇者の手を突っ込んだ。

「そこにある俺の核を握っていろ! 俺は今から肉体を滅ぼすから、どこかに核が転移する。お前も一緒に来い! 判ったな!」

「なっ!」


 勇者の顔はヘルムで見る事は出来なかったが、手が俺の核を強く握るのを確認した俺は、自滅の魔法を使う。

 その時、俺と勇者を欺いた弟とフィアンセが、勝利の笑みを浮かべているのが見えた。

 丁度それは、封印魔法『メルジオール』が発動する直前で、あたかも封印が発動したように見えるタイミングだったからだ。


 これで、あいつらは俺と勇者が封印されたと思うだろうし、あとで、『兄を騙した罪』で説教しに来ないとな。


 俺は核だけの存在となって、勇者の手が離れずにいることを確認しながら時空の波を渡り始める。


 これは…勇者の記憶か。どうやら、繋がった手の影響らしい。


 名は『リリーアナリスタ・オベルイス』

 小さな町でパン屋をしている夫婦の一人娘として生まれる。

 父は6才の時に魔物に襲われて死亡。10才の時に勇者の資質があると判り、母と別れて王都での勇者修行。

 毎日、城の中で剣と魔術の訓練。

 12才の時、母が急病で亡くなった事を知る。

 国民の期待と重圧を受けながら、朝から晩まで、ただ訓練をするだけの日々。

 そして、孤独のまま旅立つ勇者。

 

 彼女の感情が、濁流のように俺の中に押し寄せて来る。

 誰も彼女を一人の女性として見ていなかった。

 それが宿命だと言い聞かせながら、悲しみを押し殺してきた日々。

 『魔王討伐』という使命だけが、彼女の生きる糧になっていた。

 

 そして記憶の映像が黒くなっていく。

 彼女の記憶を見た時間は数秒程度の事だったが、俺は意識を失っていた。



 ここは…ああ、記憶はちゃんとあるな。

 俺が居る場所は、壁や床、天井などが乳白色の石材で囲まれた場所で、崩れていたり、植物が壁に纏わりついている様子から、どこかの神殿か宮殿だった場所に出たようだった。


 勇者はどうなった? 俺の近くには居ないみたいだが…

 というか…視界がおかしい…

 全方位を首を動かさずに見る事が出来る。あと、魔力の流れも一緒に見れる。 

 …あと、ものすごく視点が低い。

 そうか、寝ている状態か。なら起き上がれば…

 ん? 足どこだ? 手は? あれ…ちょっとまてっ! 


 俺は自分の肉体を魔力感知で調べる。


 ……

 スライムじゃねぇえかぁああああ!


 なにがどうなったら、スライムに転生するんだよ!

 え? もしかして、魔力もスライム並み…


 俺は、自分自身の魔力を確認してみる。


 よし! 魔力は魔王の時と同じだ。『次元倉庫』も使えるみたいだし、最悪な事態は免れたようだな。しかしだ…


 俺は、スライムになった俺のすぐ傍に、人間の赤ちゃんが居ることにある想定を浮かべる。


 これはやっぱり…勇者なんだろうな…


 勇者が着ていたフルアーマーの鎧の中で寝ている赤ん坊を、俺は起こさないように重力魔術でそっと絨毯の上に寝かせる。


 絨毯はもちろん、『次元倉庫』から出した物だ。

 これは、俺が片付けるのが面倒な物やコレクション品など、色々とぶち込んでいる倉庫なのでほぼ何でもあると言っていい。

 そして勇者の鎧を当然、倉庫に入れる。歴代の勇者から、集めているからな。


 まあ、赤子は寝ているから後回しでいいか。

 とりあえず、鏡を出して俺の姿を確認しておこう。


 立て鏡を取り出し床に置いて正面から確認する。

 プルプルと動く体は、闇のように黒く、それでいて金属のような光沢を放っていた。

 体長というか、全身は30cmほどのボール型のスライムで、全身の力を抜くと重力で少し潰れる。

 いわゆるところの『スライム』なんだが、ちょうど2本の角のような突起物があった。


 なるほど…この漆黒の闇色と二本の角が、俺が魔王だという証だという訳か。


 いや!!!! 気休めにも程があるだろ!

 なにが漆黒だ! ただ黒いだけじゃねぇか!

 『魔王=角』って、牛も角あるじゃねぇか!

 そもそも、角じゃねぇし!

 ああぁー! せめて、人型に生まれたかったぁああああ!


 その場で「ぽよんぽよん」と音をたてながら跳ねる姿に、俺は諦めという無力感に襲われていた。


 まあ、どうあがいても変えようが無い事実だから、受け入れるしかないが…

 あいつに比べたら、全然マシなんだよな…


 絨毯の上で、裸で寝ている赤子に俺は視線を移す。

 ふわふわの金髪に小さな鼻と口。目は閉じて、まつげが綺麗な弧を描いている。

 そして、丸く整った輪郭とふっくらとした頬が、可愛さを増していた。


 このままだと、寒そうだし、何か探すか。


 さすがに赤子用の服なんて持ってなかった俺は、数十年ごとの気分転換で自室の家具をごっそり倉庫に掘り込んている物の中から、毛布を取り出す。

 撥水性・保温性・肌触り感、すべてにおいて最高品質の『ブリフィンの毛』の毛布だ。


 俺は、赤子の様子を見る為に傍まで近付き、取り出した毛布を赤子の体に巻く。

 毛布が心地良かったのか、すやすやと眠る赤子が、嬉しそうに笑みを浮かべたように見えた。


 さて、こいつが起きるまでに、寝床の準備をしないとな。


 俺達がいる場所は、屋根が半分以上落ち、壁もあちこち崩れているから、この場所を直すよりは他の場所を探した方が良さそうだろうと思った俺は、魔力による索敵を開始する。


 半径1kmの索敵の結果、遺跡の大きさは、建物の部分で縦200メートルほど・横100メートルほどの長方形型で、地下2階・地上2階。

 建物周りの石材で整地された区画は、建物を中心に約500メートル四方の正方形で、ほぼ崩れてはいるが、2メートルほどの外壁があった。

 そして俺は、建物の中で地上2階のほぼ中心にある部屋に目星を付けた。


 縦・横が6メートル、高さが4メートルほどの部屋。

 そこは石の扉でもあるのだろうか、密閉された空間だったが、天井に明かり窓用と思われる水晶壁が埋め込まれている。そしてその部屋の中心に魔力を出している何かがあった。

 特別な部屋かもしれないと俺は思った。

 地下にも部屋として使えそうな場所は数箇所ありそうだったが、崩れ落ちる心配がある地下で赤子を育てるのは心配だから、それは最後の選択とした。


 そして、気になることが一つある。

 この遺跡を囲う外壁の内側には、生命反応が無い事だった。

 虫一匹すら居ない。

 俺は、結界が施されていると推測した。

 ただ、中にいる俺や赤子には影響が無いところを見ると、虫除けや獣避けの類なのだろう。


 俺は目星を付けた部屋の確認をする為に、俺と赤子が乗ったままの絨毯をゆっくりと浮遊させて2階にあがる。

 中央階段を上がった真後ろにある壁がその部屋なので、ぐるっと回って入り口を探す。

 だが入り口があると思っていた壁は、大きなレリーフが描かれた壁だった。

 それは、花畑に立つ女性の姿が描かれていた。


 まあ、予想通りだな。

 ある種の魔力に反応する扉なのは一目瞭然。

 これは、当たりを引いたかもしれないな。何か面白い物があるのか…それとも出るのか。


 俺は、期待に胸を弾ませながら絨毯を少し離れた場所に下ろした。

 そして、ぽよんぽよんと弾み、扉の前に来る。


 こういうのは、魔力を過剰に流せば強引に解除できるから楽勝だ。

 ただ、壁が崩れるのだけは勘弁してくれよ。入り口を作り直すのが面倒になるからな。


 俺は、壁に向かって魔力を流し始める。

 すると、レリーフの絵が少しずつ光を帯びて鮮やかな色が着いていく。

 そして、壁一面のレリーフの花が色鮮やかな花に変わり、ドレス姿の女性が白く輝いていた。


 ガチャリと何かが外れる音と共に、女性の足元にあった大きな花の絵のところが浮き出て、中に入る為の扉に変わる。

 俺は一度振り返り、赤子がまだぐっすりと寝ているのを確認してから、扉を重力魔術で開ける。

 開いた扉から中を覗くと、天井からの一筋の光が中の部屋を照らし、祭壇のような石材物が中央に置かれているのが見えた。

 俺は魔力感知付きの視界で、その石材物の上に魔力の塊のような物が埋め込まれているのを確認していた。

 

 さて、何があるのか…入ってみないと始まらないからな。


 俺は床を這うように、慎重に部屋の中に体を入れる。

 静寂が続き、何も反応が無い部屋を俺は石材前まで進んだ。

 そして、ひと跳ねで石材の上に飛び乗る。


 おお、この大きさのやつは初めて見たな。

 これがこの神殿の結界を作り出しているのか?

 まあ、他に魔力感知に反応する物もないし、この部屋を寝床するのは決定だな。


 石材に埋まっていた魔力の塊は『光剛石』という希少な鉱石で、邪気を清める力があるから『神の剣』の材料に使われているが、今の俺には全く効かない。

 なぜなら、スライムは純粋な魔力だけの存在だからな!

 黒いけど無属性!

 角みたいなのがあるけど、妖精種!


 ……


 こんな姿を、母には見せれないな…

 とまあ、先の事よりも、目先の事だ。


 俺は外にいる赤子を部屋に運び、石材物を衝立代わりにして、扉から奥側になる場所に絨毯をそっと下ろす。

 そして絨毯で幸せそうに寝ている元勇者に、俺は試しに念話で話しかける。

《おい、聞こえるか? 俺は転生してスライムになってしまったが、お前は赤子になってしまった。》

「う゛ぅ…う゛ぅ」

 突然ぐずりだした赤子からの返事は無く、赤子の声は段々と大きくなっていく。


 あぁ~しまった! はぁ…これはどっちだ?

 喋れなくて騒いでいるのか、起こされて泣いているのか…


 俺は、手足をぎゅっと縮んで泣いている赤子を浮かせて、魔力で3倍ほど体を大きくした真ん中に下ろす。

 弾力を調整し、適度な軟らかさで包み込むように赤子を沈めて、体をゆっくりと揺らす。

 それでも泣き止まないから、『次元倉庫』から完全回復薬の秘薬『エリクトラ』の小瓶を取り出し、一滴を赤子の口に落とす。

 赤子の全身から光を一瞬だけ放つと、それからすぐに泣くのをやめて満足そうに笑みを浮かべて静かになった。


 スライムでも、やりようでなんとかなるものだな。

 1650年生きてきた知識は伊達じゃない!

 暇つぶしで読んだ魔物図鑑でスライムの生態もほぼ熟知しているし、赤子の育て方も見たことがあるから知っている。

 そして、ミルクは持ってないけど、『エリクトラ』で代用したあたりは流石だな。

 しかし…まあ…この様子だと、元勇者としての意識は無いのかもしれないな…


 空腹が満たされたのか、赤子はまたスヤスヤと俺の体をベッドにして寝始めていた。

 俺は、さっきとは違う小さな声で元勇者に語りかける。

《まあ、あれだ。2度目の人生は、楽しく過ごせるように手伝ってやるから、安心しろ。今日からお前のことは『リリアナ』と呼ぶからな。よろしくな。》

 

 元勇者から流れ込んで来た記憶の中で、両親から『リリアナ』と呼ばれていたことを思い出した俺は、リリアナが独り立ちするまで、父親代わりに面倒を見ることを決めたのだった。




 スライムに転生してから3年が過ぎた。

 自室にした部屋には、天蓋付きの大きなベッドに重量感溢れるソファに、重厚な装飾が施されたテーブル。

 入り口近くの場所には、食器棚と食事用の丸テーブルに、リリアナが座れるようにクッションで底上げした椅子。

 そしてリリアナが怪我しないように、床一面に敷いた絨毯にクッション。

 贈答で貰った人形に、自作の積み木。


 そして今日も、天井からの日の光で目を覚ますリリアナは、俺のマントから作った真っ赤な服を着て俺の上で目を覚ます。

《パパぁ~。》

《おはよう、リリアナ。》


 結局、最高のベットがあるのに、リリアナは俺の体に包まれるように寝るのが好きで、ベッドの上に乗った俺の上で寝ているのだ。

 今ではリリアナの大きさに合わせて、4倍ほどの大きさにしている。

 

 俺から降りたリリアナが食事用の椅子に座ると、俺はテーブルの上に乗って朝食の準備をする。

 倉庫から、甘い果物を取り出し、皿に入れてテーブルの上に置く。

 同じく倉庫から取り出した肉の塊を、風魔術『エアロブラスト』でミンチにして、山で取れた香草の粉末で味付けして、炎魔術『ファイア』でハンバーグ。

 朝の定番メニューだ。


《パパ、はやく!》

《飲み物がまだだろ。》

 俺は、柑橘果物を取り出し、風魔術の『エアカッター』で半分に切り、重力魔術で搾りながらコップに注ぐ。

《よし、終わったぞ。》

《はーい。いただきます。》


 俺はスライムだから、本来は体に触れた物を取り込んで消化するだけなんだが、見た目的と教育的な意味も含めて、口のように体の一部を窪ませて、重力魔術でフォークを使い、そこの窪みに入れて、あたかも食べているように見せている。

 それと、スライムに味覚があったのは驚きだったが、それ以上の驚きは、物の性質などを理解出来たことで、森での食材探しに役立った事だった。

 手当たり次第に消化してみて、毒があるとか、美味しいとかを判別出来たからな。


 それにしても、毒も分解するし、スライムってほんとなんだろうな…

 極端な形になることは出来ないけど、体は魔力そのもので出来ているから、大きさは自由自在だし、熱は感じるけど痛みはないし、魔力だからすぐ再生出来るし…


 俺は食事を進めながら、リリアナの元気な食事風景を今日も眺めていた。


 今日も元気そうだな。

 天気も良さそうだし、今日も食材集めに行こうかな。


《今日も、山に木の実を取りに行こうか。》

《うん、いく! えびも!》

《そうだな。魚も集めておくか。》


 食事を終えたリリアナの口まわりを布で拭いて、手を水魔術『ウォーター』で洗い、食器も同じように洗って、風魔術『ウィンド』で乾かし、食器棚に戻す。


 俺はリリアナを乗せて、花の形をした扉を開けて部屋を出る。


 神殿も色々と手を加えた。

 自室から階段周り、そして1階に降りて外までの続く通路の、崩れていた石壁を新しいのに交換し、さらにトイレと風呂部屋を新しく作った。

 数キロ先の岩山が、この神殿の石材と判ったから切り出して持ってきたのだ。

 風魔術で岩を切り、重力魔術で積み替える。

 俺にとっては、積み木を作るのと大差ないことだからな。


 俺は、リリアナを体の上に沈み込ませたまま神殿の外に出る。

 リリアナを連れての移動で一番安全な方法がこれだった。

 ただ、ポヨンポヨンと飛び跳ねるとリリアナがめまいを起こすから、重力魔術で自身の体を操作して、移動している。

 ようは、飛行しているのだ。


 俺とリリアナが転移した遺跡は大きな山に囲まれた広い高原の中にあり、人族も魔族も居ない場所で、冬になると雪が数メートル積もる場所だから大陸の北部なのは間違いなかった。


 季節はもうすぐ3度目の冬が来る。

 森は赤く染まりだし気温も下がり始めたから、今のうちに冬の貯えを集めているのだ。

 俺の『次元倉庫』は、入れた物の時間が止まる。

 だから、山で取れた果物や木の実に、釣った魚とか仕留めた獣の肉とかを保存するのにも適している。

 焼き魚とか、焼いた状態で収納すれば、温かいままで取り出す事も出来る。


 高度を上げて飛行したほうが獣などからは安全になるが、人族や魔族に見つかるよりは、はるかにマシなので、いつものように高原を這うように飛行し、目的の森に入る。

 そして、少し大きな川に出る。

《リリアナ、頑張って探してくれよ。》

《うん。 がんばる!》

 川の下流からゆっくりと上流に向けて、俺は水面すれすれを飛行していく。


 俺は、魔力感知で水の中の生き物の場所は簡単に判るが、それだとリリアナがただ見てるだけになるから、ゲームとしてリリアナに探す係りを与えている。

 もちろん、見逃した獲物は俺がそれとなく教えてやるんだけどな。


《パパ、あそこ!》

《パパ、こっちにも!》

 最初は全然見つけられなかったリリアナだったが、最近では体長10cm以上の獲物なら8割ほどの正解率で見つけるようになっていた。

《よし! 今日も凄いぞ、リリアナ。沢山見つけたな。》


 リリアナが見つけた海老と魚は、俺が重力魔術で捕まえて、魚なら内臓をその場で取り出し、海老は頭と胴体を切り離してから『次元倉庫』に入れている。

 生きた物は倉庫に入れられないからだ。


 そして山の中腹辺りの上流まで上がった俺とリリアナは、木の実取りに移る。

 3年目となると、木の実や秋の果実がなっている場所は覚えているので、移動中は獣探しがゲームになる。


 森の中を縫うように進む中、リリアナが指を刺す。

《パパ、くまみつけたよ。 あっ! おやこだ。》

 左手300メートルほどの木々の奥にいる熊をリリアナが見つけた。

《親子か。》

《うん! つぎ~》


 食べるために命を奪う事の意味を、俺はリリアナに教えていた。

 その中で、子育て中の獣を見たリリアナが「かわいそう」と、自分から俺に言ってきた時から、子連れの獣には手を出さないことになった。


《パパ、とりがいるよ。》

 大きな鴨鳥の大群が、冬の前にこの地を離れるため、空を飛んでいるのをリリアナが見つける。

《ああ、今回はあれを捕まえようか。》

 俺は体を浮かせ森から空に上がり、20匹ぐらいが編隊を組んでいる一団に狙いを定める。

 距離があるため、俺は風魔術『ウィンドショット』で狙い撃ち、次々と落とした。


《パパ、すごい!》

《そうだろ。パパはすごいんだぞ。》

 俺は、喜ぶリリアナに嬉しくなり、意気揚々と一団すべてを撃ち落した落下地点を目指す。


 数百メートル先の森の中に入り、落ちている鴨鳥を拾っては、俺は次々に下処理をしていく。

 『エアカッター』と『ウォーター』で綺麗な剥き身だけを持ち帰り、皮と内臓は、この森の獣達に分け与える。

 

 『共生』と『共存』は魔族の世界では最低限のルールだ。

 力あるものが独占するのでは争いしか生まれず、国は育たず種族としての価値も下がる。

 だから俺は、王となった時に最初に決めたルールだった。


《よし、終わった。もうすぐお昼だし戻ろうか。》

《うん。》


 リリアナを連れての外出は、昼までと決めている。

 理由は、昼ごはんを食べるとすぐに寝てしまうからだ。


 山を下り始めてから少し経った頃、右手の森の奥で木が折れたり裂けたりしたような音が、微かに聞こえてくる。

 俺は、魔力感知で索敵をかける。


 この魔力だと…中型の魔獣辺りか。それと…人族が4人。

 

 俺は悩んだ。

 リリアナは10歳の『資質の鑑定』の時期が過ぎるまで、この地で育てるつもりだが、この世界の今の状況が判らない、無知の状態でいることの不安も多少あったのだ。

 だからと言って、魔物の俺が人族の前に出て、こっちの質問に答えてくれる保障なんてなく、面倒なことになるだけかもしれないと悟った俺は、遺跡に戻ることを選ぶ。


《パパ! あっちになにかいるよ。》


 距離にして1kmほど離れている人族を、リリアナは見つけたのか?


《リリアナ、見えるのか?》

《ううん。きこえた。》


 俺には聞こえなかったが、リリアナがそう答えた後、確かに悲鳴のような叫び声が俺にも届いた。


《助けに行くぞ。ちょっと早くなるから、つかまってるんだぞ。》


 リリアナが不安な顔を見せて俺を頼ってきたんだ。それを叶えるのが父親だよな。


 俺の体をぎゅっと掴んだリリアナの手を感じながら、俺は速度を上げて人族と魔獣のいる場所に向かった。

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