第12話 Start Line(12)

「斯波っちの隣に住まわせればいーじゃん。 加瀬、出てったんだろ~?」



真尋はまたも無責任なことを言い出した。



「ウチはダメだっ! もうリフォームすることになってて7月から工事にかかるし!」



ったく!


ウチは下宿じゃねーっつの!




真尋のいいかげんさが斯波には腹立たしかった。




「で。 よくわからんけど。 明日っからそいつ来ることになっちゃったんで。 おまえの補佐ができればなって思って。 悪いけど、」


斯波は会社に戻って、玉田に有吏のことを頼んだ。



「わかりました。 でも、音高も出てるくらいだし、全くのシロウトじゃあないんですから。 仕事を覚えてくれたら大丈夫ですよ。」


玉田はいつものように穏やかに微笑む。



「この前は・・悪かった。」


斯波は少しうつむいて言った。



「え?」



「急に、怒ったりして。」



「そんな。 あれはおれが悪かったんです。 ほんと。 志藤さんに頼りっぱなしで。 いいかげんしっかりしないと、ですもんね。」




玉田は本当に性格が優しくて。


素直で後からここにやって来た自分にも


きちんと接してくれて。



斯波は自分の行動を恥じてしまった。





斯波が本部長になり、玉田がオケの責任者となった。



元々音大の指揮科卒業で、絵梨沙の母・沢藤真理子の紹介でここに来ることになっただけあって



仕事振りは本当に真面目で


それは今も変わっていない。



「ぼくは・・少しでも斯波さんを手助けできたらと思っていますから、」



泣かせること


言うなっつーの。




斯波はふっと笑った。




「は? バイト?」


萌香は帰ってきた斯波から話を聞かされて驚いた。



「ほんっとに真尋のバカが。 迷惑ったら、」


斯波は上着を脱いでハンガーに掛けながら言った。



「まあでも。 人手は足りなかったわけやし。 音楽関係の人なら何とかやっていけるんじゃあないでしょうか、」



「なんかなァ。 海のモンとも山のモンともわからないやつだし。 すんごい・・・おっちょこちょいそうだし。 加瀬が入ってきた時みたいな心配を感じるし、」



「でも。 彼女もちゃんと一人前になったし。 大丈夫ですよ、」


萌香は笑顔で言った。





「そういえば。 今日、病院だったんだろ? どうだった?」


斯波は思い出したように言った。



「順調ですって。 もう4ヶ月に入ってきたんやけど、ちゃんと赤ちゃんも育ってるしって。」


萌香は嬉しそうにおなかを触った。



「そっか、」



「まだ4ヶ月なのに、ちょっとおなかも出てきたような・・」



「ほんと?」


思わず彼女のおなかに手を触れた。



「動いたりするの?」



「それは、まだ・・よくわからへんけど。 でも、エコーで見ると動いてるのがわかって。」





なんか


ヘンな感じだ。


彼女のおなかの中に


おれとの子供がいるなんて・・




斯波は少し気恥ずかしくなった。





「来月あたりになれば。 安定期に入るので仕事にも戻れると思うし、」



「無理しないで。 1年くらいもう休んでもいいよ、」



「大丈夫。 無理はしないし。 本部長も生まれるまでは外出も控えて、デスクワーク中心にしてくれはるって言うてくれて。」




本当は


斯波のことが心配で。


早く会社に出て、彼の仕事振りをそばで見ていたいと


萌香は思っていた。




斯波はそっと


萌香を引き寄せて抱きしめた。



やっぱり


彼女といるとホッとする。


こうして抱きしめてると


気持ちが凪いでいくのがわかる。

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