第10話 Start Line(10)
気の毒なのは
彼で。
もう茫然自失になってそこに佇むだけだった。
「・・てワケだから。 ごめんな。 悪いけど、」
斯波はひとしきり真尋を罵って、気が済んだのか有吏に向かって言った。
「そ、そんなァ・・・」
もう泣きそうだった。
「ちょっとさあ、かわいそうやない?」
南が同情すると、
「そんなこと言ったって! 真尋の付き人なんかなれっこねえだろっ!」
斯波はムッとして言う。
南は彼が持ってきた履歴書をじいっと見て、
「へー、ピアノコンクールに優勝とかもしてるんだァ、」
感心して言った。
「はあ。 10年前、」
有吏が気が抜けたように答えると、
「10年前~? って・・子供のころだろ?」
斯波は呆れたように言った。
「しかも。 市のコンクールじゃん!」
「子供のころは・・けっこう天才とか言われて!」
「そういうの。 いっぱいいるよな~。 おれだって自分のこと天才だって思ってたし~。」
斯波は言った。
「でもっ! 素人じゃあないし!」
「ピアノやってたくらいで簡単に仕事つけっか!」
そう言われて。
あまりにもガックリとしている彼を見て
真尋の良心が疼いたのか、
「なんか。 雑用のバイトとかないの? ここ。」
と言い出した。
「雑用は真緒ちゃんに頼んでるし。 いちおう専門の知識があって、オケの面倒なんかも見れる人、今探してんねん、」
南が申し訳なさそうに言った。
「バイトまでやめて来ちゃったって言うしさあ。」
「おまえのせいだろっ!」
斯波はまた怖い顔で言った。
「んじゃあ。 つき人としてウイーンに来る?」
真尋のまたも思いつきの発言に、
「ちょっと!!」
そこにいた八神が立ち上がる。
「真尋さんのつき人がバイトなんかで務まるわけないでしょっ! おれがどんだけ苦労してようやくその役目を任せてもらえるようになったと思ってるんですかっ! こんなワケわかんない人間にっ!」
猛然と抗議した。
「おまえなあ・・思いつきでモノ言って。 またこいつをぬか喜びさせてどうすんだ、」
斯波は真尋の耳をぐいっと引っ張った。
「いでででで・・!」
「ホント。 うち、バイトは別に募集してないし。 そんなにピアノが好きなら音大目指すとか。 しなかったの?」
斯波がため息混じりに言うと、
「まあ・・いろいろあって。 音大は諦めました。」
少し寂しそうに言った。
「でも。 ピアノが好きで。 クラシックが好きで。 マサヒロさんのコンサートはいっつも欠かさず行ってます。 最初に聴いたときはもう感動で身体が震えて。 その場から動けないほどでした。 ああ、ぼくもこんなピアニストになりたいって・・ずうっと・・思ってたんだって。」
有吏はうっとりとして言った。
「ふふ・・ま、そりゃな、」
真尋はまんざらでない顔をした。
「何を笑ってんだ! おまえの責任だからな。 おまえん家で雇ってやれよ、」
斯波はジロっと真尋を睨んだ。
「え~。 ウチ? 無理。 なんもすることねえし、」
「無責任やなあ、 でもさあ。 一応、音高出てるし。 ピアノの経験もあるし。 バイトくらいはできるんちゃうの?」
南が言うと、
「ほんっと! お願いします! マジにバイト辞めて来ちゃったんですよっ!」
有吏は斯波に縋るように言った。
「・・なんでおれがその決断を迫られなくちゃなんねえんだ・・」
ガックリと肩を落とした。
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