第9話 Start Line(9)

「って・・いったいなんなんだ!」



ただでさえ忙しい斯波は迷惑そうにその青年を見た。



「まあまあ。」




結局、南はその青年・瀬能有吏を事業部に連れてきた。



「ほんっとヤル気だけはありますから!」



立ち上がって斯波に勢いよくお辞儀をした。



「いきなりおれんとこに就職希望を持ってきてどうすんだっ!」


さらに怖い顔でそう言った。



「え・・でも・・北都さんが、」


瀬能はぽかんとして言った。



「北都って・・」


南が不思議そうな顔をすると、



「ピアニストの北都マサヒロさんです。 1週間前くらいにバイトしてた渋谷の飲み屋に偶然北都さんが来て。 ぼくが、もうマサヒロさんの大ファンなんです!って言ったら喜んでくれて。 おれ、クラシック音楽関係の仕事したいんですって言ったら、おれが紹介してやっからって・・」



彼の言葉に


南も斯波も驚いた。



「ハア???」



「んで! ぼくをマサヒロさんの付き人にしてくれるって!!」



彼は満面の笑みでそう言った。




斯波は怖い顔をさらに怖くして


いきなり携帯を取り出してすごい勢いで電話をかけ始めた。




真尋は休暇中なので暢気に竜生と公園でサッカーをしていた。



「あ? 斯波っち?」



「今から会社に来い、」


おどろおどろしい声が聞こえた。



「え? なんだよ。 いきなり・・。今、サッカーやってんのに、」



「いいから来い!!!」



その声があんまり大きかったので思わず耳から携帯を離してしまった。





真尋がやって来たのはそれから30分後だった。



「なんだよっ! いきなり呼びつけてっ!!」


斯波のほうにずんずんと歩いていく。



すると、座っていた瀬能が立ち上がった。




「北都さん!」


「・・は?」


真尋は目をぱちくりさせて彼を見た。



「この前はどーも! ほんとに来ちゃいました!」



笑顔の彼に


真尋の沈黙は続いた。




そして





「・・誰?」




思いっきり普通にそう言って、



「はあ??」



斯波も南も驚いた。



そして、瀬能も。




「誰って。 ほら、この前の金曜日! 渋谷の居酒屋で、」


必死に真尋に言う。



「・・・」


真尋も一生懸命思い出そうとしているが



「ぼくのこと、付き人にしてくれるってゆったじゃないですか!」


と、縋られて



「付き人!?」




真尋は思わず後ずさりをした。




南はため息をついて


「・・あんた。 そーとー酔っぱらってたね?」


真尋の身体を肘で小突いた。



「そんなことも・・あったような、なかったような・・」



真尋の記憶は


きれいさっぱりないようだった。




「って! 覚えてないんですかあ?? おれ、本気にして! バイトやめてきちゃいましたよ!」


瀬能は一気に焦りはじめた。



ずっと黙っていた斯波は



「ほんっとに!! おまえは何を考えてんだっ!!」


書類を丸めて真尋の頭を引っぱたいた。



「いってえ・・」



「おまえが勝手に付き人なんかとれるわけないだろっ! 自分の面倒さえ自分で見れないくせに! ふざけんなっ!」



「だからさあ・・勢いっつーか・・」



「勢いで言うなっ!」


と、またひっぱたいた。

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