第8話 Start Line(8)

昨日の夜。



斯波以外の全員を志藤はいつもの『新月』に集めた。



「なんか。 斯波のいない隙に作戦会議みたいでヤなんだけど、」


志藤はそう前置きをして



「みんなはわかってると思うけど。 これからは斯波が事業部本部長やから。 全ての権限は斯波にある。 今までおれがしてきたことは全部リセットや、」




ときっぱりと言った。



「上が変わるってことはそういうことや。 でも、まあ・・斯波だって迷ったり間違ったりすることはあると思う。 それでもおれはもう斯波の思うとおりにやっていって欲しいと思うし。 何か問題が起こったら、みんなで話し合って解決していけるようになって欲しい。」



志藤の話に


みんなはシンとした。



「おれだって事業部を始めた頃は失敗もしたし、めっちゃ迷うことばっかりで。仕事以外にも管理職やから部下のことも考えなくてはならないし。 頭パンクしそうな時もあった。 斯波はおれよりもはるかに真面目で完ぺき主義者やからめっちゃ今はつらいと思う。 だけどここにいるみんなは斯波のことはもう・・わかりきってるやろうから。 あいつがどんだけ音楽を愛してて、この仕事を真面目にやってきているか。 無口やけども、情が深くて。見た目と違ってほんまに優しいヤツやし。 まあ・・ただ。 ひとりで生きてきた男やから。 人を頼ったり頼られたりが不器用なだけでな。 今は頑張らなくちゃって気持ちと、もうやってられへんって気持ちと。 ぐちゃぐちゃになってると思う。」




優しい笑顔でそう言った。




「おれが・・いけなかったんです。 つい、志藤さんのことを持ち出してしまって、」


同じく真面目な玉田がうな垂れた。



「だからな。 おまえのせいやないって。 そういうことも。 全部斯波と話し合って。 まだ慣れへんから、みんなも大変やろうけど。 おれもほんまは夏ごろまでにこうなればええなあと思ってたけど。 会社の都合でちょっと事業部を離れるのが早くなってしまって。 申し訳ないと思ってる。 だから・・まあ、美咲ちゃんのことくらいはおれが解決できればなあって思うし。 エリちゃんは気にして落ち込んでるから、それを宥めたり。 軽い気持ちで口を挟んでしまったけど。 これからはみんなで斯波を盛り立てて、頑張ってやっていって欲しい。」



「側にいてもなんもできないのも・・つらいなあ、」


南は志藤に笑いかけた。



「おれよりも、斯波はみんなのことを考えてると思うで。 ひとりひとりの気持ちとかも大事にしてるやろし。」




「あたしも・・頑張れますかねえ、」


夏希が不安そうに言う。




「加瀬の一番いいトコも斯波はわかってるし。 まあ、これからもめっちゃ怒られたりするやろけど・・それも全部おまえのことを思ってのことやし。 ウン、おまえのこと信じてると思うから。 みんなで信頼し合ってれば、気持ちが離れることもない。」


志藤は夏希に言った。




「なんか。 あたしも甘えないでがんばろーって。」


夏希は夕べの志藤の話を思い出して、八神に言った。



「あんまり張り切って、失敗すんなよ。 ほんと斯波さんにメイワクかけるだけだし、」


八神はため息混じりに言った。



「八神さんもね、」


と、付け加えられて、八神はメモ紙を丸めて夏希のほうに投げつけた。



何とか落ち着きを取り戻すかに思われた矢先。



「え? なに? 誰?」


南は受付の電話を受けた。


「あの瀬能さんっておっしゃる・・若い男性なんですけど。 本部長にって、」



「本部長? 斯波ちゃん? 今、ちょっと打ち合わせ中やけど。 アポあんのかな?」



「それが特にないっておっしゃっていて。」


受付の女子社員は困ったように言った。



「んじゃ、あたし今から行くから。」


南は受話器を置いた。






1階の受付に降りていくと、



「事業部の方、ですか?」


はつらつとした元気のいい青年がいた。



「そやけど。 斯波に何か御用ですか?」



「シバさんって。 責任者の方ですか?」



「うん・・」



「ぼく、瀬能有吏って言います。 年は19です! 緑ヶ丘音楽高校を卒業して・・」


彼はいきなり自分のことをベラベラと話し始めたので



「ちょ、ちょっと待って。 あの・・なに?」


南は慌てて彼を止めた。



「ああ、すみません。 まずは・・コレですよね!」


彼はまたも張り切ってリュックから紙切れを取り出した。



「は・・」



それは


『履歴書』


だった。

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