第7話 Start Line(7)

「しゃあないなァ・・」



志藤はまた大きな悩みを抱えてしまった。



「あたしだって。 どうしていいのかわからん、」


珍しく南も落ち込んだ。



自分が事業部を退き


萌香が秘書課へ転課することになり


真尋の海外の付き添いは


絵梨沙の予想外の妊娠で


八神が負うことになり。



いろんなことがいっぺんに斯波の身に押し寄せて



もう


彼の頭の中がパニックになっていることが


志藤には手に取るようにわかった。



「今日の夜。 斯波以外のみんな・・集めてくれる?」


志藤はタバコを灰皿に押し付けて、南に言った。



「え・・、」



「話、あるから。 何だか話決まってからバタバタしてしまって。 もっと前にこうしてみんなにきちんと話しておかないとならなかったんや、」



南には志藤の意向がわからなかった。




斯波の気持ちは晴れなかった。


萌香が寝静まっても


ひとり起きて


リビングでしまいこんでいたワインを空けて飲んでしまった。




自分のことだけを考えていればよかった今までとは


もう違うことはわかっているのに。



不器用な彼は


どうしたらいいのか


全くわからなくなっていた。





「あ、斯波さん。 おはようございますう~~。」


出社していくと、真緒が明るくそう言った。



「おはよ、」


ブスっとして席に座る。



「斯波さん! あの、今日あたしレックスに行ってオケの今度の広告の話し合いに行くんですけど~。 牧村さんがもう一回斯波さんにチェックしてもらってって言うんで。」


夏希も慌てて斯波のところにやって来てゲラを広げた。



それを黙って見やった。



「あの、あたしは・・もうちょっと明るめのがいいんじゃないかなあって思うんですよお。 でも、牧村さんはシブめでいこうとか言うし~~、」



「・・・・」



「あとね。 ここんとこ。 字がちっちゃすぎだと思いません? これじゃあ、雑誌の広告になったらおじいちゃんおばあちゃんはもう、コレもんで見ないと!」


夏希はオーバーに老眼の人の真似をする。



「・・・・」



「全体的にはキレイでいいと思うんですけど~。」


ひとりでしゃべっていた。




斯波は一通りチェックしたあと、



「おまえの思うように。 押してみたら?」



ポツリと言った。


「え?」



「自分でいっぺんやってみるといい。 失敗したらそれも勉強だし。 これで十分って気もするけど、おまえがもっとよくなるって思うんだったら。 やってみるといい。 牧村さんと話し合って、」



「いいんですか?」


夏希は思わず斯波の顔色を伺ってしまった。



「・・いいよ、」


斯波はそのゲラを彼女に返した。



夏希はぱああっと明るい顔になって



「が、がんばります!」


と、嬉しそうに頭を下げた。



何だかつられて少し笑ってしまった。



「だいじょぶかよ・・」


席に戻ってきた夏希に八神がコソっと心配そうに言った。



「志藤本部長は、けっこう心配性で細かいトコまで指図してもらってたんですけど。 斯波さんはとりあえず任せてくれるんで。」



「勇気あるよなァ。 おまえに任すとは・・」



「でも。 昨日本部長が言ってた通りってゆーか、」


夏希は夕べのことを思い出していた。

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