第6話 Start Line(6)

自分が


志藤さんに敵わないことは


わかってる。




あの人のように


部下ひとりひとりに気を配り



いや


部下の家族にまで気を配ることなんか



全く


思いつきもしなかった自分が


ショックなのだった。



もう


音楽が好きなだけでやっていける仕事ではないのだ。


その仕事に携わる部下たちのことも


同じように大事に考えなくてはならない。




人の気持ちを汲むことも


苦手で


それを表すのも苦手な自分に


果たしてこれからやっていけるのか。



斯波は不安な気持ちをどうすることもできなかった。




「・・で、スポンサーの立芝電気の中村専務からの公演の依頼があるのですが、定期公演とバッティングしそうな日程で、」


玉田は資料を手に斯波と打ち合わせをしていた。



「立芝には日程の変更をしてもらわないと・・だなあ。」


渋い顔で言った。



「ただ。 立芝はウチの創設以来のスポンサーですし。 その辺は立ててあげたほうが、」



「定期公演をきちんとした日程でするほうが大事だ。」



「でも、志藤さんは、」


玉田が思わず志藤の名を出したとたん、斯波の表情は一変した。




「志藤さんの意向に沿いたいのなら、勝手にしろ!」



いきなり大声で玉田を叱責した斯波にみんなは驚いた。




「そ、そういう意味では・・」


玉田はオロオロしてしまった。



しかし、斯波は広げていたファイルをバタバタと閉じて、そのまま荷物を持ってどこかへ行ってしまった。




「ちょっと、斯波ちゃん!」


南は思わず彼を追いかけた。





斯波はその声に振り向きもせずにずんずん歩いていく。


小柄な南は走らないと追いつかなかった。



「待ってよ!」



彼の腕をようやく掴んだ。



「もう構うな!!」


斯波はかなり興奮していて、南の腕を乱暴に振り払った。



「だからっ!!」


南も負けずに彼の前に回りこんだ。



斯波はさらにイラついて、


「どうせおれなんかに志藤さんの代わりはできないし! あの人がもうここの育ての親みたいなもんで・・その代わりをおれにだなんて、所詮無理だったんだ!」



鬱積した気持ちが


思わず噴き出してしまった。



「そやないやろ!」



南も大声で彼の両腕を掴むようにして必死に言った。



「だれも志藤ちゃんの代わりなんかを求めてるわけやない! 志藤ちゃんがどんだけの思いで事業部を作り上げていったか、そんなのあたしはずっとそばで見ていたし、斯波ちゃんよりもわかってるよ! でもその事業部を斯波ちゃんなら任せられるって思って! 志藤ちゃんも思い切って出て行くことができたんやんか!」




斯波は南の言葉に


押し黙ってしまったが



「もう・・それが重いんだ! おれは八神のことも・・真尋のことも・・何一つ解決なんかできなくて!」



自分へのジレンマで


いっぱいいっぱいだった。



「斯波ちゃんひとりで抱え込まなくてもええやん! あたしだっているし。 志藤ちゃんだってみんなのフォローくらいはできる。 身を引いたからっていきなりなんもしらんぷりなんてでけへん!」




斯波は


こうして南に当たることが


ものすごくみっともないことだということが


自分でもわかっていて。




そんな自分への恥ずかしさで、



「・・・」



黙って彼女を振り払って、また大股で歩いて行ってしまった。


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