第5話 Start Line(5)

「すみません。 遅れて・・」


八神は午後イチで出社した。



「いや、」


斯波はいつものとおりデスクに向かって仕事をガリガリとしていた。



「あの・・ご心配かけましたけど。 美咲と桃、何とか帰ってきたんで。」


と言うと、ハッとして顔を上げた。


「迎えに行ってたんです。」


笑顔で言う八神に




「・・そっか、」


斯波は少しホッとした。



「ほんまに? 良かったね~、」


側で話を聞いていた南もやって来た。



「志藤さんがわざわざ美咲のところまで行ってくれて、」



と八神が言うと



「え、」



斯波は驚いたように小さな声をあげた。



「なんか色々美咲に言ってくれたみたいで。 美咲もわかってくれたんで。 おれがいない間は実家に世話になるってことになったし。 安心してウイーンに行けます。」


八神は満面の笑みだったが。



「そっか・・良かったな、」



斯波の表情が少し寂しそうだったのを南は見逃さなかった。




八神が行ったあと、



「斯波ちゃんが忙しいの、志藤ちゃんわかってる。 自分でも責任感じてるやろしな、」


南は斯波の気持ちを思い、フォローする言葉をかけた。



「勝沼まで行って彼女に会うとか・・説得するとか。 考えられなかったし。」


斯波はポツリと言った。



「だから・・ほんまに斯波ちゃん大変やし、」



「・・おれには。 考えつかなかった、」




南の言葉を遮るように


斯波は自分に言うようにそう言った。




「なんか。 落ち込んじゃって、」


南は秘書課の志藤のところに行った。



「余計なこと、してしまったかなァ、」


志藤はタバコを燻らせながら宙を見た。



「ううん。 でも、ほんまに八神んちを何とかしないといけないのはホンマやったし。 斯波ちゃんは物理的に忙しいから、そこまでフォローすんの無理やん。 志藤ちゃんのしたことは、仕方ないと思うけど、」



「おれも。 あんまりもう首をつっこむのやめようって思うねんけど。」





だけど


やっぱり見ていられない気持ちも強い。




「おかえりなさい。 おつかれさまでした、」


家に戻ると萌香が温かい料理を作って待っていてくれる。



「・・ただいま、」


斯波はいつもと同じトーンでそう言った。




しかし


萌香はすぐに彼の様子がいつもと少し違うことに気づいた。




いつも寡黙だけれど、


何だか背を向けて上着を脱ぐ彼の姿を見て


なんとも言えない


『異変』が感じられた。



「なにか。 あったの?」



萌香は思わずそう口を開いた。




「え・・」


斯波はふいっと彼女に向き直った。



どうして


自分の気持ちが彼女に伝わってしまったのかが


不思議だった。




「事業部、大変なんですか?」



萌香もまた


責任を感じ入っていた。



「萌は心配しなくてもいい。」


すぐにそう答えてきたが、



「あなたは一人で抱え込んでしまうから。 心配なんです、」



南から一連のことは聞いていた。



斯波はそういう悩みを一切自分に話してくれないので


萌香は少し寂しかった。



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