第2話 Start Line(2)

一緒にウイーンで暮らそうと思っていた矢先。


絵梨沙の妊娠がわかった。



まだ3ヶ月にもならないが、出産予定は11月。


真尋の面倒や子供たちの面倒を海外で彼女一人が負うことはさせたくない、と


斯波は絵梨沙たちがウイーンで一緒に生活することを諦めるように、と言った。



「真鈴を妊娠した時。 ウイーンにいて、経過が良くなくて結局無理をして日本に戻ることになってしまったし。 斯波さんはそれを心配して・・」


絵梨沙はうな垂れてそう言った。



「おれも。 エリちゃんは今回は日本に残ったほうがいいと思う。 一番手がかかるのは真尋やし、」



「だけど・・そのために、八神さんが。」



絵梨沙は顔を上げた。




結局、それを知った八神が


自分が真尋についていくと言い出して。


赤ん坊を抱えた美咲と大喧嘩したらしいという話までは聞いていた。



今回は1ヶ月や2ヶ月の滞在ではない。


途中、何度か日本に戻ることはあっても、ほぼ単身赴任状態になる。



「八神はな~。 真尋命やし。 おれらもあいつ一人で長期で仕事のマネジメントもしながらピアノ弾くってことでけへんことわかってる。 どうせ行くなら腰すえてきちんとやって欲しいって思うし。 八神がついててくれるんやったら安心やと思うけど。 まあ、美咲ちゃんの気持ちを考えるとな~。」



「もう、あたし。 責任を感じてしまって。」


絵梨沙は泣きそうになっていた。



「八神のことはおれからもフォローする。 あと・・八神が事業部にいない間も、人増やすようにって人事にも言っておくから。 エリちゃんは心配しないで。」



志藤は彼女を安心させるように笑った。





「昨日も美咲ちゃんから電話あったよ。 ほんまに実家帰っちゃったの??」


南は心配そうに八神に言った。



「・・はあ。 もうおれが電話しても出てくんないし、」


八神は疲れ切ったように言った。



『どーせ慎吾はあたしと桃より、真尋さんのが大事なんでしょっ!!』



美咲はまたも『あの禁句』を口にして


桃を連れて本当に勝沼の実家に帰ってしまった。



「なんでわかってくれないんだろうなァ。 おれだって桃や美咲と離れて暮らすのはヤだけど。 だけど、真尋さんは放っておけないし。 あの人に少しでもいい演奏をしてもらうためには。 一流の演奏家には専属のマネージャーがいるのは当たり前ですから。 それは・・今、事業部ではおれしかいないって思うし。」



「確かにな~~。 まあ。 美咲ちゃんの気持ちもわかるし。 こっちも困っちゃってるし。」


さすがの南もお手上げだった。



そんなことがあり


事業部はもう大変な事態になっていた。





北都邸を出ると、帰ってきた真尋に出くわした。



「あれっ? 事業部を辞めちゃったヒトが何の用?」


真尋はわざとそんな風に言って志藤をジロリと見た。



「全く! おまえのせいでなァ。 みんな困ってるっちゅーのに!!」


どこに持っていっていいかわからない怒りをぶつけてしまった。



「はあ? おれのせいって何だよ!」



「勝手にエリちゃんを妊娠させやがって!」



思わず暴投を投げてしまった。



「おれじゃない男が妊娠させたら問題だろっ!」


くだらない言い争いとなった。




「だからさあ。 おれは一人でだいじょぶだっつーのに。 八神がどーしてもついてくるってゆーから。 そりゃ、八神がいてくれたら安心だけど。(主に食事が)」


真尋もため息をついた。



「おれだってなあ。 もう事業部と関わらないようにしよって思ったけど。 斯波ひとりで色んなフォローすんの物理的に無理やろ。 美咲ちゃんは怒って実家に帰っちゃったっていうし。 ここはおれも何とかしてやらないと、」



「そうそう。 斯波っちは忙しいからね。 あんたが何とかしてやんないと。」



「その上から目線がめっちゃ腹立つねん!」


志藤は持っていたバッグで真尋の尻をバシっと叩いた。




志藤も忙しくないわけではないのだが、ここはとりあえず


実家に戻ってしまった美咲のフォローに行かねば。


と、早めに仕事を切り上げて、電車で勝沼に向かった。





「しっ・・志藤さん!」


いきなりやって来た志藤に美咲は驚いた。



「久しぶり。 いきなりごめんな、」



「いえっ。 あの、どうぞ・・」


美咲は戸惑いながら志藤を家に上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る