第4話

 暫く時間が経ち、謁見の間にトビーの仲間が勢揃いする。

 ゴブリン、人間、龍蛇という繋がりが意味不明な組み合わせではあるが。


「それでは始めるか。どうやって神を倒すか、だな」

『待て。神だと? 我はそんな話聞いていないぞ』

「……忘れてたゴフな」

「……そういえば確かに」


 あー、とトビーと紗利奈は顔を見合わせる。当然のように思っていたので、道中でも神についての話はしなかった。

「そんな時もあるんじゃない?」

「そうゴフな。仕方ないゴフ」

 あっはっは、と二人は笑って誤魔化そうとするが、龍蛇はそこまで馬鹿ではない。


『我も死にたくはない。帰らせてもらうぞ』

 ずるりずるりと龍蛇は顔の向きを変える。そこへ、魔王が声を掛けた。

「なんだ、逃げるのか龍蛇。我輩に一撃で気絶させられたのを根に持っているのか?」

 ピタリと龍蛇の動きが止まる。そこへ、魔王は言葉を続ける。


「そうか、逃げ帰るのならば仕方ない。早く帰ってまた木の実でも食べると良い」

『なんだと、混血が。我を愚弄する気か』

「そう聞こえたか? まあ、貴様の手を借りずとも神程度どうにかなる。いや、手の無い蛇には無用の言葉か」

『……調子に乗るなよ。我が神を恐れると思うたか』

「恐ろしくないのか?」

『ふん、神など我には塵芥も同然だ、軽く押し潰してくれよう』


 あーチョロいなー、と紗利奈は呟く。幸い、誰の耳にも届かなかった。

「では、改めて話を始めよう。神をどう倒すかだが、対面でやり合うだけなら我輩がどうにかしよう。だが、奴もそう甘くは無いはずだ。兵を揃えてくるだろうな」

 玉座に座り、魔王は顎に手を当てて考える。

「準備があると言っていたのだろう。ならば、相応の敵が現れると考えてよい。流石の我輩も、それらと戦いながら神を相手するのは無謀だ」


「それじゃあ、どうするゴフ?」

 トビーが魔王に聞くと、頷いて答える。

「ふむ、その兵に対抗するために、お主たちの力が必要だ。理を超えた者のな」

「そっか、ナレアスは神だし、普通のやつじゃ相手にならないんだ」

 紗利奈がなるほどといった顔をする。


 ナレアスは世界の運命にすら介入する力を持つ存在だ。だからこそ、異なる世界の紗利奈を連れてくる事も出来た。

 それに対抗するには、理に流されるだけの者では無意味。流れに逆らい、運命すら打倒する力を持つ必要がある。

「そうだ。トビーや紗利奈が他の者へと関われば、有り得たはずの未来から変わる。結果として理を超えられるのだが……その変化率が問題だな」


 魔王は少し間を置いて続けた。

「少し立ち位置を変える程度でも、理からは出るだろう。だが、変化が少なすぎると運命への介入の度合いも減る。神を相手にするには力不足だ。龍蛇の様に非常に離れた位置に移動する、もしくは、死の運命から逃れる、とかだな」


 それを聞き、それならとトビーは思いつく。

「ベルとティアなら問題ないゴフ?」

「我輩もそれを考えていた。お主が今までの繰り返しで救った命、それらならば神に対抗するだけの理を超える力を持つかも知れぬ」

「じゃ、決まりゴフな。元から助けに行くつもりだったゴフが、協力してくれるように頼んでみるゴフ!」


 トビーは何の迷いも無くそう言った。

 けれど、それを聞いていた紗利奈は複雑な表情をする。

「……いいのかな、それで」

「どうかしたゴフ?」

「……ううん、なんでもない。後でね」


 頭を振って紗利奈は言う。そうゴフ? とトビーはキョトンとした顔をするが、紗利奈は話を続けるように促す。

「とりあえず、トビーがベルとティアを助ける。仲間を増やして神に対抗する。直接対決は魔王に任せる。そんなとこでいいんじゃない?」

「うむ、それが良いだろう。一先ず、今日はここまでにしておこうか。お主らも長旅で疲れているだろうからな」


 より詳細な話は後でとして、トビーたちは解散する事になった。

 宿を探そうかと思ったが、残念ながらトビーたちは無一文。それを伝えると魔王は臣下を呼び、路銀と魔王城の空いた部屋を用意してくれた。

 龍蛇はそのまま謁見の間に泊まるらしい。中庭を案内されかけたが、外は嫌だと断固拒否したのだ。


 トビーと紗利奈は別々の部屋へ行き、休息する。

 夕餉や入浴を済ませていると、何時の間にか外は暗い。早く寝て明日に備えるかとトビーが布団に潜ろうとすると、部屋の扉が叩かれた。


「トビー、ちょっといい?」

「大丈夫ゴフ! 入っていいゴフよ」

 返事をすると、現れたのは紗利奈だ。旅人風の服ではなく、真新しい白い寝巻きを着た紗利奈は、少し迷った表情をしながら入ってくる。

「えっと、話がしたいんだけど、いいかな?」

「ゴフ? 分かったゴフ」


 トビーはベッドに腰掛けた。紗利奈を待っていると、部屋に備え付けられた椅子を引っ張り、トビーの向かいに置いて座った。

 どうしてか、変に重い空気が流れる。トビーはいつも通りだが、紗利奈の表情が普段より暗くなっていた。

「……トビーはさ、ベルとティアを助けるんだよね?」


 先に口を開いたのは紗利奈だった。じっと視線をトビーの目に向け、質問する。

「当たり前ゴフ。それで、また仲間になるゴフな!」

 トビーは当然のように答えた。それを聞き、紗利奈は首肯する。

「うん、助けるは良いと思うんだ。助けないと、命が危ないもんね」


 けどさ、と紗利奈は続ける。

「今までの繰り返しをなぞって友達になるって、本当に友達なのかなって、思っちゃった。ここに来るまでにさ、考えてたの。ベルとティアと仲間になったらどうなるのかなって。それで、思ったんだ。トビーは自分の気持ちの通りに動いてるの?」

「気持ちの通り、ゴフ?」

「そう。きっと、一番最初に友達になったのって、心からそう思って動いてなったんだよね。でも、繰り返したら、繰り返したから違っちゃう。前と同じようにって動いたら、それってトビーの本心に間違いないのかな」


 トビーは言葉に詰まる。今まで、そんな事は考えてもこなかったから。

 同じように動き、同じように喋る。そうすれば問題なく助けられるし友達になれる。

 それを考えて、トビーは気づいた。

 紗利奈も、トビーがその発想へ至ったのに感づいた。


「うん、そうなの。同じように動いてるだけって、勇者だった私と一緒じゃない?」

「…………それは、ゴフ、」

 その通りだった。攻略本に沿って動いた勇者と、これからのトビー。その差はなんだろうかと。


「大丈夫、トビーが今まで嘘を吐いてたって思ってない。心の底から助けたくて、頑張ってきたって分かってる」

 だけど、と紗利奈は言う。

「ナレアスを倒す為にって、その為だけにベルとティアと仲良くなろうって思ってたら、私は嫌だな。あの子達はきっと、前と同じようにトビーに接するだろうけど、なんか辛いの。ごめんね、悩ませたいわけじゃなかったのに。……私も悩んでるのかな」


 へへっ、と紗利奈は笑った。少し下手な、歪んだ笑みだった。

「何が言いたかったかって言うと、えと、あの二人がちゃんと笑って過ごせたらいいなって思うんだ。記憶を見ただけで、まだ会った事無いけどね」

「…………オレも、そう思うゴフ」

「……うん、そだね」


 そして会話は終わり、紗利奈は気まずそうな顔で部屋を出て行った。帰りがけに一言、おやすみ、とだけ言って。

 トビーは考えた。

 もしかしたらオレも、自分で作った攻略本を頼りにしていたのかもしれないと。


 そんなつもりは、一切無かった。けれども、繰り返しの知識で仲良くなってきたというのには、否定できない。

 会話の流れも、その先の展開も、全てを知っている。

 本心で向き合えているのだろうか。嘘は、本当に無いのだろうか。


 ぐるぐると思考が巡り続ける。

 そうして夜は更け、四日目の朝がやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る