第3話

 無事? に城下町の入り口付近まで辿り着いたものの、問題が発生した。

 龍蛇をどうしようか、である。

 神に対する仲間として頼りになる存在だが、今の状況では魔王城への侵略なのだ。


「サリナ、龍蛇を町に入れたらどうなるゴフ?」

「確実に憲兵が飛んでくるでしょ。下手したら魔王に対する下手人として捕まるんじゃない?」

「そうゴフよなぁ……」


 どう考えても龍蛇を町の中に入れるわけにはいかない。人の身ならまだしも、一〇メールル越えの巨体だ。隠せるわけが無い。

『もしや、貴様ら我を外で待てと言うつもりか?』

 龍蛇が怒りを滲ませた声でトビーたちに聞く。龍蛇はずっと雨風凌げる洞窟の中で過ごしていたのだ。外で寝泊りするのは嫌だった。


「……魔王様なら、転移魔法とかで城の中に入れられないゴフかね」

「出来る……かも? やってみないと分からないけど」

 亜神の力を持つ魔王ならば無理は通せる、かも。そんな憶測を立て、龍蛇には少しだけ我慢して待ってもらうことにした。他の魔族に見つかると大騒ぎになるので、離れた位置でとぐろを巻いていてもらう。


『早くするのだぞ。我は日光が好かん』

「白蛇だから美白好き……や、なんでもないか」

「サリナ、早く行くゴフよ。それと魔族の町なんだからちゃんと顔隠してくれゴフ!」


 分かってる! と紗利奈は返事をしてフードを目深に被った。人型の魔族は数多いし、一目で分からなければ大丈夫だろう。

 城下町は第二の故郷と呼べるほど過ごしているトビーが案内をして、魔王城へと向かう。その道中、紗利奈は物珍しそうに辺りを見ていた。


「私、ここっていつも裏道ばっかり動いてたから大通りは知らないんだよね」

「そういやそうゴフな。気になるとこでもあるゴフ?」

「んー、今はいっかな。時間があるときにでも見に行く」


 並んで喋りながら歩く事暫く、二人は魔王城の入り口前までやって来た。

 当たり前のように城への扉は閉じられており、その隣には門兵が立っている。

「さてと、どうやって入る? 普通に行っても追い返されるけど」

「そうゴフね……サリナ、なんか思いつくゴフ?」

「私? えっと、それじゃ強行突破かな」

「オレが聞くの間違ったゴフ」


 真面目な顔で紗利奈は言っているが、折角龍蛇を置いてきたのに捕まっては意味が無い。どうにか方法は無いかとトビー思案しようとすると、紗利奈は言い返す。

「待ってって、私なら巡回兵がどういうルートを通るかまで覚えてるもん。日にちは違うけど通用するんじゃない?」

「それは……そうゴフな。けど今は呪いの装備もないし、無理に突破するって出来るゴフ? 囲まれたら流石に手出しできないゴフ」

「そこは、ほら。頑張って」

「ただの気合ゴフ!?」


 策を考えてみるものの結局は強行突破が最短ではないか、という結論に至った。

 捕まる前に魔王にさえ会えれば問題ないという、力技ではあるが。


「じゃ、私が扉を蹴り開けるから、オークと蟲の妨害はよろしくね」

「不安だけど、分かったゴフ。任せろゴフ」

 紗利奈は「せーの!」と言い、猛烈な勢いで飛び出す。身体には強化の光が宿っており、並みの魔族では太刀打ちできない膂力が生み出されている。


 扉を守るオーク族と蟲族がそれに気づくが、そこへトビーの魔法が飛来する。

風よウェン、軽く破裂しろゴフ!」

 風の球がオーク族と蟲族の顔面へ向けて放たれ、直撃する手前で風が解放される。

 二人は不意打ちに驚き、足が止まる。その隙に、紗利奈が扉へ接近。


「そりゃあっ!」

 左足で大きく踏み込み、右足でハイキックを扉に叩き込む。両開きの扉はその真ん中に一撃を受け、軋む音と共に道を開いた。

 トビーと紗利奈は一瞬だけ視線を合わせ、言葉も無く城への侵入を果たす。紗利奈が先導し、後からトビーが続く。


 身体強化の出力は紗利奈のほうが上だが、トビーは元から足が速い。下位の強化魔法でも十分に追いついて走ることが出来る。

 謁見の間までは直進するだけだが、音を聞きつけた巡回の兵が集まってくる。

 それを回避するために、紗利奈は絶妙な遠回りをした。一つだけ角を曲がったり、通り抜けられる部屋を利用したり。


「流石に手際がいいゴフな。伊達に勇者やってなかったゴフ」

「ふふんっ、そうでもないけどね。さ、あともう少し」

 外套で目は見えないが、紗利奈の口元は自慢げだ。褒められて嬉しいらしい。


 その後も適度な道を選び、どうしても鉢合わせしてしまう兵にはトビーが魔法で妨害し、その合間に飛び越えて突破する。

 そうして進み続け、ついには謁見の間に続く廊下に到達した。


「じゃ、トビー。扉開けるのよろしくね」

「え、オレゴフ?」

「当たり前じゃん。あの扉ってメチャクチャ重いし、頑丈なんだもん。風華繚乱で真ん中に体当たりして開けちゃって!」


 そうは言うものの魔王を守るために兵が六名ほど扉の前にいる。それを退かさないと直進しての加速は無理だ。

「せめてあいつ等をどうにかしてくれゴフ。隙間が出来たらやるゴフ!」

「わかった。じゃ、ナイフ借りるね」


 するりと紗利奈はトビーの腰から対魔コーティングのナイフを取る。熟練の手際だ。

 先行して兵と向かい合う紗利奈。離れた後ろでトビーはチャンスを窺う。


 紗利奈の立ち回りは流石だった。短いナイフであるものの、槍を持った兵を相手に無傷で場を繋ぐ。

「よし、今ゴフ!」

 紗利奈を追い込むようにして槍でつつく兵達は、距離を取っているからこそ扉への集中が曖昧になる。一瞬だけ中央への道が開かれた。


 トビーが風を伴って爆走する。兵の間をすり抜け、刹那で扉の前に移動。

 続けて山茶花で加速の勢いを全て打撃に変換。石造りの立派な扉は、その衝撃を受けて僅かに開いた。

「ナイス、トビー! それじゃゴメンね!」

 衝突の轟音を鳴らして開かれた扉に、呆気に取られる兵達。そちらに意識が取られている内に、紗利奈は素早く包囲を抜けて走り出した。


「ほいっ、行くよ!」

「ぐえっ、そこ、掴むゴフ!?」

 扉の前で疲れているトビーの襟を掴み、紗利奈は謁見の前へと入った。何やら話し合いがされていたようで、複数の魔族が魔王に平伏している。


「着いた! ね、行けたでしょ?」

「ゴフッゴフッ、これ、オレが無事じゃないゴフ……」

 咳き込みながらトビーは抗議するが、紗利奈は笑いながら受け流す。

 その間にすり抜けてきた兵達が追いつき、背後から取り囲む。前方からは話をしていた魔族が戦闘の構えを取った。


「待て、皆の者。我輩が相手をする」

 あと数瞬で戦いが始まる。そう思われたところで、魔王が制止の声を掛ける。

「臣下と兵達よ、慌てるな。聞き耳を立てず、外で待っていろ」

 魔王からの命令とあらば従うしかない。トビーと紗利奈を残し、他の者は黙って謁見の間から立ち去った。


 扉が閉められるのを確認すると、魔王はニヤッと笑う。

「トビー、待っていたぞ」

 それに対して、トビーもニカッと笑い答える。

「お待たせゴフ。魔王様、オレ勝ったゴフ! もう繰り返しは起きないゴフな!」


 それからトビーは事のあらましを魔王に説明した。

 勇者と幾度も、最初の森で戦い続けた事。決着を付けた事。そして神と敵対した事。

 話を聞き終えた魔王は深く頷き、トビーの隣に立つ紗利奈を見る。


「……勇者だな。まさか、こうして会うとは思わなかったぞ」

 紗利奈は被っていたフードを外し、魔王を見て答えた。

「私もね。けど、今はもう敵じゃない。お前を倒して帰るのは、もう止めたから」

「トビーのお陰、か。我輩が見込んだだけはある。良くやったな、トビー」


 魔王直々に褒められたトビーは照れながら頭を掻く。

「ゴフフッ、ありがとゴフ! それで、これからの話をしたいんゴフが、その前に龍蛇を連れてきたいゴフ」

「龍蛇? あの知恵の実を守る蛇か?」

「そうゴフ。仲間になったゴフな!」


 トビーにそう言われ、魔王はポカンと口を開いた。

「知恵の実にしか興味の無い蛇を仲間にか……お主は変わったゴブリンだな」

「ゴフ?」

「まあ良い。それなら転移させてやろう。この短剣を使え」


 そう言って、魔王は虚空から短剣を取り出す。妙な模様が柄に刻まれた物だった。

「それで龍蛇を軽く切れば、我輩が感知できる。そうしたらここに転移させよう」

「分かったゴフ、行って来るゴフな! あ、サリナ、ちょっと魔力分けてくれゴフ」

「はいはい。あんまり持ってかないでね」

 手を繋いで魔力を共有しあうトビーと紗利奈。それが終わるとささっとトビーは駆け出して行った。


 謁見の間に残った魔王と紗利奈は、妙な空気感で相対する。

「変わるものだな勇者、いや紗利奈よ。あれほど殺意しか持たぬ人間が、出会い一つでこうなるか。運命とは不思議なものよ」

「んー……そう、ね。きっと、トビーに会わなかったらずっと戦ってたかも。だから全部、トビーのお陰かな」


 紗利奈は優しく微笑んだ。一人の少女として、心のままに柔らかに。それを見て、魔王は驚く。

 幾度も会ってきたが、心をすり減らし、命すら消耗して戦ってきた勇者は、一体何処に行ったのか。目の前にいるのは、ただの女の子だ。

 魔王は嬉しかった。それは紗利奈が目を覚ましたからだけではない。


 魔族と人間は手を取り合える。それを、図らずしも達成していたからだ。

 魔王は力を持っているが、争いを好いている訳ではない。無いなら無いほうが良いとさえ考えている。

 となれば、やはり目下の大問題は一つ。

 神を、如何にして倒すか。

 亜神の力を持つからこそ、魔王は神の強大さを理解していた。

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