第2話
トビーの考えは単純だ。龍蛇は知恵の実を守りたい。ならばそれを害さない代わりに仲間になれと言えば、龍蛇は頷くしかないだろう。
そう思っていたのだが、龍蛇の返答は予想外だった。
『貴様、子鬼の分際で我を脅すつもりか。やれるものならやるがいい、その後、貴様は骨も残さず消し去ってくれようぞ』
「あ、あれ? なんか思ってたのと違うゴフ」
想定していた会話と全然違う返しをされ、トビーは困惑する。大切な物だから脅迫すれば簡単だ、と思っていたのに、やればいいと言われてはどうしようもない。
「……トビー、交渉とか下手くそでしょ」
紗利奈は頭を抑えた。自信がありそうだから任せていたが、初手から交渉決裂しそうになっていては黙っていられない。
「龍蛇、お前は木の実が好きなんでしょ? 私たちに協力してくれたら、素敵な事を教えてあげるけど、どう?」
龍蛇に向かって紗利奈は質問する。言語理解は神に奪われなかったらしく、その言葉はしっかりと龍蛇へと伝わった。
『教えるだと? 人間如きが、我に何を与えられるというのだ』
「生命の実の在り処、かな。知恵の実と違って誰にも知られてない、神のみぞ知る木の実よ。木の実が好きなら食べてみたいんじゃない?」
紗利奈は堂々と龍蛇へ告げる。それを聞いた龍蛇は、「ぬぅ」と呻いた。
生命の実は、知恵の実以上に誰にも知られていない伝説の実だ。食べれば寿命すら引き上げるとされ、売れば城を買えるほどの金を手に入れられるだろう。
そして、その所在を知る者は神以外に居ない。紗利奈は攻略本から情報を得ていたが、それが無ければ今も世界の謎のはずだった。
勇者として戦っていたときは寿命を削る呪具を扱う為に食べていたが、今は必要としてない。そもそも遠すぎて手に入れるだけで一苦労だ。
ならば、これを交渉材料に使ってしまえばいいと紗利奈は判断した。神を倒すためなのだから、使えるものは全て使う所存である。
『生命の実か……、うぬぅ、確かに気になる。食えば強くなれるが、それ以上に味がな……。聞くが、それは美味いのか? 我は美味い物しか食わぬぞ』
あ、こいつチョロい。紗利奈は龍蛇をそう思ってしまったが、ここは余裕を持って答えるべきだろう。交渉とは上に立つものが偉いのだ。
「どうだろうなー。誰も食べた事ないしなー。でも、そうこうしてる内に誰か見つけて食べちゃうかもしれないしー、早く決めたほうが良いと思うけどなー」
自分でもウザイと思ってしまう口調で紗利奈は言った。
とりあえず煽っとけばいいや、というゴブリンを馬鹿に出来ない発想なのだが、相手も蛇。食欲に傾いてしまった脳みそは簡単には切り替えられない。
『ぬ、気になるな……。しかし我には知恵の実が……、ううむ、……。ぬ、そうだ! そもそも貴様らが知っているのが嘘ではなかろうな! 我を騙す気なのか!』
「嘘なんて吐いてないけど。そう思うなら契約の魔法でも使ってあげる? 仲間になって、私たちのやることが終わったら生命の実の場所を教えるって、約束する」
『む、むむ、そこまで言うか……。しかし、だがなぁ……』
あともう一押しがあればイケる! そう思う紗利奈だが、切れる手札が無い。
何か無い!? とチラリと紗利奈はトビーに視線を向けると、「あ、それならゴフ」とトビーは思いついた。
「仲間になってくれたら、魔王様にお願いするゴフな。世界中の色んな木の実を龍蛇にあげて欲しいって言うゴフ。絶対に魔王様なら叶えてくれるゴフ! 城下町には知らない木の実がいっぱいあったし、きっと美味いのも山ほどあるゴフ!」
長い沈黙が落ちる。トビーと紗利奈がごくりと唾を飲んで龍蛇を見ていると、ゆっくりと龍蛇は口を開き、言った。
『………………いいだろう。ただし、山ほどだぞ。我の腹がいっぱいになるほど用意しなければ貴様らを殺すぞ!』
尊大な口調のわりに、口の端から涎が零れているのは気のせいだろうか。龍蛇と言えど生き物なのだ、食欲には逆らえない。
「やったゴフ! それじゃ早速、魔王城に行こうゴフ!」
ぴょんと木から飛び下り、トビーは笑顔で跳ねる。紗利奈はほっと息を吐いて、やれやれといった感じでトビーに言った。
「全く、どうなるかと思ったじゃん。ちゃんと考えてよね」
「やー、悪かったゴフ。もっと上手く行くと思ったゴフな!」
そう言いながら、トビーは龍蛇に近づいていく。そのあまりにも無防備な姿に、思わず紗利奈は声を掛ける。
「ちょ、ほんとに大丈夫? 仲間になるって言ったからって、そんな簡単に信じて」
「大丈夫ゴフ。ちゃんと話聞いてくれたし、悪いやつじゃないゴフよ」
な、龍蛇? とトビーは視線を向ける。それに対して、龍蛇は呆れたように答えた。
『貴様、我が言うのも何だが、信じすぎは危険ではないか。我がいきなり食いに掛かったら死ぬだろう』
「それは無いゴフ」
トビーは即座に首を振る。
「だって、龍蛇は木の実が好きゴフ。ゴブリンなんて食わないゴフな!」
それは繰り返しの中の知識だ。龍蛇はわざわざトビーを食べようとする事が殆ど無かった。あったのは激高した時のみ。それ以外は、押し潰して殺そうとした。
だから、食って殺される事は有り得ないのだ。トビーはそう思っている。
そう言われた龍蛇は、一瞬ポカンと口を開き、それから大声で笑った。
『ぬっはっは! そうだ、我は肉など食わん。それも子鬼の肉など食ったら腹が悪くなるわ! 面白いやつだな、子鬼よ。名は何という』
「トビーゴフ! そっちの人間はサリナっていうゴフな! 龍蛇に名前はあるゴフ?」
『我に名などない。好きに呼べばよい』
「んー、好きにか。じゃあチョロ助?」
『サリナよ。人間の雌は食えば美味いか?』
「じょ、冗談! 冗談だから口をこっちに向けないで!」
そんな会話をしてから、トビーと紗利奈、龍蛇は洞窟から出る事にした。やる事は多い、トビーは立ち止まっている暇など無いのだ。
洞窟の外に出て、最初に口を開いたのは龍蛇だった。
『ところでだが、我の居ない間は知恵の実をどう守るつもりだ。他の実を食おうと、我は知恵の実の周りになる実が一番だぞ』
「あ、それは考えてなかったゴフ。どうしようゴフ……」
龍蛇の向ける視線が鋭くなっていく気がして、トビーは焦り始める。何か魔法でどうにかならないか、と考えていると、紗利奈がぽつんと言った。
「え、そんなの簡単じゃん」
「どうするゴフ?」
「洞窟の入り口、壊せばいいんじゃない? 龍蛇なら簡単に壊せるし、入るのも無理やり行けるでしょ」
勇者は力で全てを解決してきた。その発想に至るのも、至極当然。
トビーは他の案も考えてみたが、思いつく事はなかった。龍蛇も『それが楽か』と賛成したので、力任せに体当たりして洞窟の入口を崩壊させたのだった。
「サリナってゴブリン以上に力で解決するゴフな」
「なんか私のこと馬鹿にしてない? 簡単なら、これが一番なの!」
ふんっと胸を張る紗利奈。自信に溢れているような、知力に乏しいような。そんな雰囲気をトビーは感じた。
龍蛇には少し待ってもらって、トビーと紗利奈は家に置いてある酒の実を回収した。袋一杯に入っているそれを、二つの袋に分けてそれぞれで持つ。
また洞窟の前まで戻ると、そこにはとぐろを巻いて待っている龍蛇の姿が。トビーたちの姿を見つけると、ジロリと目を向けてくる。
『その袋、またあの木の実か。我はもう食わぬぞ』
「これは龍蛇の為じゃないゴフ! 食わせないから安心しろゴフ!」
『うむ……まぁ美味かったのは美味かったが、クラクラするからな。我はやはり、甘みが強くとも普通の実が良いぞ』
「なんか私の中の蛇のイメージが壊れてく気がするんだけど。ベジタリアンな蛇ってありなのかなぁ?」
異世界だから仕方ないのかな、と紗利奈が考えていると、トビーは龍蛇となにやら話を始めていた。気を取り直して、会話に混ざる事にする。
「それで龍蛇、まずは魔王城に行くゴフ。こっから向こうの川をずーっと登ってった先にあるゴフな」
『ふむ、分かった。ならば、我の頭に乗るが良い。貴様らが走るよりも、我が駆けたほうが速いからな』
そう言い、龍蛇は頭を地面に下ろして動かなくなった。トビーと紗利奈は互いに顔を見合わせて、どうしようかと視線で会話する。
『なんだ? 頭の上ならば食われる心配もあるまい。それとも口の中に入れて運んでやろうか?』
「頭の上でいいゴフ! 乗るゴフ!」
「う、うん! 早く行こう!」
大慌てで龍蛇の頭の上に乗るトビーと紗利奈。乗ったのを確認すると、龍蛇はゆっくりと動く。
体長十数メールルはある巨大な蛇だ。軽く頭を上げただけで近くの樹木と同じ高さにまでなる。その状態で、地を這って龍蛇は進み始めた。
「わ、なんか異世界っぽい事してるなぁ私。ドラゴンじゃなくて蛇なんだけど」
「ドラゴンは危険だから止めた方がいいゴフ。飛んだだけで嵐が巻き起こるゴフよ。それに比べたら、龍蛇は静かゴフな。あんまり揺れないゴフ」
『我も振り落とさぬよう気をつけているのだ。もっと速くてよいなら鱗を掴め』
言われてみれば、確かに龍蛇は頭を揺らさないように気をつけて駆けているようにも見えた。身体強化の使える二人ならば余裕で追い越せる速度だ。
「じゃ、掴むゴフ。もっともっと速くて大丈夫ゴフ!」
「まあね。これくらいなら私たちでも走れば十分だし」
二人はつるつるとした龍蛇の鱗を慎重につかんだ。手が切れそうで怖いが、思ったよりもしなやかで、冷たい触り心地の鱗は気持ちが良い。
『……言ったな。ならば、落ちぬように気をつけることだ』
そう言い、龍蛇はぐわりと頭を持ち上げ、全速力で駆け出した。長い身体をうねうねとS字に曲げ、今までがただの歩みだったかの如く風を切って駆け抜ける。
上下に振れる事は少ないが、代わりに左右への揺れが非常に強い。身体強化が付与された身体だとしても、耐えるのが精一杯な暴れ方である。
「ちょ、私たち荷物あるから片手しか掴めないんだけどおおおおおお!?」
「これマズイゴフ! 吹っ飛ぶゴフううううううううううう!?」
『我の事を遅いとぬかしたからだ! 我慢するがいい!』
ぬっはっは! と笑いながら草原を疾走する龍蛇。安全装置の無いジェットコースターに乗せられた二人は、死に物狂いで鱗を掴み続ける。
休憩を挟みつつ、睡眠を取りつつ、龍蛇に揺さぶられること二日。
トビーと紗利奈は開始から三日目にして、魔王城の城下町に到着する事ができた。
ただしそこまでの道中、特に龍蛇の背中が酷すぎた為に、町が見えてから暫くは動けなくなっていたが。
「……これ、もう二度とやらないゴフ」
「……生きてる。私、今までで一番生きてるって実感してる」
地面に大の字になりながら、トビーと紗利奈は目を回しながらそう呟いた。
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