第2話
紗利奈は困った。恋愛ってなんだろうと。
未来に会うであろうベルチェとティーアの事を考えれば、この脳みそゴブリンに何か言わねばと思ったのだが、口走ったはいいものの良い案が浮かばない。
そもそも恋の経験など無いのだ。友達に彼氏が出来た、みたいな誰かの話は聞いたことはあるが、「そっか、よかったね」と当たり障りの無い会話しかしてこなかったので詳しい知識など皆無なのである。
そんな紗利奈から生まれた一言目は、
「恋愛とは…………パワーよ」
「ぱわー、ゴフ?」
「そう、パワー。好きって気持ちがあれば何でも出来る。最強なの」
「さ、最強ゴフ。強そうゴフな!」
紗利奈は自分で言っていて意味が分からない。頭がクラクラして脳が働いていない気がするので、恐らくそのせいだと決め付けた。
強いのは間違っていないだろうが、恋愛とはパワーなのだろうか。とりあえず脳から出てくる言葉をそのまま出してみる事にした。
「トビーは確か、子兎の肉が好きだったよね?」
「そうゴフ。柔らかくて美味いゴフ!」
「その好きと、ベルチェやティーアに対する好きは同じだと思う?」
「……んー、何か違うような気がする、ゴフ? 食うわけじゃないし、ベルとティアは仲間ゴフし、でも何が違うんだろうゴフ」
「それはね、愛なの」
「アイ、ゴフか?」
何か壮大になってきた気がする。紗利奈は話の着地点が見えぬままに続けた。
「お互いに大切だと思い合う。それが恋愛への第一歩なの」
「大切、ゴフか。それなら、オレはベルもティアも大切ゴフな。絶対に守るゴフ!」
「そうそう。そーゆー気持ちがね、まずは――、」
「勿論サリナも大切ゴフ! これから一緒に神を倒す仲間ゴフからな!」
「ふぇ!?」
紗利奈の思考が急停止する。不意打ちで放たれた言葉が直撃したのだ。
猛烈に顔が熱くなってくる感覚がするが、それを隠すように紗利奈は慌ててトビーに言い返した。
「え、ちょ、ついちょっと前まで敵同士だったじゃん! 何でそうなるの!?」
「もう戦うのは終わったし、ナレアスを倒すって約束したし、仲間ゴフよ。一緒に行くって言ったゴフな!」
「い、うー、言ったけど、それでもいきなり大切になる!?」
「オレはそう思ったゴフな。サリナの素直なとこ、オレは好きゴフ。最後の戦いって言って、本当に繰り返すのを止めてくれたの嬉しかったゴフ」
トビーは直感的に、紗利奈は自分に似ているような気がしていた。繰り返しの中でも諦めなかったし、感情に忠実だし、決めた事はしっかりと行う。
目的が魔王を倒すことだから敵対しただけで、それがなければ普通に仲良くなれる気がするのだ。記憶を共有して、どういう人柄なのか深く理解しているから、よりそう思ってしまう。
そんな事を言われ、紗利奈の頭は混乱の嵐。どうにかこの錯乱を止める方法は無いかと探し、刹那の閃きを得た。
そうだ、恋愛には重要なものがあるではないかと。
「トビー! 恋愛で一番必要なものがあるの! 分かる?」
「え、レンアイが分かんないからサリナに聞いてるんゴフが」
「そう! ゴブリンには分かんないよね! この私が教えてあげましょう!」
乗り切った! 紗利奈は心の中でガッツポーズをした。
そして言うのだ。最も大切な、恋愛の切欠とは何かという事を。
「恋愛は、ドキッとするのが大切! 好きって気持ちが揺れるのが恋愛なの!」
「……なんか急に難しいゴフな。ドキッと……殺されるみたいなゴフ?」
「何か違う! えーと、んとね、こう心臓がドクッとなるような――、」
紗利奈が中空を見上げ、どう言えば良いか言葉を探す。
その、紗利奈の意識が逸れた瞬間、トビーが叫んだ。
「危ないゴフ!
魔法を高速で発動し、トビーが駆け出す。強化魔法によって付加された膂力を使って紗利奈を抱き寄せ、風の球を破裂させて背後に飛び退る。
瞬きする暇も無いような時間。けれど、それは重要な一瞬だった。
のそり、と大きな影が草むらから現れる。つい先程まで紗利奈が立っていた位置の、すぐ隣。人やゴブリンの身体など軽く覆える巨大な姿が、出現した。
「く、熊!? え、この森って熊なんて出るの!?」
「珍しくは無いゴフ。一日目に会うのは初めてゴフが!」
出て来たのは、茶色の分厚い毛皮を纏い、ギラリと鈍く輝く鋭い爪を持った巨体。動物の熊である。
魔物ではないから安全、なんて言える筈もなく。冬眠から覚めたばかりの熊は、弱い魔物など比べ物にならない危険生物だ。腹を空かせた猛獣は、人間や魔族を軽く殺して食物とする。
「サリナ、下がってろゴフ。オレがどうにかするゴフな」
「で、でも熊って、いきなりどうにか出来るもんなの?」
「大丈夫ゴフ」
トビーは紗利奈を見て、朗らかに笑う。
「サリナは守る、ちゃんと約束するゴフよ」
その時、紗利奈の心臓が少し跳ねた。驚きと、それから嬉しさで。
酔いが覚める様に、すぅっと頭が澄んでいく気がする。それは、一体何故なのか。紗利奈は自分の心の動きが信じられなかった。
「行くゴフ! 風よ、破裂しろゴフ! そんでもって、ちょびっと風華繚乱ゴフ!」
紗利奈が困惑している間にも、トビーは風の球を使って加速。その勢いを全て利用しての山茶花を、熊の眼球へと叩き込んだ。
手にはボロボロのナイフを持ち、脳を直接に抉るような角度で放たれたその一撃は、あっという間に熊の命を刈り取った。
「おお、意外といけるゴフな! オレ、やっぱり結構強くなったゴフ!」
今日の飯はいっぱいゴフ! とトビーは大喜び。
それを見て、紗利奈は何か悔しい感じがしてきた。こんなゴブリンに不意打ちを受けるなど、人間としての矜持が許さない気がするのだ。
「馬鹿トビー!」
そう言って、紗利奈はずんずんと集落への帰り道を歩いていく。いきなりの罵倒に驚いたトビーは取り残される。
「え、なんでオレ馬鹿にされたゴフ!? 待つゴフ! あと熊持ってくの頼むゴフ! オレじゃ力足りないゴフ!」
情けない叫び声を聞いて、ちょっとだけスカッとした紗利奈。仕方ないなぁ、と言って戻り、覇道の宣誓を使用してひょいと熊を持ち上げた。
「私の方が力強いんだからね!」
「ぬぬ、オレだって
ぴょんぴょん跳ねるトビーを尻目に、紗利奈は歩き出す。
きっと、さっきの気持ちは気のせいだ。人間様がゴブリンに心を揺らされるなど、有り得ないのだと納得させながら進んでいく。
「あ、そうゴフ! レンアイって、結局なんだったゴフ?」
忘れてたゴフ、とトビーは紗利奈に聞く。するとその返事は、あっさりしていた。
「トビーにはまだ早いから、もっと成長してからね」
「サリナから言ってきたのにそれは酷いゴフ!?」
ムキーッとトビーが怒っている気がするが、紗利奈は無視した。今その話を続けると、墓穴を掘るような気がして仕方が無いのだ。
「……不意打ちがズルかっただけだし。私、絶対にチョロくないもん」
そんな呟きを漏らしながら、紗利奈は歩く。
恋愛なんて、まだまだ早いのだ。きっとそれはゴブリンにも、そして人間にも。
青い春は、まだ始まったばかりなのだから。
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