【閑話】やっぱり魔王は寝るしかないのだろうか

第1話

 魔王の意識は白に包まれた。直前に覚えているのは、勇者を消し飛ばしたあの瞬間。

 ただのゴブリン、トビーが命を懸けて勇者の一閃を逸らした。その隙に、全力の一撃を勇者に叩き込んだのだ。きっと、それなければ魔王は死んでいた。

 我輩はまた助けられたな。魔王はそう思いながら、目を覚ます。


 繰り返しが起き、最初の日付けに全てが戻る。そうすると、魔王は必ずとある場所に居る。

 寝室のベッドの中である。繰り返しは早朝起きるので、時間としては魔王が睡眠中に発生する。だから、絶対に魔王はベッドの中で目を覚ますのだ。


「……トビー、お主はやる気なのか?」

 魔王は呟く。その脳裏には、ゴブリンの姿があった。

 あの消える寸前、魔王ですら視認が難しい速度で飛び出してきたトビーは、尋常ならざる力を持っていた。明らかに本人の力ではない。何かしらの異常な物品を使っての増強だろう。


 だが、そんな間際でも魔王はトビーの目を見ることが出来ていた。亜神の力とは、それほどまでに強力なのだ。刹那でも時間があれば把握できる。

 ゴブリンの目は、希望に輝いていた。

 諦めを知らぬ爛々とした光を携え、ゴブリンは魔力の奔流に飲まれていったのだ。


「どうなるかは、我輩では手出しできぬな。トビー、頑張れよ。我輩もこの場所から、お主の勝利を祈っているぞ」

 朝日の差し込む窓を見て、その遠くにいるであろうトビーに向かって祈りを捧げる。神にではない。己の心へ正直に、トビーの未来を応援するのだ。

 暫くの間、魔王は目を瞑って心の中で唱えた。頑張れと、心よ折れるなと。


 それから目を開き、魔王は思考を巡らせる。

 さて、今日は最初の日だ。まずは起こしに来る傍付きに挨拶をして、着替えて準備をしなくてはならない。昨夜は再誕日の一月前で、遅くまで大臣共と話をしていた。眠気はあるが、魔王として振舞わなければならない。

「我輩は理の中の存在。やる事はやらねばな」


 そう言って魔王はベッドから起き上がろうとして、気づく。

 意識が白に飲まれようとしている。世界が戻されようとしていると。

「……やはり、最初の場所で決着を付けるか。トビー、信じているぞ」

 全てが白に飲み込まれる。

 そうして、魔王は目が覚めるのだ。

 いつも通り、ベッドの中で。



 あれから、幾十の繰り返しが起きた。魔王は、ベッドの中にいた。

「…………頑張っているな、トビー。心が壊れぬと良いが」

 魔王は起き上がることを止めていた。なんど身を起こそうとも、すぐに繰り返しが起きてしまいベッドの中に戻されるのだ。ならば、最初から動かないほうが良い。


「それにしても、我輩は暇だな。こうも短い間では何も出来ぬし」

 理から外れておらず、そもそも最初の日なので魔王には出来る事が無い。トビーと勇者の戦いを想像するしかないのだが、それも既に何十と行っている。

 繰り返しが起きているのだから、トビーが勝っているはず。それだけは分かるのだが、分かったところで何も出来ないのが悔しいところだ。


「……二度寝するしかないか。眠くはあるしな」

 差し込む朝日を無視して、魔王は目を瞑った。少しすれば傍付きが起こしに来るだろうが、それよりも早く繰り返しが起きてしまう。

 今は、少し休んでも罰は当たらないか。

 そんな事を考え、眠気に身を任せようとして――、また白に世界が包まれる。

「寝る暇も無いぞ……」

 そんな呟きを無視して、世界は繰り返された。


 

 繰り返しが一〇〇を越えた。

 魔王は、ベッドの中にいた。

「………………………………………………」

 もう言葉を発する事もなく、魔王は瞼を閉じ続ける。二度寝、というより不貞寝に近い。余計な事を考えず、ひたすらに眠ろうとしていた。


 魔王は亜神である。時間に介入は出来ないが、それを知覚する事は可能。

 それはつまり繰り返しを自覚しているという事になるが、理から外れきっていない魔王には何かを変える事は不可能だ。


 要するに、である。

 魔王は繰り返しが起きる度に強制的に起こされ、二度寝した瞬間にまた繰り返しで叩き起こされるのだ。

 回避の手段は無い。繰り返しが終わるまで、永遠にそれを続けないといけない。


 我輩、地味に苦しいぞ。

 そんな事を考えながら眠気に身を任せていると、また白が襲ってくる。

 世界は、繰り返される。



 何度の繰り返しが起きただろうか。数えるのはとうの昔に止めた。

 ベッドの中の魔王は、プルプル震えていた。仰向けで真っ直ぐになりながらも、両手を握り締めている。

「これ、我輩でなかったら気が狂うな。許せんぞ神よ」


 魔王は神への微妙な恨み言を呟いた。勇者が神になるのを止めにくるのは、まあ理解できた。新しい神が生まれれば、既存の神にとっては邪魔だろう。

 だが、それでもこれは酷い。魔王は思う。これを永劫に続けていれば、その内に我輩は精神をやられてしまうのではないかと。


 亜神の力によって通常の魔族とは比較にならないほど精神力の高い魔王だが、何度も寝て叩き起こされてをやられては、怒りで身が持たなくなりそうだった。

 今も戦っているであろうトビーのことを考えればマシなのだろうが、それでも辛いものは辛い。魔王とは言え、心を持つ魔族には変わりないのだ。


 三大欲求の一つを無茶苦茶にされた魔王は、身体は万全でも心が疲弊している。

 力任せに全力を出したいが、もしもそれで最後の繰り返しだったら洒落にならない。理の中なので大した事は出来ないが、それでも魔族の王として最後の理性は保っているのだ。


「そろそろ限界だ。トビー頼むぞ……」

 最強の魔王が一介のゴブリンに助けを求めるという珍事が起きているのを、森の中で戦いっているトビーは知ることが無い。


 そうして、繰り返し続け、一体どれだけの時間が過ぎたのだろう。

 時間そのものは変わっていないが、魔王の心に変化が生まれた。

 ああ、もう駄目だ。せめて一言叫んでやろう、と。


 すぅーっと魔王は大きく息を吸う。

 そして魔族最強の存在は、人生でも最大の声を発するのだった。


「我輩もう寝るの飽きたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?」


 想像を絶する声量による叫び。文字通りの絶叫は、魔王城を物理的に揺らした。

 働いている魔族たちは一斉に何事かと起き出し、魔王様の乱心か!? と慌しく支度を始める。

 そんな世界も、繰り返しの中に消えていく。

 この思い出は、魔王の中にだけ残るのであった。

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