第6話

 勇者がどういう道筋で強化していくのか、トビーには何となく理解できていた。それは記憶を体験したからで、強化の方法など嫌になるほど見たからだ。

 対魔コーティングのナイフを取らなかったが、代わりにあの光る剣で代用するだろう。肉体的に無茶をすることになるが、おそらく勇者は諦めないはず。


 となれば、一日目に『戦士の崩鎧』という呪いの装備を手に入れ、三日目には生命の実を食べ、更に呪いのアイテムを幾つか手に入れて現れるはずだ。

 勝率で言えば、四割を切るだろう。トビーは魔王城に行くのに四日掛かり、八日目には帰って来れない。魔剣に頼る事は出来ない。

 

 そこまでトビーは考え、まずは知恵の実を手に入れる事にした。魔法を円滑に発動するためにも、その力は手に入れて損がない。

 それで一日が終わる。問題は、二日目以降だった。

「どうしようゴフ……もう強くなる手段が無いゴフな」


 知恵の実を家族に隠すようにして食べたトビーは悩んでいた。城下町で無いからトビーは自分を強化する手段を集落で見つけなければならない。だが、ゴブリンの集落なのだ。大層なものは存在しない。

 毒を使う線を考えたが、それは無理だと止めた。呪いの装備は、ゴブリンの毒など意味が無いほどに無慈悲な痛みを装備者に与える。意味を成さないのだ。


 家の中で胡坐を掻き、トビーは腕組みして悩む。強くなる手段、自分に足りないのは何なのかを探し求める。

 と、そこに声が掛かった。背後から、ドスの効いた声がする。

「トビー、どうしたゴブ。狩りに行かないゴブか?」


 それは、父のオビーだった。そういえば久しぶりに会う気がするゴフ、とトビーは何となく話をしてみる。

「強くなる方法を考えてるゴフ。今度戦うゴフが、どうすればいいと思うゴフ?」

「なんだ、そんな話ゴブか。そんなの簡単ゴブ」


 トビーの質問に、オビーは軽く答えた。両手を腰にあて、胸を張って言う。

「戦えばいいゴブ。何度も何度も戦って、身体に戦いを馴染ませればいいゴブ。トビー、お前はどんな奴と戦うゴブ?」

「えと、人間ゴフ。決着を付けるって、約束したゴフ」

 トビーは一瞬迷ったが、そのまま言う事にした。人間と魔族は停戦協定を結んではいるが、敵同士。無闇に戦うことは許されていないのだ。


 けれど、それを聞いたオビーは面白そうな顔をする。

「人間ゴブか。殺し合いってよりは、喧嘩って風に聞こえるゴブな」

「……うーん、そう、ゴフ? けど、似たようなもんかもしれないゴフ」


 喧嘩ほど優しいものではないのだが、トビーは頷いておいた。そうすると、オビーはこんな事を言ってくる。

「なら、俺が稽古をつけてやるゴブ。そろそろトビーにも、戦い方ってやつを詳しく教えてやろうと思ってたゴブ」

 オビーは腰に差していた大型のナイフを抜き、構えて言う。

「獣の狩り方は教えたゴブが、人型の相手はまだゴブな。これでも集落じゃ強いゴブリンだゴブ。やる気はあるゴブか?」


 トビーはゾクリと、鳥肌が立つのを感じた。殺気が半端ではない。ゴブリンが出していいような、生易しい気配ではない。殺す目を、オビーはしていた。

 まるで、オルドンのようだ。やる気を出した、戦意に満ち溢れた感じ。それを、トビーは父親から感じている。


 名うての狩人とは聞いていたし、周りのゴブリンから強いとは話されていた。だが、ここまでとは思っていない。別の種類の魔族かと思うほどだ。


 トビーは知らなかったが、それもそうで、オビーは進化しかけなのだ。現在、絶賛身体を作り変えている途中で、ゴブリンソルジャーへと成り上がろうとしている。

 全体的な能力の高いホブゴブリンと違い、ソルジャーは戦闘力特化。魔力や知力は据え置きなものの、膂力が全体的に上昇。より好戦的なゴブリンになるのだ。


 だから、トビーがゴブリンのようではないと感じたのは正解だった。上位の存在を相手にする、その感覚は紛れもない事実。

 トビーはゴブリンの中では最強だろう。だが、ソルジャーを相手にするならば、どうなのか。自分でも分からない力量差に、ゴクリとトビーは唾を飲む。


「親父、戦いを教えてくれゴフ。オレ、強くなりたいゴフ」

 オビーに向けて、そう言った。じっと見据える眼は真剣で、オビーもそれを分かってか、着いて来いゴブ、と一言だけ言って家の外へ出る。


 向かったのは、集落の外れにある空き地だった。草木一つ無い土だけの場所で、両者は少し離れて向かい合う。

「それじゃトビー、どれだけ戦えるか見せろゴブ。全力で来いゴブ」

 半身になってナイフを構え、オビーはそう言ってくる。トビーは分かったゴフ、と言ってボロボロのナイフを抜いた。


 身体強化べラーク風よウェン目星アイズの魔法を発動する。知恵の実によって強化されたトビーは、通常以上の展開力でそれを纏うが、それを見たオビーは目を丸くする。

「トビー、お前魔法が使えるゴブか!?」

「あ、やっちまったゴフ」


 今まで全力と言えば魔法が前提だった。なので普段通りに準備をしたのだが、ゴブリンは魔法が使えない。その大前提を忘れてしまった。

 知恵の実のお陰で知力に補正が掛かったトビーは、その力を最大限発揮して言い訳を考えた。

「こう、何となく使えるようになったゴフな! いつの間にかゴフ!」


 相変わらず嘘が下手くそなトビーだったが、オビーは気にしない。それどころか、余計に楽しそうな表情になった。

「面白いゴブ。その力、見せてもらおうじゃないゴブか」

 もしかして、親父もオルドンやスクラドと同じタイプだったのかもしれない。トビーはそんな風に思ったが、頭を切り替える。


 戦闘の速度へと思考を回し、身体に呼応させる。トビーの戦いは速度重視、そして相手の動きを見極めての受け流しが重要だ。一つのミスが致命となる。

 集中力を最大限まで高める。そして、動き出した。


「行くゴフ!」

 トビーが駆ける。手始めに風の球を一個破裂させ、追い風に乗って加速。一気にオビーの目の前まで移動した。

 それから、ナイフを一閃する。魔剣のような力は無いが、鱗や鎧のないゴブリンの肌なら余裕で切り裂ける。ともすれば致命となる一撃が、オビーに襲い掛かった。


「む、速いゴブな」

 だが、とオビーは続け、

「素直すぎるゴブ。避けろと言ってるようなもんゴブな」

 ふっと一歩だけオビーは下がる。それだけで、トビーのナイフはかわされた。


「!? 速い、訳じゃないゴフ。軽く動いただけなのに、避けられたゴフ?」

 余裕で目で追える動きだった。それなのに、一瞬で駆け抜けたトビーの一撃は空を切った。今ではなく、先を見ているかのような動きだった。


「まだ、もっかいゴフ!」

 トビーは風の球を何度も破裂させ、高速で移動する。御形も併用し、有り得ざる加速、異様な曲がり方でオビーの周囲を回る。

「そこ、ゴフ!」

 そして、ナイフを突き出した。今度は死角からの脇腹へ。並みの魔族では、それこそオルドンでないと対処できないような攻撃。


「なるほど、ゴブ。トビーの戦い方は分かったゴブな」

 けれども、その突きはオビーの体を掠めることすら出来なかった。

 完全に、余裕を持って回避された。そうトビーが思った瞬間、視界が真暗になる。

「こっちからも行くゴブ。目を回すなゴブ?」


 ゴンッ! とトビーの頭から音が出る。それは、オビーが足で掬い上げるように蹴り飛ばしたからだった。予想外の攻撃に、トビーは受け身を取りきれない。

 突き出した勢いが曲げられ、枯葉のようにトビーの身体が宙を舞う。背中から強かに地面に着地し、ぐわんぐわんと頭が揺れる。


「ガ、ぐ、ゴフッ! な、何が起きたゴフ!?」

 頭を抑えつつトビーは立ち上がり、戦闘状態を解いていないオビーを見た。何処も、妙な部分は何もない。普通に立っているだけだ。それなのに、高速移動からの突きをあっさりと回避され、その上でカウンターまで食らった。


「トビー、お前は素直すぎるゴブ。速さは凄いゴブ、俺の目でも見るのは難しいゴブな。だが、狙いが甘すぎて見えなくてもかわせるゴブ」

 そう言い、今度はオビーが攻めに回る。ゴブリンにしては重量のある足音を鳴らしつつ、トビーへと接近。

 そして、持っている大型のナイフを縦に振り下ろした。


「ぬっ、オルド流【戦舞】御形ゴ、ゴブフッ!?」

 トビーはナイフで受け流しの体勢を取る。しかし、ナイフは囮。力の入っていない振り下ろしはカツンと当たるだけで、本命は蹴りだった。

 オビーの強烈な一撃がトビーの身体をくの字に曲げる。御形はナイフを中心に行っていた為に、蹴りへの対処は不可能。簡単に吹き飛ばされた。


「一点を良く見る力はあるゴブな。けど、全体が見えていないゴブ。戦いは非情ゴブ。常に本命と囮を見極め、何が危険かを察知する必要があるゴブ」

 オビーがナイフを下ろす。戦いの空気を解き、普段と変わらない状態へ戻った。

 トビーが痛みにもがいていると、オビーはしゃがみ込んで話しかけてくる。


「どうやら何処かで戦ってたみたいゴブが、上品な戦いだったらしいゴブな。喧嘩って奴をトビーは知らなすぎるゴブ」

「グ、喧嘩、ゴフか?」

「そうゴブ。勝つためなら何でもやる、それこそが本当の戦いゴブ。ゴブリンらしく、使えるもんは何でも使う、ゴブリンの流儀ゴブ」


 ゴブリンらしい戦い。それは、トビーに無いものだった。

 今までの戦闘は、全てが格上。しかも魔物か弟子の成長を楽しみにしている師匠という、嫌らしい手を使う相手がいなかったのだ。

 同程度の相手と、何が何でも勝つという状況、それらは初経験の事。


「やる気は感じるゴブ。実力もあるゴブ。でも、経験が足りないゴブな。トビー、どうするゴブ? 俺の訓練、受けてみるゴブか?」

 オビーが見つめる。それは、見極める目。本当に気概があるのか、習得できる才能があるのか、それらを精査する瞳だ。


「グぎ、が、ゴフッ!」

 トビーが呻く。だが、それは蹲る為のものではない。力を込め、腕で膝を押さえ、無理やりに身体を起こす。視線を、オビーへと向ける。

 嫌な汗が流れる。腹の内側から込み上げる何かを感じる。それを、トビーは唾ごと飲み込んで言った。

「やるゴフ。オレは、絶対に勝たなきゃいけないゴフ」


 勇者との戦いは、トビーだけの問題ではない。ベルチェやティーア、魔王を含めた魔族、そして世界の問題だ。

 けれども、それは今のトビーにとって瑣末な事だった。

 勝ちたい。全力で、力を振り絞って勝利をもぎ取りたい。あの勇者は、もう止めなければならない。これ以上、辛い思いをさせてはいけない。


 そんな思いが、トビーの中では激しく燃えていた。木が燃えるような生温いものではない。油で焼き尽くす如く、青き炎が立ち上っている。

「親父、頼むゴフ。あと六日、オレに戦いを教えてくれゴフ」

 オビーを見上げ、じっとその目を見据えてトビーは言った。試練のダンジョン、オルドンの修行、それらと同じ、いやそれ以上に父の力は偉大だったからだ。


 ゴブリンの、ゴブリンらしい戦い方。それを手にすれば、勇者を止められるかもしれない。繰り返しの連鎖から、解放できるかもしれない。

 トビーの言葉を聞いたオビーは、ふっと笑う。楽しそうに、面白そうに、父親ではなく武人としての顔だった。


「良い眼だゴブ。よし、いっちょやってやるゴブか。厳しいゴブよ?」

「勿論だゴフ。絶対に諦めないゴフ!」

 視線を交わす。親と子ではない、師と弟子の契約が成立した。

 するとオビーは、それじゃ、と言い、

「まずは今日の飯を狩ってからゴブな。飯が無きゃどうしようもないゴブ」

「……それもそうゴフな。ちゃっちゃと終わらせるゴフ!」


 森に住むゴブリンは採取生活。市場で買って終了とはならないのである。

 ゴブリンらしい戦いの前に、ゴブリンならではの生活。それはトビーにとって、本当に久しぶりの事だった。

 懐かしい気分になるが、郷愁に駆られる場合ではないのだ。ぺちぺちと頬を叩いて、トビーはやる気を出す。

「やってやるゴフ! 待ってろゴフ、勇者!」

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