第3話
翌日の魔王との謁見は、朝早くからだった。本来の起きる時間を繰り上げて、トビーと会うためだけの隙間を魔王は作ったのだ。
スクラドからすれば有り得ない事態なのだが、トビー的には「魔王って良いやつゴフな!」と、その程度なので気にせず謁見の間に入る。
昨日と同様に二人っきりになり、魔王は話し始める。
「どうだ、我輩の魔王城は。寝心地は良かったか?」
「最高ゴフな。あんなベッド初めてだったゴフ」
「そうか、そうか……。いいな、会話が新鮮だ。我輩が求めていた会話というのはこういうものなのだ! 嬉しいぞトビー!」
たった数言の会話に、しみじみと感動する魔王。繰り返しに気づいていても何も出来なかった魔王は、ある意味で一番の被害者なのかもしれない。
大変ゴフなぁ、とトビーは思いつつ、今日の話題へと話を進めた。
「それでオレ、力が欲しいゴフ。どうやったら強くなれるゴフ?」
「そうだな、簡単なものなら今すぐやれるぞ。ほれ、こっちに来い」
魔王が手招きするので、トビーは椅子の目の前まで移動する。すると魔王の手が何色にも輝き、異常な魔力が発生した。
「な、なんゴフ!?」
「……よし、これで良い。四肢に我輩の魔法を刻んだ。簡易的な物ではあるが、一度ずつならば発動が可能だろう。
言われてみて、トビーは自分の身体を見てみる。両腕、両足にそれぞれ違った色の文様が刻まれていた。右腕には赤、左腕には青、右足に黄、左足に緑だ。
「焼き尽くす最初の火、
それは魔王の扱える属性魔法の中でも最強と謳われる数々。幹部ですら刻まれる者はごく少数という刻印を、一介のゴブリンが全てを得たとなれば波乱は避けられない。
けれど、魔王はそれを無視してトビーに与えた。限りなく最強に近い魔法は、必ず未来を変える一助となるからだ。
「ありがとうゴフ。これだけでも強くなったゴフな!」
もはやゴブリンの枠を越え、一撃だけなら幹部クラスの実力を得たトビー。しかしそれだけでは勇者に届かないと実力を知る魔王は、まだ助力を続ける。
「それと、持ってきた知恵の実。あれはお主が食べると良い、我輩には意味が無いからな。おそらく、知力をまだ引き上げてくれるだろう」
「そうゴフ? もう一回食べたゴフけどな」
「それは脳の使い方を学んだだけだ。知恵の実を食した後に繰り返しが起きたのだろう? ならば身体に直接現れる効果は発揮されていないはずだ」
知恵の実の本当の力、そう言われると気になるトビー。またあの美味しい実を食べられるとあれば否定する意味は無かった。全力で頷いて、後で食べようと思った。
「あ、そうだゴフ!」
と、そこで思い出す。繰り返し、となればやらなくてはならない事がある。
「魔王様、安全な武器と金が欲しいゴフ」
「武器と金? ああ、そうか。ベルチェとティーアとやらを救わねばならんのか」
「そうゴフ! 一四日目に事件が起きちゃうから、やらないとゴフ!」
それはトビーにとって絶対の事だった。何度繰り返そうが、確実に助ける。そうしなければ、全てが解決した後に友達になれなくなるのだ。
トビーにそう言われると、魔王はすぐに首肯する。
「分かった。ならば、ティーアの方へと金貨を送り、代わりにお主が使ったという武器を買おう。お主が働きかけて変わった事実ならば、理も越えられるはずだ」
魔王の言葉にトビーは嬉しそうに頷く。
金の重みを知らないのでトビーは簡単に思っているが、金貨一〇〇〇枚は莫大な金だ。それをポンと言う魔王は、流石は魔族の王といえるだろう。
「そうか、後は武器だな。暫し待て、今取り出そう」
はっと思い出すように魔王が言う。少し考えてから右手を宙に上げる。すると右手の先がするりと空間に飲まれ、引き出されたときには一振りのナイフを持っていた。
「魔剣『ストルーク』、万物を破壊する力を持っている。重くないナイフだから、お主でも扱えよう。これを持っているとよい」
魔王から手渡され、トビーは魔剣を見る。禍々しい造形の捩れたナイフで、異様な魔力を放っている。一目で通常の武器ではないと分かる雰囲気で、トビーは恐る恐る適当な方向へ振ってみた。
ギュインッ、と異常な音が振ったと同時に響く。空気を裂くどころか、消し去るようなそのナイフに、トビーは恐怖しか感じない。
「あ、危なくないゴフ!? なんか聖剣より強い気がするゴフ!」
「聖剣? ああ、一心か。あれは使い手によるからなぁ。かつての勇者はアレを使って魔王城を消し飛ばしかけたものよ、我輩が素手で止めたがな。はっはっは!」
懐かしそうにそう語る魔王だが、トビーには化け物の戦いにしか聞こえない。剣で城を壊すなんて、勇者は今も昔も危険な存在らしい。
「さて、我輩から与えられそうなものはこれくらいかな。お主はこれからどうする?」
「そうゴフな……他にも何か無いか探してみるゴフ」
「分かった。ならばスクラドを案内に就けさせよう。軍師ではあるが、今はまだ平穏だからな、暇を持て余している」
そうしてトビーは、数日間スクラドと共に城内で強くなれる方法を探した。
トビーが刻印を受け、魔剣まで授かっていると知ったスクラドは尊敬の目をするようになり、トビーとしてはちょっと居心地が悪かったが。
ちなみに他の働いている魔族からは、それ以上に畏怖の対象として見られてしまい、近寄られすらなくなったのをトビーは知らない。
繰り返しから九日目。方々を探し回った結果、何も見つからなかった。
「……どうしようゴフ」
談話室で椅子にもたれながら、トビーはそう呟く。机を挟んで向かいに座っているスクラドは、お茶を飲みながら言った。
「どうしたトビー殿。ここ数日探し物をしていたようだが、魔王城には目ぼしい物は無かったか?」
「無いゴフな……。なぁスクラド、力って何ゴフか……?」
力なくそう言うトビー。スクラドは真面目な顔をして答えた。
「力とは、即ち心意気だ。身体だけではなく、心の健やかさ。それが回りまわって、自らの糧となる。私はそう思っているな」
「……オレはもっと分かりやすい強さが欲しいゴフ」
「分かりやすい強さか。ならば修練だな! 健やかなる心は健全な身体に宿ると聞く。その為にはトレーニングからだ!」
ふんっと腕を曲げて力こぶの構えになるスクラド。やはり強さとは筋肉なのか、トビーは諦めの表情になる。
「はぁ、筋肉も早く手に入らないゴフかな」
「…………方法が無いわけではない。だが、お勧めは出来ないな」
スクラドがそんな事を言う。すると、トビーは勢い良く起き上がった。
「あるゴフか!? 教えて欲しいゴフ!」
トビーに食い入るように見られるスクラドだったが、その顔は芳しくない。
「うむむ、まぁ会ってみれば分かるか。では、城下町へ行こうトビー殿。目的の方は少々珍しいところに住んでいるからな」
スクラドに案内されて向かったのは、城下町の南東にある家だった。オルドンの屋敷とは真逆に安い家々が並ぶ区画で、綺麗とは呼べない場所である。
そんな立地にある家なので、ゴブリンの掘っ立て小屋よりはまだマシ、といった様子である。スクラドの銀色の鎧が浮いて見える。
「ルツナイ殿、居られるか! 魔王様の客人がルツナイ殿にお会いしたいとの事だ。居られるのならば返事をしてほしい」
家の扉をノックしながらスクラドが声を掛ける。暫くして、木の擦れる音と共に扉が開き、小さな影が現れた。
「……子供、ゴフ?」
出て来たのは、小さな魔族だった。背は低く、トビーが見下ろせるような高さだ。緑色の長い髪を結ばずに下ろし、その先端には花が咲いている。顔も幼く、年齢は一〇に届くかどうかだろう。
そして、トビーにはその種族が何となく分かった。何故なら、ルツナイと呼ばれた魔族は宙に浮いているのだ。髪も変であるし、思いつくのは一つしかない。
「もしかして、精霊族ゴフ?」
「お、ゴブリンにしては博識じゃの! ウチ、ゲフンッ、ワシは自然精霊のルツナイという。ここで薬師をしておるぞ!」
「……んん? どっかで聞き覚えがあるゴフな」
口調や声色が、トビーの記憶の何処かで引っかかる。しかし、思い出せなかったので諦めた。気のせいだろう、と流す。
「それで、何か用かの。ワシは新しい薬を作るのに忙しいんじゃが」
ルツナイは首を傾げてそう尋ねる。答えたのはトビーだ。
「あるゴフ! オレ、強くなる方法が知りたいゴフ!」
「ほほう、強くなりたいとな。それも、このワシに、と」
ニヤリ、とルツナイが悪そうな笑みをする。本能的に、何か嫌な予感がするとトビーは察したが、帰るわけにもいかない。
「そ、そうゴフ。手っ取り早く筋肉をつける方法とかないゴフ?」
「ない、が、ある。そう答えるしかないのう」
「どっちゴフ!?」
もったいぶる様な口調に、トビーがソワソワとし始める。それを見て、ルツナイはこう質問した。
「ゴブリンよ、何故に力が欲しい? 答えによっては、方法を教えようではないか」
「勇者を倒すためゴフ。それ以外に理由は無いゴフ」
トビーは即答する。まさか返事がすぐに来ると思ってなかったルツナイは驚き、それからその言葉を反芻する。
「勇者、なるほど勇者のう。この平和な世にそんな者が現れるとは思わんが、勇者か……それはさぞかし、強いんじゃろうなぁ」
「強いゴフ。魔王様を倒そうとするくらい、強いゴフ」
実際に戦ったトビーは真剣にそう思う。一歩分の勇気すら、不意打ちに近いのに受け止めて見せたのだ。半端な強さでは歯が立たない。
「勇者を倒す力を得るか……面白いのう。その話、真実に変えようではないか!」
にんまりと、ルツナイが笑顔をみせる。しかし子供のような無邪気な顔ではなく、明らかに何かを冒涜するような、深淵を覗く笑みだった。
「……トビー殿、本当にこの方で良いのか?」
「力を借りるしかないゴフ。オレには時間も無いゴフからな」
「時間すらないじゃと! それは尚更に面白いのぅ。ゴブリンよ、中に入るがよい。ワシの力を借りたくば、手伝ってもらおうではないか!」
そう言われてトビーは家の中へと入る。スクラドは入れてもらえず、呆然とトビーの背中を見送るのであった。
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