第4話

 家の中は雑多に物が置かれていた。怪しげな薬品、奇妙な動物の手足、ヘンテコな器具、それらが適当に放り出されているのだ。

 明かりだけはキチンと点けてあるが、それは返って部屋の汚さを助長しているようにしかトビーには見えない。


「ほれ、そこらに座るがよい。ワシは浮いてるから問題ない」

 ルツナイは適当な場所を指すが、そこは様々な物品で溢れている場所。仕方なくトビーは安全そうな所を見つけて腰を下ろした。


「さて、勇者に勝てる方法といったな。生憎ウチ、ゲフンッ、ワシは戦う術は知らん。出来るのは薬を作る事だけじゃ」

「薬、ゴフ?」

「そうじゃ。ありとあらゆる薬を作る事ができる。材料さえあればな!」


 胸を張ってそう言うルツナイ。残念ながら胸自体は平らだが、その自信は山より高そうである。

 そんな様子を見て、トビーもちょっと心配が薄れてくる。スクラドは気にしていたが、案外悪い魔族ではないのかもしれない。


「まぁ魔王様に近い力を得たいのならば、それなりの副作用は勘弁してもらうかの」

「副作用? それって何ゴフ?」

「そうじゃな……例えば、二度と体が元に戻らなくなるとか、使い続けると内側から破裂するとか、そんなとこかのう」

「それ死ぬじゃないゴフか!!」


 ルツナイ。通り名は『困っても話しかけるな』。


 興味のある事にのみ猛進し、その知識と技術によって大抵の事は薬で可能とさせる薬師である。魔法以上に魔法らしい現象を引き起こす事で有名。

 それと同時に、作るだけ作って後のことは気にしない性格でもある。そのせいで大変な事態を引き起こすことがよくあるのだが、特に問題視していないらしい。

 なお薬を作る原動力が『誰かが幸せになれば良いな』なので、微妙に怒り辛いのも面倒である。


「大丈夫じゃ、効果の時間を引き下げればよい。ごく短時間のみ莫大な力を得る、そんな薬を作れば良いじゃろ」

「それなら死なないゴフ?」

「(多分)平気じゃ! 使いすぎれば爆散するがの! なっはっは!」


 小声で何か呟いたように思えたが、聞き耳ヒアズを使用していないトビーには聞き取れなかった。それは幸だったのか不幸だったのか、誰も知らない。


 それから、トビーの激動の日々が始まった。


 ルツナイはトビーを手足のようにこき使い、ありとあらゆる仕事を任せたのだ。それは炊事洗濯は無論のこと、薬の材料採取まで。

 トビーがまともに城下町に居られたのは、一四日目にイミヤを吹っ飛ばしてティーアの暗殺が止められたかこっそり見守った時だけ。

 それ以外は、町の外に出て延々と採取を続けたのだった。


 ちなみに、一番酷かったのは龍の髭だった。勿論『龍の口元に生えている毛』なので、龍殺しを達成しなければならない。

 ルツナイの特製薬偽エリキシアを渡されはしたが、それでも魔剣『ストルーク』と風華繚乱を使用しなければ命がなかっただろう。誰にも知られずにドラゴンスレイヤーとなったトビーであった。

 偽エリキシアについては、どうも金に困って量産した時期があったらしい。ほぼ売ったが、多少は残っていたとのこと。


 それについて、ティーアの事が脳裏を過ぎったが、深くは考えない事にした。

 裏取引されて、めぐり巡ってティーアの元へ、そして莫大な金が、なんて事を伝えてもルツナイには関係ないのだから。


 

 そして、繰り返しから二九日目、明日には勇者がやってくるというその前日の夜。

 ルツナイの家からは幼い声が響いていた。

「ようし、これで完成じゃ! トビー、出来上がったぞ!」

「や、やっとゴフか……」


 つい先程、やっとの事でルツナイの家まで帰ってきたトビーだったが、薬の作製に情熱を注ぎ込んでいるルツナイには関係ない。疲れているところを無理やりに叩き起こして薬を手渡す。


 それは、小さな丸薬であった。色が紫色なことを除けば、ルツナイにしては普通だ。

 トビーは手元で転がしながら、ルツナイの説明を待った。

「その丸薬は『最強はこの手の中に!マクスィ・エクスプロズィ』じゃ! 飲めば一瞬だけ魔王様にも匹敵する、かもしれない力を得られる、かも? な薬じゃよ! 使った事が無いからどうなるかは分からんがの!」


 その言い方は不安しかないゴフ、と思ったトビーだったが、そんな力はもうどこにも残っていない。「あ、ありがとうゴフ」とだけ言って受け取る事にした。

 渡された丸薬の数は三つ。だが、帰ろうとするトビーにルツナイは注意する。


「いいか、その薬は時間を犠牲に副作用を最大限まで少なくした。じゃが、連続で使えば内側からトビーの身体を破壊するじゃろう。くれぐれも、使うときは一日は空けてから使うんじゃぞ」

「やっぱり危険ゴフか! まあ、それくらいならいいゴフ。色々助かったゴフ、ありがとうゴフ、ルツナイ!」


 トビーは礼を言って家を出た。目指すは魔王城、寝るベッドだ。

 一人残されたルツナイは、こそっと呟く。

「良い奴じゃったな。あんな薬を欲して、死なんと良いんじゃが……さて、次の薬を作ろうかの。確か、作りかけの自白剤が――」



 魔王城へと久しぶりに戻ってきたトビーだったが、寝る前に風呂に入る事にした。全身がズタボロで、綺麗なベッドに寝転んで汚すのも嫌だったのだ。

 魔王城には大きな大浴場があり、誰も使っていなかったのでトビーは堂々と浴室に入って行く。もわっとした蒸気が立ち込めていて、気持ちの良い息苦しさがあった。


「……はぁ、疲れたゴフ…………」

 手早く身体を洗ってから、湯船にどぼんと浸かる。風呂の入り方はオルドンの屋敷で習っていたので問題ない。何度か溜息を吐いて、身体を休める。


 今までの繰り返しの中でも一番の疲労を感じつつ、身体を温めていると、ガチャリと入り口のほうから音がした。

 トビーがそちらを見ると、今まさに、別の魔族が風呂に入ってくるところだった。

「……ん? おお、トビーか! この時間では我輩の独り占めだと思っていたが、まさかお主がいるとはな!」


「ま、魔王様ゴフ!?」

 登場したのは全裸の魔王。腰に両手を当てながら、がははと笑うその姿は、威厳があるような無いような。

 流石に一緒に風呂はマズイかなと思ったトビー。浴槽から上がろうとするが、魔王が声を掛けてきた。


「どうせなら一緒に入らぬか? ずっと城に居なかったようだし、積もる話もあろう。ここでなら誰にも聞かれぬし、丁度良いな!」

 暗に『我輩は寂しかったぞ』と言われている様で、そもそも魔王の頼み事なので断れるはずもなく。

 魔王が身体を洗うのを待ち、それから並んで湯船に浸かったのであった。


「さて明日だな、トビーよ。準備は出来たのか?」

 魔王がチラリとトビーを見てそう言う。

「出来る限りはやったゴフ。後は、やるだけゴフ」

 魔王から貰った魔法、武器。知恵の実を食して魔法の発動速度、同時展開数が上昇。ルツナイに作ってもらった最強の薬もある。きっと、今までで一番強くなったとトビーは思っている。


 だが、それでも届くかどうか。トビーには不安があった。

 それを見通してか、魔王はこう話しかける。

「我輩が覚えていろと言った言葉、まだ覚えているか?」

「言葉……戦うのはここじゃないってやつゴフな」


 そうだ、と魔王は頷く。トビーはすっかり忘れかけていたが、魔王にとっては大切な事だったのだろう。

 魔王は、その黒き瞳で何処か遠くを見ながら言った。

「我輩は思うのだ。トビー、お主はゴブリンの中では世界最強だろう。そして、理から外れた普通ではないゴブリンだ。だからこそ、戦える場所があると思うのだ」


「戦える場所、ゴフか」

 魔王に世界最強と言われて嬉しい気持ちを抑えつつ、トビーは考える。

 けれども、やはり答えは出てこない。

 頑張って強くなって、勇者と戦う。それではいけないのだろうか、考えは堂々巡りし始める。


 迷い気な視線をトビーは魔王へ向けるが、魔王は首を横に振る。答えは自分で探せと、そう言っているのだ。

 寝る前に考えてみよう。トビーはそんな風に考えて、ふと思った事を聞いてみた。


「そういえば、再誕の儀って何ゴフ? 魔王様はなにをするゴフ?」

 それを聞いた魔王は、ポカンと口を開いた。初めて見る間抜けな顔にトビーが驚いていると、それ以上の驚愕の声で魔王は言う。


「……お主、それも知らずに戦っていたのか?」

「知らないゴフ。ゴブリンにはそんな話、来てないゴフよ」

 頭が痛いといった風に魔王が額を押さえる。それからこう言った。


「再誕の儀は、我輩が神になる為の儀式だ。亜種の神から本当の神へ、その進化の儀式だな」

「神ゴフ!? 魔王様が神様になるゴフか!」

「そうだ。勇者は我輩が神になるのを阻止しに来ていたのだが……まさか勇者を止めようとするお主がそれを知らぬとはな……」


「やー、知らなかったゴフな。勇者を止めないと魔族が全員殺されると思って、勇者を止めようとしてたゴフ」

「その認識で間違いは無い。きっと奴は、我輩を殺せば世界に興味など無いだろう。魔族も、人族も、な」

「人間も、ゴフ?」


 魔王は頷き、それから立ち上がった。

「そろそろ上がろうとするか。あまり長湯も、明日に響く」

「そう、ゴフな。魔王様、色々教えてくれてありがとうゴフ」

 笑って礼を言うトビー。魔王はそれを見て、それは我輩の方だと言った。


「前回の繰り返し、我輩は死ぬと思った。勇者は繰り返しの度に強くなり、今度は危ういと思っていたのだ。だが、何故か奴の剣が欠けていた。お主のお陰だろう?」

「前回ゴフ? ……あ、そういえば思いっきりぶち当てたゴフな!」


 思い出すは、勇者と激突したあの瞬間。聖剣は、勇者の喉には届かなかったものの奇妙な剣を欠けさせる事には成功していたのだ。

 勇者は言っていた。剣が使い物にならなくなったと。きっと、魔王を倒すのには剣の力が必要だったのだろう。それを、狙ってはいないが妨害していたらしい。 


「また力を借りるかも知れぬ。頼んだぞ、トビー」

 魔王が手を差し出す。それを、トビーは両手でぐっと握った。

 鱗で覆われた、大きな手。しかしベルチェのような温かさと、ティーアのような優しさを感じる手だった。

「明日、頑張ろうゴフ。きっと、勇者を倒せるゴフ」


 風呂から上がり、魔王とは別々の方向で寝室へ向かう。

 布団に入り、目を瞑る。そして、頭の中で考える。

 戦う場所とは、一体どこだろう。魔王城の何処か、という意味では無さそうだった。もっと別の、広い意味での事のように思えた。


 しかし、やっぱりトビーには思いつかない。その内に眠り込んでしまい、トビーの知らぬうちに日付けは変わった。

 繰り返しから三〇日目。 

 その日、勇者はやって来る。

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