第21話

 トビーたちは準備を行う。勇者の出現位置は分からない。ベルチェと共に出会ってしまった時は偶然なので、今回は攻め入ってくる時を迎撃する構えにした。


 魔王の再誕日なので、城下町には様々な魔族が往来している。よって移動をかなり制限されてしまうので、トビーたちは幾つかに分かれて路地裏に待機している。

 トビーはティーアと共に行動しており、市場の裏にある小さな路地でその時を待つ。

「……どう攻めてくるか、分かんないゴフ。気をつけるゴフな」

「はいです。大丈夫、トビーさんのことは守ってみせるです」


 トビーは聖剣『一心』を、ティーアは新しい鉄棍棒を持っている。そしてトビーは空いた片手に手の平サイズの青い石を持っていた。

 魔道具と呼ばれるアイテムらしく、その石は離れた位置の同期している石と会話が出来るようになる物らしい。使い方は単純、魔力を込めれば良いだけだ。

 何か起きたら連絡する。そう言われてオルドンに渡されていた。


 時刻は夕暮れ。あの日、あの時と似た時間帯になってきていた。

 空は赤く、風は冷たく、しかし行き交う魔族の熱量で蒸し暑いような気がする。

 その時、だった。

『トビー、聞こえるか!』

「お、オルドン、ゴフ? 聞こえるゴフ!」


 突如、手元の石から声が響いてくる。その声はオルドンのもので、彼にしては少し慌てた声をしていた。

『本当に来たみたいだぜ。今高いとこから見てるが、魔王城を取り囲むように転移門が開きやがった。簡単に言や、何かが転移して一気に攻め込んでくる』

「……そういうことゴフか。いきなり人間が来るなんて変だと思ってたゴフ」

『俺ぁ魔王城正面の転移門に向かう。他のやつには伝えとくから、お前ぇも気をつけろよ』


 そう言って会話が途切れる。どうやらオルドンが魔力を切ったらしい。

「と、トビーさん、どうするです?」

「オレたちも、正面の転移門に行こうゴフ。きっと、そこに来るゴフ」

 あの勇者が。おそらく、途轍もない力を携えて。


 トビーとティーアは駆け出した。最初はトビーが屋根伝いに跳んで行こうかと思ったが、わたしに任せるです! と自信満々なティーアに任せる事にした。

 どうしたかと言えば、ティーアがトビーを抱えて魔族の間を力で無理やり突破したのだ。力任せの荒業だが、巨人の力を持つティーアならば容易い。


 転移門のあった場所に到着する。既に門は消えており、その周囲に立っている者は二つだけだった。

 辺りに黒い甲冑を着込んだ、人間と思わしき者たちが倒れている。そして魔王城の正門前では、大柄な黒甲冑とオルドンが今も戦いを繰り広げていた。

 門番の兵は既に倒されていて、動いてはいるが虫の息だろう。オルドンはトビーたちに気づくと声を掛ける。


「こいつ、中々やるぜ。どうも妙な力を使ってるみてぇだ。俺が抑えてやっから、お前ぇらは先に行きな! 途方もねぇ力持ったやつが、城の中に入って行ったみてぇだ」

 棍棒で敵の大剣を弾きながらそう言うオルドン。繋げての連撃が黒甲冑を襲うが、どうしてか倒れる事も無く、そのまま大剣を振りぬく。

 明らかに、まともな生物ではない。トビーはそう感じた。生き生きとした戦いの雰囲気を、あの甲冑からは感じられないのだ。


「オルドン、気をつけるゴフよ!」

「お前ぇもな! うらァ!! よし、先に行け!」

 オルドンが一際大きく敵の武器を弾く。その瞬間を狙い、トビーとティーアは正面を突破した。


 魔王城内部は、酷い有様だった。通路には魔族の死体が無残に転がされ、人間のほうの死体は爆散したかのように甲冑が散らばっている。

 血の匂いしかない。吐き気を催すその通路を走り、トビーたちは進む。

 おそらく勇者は、魔王まで一直線に進んでいるのだろう。道順のように倒れている死体を目印に、奥へと突き進む。


 このまま勇者まで辿り付けるか。そう思った、その時。

「トビーさん、危ないです!」

 ティーアがトビーを突き飛ばす。その瞬間、ギンッと鉄の合わさる音が聞こえた。

 通路の隅から現れた黒甲冑の攻撃をティーアが受け止めたのだ。しかし、巨人の力を持つティーアが、じりじりと後退させられている。異様な腕力を黒甲冑は持っているようだった。


「ここは任せてください、です。嫌な予感がします、先に行って下さい、です!」

「で、でもティア、」

「大丈夫。わたしは負けないです。だから、」

 ティーアはトビーへ微笑み、

「絶対に、また会いましょう、です!」


 そう言って、ティーアは黒甲冑へと視線を向けなおす。直後、雷がティーアの全身を包み、激しく発光し始めた。

 トビーは、どうしようか、一瞬躊躇い、そして、

「分かった、ゴフ。ティア、また会おうゴフ。絶対にゴフ!」


 駆ける。身体強化、風の魔法を身に纏って全速力で。

 勇者を倒す。それで、全て解決だ。持てる力を全て出し、一撃で仕留める。

 トビーはそう決心し、走り続ける。奥へ奥へ、魔王城のその深部へと。


 敵は、黒甲冑は何人か居た。だがその全てを無視し、ひたすらに進んだ。

 振るわれた攻撃が着ていた胴着を掠めるが、その程度。武闘大会を、最後の蹴り以外では無傷で乗り切った経験は伊達ではない。


 そうして、進み続け、到着する。最奥、巨大な扉のある通路へ。

 そこには、一つの形があった。今まで見た黒い甲冑と、色身は似ているが本質が明らかに別種な、尋常ではない存在が。

「……勇者、ゴフな」

 トビーは呟く。すると、先を歩いていた甲冑は動きを止め、振り向いた。


「ゴブリン? ああ、最初のアレか。なんだ、やっぱり邪魔しに来た」

 その声色は、まるで変わらない。つまらなさそうで、退屈で、この世の全てがどうでもよさそうな声。冷淡ではなく、無機質な感情。

「もう遅いわ。あと少しで、全部終わるから」


 そう言って、勇者は腰から剣を引き抜く。見た事も無い、漆黒の剣だった。

 鞘から引き抜くと、それは本性を発揮する。ズルリ、と音を立てるかのように抜かれ、禍々しい紫の魔力を刀身に宿す。


「あの時の魔力、やっぱり勇者ゴフか。……けど、ここで引き下がれないゴフ」

 トビーも聖剣『一心』を、鞘を捨てるようにして勢い良く抜いた。シャラリと心地よい金属音が鳴り、その白い刃を剥き出しにする。


「全力で、一撃で行くゴフ!」

 先手を取る。それは確定だ。規格外の化け物を相手に、受けに回っては即ち死。

 だからこそ、トビーは己の全てを一撃に込める。ここまで手に入れた全ての力を、たった一振りに注ぎ込んで。


一歩分の勇気ウム・フォルティ・トゥード、ゴフ!」

 ゴウッとトビーの右足に嵐が巻き起こる。その足を踏みしめ、トビーは消えた。

 たった一足で、十数メールルは離れていた勇者の喉元へと接近する。

 聖剣が僅かに光に包まれた。それはトビーの心を表している。ここで仕留めると、その直向な感情を力で示す。


「山茶花、風華繚乱ゴフ!!」


 巨人の英傑すら倒してみせた、トビーの一撃。更に聖剣を加えれば、龍すら一刀の元に下せるはずの、最強の必殺。

 それは、一直線に勇者の喉を断ち切る筋で放たれた。


「!? 速い、けど、甘い」

 音すら遅い、そんな速度。トビーの一撃は、確かに振るわれた。

 だが、その一振りを、勇者は見て・・から剣で受け止めた。


 高く吼えるように剣同士が衝突する。防がれた衝撃で、切り刻むような突風が通路を走り抜けて行く。

 トビーは、勇者の目の前に居た。風華繚乱は勢い全てを相手に叩きつける技。止められれば、ぶつかったその場所に降り立つ事になるのだ。


「……これで、届かないゴフか」

 勇者を睨みながら、トビーがそう呟く。それに対し勇者は、

「ゴブリン、お前のせいで剣が使いものにならなくなった。これじゃ、魔王を倒せない。どうしてくれるの?」

 トビーは初めて、勇者から感情を感じた。


 それは憎悪。深く暗い、憎しみの感情。

 ガラリと勇者は漆黒の剣を投げ捨てる。その刀身は半ばで欠け、まだ使えはするが魔王を倒すのには耐久が不足していると分かる。

 それから、空いた手でトビーの喉を掴んだ。

 反応は、出来ない。圧倒的な速度で出された右手は、音も無く喉元を握り締め、そして持ち上げる。


「グ、ガ、ゴフッ」

「死ね、ゴブリン」


 ゴキリ、と音が聞こえた。気がした。


 それは自身から発せられた音なのか、トビーにはもう理解できない。

 意識は刹那で黒く塗りつぶされ、考える頭はもう残っていない。


 世界が白くなる。

 意識が白で塗り替えられ、目が覚める。


「戻って、これたゴフ……」

 トビーは、最初の森の中にいた。

 目を覚める事が出来ていた。

 それは、勇者が世界を繰り返した事に間違いなかった。


「……まだ、力が足りないゴフ。もっと、凄いのがいるゴフ」

 トビーは呟く。考える。そして、結論を出す。

「魔王様に、直接会おうゴフ。そうすれば、何か出来るはずゴフ」

 トビーは動き出す。それは運命に流された体の動きだが、心は違う。

 勇者を止めるのだ。何としても、あの異常な化け物を止める。

 そうしたら、また会おう。ティーアにも、ベルチェにも。また、友達になるのだ。


 トビーは動く。魔族を救う為に。

 自分と、そして仲間の未来の為に。

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