第20話
閉幕式。ズタボロになった闘技場の舞台でそれは行われた。
夕暮れ、闘技場の魔力灯が照らすその中で、トビーとティーアは特設された壇上に登ってとある魔族と対面していた。
ディアン・グレイ・ルークス。魔王軍の中でも非常にお偉い、悪魔族の御大だ。
「(ととと、トビーさん、どうしましょう、です!)」
「(だ、大丈夫ゴフよ! 何も無かったんだから平気ゴフ!)」
ガクガクと震えるティーアの背を叩いてトビーは落ち着かせる。この繰り返しの世界でもティーアは暗殺を試み、そしてトビーに止められた経緯がある。相手は勿論、目の前にいるディアンだ。
その当人、イミヤと良く似た、けれど年をとって皺が目立つディアンは、不可解な顔をしつつも口上を述べた。
「トビー殿、ティーア殿、真に見事な戦いぶりであった。この会場、いや魔族中が信じられないであろう。まさかゴブリンと、体の小さな巨人が闘技場の頂点を取るなどという前代未聞な出来事を」
だが、と区切り、
「それは成された。故に、私はそれを盛大に祝おう! 繰り返すが、見事だ! トビー殿、ティーア殿。その頂の証拠として、これを授ける」
そう言って、ディアンは傍らに控えていた魔族から大きな袋を受け取った。
「まずは、賞金の一〇〇〇金貨だ。トビー殿では少々重いかな。ティーア殿、受け取って欲しい」
「は、はいです。あ、ありがとうございますでしゅ!」
はっ! とティーアの顔が真っ赤に染まる。緊張で噛んでしまい、あわあわと受け取ろうとして差し出した両手が震える。
それを見て、ディアンはふっと微笑んで袋をしっかりと渡した。
「伝承に聞く巨人の雷、見事であった。一層励むが良い」
「あ、ああ、ありがとうございますです!」
今度はしっかりと答え、金貨の入った大袋を受け取る。すると待ちかねていたように会場で見ていた魔族たちが拍手を送った。
「次に、トビー殿。これを受け取って欲しい」
「あれ、まだあるゴフ?」
はて、とトビーは考える。目的は金貨だけだったので、他の賞品など考えてもいなかった。前に出てディアンを見上げていると、ディアンは別の魔族から剣を受け取る。
「これは、聖剣『一心』。大昔の勇者を魔王様が倒し、手に入れた逸品だ。聖なる力なぞ無いただの剣だから、もしもの時に使うが良い」
「あ、ありがとうゴフ。ちょっと大きいゴフな」
身長の半分ほどの剣を受け取り、トビーは眺める。真っ白の鞘に収められた、おそらく両刃の剣。ギリギリ振れるかな、と重さを確かめていると、ディアンが近づいてきて耳打ちする。
「……あの魔法、手に入れるとは中々やるではないか」
「ゴフ!?」
「なんでもない。……さあ! 皆の者、両者に盛大な拍手を!」
ディアンはサッと離れ、会場に響き渡るように声を掛ける。
試合が決した時より、更に大きな拍手の渦が、円形の闘技場の全ての方角から放たれる。それを浴びるトビーとティーアは、晴れ晴れとした、良い笑顔であった。
拍手が収まると、ディアンは壇上から降りて去っていく。不思議な魔族だったゴフなぁとトビーが思っていると、司会の魔族が代わりに壇上に上がった。
「さて、優勝したお二方。何かコメントなどありますでしょうか?」
風の魔法を使って声を響かせる司会。何も考えていなかったトビーがえーと、と声に出していると、ティーアがずいと前に出た。
「あ、あの、いいでしょうか」
「はいどうぞ! 私の近くにいれば魔法に乗って声が大きくなるので、そのままどうぞ! 優勝したお気持ちですか?」
ワクワクと、にっこり笑顔で司会が言葉を待つ。
ゴクリ、とティーアは喉を鳴らして、それから、言った。
「あの、優勝は、本当に嬉しいです。でも、これはわたしだけの力じゃない、です。一緒にいる、トビーさんのお陰です。本当に、トビーさんには感謝しかないです」
会場から拍手が起きる。静かになるのを待って、ティーアは続けた。
「そ、それで、わたし、トビーさんに言いたい事がある、です!」
くるり。ティーアがトビーの方を向く。
「あ、あの、と、トビーさん、」
ティーアの顔が紅潮する。それはまるでゴリンの実のようで、今も空に浮かんでいる夕日のようで、とても幸せそうな表情だった。
ぱくぱく、と空気を噛むようにティーアの口が開閉する。
それから、意を決したように、言った。
「わたし、トビーさんのこと、好きです! 大好きです!! ずっと、一緒にいてください、ですっ!!」
静寂。それまで聞き入っていた魔族たちが、一斉に口を閉じた。
シンと静まり返った会場中、はっと意識を取り戻した司会は、トビーに向けて、
「と、トビー選手、なにか返答は!?」
そう言われ、トビーは、
「オレも好きゴフよ! ティアは良いやつゴフ! 修行を手伝ってくれるし、ご飯は美味しいし、優しい良いやつゴフ! これからも一緒に頑張ろうゴフな!」
また、静寂。
そして、
「……トビーさん、…………です」
「ティア、どうしたゴフ? 声がちっちゃくて聞こえなかったゴフ」
ティーアが何かを呟いた。だが、それはゴブリンの耳を持つトビーでさえ聞き取れない小さなもの。もう一度、とトビーはお願いする。
そうすると、司会がヒエッと逃げ出した。会場全体から哀れみの視線が飛び交い、トビーの全身に突き刺さる。
「い、一体なんゴフ? オレ、なんかやったゴフ?」
意味が分からないトビーは辺りを見回して確認する。けれど、それに答えてくれる魔族は誰もいなく、壇上にいるのは己とティーアのみ。
「トビーさん」
「な、なにゴフ?」
ティーアの呼びかけに答える。すると、
「トビーさんの、おばかあああああああああああああああああああああああですっ!!」
今までで聞いたことの無い声量で、ティーアが叫んだ。
ついでに、猛烈な蹴りがトビーへ飛んだ。
ボールのように跳ね飛ばされたトビーは、ギリギリで受身を取ったものの、巨人の蹴りをまともに受けた衝撃は大きすぎた。
即座に病院に担ぎ込まれ、その治療室でトビーはこう語ったという。
大会で一番痛かったの、あの蹴りだったゴフ、と。
「受身の取り方がよかったね。失敗してたら内臓が大爆発だったよ」
「あ、やっぱりゴフ?」
「ま、治療は完璧だし、今度は注意しなよ。……女の子相手は、特にね」
「ん? まあ、ありがとうゴフ。帰るゴフ」
翌日、無事に退院できたトビーはオルドンの屋敷へと帰った。何の因果か、ベルチェに連れられた病院と一緒で、おまけに医者も同じだった。謎の運命でもあるのかもしれない。
屋敷は相変わらず静かだった。オルドンとティーアしか居ないのだから当たり前ではあるが――、とトビーが思っていると、入り口の影からひょこりと飛び出してくる。
「と、トビーさん、お、おかえりなさい、です」
私服なのか、青のカーディガンに白いスカートという出で立ちのティーアが、トビーの前に出てきた。もじもじと両手の指を合わせ、何かと言い辛そうである。
「えと、ただいまゴフ。傷はいいゴフか?」
「は、はいです。治療して貰って元気です! はい、です……。」
答え終えると、また黙ってしまうティーア。それを見て、トビーは言う。
「……ティア、怒ってるゴフ?」
「ふぇ!? お、怒ってなんていませんです! そ、それよりも、わたし、嫌われて無いか心配で、すごく、心配で、です……」
ティーアが顔を上げる。その顔は今にも泣き出しそうなほどくしゃくしゃで、今の声を発するので精一杯といった感じだ。
ビックリしたトビーは慌てて返事をする。
「嫌いになるわけ無いゴフ! ちゃんとティアの事は好きゴフよ!」
「え、本当です!? どういう好きですか、ねえトビーさん、どういう好きです!?」
パッと表情を変え、ずずいと顔を近づけて聞いてくるティーア。
おおう、と引き気味のトビーはこう答える。
「もちろん、仲間ゴフ!」
ずーんと刹那で表情が曇るティーア。なんか今日のティアは変ゴフな、とトビーが思っていると、ティーアはぺしぺしと頬を叩いて気持ちを落ち着かせ始めた。
「……これからもっと頑張るです! それじゃあ、師匠の所に行きましょうです。お話が色々とあるです」
「分かったゴフ。……あれ、オルドン無事だったゴフか」
「……はい、なんか、凄くピンピンしてるです。昨日帰ったときにはもう元気だったので、そんなに心配無いんじゃないかと思う、です」
流石はハイオーガ、生命力がゴブリンとは段違いだった。
トビーたちが道場へ入ると、そこには堂々と座っているオルドンの姿がある。
「お、帰ってきたか。無事みたいで安心したぜ」
腕組みしながらそう言うオルドン。トビーとしては唖然とするしかない。
「オルドンの方こそ、よく元気ゴフな。あれだけ雷受けたのに、なんで普通にいられるゴフか全然分かんないゴフ」
トビーの素直な感想を聞くと、オルドンはガッハッハと大きく口を開けて笑う。
「鍛え方が違ぇよ! 死ななけれりゃ全部、掠り傷と一緒だ!」
「師匠、それはもう意味不明です……」
ティーアもオルドンの様子に理解が及んでいない。だがオルドンは気にもせず話を進めた。
「んじゃあ、トビーも帰ってきたことだし、アレからの話を纏めるか」
一転、落ち着いた声色で話すオルドン。トビーとティーアも聞き入る。
「ティーアが賞金を受け取った後、怪しい魔族がやって来てな、ありゃ多分霊気族だとは思うが、契約の代償にとか何とか言って金貨を持っていった。とりあえず、ティーアの契約に関しては無事に解消と、そうなったな」
「はい、です。……本当にこの度は、ご迷惑をお掛けして申し訳なかったです」
「大丈夫ゴフよ。ティアの為なら、金なんて幾らでもやるゴフ!」
金に関して飯が食える程度の認識のトビーは、軽くそう言う。それを聞くとティーアは「トビーさん!!」と満面の笑みとなるが、オルドンは無視した。
「そんで次に、こいつだ。聖剣『一心』。こいつはトビーが持ってると良い」
オルドンが背後から取り出すは、白い鞘に収められた豪奢な剣。優勝賞品の副賞として授けられた特別な剣である。
「この剣は、純粋な思いを込めて振るとその真価が発揮される。いつまでもボロいナイフじゃあれだろ、こいつを持ってな」
「分かったゴフ。剣は初めてだけど、練習してみるゴフ」
トビーはオルドンから剣を受け取る。仄かに何かの力を感じるような、そうじゃないような。不思議な感覚のする剣だ。刀身の長さの割りに軽く、ゴブリンでも問題なく振れそうではある。
そして、オルドンは次の話を切り出した。
「お次にだが、これは二人ともにだ。大会が終わった後、俺に話が回ってきてな。魔王軍の正式な騎士として二人を迎えたいと、そんな話なんだが、どうだ?」
そんな事を言われ、トビーとティーアは共に驚く。
魔王軍の騎士。それは普通の魔族では絶対に成れない立ち位置だ。一介のゴブリンが騎士として迎えられるなど、通常では考えられもしない。
「大会の戦いぶりを見ての事だ。実際、悪い話じゃねぇ。給金も良いし、待遇もそれなり以上だ。俺ぁここに留まってくれとは言わんから、好きにすると良い」
オルドンは二人の将来を考えてそう言う。事実、道場で修行しているだけでは成り得ないものなのだから、師匠としては推したい所だろう。
だが、トビーは簡潔に答えた。
「今は無理ゴフな。オレ、やらないといけないことがあるゴフ」
「今は? なんでぇ、トビー。まだやる事があんのか?」
不可解そうな顔をするオルドン。それに対し、トビーは言う。
「今日、これから戦いがあるゴフ。オレの本当の本番は、ここからゴフ」
武闘大会が終わり、日付けは繰り返しが始まってから三〇日目。
その日は、勇者が魔王を殺しに城下町を攻め入る日である。
「……嘘は言ってねぇな。そんで、とんでもねぇ事態と見た。聞かせてみな、力になれるかもしれねぇぜ」
トビーは説明する。今日、夕方に勇者がやってくる事。それを止める事を目的として修行を頑張っていた事。止めなければ、大変なことになる事。
それを聞いたオルドンとティーアは神妙な顔をした。いきなりこんな話をして信じてもらえるか不安なトビーは、その顔を伺っていると、
「よし、それなら準備しねぇとな。戦力はどれだけある?」
「力になるです。トビーさん、わたしも戦うです!」
二人は即決で戦うと、そう表明したのだった。まさかそう来るとは思っていなかったトビーは、慌てて聞き返す。
「信じるゴフか? それに、すっごい危険ゴフ。それでも戦うゴフか?」
トビーにそう言われると、二人は顔を見合わせて笑った。そんな事かと、つまらない冗談を聞いたように。
「トビーさんの言う事を、信じない訳が無い、です。協力するです」
「その通りだ。困ってんなら助けになる。俺ぁ師匠だぜ?」
「……ありがとうゴフ。助かるゴフ!」
そうして、トビーは強力な助っ人の力を得る事になった。ティーア、オルドン、まだ帰っていなかったグラット、そしてオルドンの呼びかけで集った武闘大会に出場していた選手たちだ。
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