第19話
「最初から全開です!
ティーアが光り輝く。それは魔力、そして雷。雷鳴を響かせながら、全身に電気が充填される。
巨人の雷は、巨人族ならば誰でも血に宿している根源の力だ。だが、扱える物は数少ない。文献自体が少なく、そもそも力のみで解決できる巨人に技など必要ないから。
それをティーアは不完全とは言え成功させた。この時、オルドンに勝つために。
「そりゃあ、伝えに聞く巨人族の雷ってやつか。まさかティーアがそいつを使えるとはなぁ。トビーのお陰か?」
面白そうにオルドンは雷を眺め、そう言った。ティーアはオルドンに向かって歩きつつ答える。
「はいです。トビーさんが秘伝書から教えてくれて、沢山の助言を貰って、出来る様になったです。オルド流だけじゃ、師匠には勝てませんから、です」
ティーアとオルドン、両者の距離は五メールル。一足で武器が届く間合いだ。そこまで来て、ティーアは足を止めた。棍棒を構え、相対する。
「行くです、師匠!」
棍棒を振り上げ、踏み込み、下ろす。雷を纏った鉄の塊がオルドンへ放たれる。
それをオルドンは、こちらも鉄の棍棒で受け止める。しかし、その衝突音は妙だ。金属がぶつかったにしては、やけに小さな擦過音しか鳴らない。
「おー、こりゃすげぇ。受け流したってのに、雷で痺れやがる」
ギンッ、と棍棒同士を弾いてオルドンが下がる。右手で持っていた棍棒を左に持ち替え、開いた右手を振っている。
「触っただけで攻撃になる、それが巨人の雷です。受け流しじゃ交わせない、です!」
言いながら、ティーアは猛然とオルドンに攻め込む。神立、銀竹、霧雨による連撃、一雨を使い、受けを許さぬ怒涛の攻めを行う。
それをオルドンは最低限の接触で受け流す。一瞬だけ棍棒を触れ合わせ、身体の左右へと力を流しきる。それはハイオーガらしくない、芸術的な立ち回り。
何度かそれを繰り返し、今度はオルドンが力任せに鍔迫り合いに持ち込む。しかしそれは瞬きの間で、一気に全身の力を使って押し、ティーアを後方へ飛ばした。
「長期戦は不利だな、こりゃ。そんじゃ、俺も本気ってのを出してやるか」
オルドンが、正眼に構えを取る。瞳を閉じ、開く。それから、言葉を紡いだ。
「いくぜ、
発動する。それは
赤の肌が上気する。有り余る力が空気を振動させ、オルドンを中心に風が吹き荒れる。一歩踏むだけで、ビキリと石製の床がひび割れる。
「俺ぁ昔グラットと戦ったときになぁ、力も多少は必要だって思ったんだ。んで、ちと必死こいて魔法を覚えたってワケよ。これしか使えんがな」
ガッハッハと笑うオルドン。正面に立つティーアは、額から凍るような冷たさの汗が流れるのが分かった。
異常だ。明らかに、尋常な者が相手をするべき敵ではない。
只でさえ豪腕な太腕が強化されてしまったら、受けに回っても流しきれるか自信が無い。まるで父親と戦うようだと、ティーアは感じた。
この状態で、さらにオルド流の技を使われたら――。
「……いえ、諦めない、です。トビーさんと、一緒に勝つです!」
全身の雷を迸らせ、ティーアは駆ける。攻めに回られたら受けられない、ならば先手を取って殴り続けるしかない。触れれば電撃が流れるのだから、確実にダメージは蓄積されていく。
「オルド流【戦舞】、
棍棒を振り上げ、ティーアが叫ぶ。
黒雨は連続の振り下ろし攻撃だ。当てた衝撃で武器を持ち上げ、そこから力を下へ流して再度振り下ろしを行う。空を黒く染める程の雨の如く、致死の連撃を放つ。
「はっ、そう簡単に行くかよッ!!」
鉄同士が接触したのは一度だけだった。雷を纏うティーアの棍棒を、たった一度だけ受け、その力を完全に受け流しきる。
「オルド流が戦うとこうなるんだよなぁ! 山茶花ァ!!」
放たれた一撃を利用し、オルドンは自身の力を加えてティーアへ返す。オルド流の秘儀、相手の攻撃をそれ以上で返す受けの極致だ。
それをティーアは受け、
「……くっ、山茶花、ですっ!」
必死になりながら、同じく山茶花によるカウンターを行う。
皮がずれて流血し、手は血塗れとなっている。ズルリと棍棒が手から離れそうになったが、無理やり握り込んで掴み続ける。
自身が制御できるギリギリの返し。これ以上は無理だと分かりつつも、ティーアは攻撃を放った。
これを返されたら最悪だ。そう予感し、それは的中する。
「もういっちょ! 山茶花ァ!!」
ティーア渾身のカウンターを、オルドンは焦る事も無く余裕を持って更に返す。自分の力を上乗せし、巨人すら打倒するような一撃を。
山茶花では無理だ。そう悟り、ティーアは受け流しで回避しようとする。あまりにも接近しすぎて、身体ごと避けられないのだ。
「オルド流【戦舞】御形、です、ぐ、ああっ」
棍棒を盾に攻撃を受け止めるが、その異常な破壊力を前にしては無為も同然。軽々と弾かれ、三メールルは飛んで背中から床に着地する。
グラットの攻撃によって歪められていたティーアの棍棒が、ベコリとその中心を陥没させられた。まだ武器としては扱えるが、無理をさせれば折れてしまうだろう。
倒れていては即座にやられる。ティーアは急いで身を起こし、武器を再度構える。ポタリと手から血が流れ、床に染みを作った。
オルドンが迫ってくる。悠然と歩き、追い詰めるように一歩ずつ。
攻撃をしようにも、山茶花で返されては意味が無い。余計に力を与えるだけだ。耐えて、雷による痺れを貯めさせるしかない。
諦めたくなる心がある。だが、退きたくない心もある。
頑張って技を修めたから、だけではない。
トビーと約束したのだ。勝ったら言いたい事があると。勝たねば、言いたい事も言えなくなる。
一歩だけ、勇気を。逃げ出さない力を貸して下さい。心の中でトビーにお願いし、ティーアは正面を見る。
「……勝つです。まだまだ、出来るですっ!」
「良い目してんじゃねぇか。俺もまだまだ、戦いたい気分だぜ!」
オルドンが吼え、大きく一歩を踏み込む。その力を全て凝縮させ、右からの振り払いに乗せて叩き込んでくる。
「御形、です、うぐっ、あっ」
棍棒で防ぐが、力を受け流しても尚、その威力を殺しきれない。ザリザリと靴裏が床を削り、後方へと押されてしまう。
「まだまだァ! 巨人ってのは、そんなもんかァ!」
オルドンが連撃を放つ。ティーアの真似のように、神立、銀竹、霧雨を繋げ、攻めを途切れさせない。
それはティーアにとって、長い時間だった。オルドンにとっては、一瞬の事だった。
防ぎ続ける。攻め立てる。その立場の違いから、時間の感覚がおかしくなっていた。
けれども、結果は同一。
舞台にあるのは、胴着をズタボロにされ、全身打ち身だらけで立っているのがやっとなティーア。そして、
「……チッ、手がイかれてやがる。巨人の雷ってのぁ、随分と面倒だな」
棍棒を両手で握り、渋い顔をしているオルドンだった。
「はぁ、はぁ、雷は、なかなか効くです? それなら、よかった、です」
肩で息をしながら、折れ曲がった棍棒を無理やり杖代わりにしながら立つティーア。その顔は、にやりと、まるで何時ものオルドンのような笑みが浮かんでいる。
「だが、これじゃあ俺ぁ倒せねぇ。いくら痺れても、身体はピンピンしてんぜ」
ティーアの表情が不可解なのか、オルドンは諭すように話しかける。これ以上は無意味だ、降参しろ、とでも言うように。
それに、ティーアは簡潔に答えた。
「出来るです。諦めなければ、絶対に、です」
その青の瞳は死んでいない。爛々と、希望に輝いている。口元は笑い、今を楽しんでいる。諦めの欠片は、何処にも無い。
「へっ。そうかい」
それを見て、オルドンは自分を戒めた。本気で戦いに来ている相手に、何を言っているんだと。
武人としてこの場に立っているのだから、情けも容赦も必要ない。
あるのは、勝つか負けるか。
勝負だ。オルドンは心の中で叫んだ。
「これで最後だ、オルド流【戦舞】五月雨ェ!!」
振り下ろしながらの四連撃。手抜きも何も無い、本気の技が放たれた。
「最後は、まだ、です!」
ティーアは確信する。今こそ、やるべき時だと。
現在ティーアの立ち位置は、闘技場の舞台、その端っこだ。舞台は地面の全てが石で作られているのではなく、数メールル壁から離れた位置から石を積み重ねて平面を作っている。
だから、その場所から後ろに逃げる事は不可能。
つまりは、立ち位置を入れ替えれば逆に追い詰められる。
「今です、
突如、ティーアの持つ棍棒が光に包まれる。激しいスパークと共に、棍棒全体が発光したのだ。
真昼すら白に塗り潰す閃光が、オルドンの視界一杯に広がる。技を放つ寸前だったオルドンはそれを真正面から見てしまい、視力が奪われてしまう。
「ぐ、味な真似を……。だが、眼を潰したくらいじゃぁ俺ぁ止められねぇぜ。勘で十分、姿を捉えられる。そこにいるな、ティーア」
ぐるりとオルドンは背後を向く。そこには、宣言通りティーアの姿があった。
「流石は師匠、です。でも、これで終わり、です!」
ティーアが棍棒を持ち上げる。身体の前で床に並行に、突の構えをする。
「なんだ、一騎討ちか? んなもん、こんな事しなくても付き合ってやるぜ!」
オルドンは目が見えないにも関わらず、真っ直ぐにティーアへと棍棒を向ける。それから上段高く持ち上げ、振り下ろしの構えになった。
「いくですっ!」
「来やがれッ!!」
ティーアが疾駆する。
オルドンが迎え撃つ。
両者が激突する、その前に。
「
ティーアは片手を前に出して、そう唱えた。
「何を……んぬ?」
攻撃か、そう考えて受ける気構えを取ったオルドンは、妙な違和感に気づいた。
振り上げた棍棒が、何かに引き寄せられている。触れられてはいない、それなのに、何故か背後に持って行かれそうになる。
その秘密は、オルドンの後ろにあった。
闘技場の舞台は、石造りだ。高さ一メールル程に切られた石を、地面に平らになるよう敷き詰められて作られている。
段差がある。それも、小柄な者でないと隠れられないほどに。
そう、トビーが隠れていたのだ。魔力不足で這うようにしながらも、なんとか移動して隠れ、そのときを待っていた。
ティーアが棍棒を輝かせ、オルドンを舞台端に追いやった時。そのタイミングで、ボロボロのナイフを掲げるために。
巨人の雷。その力を、ティーアは半分も使えていない。本来ならば投げるようにして使う事もできる雷を、身に纏ってでしか扱えない。
けれど、一つの能力は使えるようになっていた。
それは、物を反発させたり引き寄せたりする力。磁力だ。
古き巨人は科学など知らない。けれども、物に一定の雷を流すと引かれたり遠ざかったりする力があると、経験で知った。
それを書物に書き留めて置き、遠い未来でそれは役立てられた。
最初の拳圧を逃れたのもこの力だ。トビーのナイフに雷を宿し、ティーア自身は反発する雷を持って弾かれ合う。そうやって回避した。
今はその逆。トビーのナイフは雷を宿したままで、オルドンの棍棒が引かれる雷を纏っているのだ。
どうしてオルドンの棍棒が雷を持っているか?
簡単だ、何度も自身を殴らせて、徐々に蓄積させれば良い。
付随する痺れはただのお飾り。本命は、この時、少しの妨害をする為なのだから。
「師匠、オルド流は力を受け流すです」
ティーアは若干動きの鈍ったオルドンへ接近し、棍棒を突き立てる。
刺すようにではない。
そっと、ちょんと触れるように胸へ当てたのだ。
「でも、触っただけなら、力が無いから無理です」
オルドンが動き出す。その瞬間、
「これが最後!
ティーアの全身が、雷鳴と共に最大の輝きを放った。
解放。それはもはや技術ではない。
ただ、その身が持つ雷の力を、全力で解き放つ。垂れ流すだけの暴力だ。
雷が棍棒を伝い、ティーアからオルドンへと流れる。鼓膜を切り裂くような、悲鳴にも似た鳴動は、会場全体を嵐のように撫でていく。
終わらない。響き続ける。全ての魔力を賭した解放は、オルドンの全身を駆け巡る。
肉が焼ける臭いがする。高圧の電流が全身を焼いているのだ。
それはオルドンだけではなく、無理をして力を出し尽くそうとしているティーアにも齎されている。
「まだ、まだですっ、全部ここで出し切るですッ!!」
青の瞳が金色に煌く。それは雷の光を浴びてなのか、それとも別の力によってか。
棍棒を持った手に力を込める。
落とさないように、最後の最後まで絞りつくして、巨人の雷を叩き込むために。
永遠に終わらぬとも思えた雷が、次第に弱まっていく。
つんざくような音は薄れ、バチリバチリと明滅するような音に変わる。
雷は消える間際に、パチンッと弾けるような音を出し、そこで途切れた。
「……っ、ぐ、あ、はぁ、はぁ、……やった、です?」
全てを出し尽くした。魔力は空で、全身も殆ど残っていない。押されれば倒れてしまう、そんな状態で、ティーアはオルドンを見た。
オルドンは立っている。だが、その全身は雷で焼かれ、胴着はボロ布同然、肌が見える部分は血管のような火傷跡が幾つも走っている。
死に体、まさにそう言うべき状態。
それなのに、どうしてか、オルドンは立ったまま倒れないのだ。
ティーアが見ていると、突然、オルドンが空を仰いで大きく口を開けた。
そして、
「……へ、へへ、はは、はははっ。ガッハッハッハッハッハ!!」
笑った。高らかに、心の底から楽しそうに。今にも腹を抱えて転がりだしそうな程に、オルドンは笑い出したのだ。
「……いやー、久しぶりだぜ、こんな楽しいのは。もうちっと続けてぇな」
上を向いたまま、オルドンは語り始める。名残惜しそうに、寂しそうに。
「でもまぁ、十分楽しめたな。弟子の成長も見れたし、ここまでやるたぁ思ってなかった。いいじゃねぇか、弟子の仲も良さそうでよ」
そう言うと、オルドンはティーアを見て、
「一〇〇点だ。満点をやるぜ、ティーア」
言い終えると、バタリと真後ろにオルドンは倒れた。丁度背後にいたトビーは慌ててそれ避け、ギリギリで頭の横に逃げられた。
「……お、そうだお前ぇにもやらんとな。トビー、お前も一〇〇点だ。グラットを倒すたぁ、中々やるじゃねぇか。今度はじっくり勝負しようぜ」
倒れつつもトビーのほうを見て、そう言ったオルドン。
そして、目を閉じて、声高に叫ぶ。
「審判! 俺らの負けだ! 勝者の宣言をしてくれ!」
様子を見ていた審判が慌てて駆け寄る。それから立っていたティーアの腕を何とか両手で持ち上げて、会場全体に声を届けた。
「それでは! 魔王様再誕祭記念、武闘大会、優勝は! トビー&ティーア選手です! 皆様、盛大な拍手をお願いします!!」
瞬間、莫大な拍手が闘技場の全体から鳴り響く。
拍手喝采とはまさにこの事。立ち上がって両手を叩いている魔族も多く、会場中が勝者を祝っていた。
前代未聞の、ゴブリンと小さな巨人の優勝。その歴史的瞬間を目撃した魔族たちは、口々にこう言う。
種族を越えた最強が、そこに居た、と。
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