第18話

 重い、ただの一撃が、全て必殺の力を持っている。

 ティーアは眼前の巨人、父であるグラットの攻撃をそう評価した。

 技も何も無い。ただ拳を振り上げ、下ろす。その動作だけで、信じられない威力の破壊が巻き起こされるのだ。

「くっ、まだ、ですっ!」

 棍棒をかち上げ、拳を迎撃する。御形を使いながら受ける衝撃を流してはいるが、手に伝わる痺れが、その一発の力量差を表していた。


「強くなったな。ティア。父は。それだけで嬉しい」

 仮面越しにグラットがそう言う。その表情は笑っており、嬉しそうで、とても父性的な声色だった。

 けれども、その声は、ティーアにはちっとも嬉しくない。

「わたしは、この勝負、勝つです! トビーさんと、一緒に、です!」


 オルド流は力を流して受け、通常では考えられない動きで返しの攻撃を行う。

 それはある程度の体格差をものともしない武の極みであるが、あまりにもな差があるティーアとグラットでは成立しなかった。

 二メールル程度のティーアに対し、グラットは六メールル。普通の魔族からすれば大きなティーアも、グラットと比べれば子供以下だ。


 だから、ティーアは攻撃を受け止め、それを弾く事しか出来ない。チャンスが来るまで、耐え忍ぶしかない。

 けれども、ティーアは諦めていなかった。

 トビーがいる。勇気をくれる。だから、待っていれば必ず。


 幾数、幾十の攻撃を防ぎきる。鉄の棍棒は曲がり、手は握り締めた力で皮がずれ血に塗れている。

 耐える。耐え続ける。その先に、きっと希望があるから。

「もう終わりにしよう。ティア。辛い姿を。見たくは無い」

 グラットが両手を組み、頭上に掲げる。手を槌として渾身の一撃を見舞うつもりだ。


 それを見て、ティーアは吼える。心の芯から、その感情を。

「わたしは、いつか父さんを越えます。だから、」

 グラットが拳を振り下ろす。瞬間。

 光の矢。そうとしか思えぬナニかが、グラットの頭部に直撃した。


「だから、今だけは、わたし以外の力に頼ります、です」

 グラットが倒れる。その巨体が真横に、受けた一撃を耐え切れずに。

 場内を揺らすまるで地震のような衝撃。床材は破壊され、一瞬で姿が煙に巻かれた。


 少しして、煙が晴れていく。

 現れたのは、小さな一つの影だった。

「まったく、遅いです」

 その影に、ティーアは呟く。

 小さな影は、――。



 まずいゴフと、トビーは焦っていた。

 オルドンの攻撃自体は十分に避けられる。だが、チャンスが来ない。一向に待てども、そのタイミングが一切無いのだ。

「おらおら、まだ行けんだろう? ウラぁ!!」

「もちろん、ゴフ!」


 強力な振り回しをオルドンが行う。風を叩き潰すようなそれを、トビーは余裕を持って回避する。

 トビーとオルドン、両者共に怪我は無く、息も上がっていない。けれども、圧倒的に押されているのはトビーであった。

 余裕を持ってオルドンは棍棒を振り、トビーも同じく余裕でそれを避ける。その繰り返しだった。


 時間が無い、とトビーは思う。これはトビーがどう必殺の一撃を放つかに勝負が掛かっている。ティーアはグラットに対して有効打を持たず、そしてトビーもオルドンに対して無力だ。

 だから、タイミングを見計らってグラットへ一撃を入れなければならないのだが、その丁度が見つからない。

「余裕じゃ駄目ゴフ。もっと焦らないと、いけないゴフ」


 オルドンは悠々とした態度。それでは意味が無い。トビーが狙っているのは、もっと焦った急な一撃。

 それなら、こうするしかないゴフ。トビーは一か八かの賭けに出た。

「おいおい、目の前に来るたぁ自信があんのか?」

「さあ、どうゴフかね」


 トビーは棍棒が振られた隙に、オルドンの目の前へと立った。武器を使わずとも触れられる距離で、次の攻撃を待つ。

「そんなら避けてみな、俺の攻撃をよぅ!」

 鉄の嵐が巻き起こる。そう表現するしかない棍棒の振り回しが、トビーへ放たれた。


 目星で攻撃の輪郭を捉えるトビーだが、かわせる隙間は果てしなく狭かった。右へ左へ、身体をねじ込んで凶器を避ける。

 途中何度か、ザリッと嫌な音が鳴る。胴着を棍棒が掠めていく音だ。それでも、諦めずにトビーは回避に挑戦する。

 嵐が一端途切れる。その時を狙い、トビーはオルドンの背後へと移動した。


「そんなんじゃ当たらないゴフ。こっちゴフよ」

「言うじゃねぇか。オラァッ!」

 再度、嵐が巻き起こる。だが、その前にトビーは動き出し、風の球を破裂させた推進力を以ってまた背後へと回る。

 後ろへ、後ろへ、フェイントを交えて今度は股を抜け、ちょこまかとトビーは動き続ける。おちょくっているかのような動きに、流石のオルドンも心が穏やかではない。


「チィッ。目が良い、足の回りも悪くねぇ。面倒だな」

「ありがとう、ゴフッ」

 言いながら、オルドンは武器を振り続ける。トビーも避け、背後に回る。

「そんならこうだ、オルド流【戦舞】五月雨」

 技名をオルドンが呟く。振り下ろしからの四連続攻撃、トビーは当たれば即致命傷の危険な技だ。


 立ち位置的に、通り過ぎようとすれば当たる。そう考えたトビーは背後に跳んで回避する――と、その時。オルドンが仮面の下で笑った気がした。

「続けて速雨。こういう繋ぎもあんだぜ?」

 真下に振り下ろしたはずの棍棒が、如何なる力によってか刺突の構えに移行する。


 速雨、それはオルド流最速の攻撃技。技の出が、というよりも別の構えから発生させるのが最速なのだ。

 よって、跳んで空中にいるトビーには、回避は不可能なタイミングでの技の出だ。攻撃の呼吸を無視した最速は、胴を貫くように放たれる。

 直撃する。観客の誰もがそう思った。


 それを、トビーは笑っていた。

「それ、待ってたゴフ」

 空中でトビーは左手を前に出す。突きに合わせて、それを包み込むように。

 肉を潰す音はしなかった。ふわりと、トビーは舞うように身体を回転させる。


「オルド流【戦舞】山茶花、ゴフ」

 身体を力が巡る。これはオルドンの出した膂力に他ならない。ゴブリンを一匹軽々と殺す威力のそれを、トビーは身体を回転させながら身に留める。

 着地、そして向き直る。

 オルドンではない。身の丈六メールルはある、巨人グラットだ。


「そんで、一歩分の勇気ウム・フォルティ・トゥード、ゴフ!」


 トビーの右足に旋風が宿る。莫大な風量は一瞬で会場を駆け巡り、思わず吹き荒れた風に観客は目を閉じた。

 そして開いた時には、既にトビーはその場に立っていない。

「あの野郎、俺ぁ攻撃利用しやがったな」

 オルドンはニヤリとしながら呟いた。もう、結果は見えていた。


 トビーは刹那でグラットの頭まで辿りつく。だが、そのまま直撃すればトビーの命が持たない。

 只でさえ一歩分の勇気は全身を粉砕する威力の特攻だ。それにオルドンの攻撃を乗せてしまえば、ミンチも生温い塊となってしまうだろう。

 だから、直撃の寸前、トビーは技を放つ。


「山茶花、ゴフッ!!」


 二度目の山茶花。それは、衝突の力を自分ではなく相手に叩きつける荒業だ。先程オルドンがやっていた踏み付けと同じ理屈。

 けれども、難易度は桁違いに高い。瞬き以下の時間でそれを行う事が、どれだけ困難なのかは計り知れない。

 だが、成功させる。その為に、トビーは七度の繰り返しの最中に延々と練習してきたのだ。大怪我をしたのは数え切れず、治療師には感謝しかない。


 一歩分の勇気の衝突エネルギーを、そのまま山茶花で相手にぶつける。そのアイディアはティーアによるものだった。

 偶然、魔力を空っぽにするために一歩分の勇気を使った際に、山茶花で返せたら凄そうです、と言ったのが切欠。

 それを、トビーは苦心の末に完成させた。


 ティーア名づけて『我流【戦舞】風華繚乱』。


 その一撃が、グラットの頭に直撃した。


 それが見えた者には、光の矢としか認識できなかっただろう。それ程に高速、それ故に強力な攻撃が放たれたのだった。

 もはや着弾と呼ぶべき痛撃を受け、グラットの体が傾き、そのまま倒れる。

 床を砕きながら、全身が地に伏せる。土煙が起き、周囲を砂塵で埋め尽くす。


 暫くして、煙が晴れた時、立っていたのは小さな影だった。

「まったく、遅いです」

 もう、といった感じでティーアが声を掛ける。


 それに対し、小さな影はこう返した。

「ティア、お待たせゴフ。後は頼んだゴフな!」

 言い終え、トビーは崩れるようにへたり込んだ。流石に完璧に山茶花を使うのは難しく、全身の骨が軋みを上げていた。


 それを見て、ティーアは駆け寄ろうとしたが、寸前で自制する。

 寄る代わりに、声で返答した。

「トビーさん、任せて、です!」


 ティーアが歩き出す。舞台に残っているのは、オルドンと自分だけ。その勝者が、この大会の優勝を決める。

「へっ。何となく、こうなる気はしてたんだよなぁ」

 オルドンは腕を組んで待ち構える。弟子の成長を確かめるように、余裕綽々でティーアを見ていた。

 それに対して、ティーアは言った。


「わたしは、いつか父さんより、強い巨人になりたいです。でも、今は無理です。どうしても届かなくて、トビーさんにお任せしましたです」

 でも、と続け、

「その代わり、今日は師匠を越える、です!」

 ティーアは棍棒をオルドンへ向ける。挑発するように、さあ掛かって来いとでも言うように。


 大丈夫だ。怖気づく必要は無い。勇気は、トビーさんから貰ったのだから。ティーアは心の中で唱える。

 ただのゴブリンが、巨人の英傑を倒してしまった。それならば、小さな巨人がハイオーガを倒しても不思議ではないはずだ。


 血が巡る。魔力が行き渡る。調子は良好。疲れも無い。

「行きます、師匠。です!」

「面白ぇ、やれるもんならやってみな、ティーア!」

 武闘大会、最後の戦いが始まった。

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