第3話

 家の中では毎度の通り、狩りに使うナイフを手入れしているオビーの姿がある。トビーは早速、龍蛇について聞いてみることにした。

「オヤジ、ナーガってシってるゴフか?」

「龍蛇か、確か北の洞窟にいるって話は聞いたことあるゴブな。何でもデッカイ蛇だって話ゴブ」

「そうゴフ。そいつをタオすのってムリゴフ?」

「ふむゴブ。そうだな、大きな魔物を倒すには三つの方法があるゴブ。分かるゴブか?」

「わかんないゴフ」

 トビーは即答する。一人前とは言えまだまだ三歳。知らないことは沢山ある。

 分からないものは素直に分からないと言うのは、ある意味ゴブリンの美徳であった。


 そんなトビーを見ると、オビーは頷いて話を続けた。

「トビーにはまだ大きな魔物を狩る術を教えてなかったでゴブか。まず一つ目は、皆で纏まって戦うゴブ。大きな獲物も、何匹も集まって叩けば楽勝ゴブ」

 そう言って指を一本立てる。

 これはゴブリンの常套手段だ。頭が悪いとはいえ知恵を持ち、意思疎通の取れるゴブリンは連携を取って戦うことを得意とする。

 人狼族には敵わないものの、小さくすばしっこい動きは非常に厄介だ。


「だが、これは龍蛇には通用しないゴブ。ゴブリンが力を合わせても倒せない相手じゃ、ただ仲間を殺すだけになるゴブ」

 言いながら、オビーは指をもう一本立てた。


「そういう時は、二つ目。罠を使うゴブ。落とし穴とか、杭とか、事前に罠を作って、そこに誘い込むゴブ。が、これも龍蛇には通用しないゴブな。大きすぎる相手じゃ、罠なんて壊されて終わりゴブ」


 一つ二つと方法を教えてくれるが、どれも龍蛇には意味が無いと分かると、トビーはむしゃくしゃした気分になった。

 ドンドン気が急いてきて、すぐに倒せる方法が知りたくなってくる。

「オヤジ、ハヤく、タオすホウホウをオシえてくれゴフ。それじゃムリゴフよな?」

「そう慌てるなゴブ。三つ目が一番重要ゴブ」


 最後に、三本目の指を立ててオビーは言った。

「三つ目は毒を使うゴブ。相手が生き物ゴブなら、毒を使えば必ず最後は死ぬゴブ」


 毒は、ゴブリンが特に人間から恐れられる理由の一つだ。

 粗雑な武器による裂傷や、チームワークによる連携、時たま使う簡易な罠も十分に危険だが、ルーキー冒険者にとっては毒こそ最も厄介であった。

 森に住むゴブリンは思った以上に薬草に詳しい。正確には、食べられない物に詳しいのだが、それら危険な草を利用して毒を作成しているのだ。

 適当に効果のある毒草を利用している為、解毒が非常に面倒。その上、家族ごとに各々好きな毒草を使っているので種類の特定が難しい。雑なゴブリンだからこそ持つ脅威と言えるだろう。


「しかし、龍蛇ゴブか・・・・・・。あまりに大きすぎる生き物だと、毒の回りも遅いゴブから、とんでもない量の毒が必要になるかもしれないゴブ」

 今までの狩りの知識からオビーはそう言う。

 事実、ゴブリンの作る毒では龍蛇を殺しきるのには弱すぎるのだ。精製されていない毒では、巨体を殺しきるのにどれだけ必要か、どれだけ与えなければならないかと考えると、途方もない量の毒を用意しなければならない。


 答えに辿り着いたと思ったら、また遠ざかってしまった。

 トビーはうーんと悩むが、やはり答えなど出てこない。毒は良さそうなのだが、そんな量の毒を用意できるはずがない。


「オヤジ、なんかスゴいドクってないゴフか?」

「凄い毒、ゴブか。うむ、そうだなぁ、俺は直接戦うのが得意ゴブ。そういう細かいことは良く分からんゴブ」

「そうゴフか・・・・・・」


 落ち込むトビーだったが、だがとオビーは続ける。

「トトノの兄、ロロノなら良い事知ってるかもしれないゴブ。確か草とかに詳しいと聞いたことがあるゴブな」

「カーチャンのニーチャン、ゴブ?」

「そうゴブ。まだ家にいるだろうから、聞いてみるといいゴブ。家の場所は知ってるゴブな。役に立つことを教えてくれるはずゴブ」


 そう言われたので、早速ロロノの家、母の実家へと行くことにした。

 家の場所は同じ集落なので遠くはなく、数軒の小屋を挟んだ先にある。トビーの家と同じような掘っ立て小屋だが、家の周りになんだか分からない草や実が置いてあるので差は分かりやすい。

 ゴブリンにはノックするという文化はないので、ズカズカと入り込んで声を掛ける。


「ロロノいるゴフかー?」

「ん、おおトトノの息子じゃないゴブか。どうしたゴブ?」

 家の中で出迎えてくれたのは、すり鉢で何か草を擦っていたゴブリン、ロロノであった。

 ゴブリンにしては穴の開いていない服を着て、片耳に骨のイヤリングを着けている様子はちょっと偉そうな雰囲気がする。

 トビーも何度も会っている仲だからか、すぐに質問に移った。


「オヤジからキいたゴフが、ロロノはドクにクワしいゴフ?」

「ん、まあ詳しいって程じゃないゴブが、色々は知ってるゴブな」

 ゴブリンらしからぬ知性を感じる物言いで答えるロロノ。後数年すればゴブリンシャーマンになれると言われているロロノは、普通のゴブリンよりも頭が良いのだ。

 だからなのか、生まれながらにして知的だったロロノは周囲のゴブリンより多くの薬草に詳しくなり、今では集落の医者のような立場にいる。身なりが少し良いのは、そんな事情もあるからだった。


「ナーガをタオせるドクをサガしてるゴフ。スゴいドクあるゴフ?」

「龍蛇! トビー、まさか龍蛇を倒すつもりゴブ!?」

 すり鉢を倒し、突然立ち上がるロロノ。緑の汁が零れて、ツンとした臭いが小屋に漂った。ロロノの目は皿のようにまん丸に見開かれており、とても驚いているのが一目で分かる。

 慌てているのか、それとも驚愕なのか、ロロノはトビーに迫ってくる。


「聞いたことあるゴブが、あんなの倒せ無いゴブ。オビーはなんて言ってたゴブ?」

「え、ナニもイってないゴフよ? オオきなエモノをカるホウホウをオシえてくれたし、ドクならロロノにキけって、ゴフ」


 キョトンとしたトビーの言葉を聞くと、ロロノは「そうゴフか」と言って何かを考え始めた。トビーはただ立っているしかない。

 少し経って、考えが纏まったのかロロノの口が開く。


「多分、オビーは倒せないにしろ、色々な知識を知ってもらいたいんだろうゴブ。俺もそれには賛成ゴブ。でもトビー、くれぐれも危ないことはしないようにゴブな?」

 じっとトビーの目を見つめて言うロロノ。まるで怒られているような気分になったトビーは直ぐに頷きかけるが、既に一度死んでいる身だからか淀んだ返事になってしまう。


「わ、ワかってるゴフ。だ、ダイジョウブ、ゴフよ」

「本当ゴブな? ・・・・・・ま、毒はちゃんと教えてやるゴブ。トビーももう一人前ゴブ、知ってれば色々使えるゴブ」


 そう言うと、ロロノは小屋の隅にある袋を取ってきた。動物の皮で作られた簡易なもので、袋の口からは様々な種類の草が飛び出している。

 するとゴソゴソと袋に手を突っ込み、これとこれと、と多種多様な草や実、キノコを取り出して床に並べ始めた。どうやら教える為の見本を用意してくれているらしい。


「この近くで取れる毒なら、こんなところゴブ。こっちのトゲトゲした葉っぱは麻痺、丸くて艶々した葉っぱは混乱、名前は無いから見て覚えるゴブ」

 これは睡眠、こっちは痛みを増やす、とドンドン毒草を教えてくれるロロノ。

 毒草に名前が無いというのは正確ではなく、正しくはゴブリンには学名が分からないというだけの話であるが、こうやってゴブリンたちは己の知識を次世代へと繋いでいるのであった。


 都合二〇近くもの毒のある物を紹介して貰ったトビーだが、正直チンプンカンプンだ。そこまで頭の良くないトビーには、いきなり言われても頭に入らないのである。

 ただ結局は龍蛇に効く毒が分かればいいので、それだけ聞いてみることにした。


「それで、イチバンスゴイドクって、どれゴフ?」

 聞かれて、ちょっと難しかったゴブな、とロロノは言い、悩む素振りを見せる。

「一番ゴブか・・・・・・難しいけど、多分こっちに仕舞ってるキノコが一番ゴブね」

 そう言って、また隅っこに置いてある袋のところに行くロロノ。今度は小さな袋を持ってきて、口を開けて中を見せてきた。


「危ないから触るなゴブ。この真っ赤なキノコが一番強い毒で、一齧りするだけでゴブリンは死ぬゴブ。あんまり生えてないから、見つけるのは大変ゴブけどね」

 袋の中に入っていたのは、燃えるように真っ赤なキノコであった。まるで炎のようにうねっているキノコは、確かにトビーも見たことが無かった。とても貴重な物なのだろうと予想できる。


「うーん、ツヨイやつはキチョウゴフか。・・・・・・あれ、このムラサキのミって、ドクなのゴフ? よくオヤジがタべてるやつゴフ」

 ふと見つけたのは、親指ほどの大きさの紫の木の実であった。

 記憶違いでなければ、よく夜にオビーが食べているのを見かけていた気がする。食べるとフラフラになって、その後豪快にいびきをかいて寝てしまうので、変な木の実だなぁとトビーは思っていた。


「ああ、これは酒の実ゴブ。食べたことないなら食べてみるゴブ?」

言いながらロロノはトビーに木の実を一つ差し出した。食べたことの無い木の実なので、トビーの心臓が少しドキドキしてくる。

 表面に皺があって、一目では美味しそうに見えない木の実だ。だが、どうも芳醇な香りが漂ってきて、たった一粒でも沢山の果物があるように錯覚してしまう。


 意を決して、ひょいと口に放り込む。食感はベチャッとしていて、新鮮なようには感じない。

 しかし、まるで果物籠に放り込まれたような香りが鼻腔を抜け、とても爽やかな、けれどもドッシリとした濃厚な果実の味が舌に圧し掛かって来るのだ。

 これはスゴイ、メチャクチャうまいゴフ! と、言おうとした瞬間、

 グルリグルリと巡る果物の香りが、ドンドン速度を上げてきた。早く速く、まるで風のように頭の中を果物が回り始め、


「ゴフゥ・・・・・・」

 完全にノックアウト。記録は食べ初めて一〇秒であった。


 酒の実。

 それは人間の間でも『酒豪の実』と呼ばれる、天然で異常に高いアルコール分を含んだ木の実である。余程アルコール耐性が無いと一撃でトばされることから、若い冒険者の度胸試しにも使われる。

 普通の人間は潰して液体にし、水で割って呑むのだが、ゴブリンには濾過するという考えが無いので直で食べている。

 ちなみに旬は、丁度春先の今頃である。冬の間に甘みを貯めているので、一番美味いと評判であり、ゴブリンたちの住む森へ入る村人は数多い。そして帰らぬ人も。

 人間たちの間では『酒蛇の森』と呼ばれていることを、ゴブリンたちは知らない。


「おっ、起きたゴブか。ほら、水でも飲むゴブ」

「――んあ、え、オレ、ネてたゴフ? って、もうユウガタだゴフ!」

 トビーの目が覚めたのは、太陽が真っ赤に染まる頃になってからであった。爆沈、といえるほどに熟睡して、ロロノが起こしても目覚めなかったのだ。

 ずっと用意してあったのか、傍らに置かれた水入りの器を手に取り、ガブガブと飲み干す。結構な量があったのに、トビーは不思議と一息で飲み干せた。


「ありがとうゴフ。でも、なんでこんなにネちゃったゴフ?」

「そりゃあ酒の実だからゴブよ。オビーに聞いてみるといいゴブ。きっと、良い薬だけど毒だって言うゴブね。カッカッカ」

 薬なのに毒? とトビーが頭をハテナにしているのを知ってか知らずか、ロロノは口を大きく開けて笑っていた。


 そんな声を背に受けながらトビーは家路に着くのだが、途中で気づく。

「あ、キョウはメシぬきゴフ・・・・・・」

 色々と聞き回っていたせいで、採取も狩りもしていない。

 ゴブリン失格な行動に、一応は一端のゴブリンであるトビーはずーんと落ち込むのであった。

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