第2話
集落からゴブリンの足で一刻、木々に紛れるようにして洞窟はあった。
どうやら天然の横穴のようで、誰の手も入っていない自然のままの造りでトビーを待ち受けている。入り口の大きさはトビーの何倍もあり、飲み込まれるような気分になっていた。
「タブン、ここゴフね。イってみるゴフか」
猪突猛進なゴブリンらしく、勇み足でトビーは洞窟へと侵入する。
ゴブリン族は僅かに夜目を持っているので、多少の暗さ程度ならば明かりがなくとも洞窟に入ることが可能。
ただ、トビーの予想外に洞窟は長く続いており、暫くすると夜目を以ってしても何も見えぬ暗闇となっていた。
ペタペタと左手で壁を触りながら、転ばぬように気をつけて歩を進める。右手には狩り用のボロボロナイフを持って、長老の言う蛇が出たときに対処しようとしていた。
「ヘビなんだから、オレだけでもナンとかなるゴフな。ちゃちゃっとタオしてアタマをヨくするゴフ」
何とも頭の悪そうな事を言いつつ進むトビーだが、奇妙な感覚を感じ始めていた。
それは、何かに見られているような、いや目ではなく何かで感じられているような、気味の悪い感覚だ。
同時に、魂の奥底、いわゆる本能が何かを言い始めているようにも思う。
一言で言えば、嫌な予感がする。
そんな気持ちが、トビーの中で渦巻いていた。
暫くして、遠くのほうで何かが輝いているのをトビーは見つけた。
いや輝いているのではない、明るい部屋が見えてきたのだ。どうやら先の部屋は天井が吹き抜けになっている様で、太陽の光が洞窟に差し込んでいるようだった。
多少の光で視力が戻ってきたので、急いで明るい部屋へと走るトビー。長い暗闇で疲れているのもあるし、きっとあの部屋に知恵の実があるんだという希望的観測も入り混じっている。
運の良いことに、それはとても正しかった。
部屋に入った瞬間、心臓を射抜くような恐怖の圧さえなければ。
『久しい盗っ人が来たと思うたら、まさか小鬼とはな。面白い。何の用だ、一言聞いてやろうではないか』
それは白い蛇だった。
ただ、大きさが尋常ではない。
ゴブリンを家族丸ごと丸呑みできそうな大きな口、眼光は鋭く瞳の大きさですらトビーと変わらないだろう。おまけにその身体の長さと言ったら、とぐろを巻いているとはいえどれだけ長いのかも想像がつかなかった。
「チョウロウ・・・・・・ヘビってなんゴフか・・・・・・?」
震える足を止めることなどできない。全身が震え、右手で握っていたはずのナイフはカランと地に落ちたことを、トビーは分かってもいなかった。
本能的な恐怖だ。
力量差のありすぎる存在を前にして、トビーは生物的に敗北を認めるしかない。
『恐怖で何も話せぬか・・・・・・まぁそれもいいであろう。どれ、一思いに殺してやるのが情けというやつかな』
ぐわり、と龍蛇が鎌首を持ち上げる。それだけで洞窟が揺れるようであったが、トビーには理解できなかった。
すでに腰を抜かし、尻を地面に付けているのだから。
ズリラララッ、と音を立てて龍蛇が迫る。
身体をうねらせ、その巨体でトビーを押し潰そうと接近してくる。
トビーは、ただそれを見ることしか出来ず、
痛みはなかった。
もはや痛みという次元の衝撃ではなかった。
意識は白に塗りつぶされ、そして、
「・・・・・・やっぱり、ここゴフか」
森の中で目が覚めたのであった。
もう毎度のごとく人間に蹴りを入れられ、今回はちょっとミスってタンコブが出来たトビーはよろよろ立ち上がって呟く。
「これって、シぬとモドってくるゴフ? うーん、でもマオウジョウのトキはいきなりだったし、ワケがわかんないゴフな・・・・・・」
むむむ、と考えてみるが、一向に良い考えは浮かばない。
しかし、それより重要なことがあったと思い出し、ハッとトビーは顔を上げた。
「そうゴフ! あのヘビ、イッタイなんだったゴフか!」
長老からは大きな蛇、の部分までしか聞いていないから仕方ないが、それにしても近所にあんな蛇が居たなんて聞いた事がなかった。
アレがもしも家に襲いに来たら全滅してしまうし、それを防ぐ方法は見当がつかない。戦いになるかすら怪しいだろう。
もしかしたら、長老ならあの蛇を詳しく知っているかもしれない。そう思い、トビーは長老の家へと走ったのだった。
「・・・・・・お主、まさか龍蛇を見たゴブか?」
トビーが「ドウクツのデッカいヘビ、シってるゴフか? チエのミのとこゴフ!」と開口一番に言うと、長老は信じられないものを見るようにトビーを見つめた。
「ミたゴフな。そのアト、オソわれてタイヘンだったゴフが」
繰り返しのことを長老は理解できないので、トビーはそこを割愛して話をした。言っても無駄だし、いいかな、と思ったのである。
だがそれのお陰でちょびっと話が盛られてしまい、『龍蛇に襲われて逃げ延びたゴブリン』となっているのには気づいていない。事実は襲われて死んだのだが。
「まさか、ただのゴブリンで生き延びることが出来るとはゴブ・・・・・・。相当に運がいいゴブ、誇っていいゴブよ」
「ん? イきノび・・・・・・あー、そうゴフね。ウンがヨかったゴフ。ハハハ・・・・・・」
ようやく話が拗れたのに気づいたが、まあいいかな、と放置することにした。難しく頭を悩ませるのはゴブリンには向いていないのだ。
「それでチョウロウ、あの、ナーガ? ってナニゴフ?」
「・・・・・・ワシも伝承の噂程度にしか知らんがのぅ、アレは知恵の実の余りで育った強大な大蛇らしいゴブよ」
曰く、知恵の実の周りに実った余計な木の実を食べて育ったらしい。
知恵の実には精神力が宿るので、周りにはその余りの生命力が宿った木の実が生る。それだけを食べて育ち、異常なタフネスを持った龍蛇へと進化したようだ。
曰く、魔王ですら殺しきることが出来なかったらしい。
昔、魔王が知恵の実を見に来たことがあったらしいのだが、その際に全力の一撃を以ってしても殺すことが出来なかったそうな。
曰く、知恵の実を狙いにくる輩を確実に殺す。
龍蛇は知恵の実の周りに生る木の実を好んで食す。何故なら、知恵の実があれば余計な養分が他の木の実に移るらしい。その為に知恵の実を守るのだ。
「あのヘビ、そんなバケモノだったゴフか……」
「そうじゃ。風に聞く話が本当なら、よく生き残ったものゴブ」
長老の話が事実なら、ゴブリンが相手をするにはどうしようもないほどの規格外である。ホブゴブリン、いやオーガですら奴の相手をするには不足だろうと思える程に。
しかし龍蛇をどうにかしなければ知恵の実は手に入らない。
この何度も繰り返し続ける現状を理解するには、どうしても知恵の実を手に入れて頭を良くするしかない、というのはトビーには分かっていた。
「チョウロウ、あのナーガをどうにかするホウホウはあるゴフ?」
「ふーむ、難しい話ゴブ。魔王様ですら倒せないのだから、正面から戦ってもゴブリンじゃ無理ゴブなぁ」
「そうゴフね。そもそもデッカすぎてタタカえないゴフ」
「うむ。我々ゴブリン族では到底太刀打ち出来ぬ存在じゃろうなゴブ」
諦めろとは言わずに、律儀に長老は考えてくれているようだった。暫く唸って考えを巡らせていると、長老ははっと思い出したように言う。
「そうじゃ。大きな獲物が相手ならばオビーに聞くのが良かろうゴブ。彼奴はこの集落でも名うての狩り人、いい案があるかもしれんゴブ」
「オヤジ! タシかにゴフな! サッソク、イってくるゴフ!」
トビーの父親であるオビーは、ゴブリンにしては大きな身体と高い戦闘センスによって集落でも一、二を争う猛者であった。受け流しの話をトビーにしたのも、そんな強者であったからである。
一匹で大型の魔物(一般に意思疎通の取れない魔力を持った獣を指す)を狩れるほどの実力がある父親なら、何か良い案があるかもしれない。
トビーはそう思い、急いで自宅へと向かった。
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